251.私に喧嘩を売っておいて、ただで済むと思っているんですか?
貴族の当主である以上、幾つもの義務がある。
それは国や陛下からの要請だったり、家や家に仕えし者達を守り導く事だったり様々だけど、人によってはそこに家との付き合い加わって、雁字搦めになる人も多い。
新興貴族である私の場合は、国から年金をもらっていない事もあって、貴族の当主としての義務は殆ど無い。
と言っても、まったく無い訳ではなく、その内の一つが、王家主催の春の始めと冬の初めに行われる舞踏会と夜会への参加。
これは、王都近郊の貴族と高位貴族に課せられた義務であり、本来であれば私はその義務から外れるのだけど。
『空間移動持ちの魔導士をお抱えしているところは別。
そんな訳で、君も強制参加ね』
『何をお考えで?』
『洗練された貴族達の中で、アタフタとしている君を見て笑いたい』
いつか一発殴ると思いたくなるような、陛下の言葉で参加している。
無論、壁の花と言うかシミになる事を徹しているのだけど、何故か冬も春も陛下がちょっかい掛けて来たんですよね。
私みたいな小娘を相手に舞踏などしていないで、他の貴婦人の方と踊ってくださいと、遠回しで言う私に。
『毒の無い君と踊って、時間稼ぎ。
王ともなるとね、踊りたく無い人と踊らないといけないし、かと言って断るのも角が立つから、君で義務の人数稼ぎさ』
王族が踊る回数は予め決められていて、その貴重な回数を私で潰して、嫌な相手を避わす狙いらしい。
どこまで本当かはともかく、陛下からそう言われたら、痛い視線に突き刺されようとも踊らない訳にはいかないので、仕方がなく踊るのだけど。
『注目の的だね』
『そりゃあ、こんな小娘が、恐れ多くも陛下と踊れば注目も浴びるかと』
『いや、どう見ても君の舞踏でしょ、宙に浮いてるし』
はっきり言って背の高い陛下と、小柄な子供の私では、身長差があり過ぎて舞踏にならない。
一応そう言う舞踏もあるのだけど、かなり密着する事になるし、絶えず上を見ていないといけないので首が痛くなる。
かと言って前を向けばお腹しか見えないので、対策としてブロック魔法で空中舞踏。
舞踏中に一旦離れる場面を利用して、一度床に足を付けて対空時間の制限をリセット。
これで、ごく普通の男女差の視線の高さの差で舞踏を踊りながら会話ができると思っての事だったのだけど。
『お嫌でした?』
『いや、だから君は面白いなと思ってね』
『舞踏の下手さを誤魔化している部分もありますが、これなら足を踏む心配も踏まれる心配もありませんから』
『実に君らしい』
どう言う意味ですかと突っ込みたかったけど、そこは淑女として黙っておく。
なんにしても、四十過ぎの陛下と、十歳ぐらいにしか見えない私では、変な噂など立ちようも無い……、と言うか、流石に噂を立てるには、陛下相手にロリコン疑惑は不敬過ぎるため立たない。
何より陛下自身、愛妻家として有名だしね。
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そんな王家主催の舞踏会や夜会の他に、私の後盾になってくださった家主催の催し。
これは年に数回ある催しの内、一度でも出れば義理は果たせる物らしいのだけど、年に何回もあの手の催しを主催って、凄い金額だなとか思いつつ、公爵や侯爵ともなるとその手の催しは必要らしい。
家によって予算は違うので、その辺りは規模で調整しているらしい。
実家のシンフェリア領なんて田舎すぎて人が集まらないから、殆どホームパーティー状態の上、収穫祭を兼ねた秋祭りと兼ねての事。
ちなみに、色々と罠が多そうで怖いヴォルフィード家の主催の催しは、ドルク様とヴァルト様とジル様に泣きついて、一緒に参加してもらってガードしてもらった。
幸いな事に、皆さんもこれでヴォルフィード家との義理が果たせるので問題ないと仰ってくださったので助かります。
そして今日はルーシャルド侯爵家主催の催しに、従者のジュリを引き連れて来た次第。
「エマヌエル様、レーギル様、本日は御茶会にお招き頂き、ありがとうございます。
お話に聞いていた通りに素晴らしい庭園には綺麗な花々ばかりで、楽しませて戴いております」
「はっはっはっ、それは後ほど庭師にでも伝えておこう。
お主とは秋以来だが、元気そうで何よりだ。
息子には、冬と春に会っているそうだが、なかなかに良い男だろ?
