202.教会って、たしか祈りの場なんですよね?
王都大聖堂。
聖オルミリアナ教の本殿でもあり、シンフォニア王国が、このオルフィーナ大陸大陸で最大の国家である理由の一つでもあったりする。
ただ勘違いする人が多いみたいだけど、オルミリアナは神様の名前ではなく、初代大司教の名前が教会名になっただけらしい。
それと言うのも、此の世界の人間は基本的に、聖オルミリアナ教徒なのだけど、土着信仰や少数派の信仰がない訳ではないので、その区別のための名前を付けざるを得ないほど、此の世界では教会と言えば、聖オルミリアナ教の事を指すからと教えられているし、書物にもそう記載されている。
……どの世界も、勢力の大きい宗教と言う物は、懐が広い振りをして、にこやかな笑みを湛えながら世界を支配したがるものだからね。
その、世界最大の信仰である大聖堂であれば、海の向こうにまで名が知られ、態々、信者が聖地巡業として見に来る程に立派な建物らしいのだけど。
足場と落下防止の縄や網で覆われた姿は、何処にも威厳を感じられない。
それを下から眺めながら、そっと溜息を吐き。
「ドルク様、此の工事って、何時迄やられるんでしょうか?」
「全てを終えるのには、あと七年は掛かるらしい」
「魔法を使えば、もっと早く済むと思うんですけど」
「この様な作業を受け入れる魔導士を探すのも大変だが、それ以前に雇用の問題が出てくる」
「神の御心の広さと慈悲深さと言う訳ですね」
土壁や塗料を練ったりは、子供でもできる為、教会は慈善活動も兼ねて、なるべく大変な重労働をそう言った貧民街の人間を使うようにしているらしい。
まぁ、安く使える上に、教会の名声があがると言うのが本音だろうけど…、この手の事なら、やらない善より、やる偽善の方がマシには違いないし、より広い雇用と言う意味では、教会の方針は大部分の人間にとって、喜ばしい事には違いない。
そよ風で顔に掛かった白い髪を、指で後ろに回し直しながら、言葉を続ける。
「ただ、態々船で渡ってきて、中は疎か外も見れないでは、不満が噴出するんではないかと思いまして」
「聖地巡礼が目的なら、聖山ククルマウントの方を開放しているから、なんとかなるであろうな」
聖山ククルマウント、たしか件の初代大司教が神の声を受け、最初の十三の訓戒を戴いた場所だったと記憶している。
普段は教会関係者と王家の者以外は立ち入り禁止の聖域。
それが表山門と第一神殿(修行場)までとは言え、こちらの本殿の工事が終わるまでの期間限定で数百年ぶりに一般開放された訳だから、そりゃあ改めて参拝に来ると言う人もいるかもしれない。
「……でも、彼処って、魔物の領域に囲まれていませんでしたっけ?」
「数ヵ所だが薄い所が在って、そのうちの一つを神殿兵が護衛に付くらしい」
「……護衛ですか? 御布施が高そうですね」
「その神殿兵の危険を減らすために、師団を定期的に派遣させられているのだから、ヴァルトの奴が随分と愚痴っていたな」
「……神殿が、国の機関を使うんですか?」
「民を魔物から守るのが魔物討伐騎士団の仕事だろうと宣った馬鹿がいて、それを真に受けた阿呆が世の中にはいてな」
「好んで魔物の領域に入るのだから、自分達で何とかしろと思うのは私だけでしょうか?」
「その考えには同感だが、国としては教会を無視する訳にもいかんからな」
「ああ、それは分かります」
「問題は物見遊山のために騎士を派遣させるだけで無く、貴重な装備を割かれていると言う事だ」
ドルク様のその言葉に頭が痛くなる。
群青半獅半鷲の爪を材料に使った新式の魔導具の武具は、まだそれほどの数が揃っていない。
どうしても、王都や魔物の領域の近くで、力ある貴族の領地の所が最優先されている上、如何せん、その材料を得るためには、魔物の領域に入らなければならない矛盾があるので、とてもではないが数が足りない状態。
それを物見遊山の護衛のために、教会が幾つか強引に持っていったらしい。
「もっと数を寄越せと言って来てはいるが、当然無視しているし、貸し出している武具も、その日が終われば軍の臨時詰所に返却する事になっている。
それが気に食わないらしく、不便だと苦情が来ているが、断固拒否の姿勢を貫いている」
そりゃあ、そうだ。
教会と言う特性を利用して勝手に国外に持ち出されたり、まだ数が揃ってもいない状態で製法を解析されて他国に売られたりしたら、国としては堪った物ではない。
その辺りの管理は軍規で徹底させる事を条件にして、王国軍や一部の領地持ち貴族に条件付きで売り渡されているらしいから、それら領主達を無視して、教会だから信用するのが当然だと言う訳にはいかない。
そしてそう言う話をされたと言う事は、教会に利用されないように気を付けろと言う事かな。
「ようこそ、おいでなさいましたコンフォード侯爵様。
そして、新しき血の当主であられるシンフェリア子爵様」
「ふむ、ラルフィード大司祭が担当すると聞いていたが、オルミリアナ枢機卿が来られるとは驚くばかりだが」
「なに、最古の血である五公爵七侯爵の内、二公爵三侯爵もの後ろ盾を得て青き血に成られたお方。
ラルフィード大司祭が体調を崩された以上、コンフォード様と同じく最古の血を持つ私が祝福の儀を行うのが良いかと考えた次第です」
担当者の変更?
