2.転生? でもなぜ幼女?
あれから三日。
何日も続いた高熱の疲労からか、ベッドから抜け出れるまでに体が回復するまでに至った頃には、なんとなく、今、自分が置かれた状況を把握できてきた。
とりあえず、私の名前はユゥーリィ、ユゥーリィ・ノベル・シンフェリアで、五歳の幼女。
そして同時に俺の名前は相沢ゆうで、享年三十二歳のサラリーマンのオッサンでもある。
なんと言うか想像と言うか推測の域は出ないけど、多分、これが転生と言う奴なんだろうと思う。
アルビノとして生を受けたユゥーリィは身体が弱く、小さい頃からと言うか今も小さいけれど、何度も高熱で生死を彷徨っており、つい先日の高熱で前世の【相沢ゆう】の記憶と意識が蘇ったって所なのだろうと言う事。
そしてやはり自我の強さ差なのか、生きていた年数の差なのかは分からないけれど、今世の【ユゥーリィ】よりも前世の【相沢ゆう】としての自覚が強い。
そう自覚が強いだ。
つまり【ユゥーリィ】としての自覚もあると言う事。
もっとも二重人格と言う訳ではなく、身体の感覚は当然としても、それ以外の感覚と言うか、基本的な判断の基準などが【相沢ゆう】よりであるだけ。
「ユゥーリィ、それぐらいの量はきちんと食べなさい」
「そうだな。
無理する必要はないが、それぐらいの量は食べねば、元気な身体にはなれんぞ」
「お前は同年代の子に比べ、身体がかなり小さいんだからな」
「ユゥーリィ、私のおかずと交換する?
ユゥーリィ、これ好きだし」
「ミレニア、甘やかさないの。
ユゥーリィ、外では食べたくても食べれない人達もいるんだから、食べ物を残すなんて事は許されない事なのよ」
「……ん」
と、こっちの考え事をしていたためか、食事を食べる速度が遅くなっていた事に、家族が私を心配して声を掛けてくる。
その声に押されるようにと言うか、心配を掛けまいとして私は手と口を再び動かすのだけど、……正直、美味しくない。
今、口にした野菜スープにしたって基本的に味が薄い。
塩があまり使われていないと言うのもあるけど、基本となる出汁が取れていないし、煮込みが足りないから味が染みていない。
主食であるパンにしたって、硬い上にボソボソするだけでなく、使っている小麦の甘味や香りがほとんど感じられないので、なんと言うか、おが屑でできた固まった粘土を齧っているような気分になる。
そう思う反面、これがいつもの事だし、十分に美味しいと感じている自分が確かにいる。
山奥での塩は貴重品だし、調理に使う薪も毎日使う必需品だから、そう潤沢に使ってはいられない。
冬の暖房に使う時は、その火を利用して他の季節に比べて美味しいシチューが出る事も多いけど、まだ釜戸の作業がきつい暑い夏場に出される食事の事を思えば、秋の収穫後のこの時期の食事は、一年の内で美味しい季節なのだと。
相反する感覚。
【相沢ゆう】としての知識と記憶。
【ユゥーリィ】として経てきた味覚と感覚。
それが微妙に入り交ざって、時折自分の中で鬩ぎ合っているのが分かる。
「そういえば父上、早朝に西側の山の斜面で、大鼠の群れを見かけたと報告が」
「……この忙しい時期に厄介な」
「収穫後を狙ってということも考えられるけど、問題は大鼠じゃなく」
「灰色角熊……か」
「ああ、大鼠はあいつ等の好物だから、このまま増えられると、領域から彼奴を呼び寄せかねない」
「分かった、とりあえずは今日中にでも罠を彼方此方に仕掛けておくか」
「そうだね、そっちは俺の方で何とか人をかき集めてやっておくから、父上は」
「こっちも何とか人手を集めて山狩りの準備をしておく、五日あればなんとかなるだろう。
巧くいけば罠に掛かるか、罠に警戒して他所に行ってくれるかもしれん」
「あなた、女衆の方でもできそうな事は仕事を分担してみます」
「頼む」
それで朝の朝食兼打ち合わせが終わりなのか、各自席を立ち始める。
私も何とか食べ終わったので、私も自分の食器を……。