女癖の悪さ以外にはだが」
「コホン、父上」
すみません、いきなりそう言う親父ギャグを飛ばされても返事に困ります。
あとエマヌエル様が女癖が悪いと言うのは本当ではあるらしいけど、比較的紳士な女癖の悪さらしい。
相手が本気嫌がる素振りを見せたら、あっさりと身を引くと言うのだけど、逆に言えば本気で嫌がらない限りはアタックされると言う困った人。
そして、手を出したからにはキッチリと責任は持つ人なので、現在奥様が十三人もいるとか。
そして子供の数は、そんな状態なので言うまでもない状態。
跡目争いで血の目を見なければ良いとは思うけど、そこは他人の家の事なので、表情だにしません。
面倒事に関わりたくないと言うのが本音。
「その後、義足の方の調子は如何でしょうか?」
「ふむ、快調だの。
この半年ですっかりと慣れて、今や剣も振るえるほどだ」
「……えーと」
「もっとも、強く踏み込めぬ故に、剣舞に近いものだがな」
レーギル様の義足は、ルチアさんの義足と違って一般向けの品質で、強度も反応も数段劣る代物。
軽く駆けたり屈伸運動くらいには余裕で耐えられるけれど、戦闘やそれに準ずる訓練などの激しい動きを続ければ、その分、魔導具としての寿命が短くなるし、最悪、耐えられずに破損して、不意に地面に崩れ落ちる可能性もある。
その辺りは説明はしてあったので心配したのだけど、かるい舞踏の延長である剣舞くらいならば、なんとか許容の範囲だと思う。
「セバスの奴も、すっかりと己が手のように扱っている」
「それは何よりです。
あとお孫さんの方は、如何でしょうか?」
セルニバスさんのお孫さんは、お二人が手足を失った事件に巻き込まれ、左腕を切り落とされて失った方らしい。
レーギル様とセルニバスと同様、そのまま血止めされて、監禁されていたとか。
逃げ出す元気と、泣き喚く元気を無くすためと言う理由のためだけに、そんな無法を、当時はまだ幼子だったと言うのになんて酷い事をするのだろうと、その話を聞いた時は憤ってしまった。
「苦労はしているが、大分馴染んできておるようだ。
この間もボタン付が出来るようになったとか言っておったしな」
お孫さんは、まだ手足をうまく動かせない幼い時に失ったため、そもそもの感覚や神経が育っていなかったためか、取り付け時のリハビリでも反応が悪かったとか。
でも話を聞く限り、良い方向に働いているようで安心した。
時間があれば、魔導義肢師が相談したい事があるらしいので、乗ってやってほしいと言うので、後でお会いする事を約束しておく。
「では、後ほど連れてこよう」
これで義理は果たせたので、後は綺麗な庭を鑑賞しつつ適当に時間を潰そう。
それにしても、圧巻される程花が咲き乱れているわね。
そう言えば、ミレニアお姉様の嫁ぎ先であるグットウィル家の庭も凄い事を思い出す。
こう言ってはなんだけど、子爵家には不釣り合いなほど見事な庭園のおかけで、お姉様の結婚式の時は、彼方此方から花の香りがしていたから、物凄く印象深い。
グットウィル家は、武官を多く輩出している家ではあっても、先祖代々花を愛でる習慣もあるらしく、庭園の花は代を重ねる事に豪華になっていっているらしい。
ただ……事の起こりは、血の気の多い心を癒すためや、身体に染み付いた血の匂いを誤魔化すためだったと言う逸話が残っていたりする。
そうだ、水蒸気蒸留法で精油と芳香蒸留水の製法と、それを使った商品案を幾つか贈れば、ミレニアお姉様もグットウィル家に申し訳が立つだろうし、魔法で効率の良い蒸留器を作れば、私も儲かると言うWIN・WINの関係になるので、ミレニアお姉様にもあまり気を使わせずに済む。
今度、お手紙でどんな花を栽培しているか聞いておこうかな。
さてと、花摘みに行ったジュリはまだ戻らないけど、そろそろ戻って来ても良いはずなので、周囲を見回しながら庭園を散策の続き。
いくら彼女が背が高いと言っても、それは女性にしてはの話なので、男性も入り乱れ、緑が高く覆い繁るこの会場では、あまり背の高さは目印にならない。
あっ、いたいた。誰かと話しているみたいだけど、知り合いかな?
赤みの掛かった茶髪の若い男性だけど、見た記憶はないけど、近寄るにつれ二人の会話が聞こえてきて……。
「君のような者が、よくもまぁ、このような高貴なる場に顔が出せるものだな。
しかも一家揃って恩義ある我が家を裏切りながらも、こうして俺の前に顔を出すなどと、またあの時のように鳴かされたいのか?