最古の血?
それにオルミリアナって……。
確か侯爵家でも有ったはずだから、……なるほど、そう言う事ね。
いきなり動くつもりはないだろうけど、ドルク様が警戒されている訳だ。
なんにしろ、代わりはいない宣言された以上はどうしようもない。
もし日を改めても、祝福の儀の担当者は目の前の人物になるに違いない。
「ユゥーリィ・ノベル・シンフェリアと申します。
本日の祝福の儀の程、どうかよろしくお願いいたします」
「お任せくださいませ。
それにしても、まだ若いのに、才気溢れる氣を纏われておられる。
さぞ、神からの祝福を受けて、お生まれした事に違いないでしょう」
「……」
枢機卿の言葉に、ニッコリと笑みで返しながら、心の中で中指をおっ立てる。
ええ、下品で結構。
まったく、私を利用するつもりでいるのなら、せめて此方の事を調べてから顔を見せろっっての。
今の一言だけで、私としては十分に敵認定できる。
ううん、お父様やお母様だって、今の一言を聞いたら激昂するに違いない。
「では、少ないながらも、主の御心の下に此方を納めさせて戴きたく存じます」
「これはこれは、御丁寧に」
枢機卿の後ろに控えていた神官、今回は使いっ走りをされてはいても、おそらく枢機卿の下の階位の方。
神官が持つ細かな装飾の施された手盆の上に、収納の魔法からビロードの布に包んだお布施をお渡しする。
パッと見では金額は分からないけど、布越しからでも、形と大きさからその金額は分かるので、あまりビロードの布の意味はないけど、マナーと様式美は大切。
それに、それだけでは無いしね。
包んだ金額は白金貨十枚と、子爵家の新当主が本祝福の際に払う相場を遥かに超えた金額で、高位の侯爵家並みの金額。
こう言った貴族の当主として、爵位を拝命した時に受ける祝福の儀に払った金額等は公開される事になっている。
これは、貴族の力を示す指標の一つとされるけど、私が教会に対してこれだけの事をしたぞと、教会に示すためのものでもある。
つまり、私を敵に回すような真似はするなと言う意味もある。
「これはこれは、子爵家において他に類を見ない御心遣いですが、あまり声を荒げる事は神は望みませぬ。
多くの方々と共に手を取り合い、力を合わせる事こそ神の教えです」
出る杭は打たれるぞ。
そう言う連中を敵に回したくなければ、分相応にして使われろ、と言ってくるけど、そんな事は最初から想定していた事の一つ。
そしてドルク様も、こう言う事になるのではないかと準備していてくださった。
つまり……。
「……オルミリアナ様、これを」
「……なるほど、既に多くの方に支えられていられるようですな」
ビロードの布に包んだ白金貨に違和感を覚えた、神官の方が中を確認し、それを枢機卿にお見せする。
それは、私を後押ししてくださった方々の署名入りの手紙の束。
枢機卿の言葉を借りるならば、最古の血である五公爵七侯爵の内、二公爵三侯爵の後ろ盾を示す物。
つまり私の爵位拝命だけでなく、此の本祝福の儀その物も後押しすると言う宣言である。
まぁ普通に考えたらあり得ないし、大事ではあるのだけど、逆に言えばそれだけの後ろ盾があるからこそ、相場の十倍以上を払えるだけの力がある事を示さないといけない。
伊達に日にちを掛けて皆様にお礼参りしていた訳ではない。
そして当然ながら、そこには同じ最古の血を持つオルミリアナ侯爵家の名はない。
本人を目の前にしては喧嘩を売るような行為だけど、別にそこまで狙った訳ではない。
此方としては、その辺りは穏便に済ますために、ラルフィード大司祭に祝福の儀を頼んであったのだけど、態々横槍を入れてまで侯爵家としての面子を潰したのはオルミリアナ枢機卿自身の判断の結果が齎したもの。
根に持たないでもらいたい。
多分、無理だろうけどね。
「では問題ないと言う事で。
それと田舎者でお恥ずかしいのですが、このような祝福の儀は、どれ程の時間が掛かるでしょうか?」
「準備を含めて一刻ほど掛かりますが、その前に身を清められてこられますか?」
なるほど、二時間ほどね。
個人の祈祷には長いと思うけど、まぁ公的な祈祷みたいな物だから仕方がないか。
教会も大枚を巻き上げておいて、五分や十分で終了という訳にもいかないだろうしね。
ならその間に、ある事をお願いしておくか。
「では、一つお願いがあるのですが」
「私どもで出来る事であればなんなりと」