今度はあの時のように優しくはしてやらぬぞ」
「…わ、わたしは、今は従者の身なので、ぁ、主人が行くところに・・」
「はっ、君のような汚れた人間を従者にっ!?
なんと酔狂な主人がいたものだなぁ。
それとも、君が汚れた人間だと知らぬまま、取り入ったのか?
だとしたら、流石は飼い主をコロコロと変える、実に卑しい家の出の者だけはあるな」
うん、確かめるまでもなく、敵認定決定っ。
ジュリを、ああも青い顔をさせて怯えさせる相手から、ジュリを助けない訳にはいかない。
私は堂々と、今の会話を知らない振りをしながら、二人の前に顔を出し。
「ジュリ、此処にいたんですね、探しましたよ。
あちらでレーギル様達から、お茶を誘われたので、付いてらっしゃい」
「ぁ、…はい」
無論、この場凌ぎの嘘だけど、レーギル様なら此方の事情を聞かずに、察してお茶をしてくれるはず。
そうジュリを連れ出そうとする私に、この男は不快そうに……。
「人が話している相手を黙って連れ出そうとするなど、随分と無礼な人間だな」
ああ……、さっきの会話でも思ったけど、この男、やっぱり馬鹿だ。
なんのために、レーギル様の名前とお茶をすると言う言葉を出したのか、まったく理解していない。
私は、この屋敷の主人であり、この催しの主催者であるルーシャルド侯爵家の人間と、懇意だと言う事を教えてあげたと言うのによ。
それとも、それすら気にしない程の高貴な身分だと?
主だった高位貴族の方にはドルク様やヴァルト様の紹介で顔を合わせたけど、当然ながらこの男性の顔は知らない。
まぁ全てを知っているわけではないし、その家族までは知らないので、そこはどうしようもないんだけど。
「ジュリ、此方は?」
「バ、バルタザール伯爵家の御嫡男のア、アルトゥール様です」
手と体を小さく震わせながら答えてくれるジュリを、一刻も早くこの場から連れ出したいけど、ごめん、その名前を聞いたからには、この場であっさりと引く訳にはいかない。
バルタザール伯爵家。
ジュリの実家であるペルシア家の元寄親であり、幾ら発育が良いからって、幼いジュリを無理やり宛がい女として汚した相手。
「ふん、分かったか」
「それは失礼しました。
私は、ユゥーリィ・ノベル・シンフェリア、子爵家の人間です」
とりあえず罠を巻きつつ、笑顔の仮面でもって挨拶。
「聞かぬ名だな。
余程の田舎の家なのだろう」
「はい、少し前に山奥から出てきたばかりの田舎者故に、御無礼のほど、どうか御容赦を」
シンフェリア領が田舎である事は否定しようがないので、黙って申し訳なさそうな表情を浮かべておく。
なにか流石は田舎者だとか、色なしなどと不吉なだとか、とても伯爵家の人間とは思えない上品な言葉が幾つか聞こえてきますが、どんどんと調子に乗ってください。
そもそも、その程度の嫌味や皮肉にどうこう思うような神経なら、あの学習院には平民の籍で居られませんでしたしね。
とりあえず、相手の言葉の迫力に押されるように、ゆっくりと後ろ足でジリジリとテーブルの近くへと下がってゆく。
無論、ジュリには黙って任せるように、視線とハンドサインで知らせ済み。
なのだけど……、いい加減に語彙が尽きたのか、間が空いてしまったので。
「お、お話は以上で?
ではジュリ、い、行くわよ」
「待てっ! まだ話は終わっていないっ」
そう素早く数歩下がって距離を稼いだところで、再び声が掛かる。
明らかに急いで逃げていますと言う姿勢が、私の狙い通りにこの男の嗜虐心を擽った様だ。
ジュリみたいな純真な子を、宛てがい女にして弄ぶような人間なのだから、当然そう言う嗜虐趣味がある性格なのだろうと思っていたけど、本当に思った通りみたい。
花街に行ったら、手玉に取られるタイプだね。
現にこうして私の狙い通りの場所まで、あっさりと誘導されている訳だし。
「納得いった。何も知らない田舎者の家だからこそか。
だが知っているか?
田舎であれば田舎であるほど、そう言う事には厳しいと言う事をな。
ましてや黙っていたとなれば尚更だ」
「何を言いたいのか、分かりませんが」
ジュリ、ごめんっ。
ジュリを傷つける事になるかも……。
「知らんのなら教えておいてやる。
お前の家に従者として入り込んでいるその女は、汚れた女だと言う事をな。
何人もの男に股を開く、淫らな売女だと言う事を知っているか?
しかもそれをさせたのは、その女の家だ。
おまけに我が家に恩義があるにも関わらず、平気で我が家に泥を塗るなど、一家揃って、とんでもない家なのだぞ」
私やジュリをより精神的に追い詰めるためなのだろうけど、本当にこの男、どうしようもない馬鹿の上に、救いようのない屑だ。
隠語を使うなり、遠回しな例え話で伝えるならともかく、そんな具体的な事をこのような席で口にするなど、ルーシャルド侯爵家の催しを汚す行為だと言うのに。
そして、そこまで言わせたのならば、私はもう演技をする必要もないし、そこまで言ってしまった此の男を相手に容赦をする気はない。
「それが何か?」
「はっ、幼すぎて意味が分からなかったか。
家に帰ってお父様、お母様にでも聞くんだな。
貴様の家が如何に薄汚れた者を、家に招き入れた馬鹿な家だと理解するだろうぜ」
「いえ、意味は十分に理解出来ております。
貴方様が、バルタザール伯爵家の面汚しの下品な人間だと言う事はね」
「貴様っ、子爵家の家の人間の分際で、伯爵家の嫡男である俺に向かってそんな言葉をっ」
ばしゃっ!
近くに有ったテーブルに置かれたグラスの中身を、私に向かって浴びせかける。
女の身でしかない私の暴言に向かって、暴力を振るわなかっただけ、冷静だったのかもしれないけれど、私としては何方でも良かった。
この男が、人の従者を公の場で馬鹿にした上で、他家を馬鹿にし、私に対して実害を加えたと言う事実さえあればね。
そのために態々常時張ってある三枚の結界も解いて、この瞬間を待っていたのだから。
「き、貴様っ!」
「ジュリっ!」
いまだ青い顔まま、それでも男の態度に激昂するジュリを、私は声と不可視のブロック魔法でジュリの動きを牽制する。
悪いけど、もう少しだけ耐えて頂戴。
後で幾らでも文句は聞くし、反省もするから。
とりあえず濡れて張り付いた、自分の前髪を掻き上げながら。
「確かバルタザール伯爵家のアルトゥール様でしたわね。
此のような無礼、これは決闘の申し出と見做させて戴いても宜しいのかしら?
一応は言っておきますけど、私、これでも魔導士ですよ」
パチンっ
指を鳴らすと同時に、空中に二十程の光球を浮かばせる。
攻撃魔法ではないけど、私の光球は灯りの魔法としては一般的ではないため、知らない人間が見れば、攻撃魔法のように見えるでしょうね。
そして、レーギル様はその辺りは知っているし、これだけの騒動を引き起こしていれば、当然ながら見物人が多くなり、その中にレーギル様やルーシャルド侯爵家の者がいてもおかしくはない。
基本的に貴族同士の口論程度の揉め事は、各自で収める事になっているけど、それは、それくらいの事を処理出来なければ、能力が無い人間だと周囲に判断されるからだ。
その処理の仕方は色々だけど、だいたいは避わすし、相手もそれに乗ってあげるのが貴族間のマナー。
そして今回は私が、こっそりと嗾けていたとはいえ、明らかに口論程度の揉め事から逸だつした物。
パルタザール伯爵家の嫡男側からね。
いきなりの私の態度の変化と、空中に浮く魔法を目の前にした男は、驚きのあまりか、血の気を引いた青い顔で後退りながら……。
「あっ、…いや、…その」
「そうですか、決闘では無いと?」
「やりすぎた事は謝罪するが、そのようなつもりでは」
「では、貴族会議に掛けさせて戴きます。
当家より上位であらせられる伯爵家とはいえ、その家族でしかない者が、下位の子爵とはいえ、その当主である私に暴言を吐くどころか、ルーシャルド侯爵家の催しの場で、衆人環視の中でワインを悪意を持ってブチ撒けられるなどの辱めた受けた訳ですから、当然の処遇かと」
「……ぇっ?」
「では、この場での用件はもう終わりのようですので、これにて失礼させて戴きます」
そう言って、今度こそ、私はジュリを引き連れてこの場を離れる。
思い出したくも無い己が嫌な過去に強張り、まだ震えるジュリの手をしっかりと握りながら。
「ジュリ、ごめん」
「……ユウさん」