「たいした事ではないのですが、昔の診察記録を見せて戴けたらと」
「……申し訳ありませんが、診察記録は他人にお見せする事は出来兼ねますので」
「いえ、自分自身の診察記録です。
昔、お父様が私を此処で診て戴いたとの事なので」
確かに診察記録は他人に見せる事は禁じられており、王家からの指示でもない限り、それは基本的に遵守されている事。
でも本人やその家族であれば話は別だし、診察記録は二十年は保管しておく決まりになっている。
この辺りは普通には知られてはいないけど、私の場合はシンフェリアの神父様から、その辺りの事を学んでいたために知っていただけの事。
「此処で診て戴いたのは、八年前の春だと聞いています。
名前と家名は今と変わりませんので」
此方の情報をくれてやるのは癪だけど、どうせすぐに調べがつく事。
ほんの数ヶ月しか変わらないであれば、その程度の事であれば構わない。
其方は私が叙爵した際に得た家名だと、今だに思い込んでいたのだから、むしろ借りだと思って欲しい。
「…では、確認させた後に、写しを用意させましょう」
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【帰り道】
「それで予定にない行動と、情報をくれてやってまで得た物には価値はあったかね?」
うん、私の独断にややオカンムリ状態のドルク様だけど、私としては確認したかっただけの事なので、許して欲しい。
さっきも言ったけど、与えた情報は早いか遅いかに過ぎないし、ドルク様のおかげで、今では大した事では無い。
今頃、あの枢機卿も同じ写しを手元に持っているだろうから、如何に自分の言葉が失言であったかを理解しているはずだ。
「只の確認ですよ。
こんな紙切れ一枚ですが、私や家族にとって呪われた紙切れでしたから」
此の一枚に書かれた内容に、お父様やお母様がどれだけ悲しみ絶望したかと思うと、今すぐに灰にしてしまいたい気持ちに襲われてしまうほど、暗く淀んだ感情が心の奥底から浮き上がってくる。
それでも同じ心の奥底で、教会を敵認定する事は強く拒んでいる事も本当の事。
互いに蝕み合う自己矛盾ではあるけど、理性が二つの矛盾した感情を必死に宥める。
別に教会そのものが悪い訳でもないし、診察書に呪いが掛かっている訳でもない。
多くの人間にとって教会は必要な物だし、多くの教会関係者は善良な人達が多いのも事実。
それを気に食わないからと、敵認定はどう考えても正気の沙汰ではないし、悪手でしかない。
警戒し油断をしないで付き合う。
互いにやり過ぎない程度に利用し、利用される。
此れがおそらく理想の関係だろう。
今日の事はそのために釘を刺しに行ったに過ぎない。
……ううん、本当は違うって分かっている。
教会は彼女がいたから。
彼女が帰る場所、だから敵にしたくない。
それだけだ。
それ以外は、そのための口実でしかない。
ドルク様も含む、私の後ろ盾してくださった二公爵三侯爵も、そのために利用している。
本当、私は、何処までも自分勝手な人間だ。
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患者名:ユゥーリィ・ノベル・シンフェリア、次女、三歳。
家 族:アルドシア、実父、男爵家当主、シンフェリア領の領主。
症 状:生まれつき発熱、意識混濁、嘔吐、頭痛、体温低下を繰り返す。
色なし故か発育不良が見られる上にかなり衰弱している。
診 断:身体の大きさに対して、過剰とも呼べる魔力による中毒症状。
回 答:薬を併用してゆけば、それなりに生きられるだろうが、成人する事はできない。
おそらく、十の歳になる事すら叶わないだろう。
処 置:衰弱に対する一時的な処置として、あまり効果のない治癒魔法を施術。
強い希望により、定期的な薬の処方箋を渡す。
覚 書:色なしに加え、魔力を通す道その物が欠損して生まれた模様。
不憫ゆえにその事は伝えずに、遠回しに神に見放された命ゆえに、神の下に返す事を勧めたが、拒絶の意思を示された。
色なし、魔力を通す道の欠損、それに加えて過剰魔力による中毒、生きていても苦しむだけだろうに、貴族ともあろう者が不信心な。所詮は男爵か。
診 察 官:■■■■■■■■■■■■■■
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