「お嬢様、私がやりますので」
「ぁ、あの自分の事はなるべく自分で」
「これが私共の仕事ですから」
そういって、私の手から食器をやや強引に受け取り台所へと持っていく。
お母様も、お姉様も、自分の食器どころかお父様やお兄様の分も持っていると言うのに、私だけ特別扱い。
「ユゥーリィはもう少し元気になってからね」
お姉様からそんな声が通りすがりに掛けられるけど、言うなれば邪魔をしないようにと言う事だ。
確かに今世の私まだ小さな子供でしかないけれど、食器といったって木の食器なので落として割る心配はなく、心配するとしたら、食器にこびり付いた残りが床に飛散しないか、と言うくらいだと思う。
なにより、そうそう落としたりはしない。
まぁ、この身体が持っている記憶を辿れば……心配するなと言う方が無理なのかもしれない。
しかたないので、食堂を出て向かうのはお父様の書斎。
正確には書斎に隣合わさっている書庫があり、ユゥーリィは、体の具合が良い時は基本的に本を読むか、外をお散歩するかして過ごしていたらしい。
本来は例え五歳であろうとも、家の事なりやれる事はやるのが当たり前であり、ましてや辺境であるこの地域では、小さな子供でも大切な労働力であるのにも拘らずだ。
理由はいくつかあり、まずは一番の理由としては………足手まとい。
白い髪に白すぎる肌、そして血を連想するかのような赤色の瞳。
所謂アルビノとして生まれた私は、そのせいかどうかは分らないけど、赤子の頃から何度も高熱を出しては何日も寝込む事が多く、体力も力もない。
そしてアルフィーお兄様が言っていたように、同年代に比べて身体も小さいらしいから、無理をしてまた寝込まれる方が堪らないと言う事なのだろう。
理由の第二に、まかりなりにも貴族であると言う事が挙げられる。
【ユゥーリィ】の持つ記憶と、【相沢ゆう】の持つ前世の記憶を照らし合わせると、この世界は地球の中世ヨーロッパぐらいの世界に似ている気がする。
そんな貴族世界真っ只中の世界で、シンフェリア家は男爵の爵位を持つ家で、しかも男爵家には珍しい領地持ち。
いや正確には領地を保つ男爵というのは珍しくないけど、代々続く領地持ちの男爵は珍しいらしい。
そのあたりの理由はよく分らないけど、そう言うものらしいと言う事は記憶にある。
と言っても領地の人口は少なく、四百人規模のこの町と百人以下の規模の村が幾つかで、領地全体では二千人に満たない。
しかも国の主要な街道から離れた辺境の田舎領地なため、貴族としては決して裕福とは言えず、お父様やアルフィーお兄様だけでなく、お母様やマリヤお義姉様やミレニアお姉様も身体を動かして働いている程。
だと言うのに私は病気を理由に労働を免除されるばかりか、自由にさせてもらっており、その事に申し訳ないと思いつつも、それが家族にとって一番の迷惑の掛からないお手伝いだという事実が少しだけ悲しくなる。
シンフェリア家の家族構成としては、お父様とお母様、長男のアルフィーお兄様夫妻に、長女のミレニアお姉様。一応、次男としてダルダックお兄様もいるけど、既に町の名主のところへ婿入りしているため、基本的にはシンフェリア家とは別家扱い。
あとは女中と言うべきかは分からないけれど、通いのお手伝いのセイジおばさんとリリィナおばさん。
二人は孫の面倒も終えた現役リタイヤ組で、家の事は子供達に譲って老後と孫の小遣い稼ぎのため、シンフェリア家内の事をやってもらっている。
田舎の貧乏男爵家では、執事はおろか女中も満足に雇えないのが実情らしい。
実際、仮にも貴族で領地持ちの男爵家。
そこまで貧乏と言う訳ではないらしいけど、できる時は少しでも貯えをしておくのがシンフェリア家の代々の方針らしい。
理由としては朝食時にお父様達が言っていた灰色角熊。
もう一つ名前の挙がっていた豚サイズの大きな鼠と違って、此方は獣ではなく魔物。
魔物とは野生の獣に比べても圧倒的な強靭な肉体を持ち、種によっては攻撃魔法を扱う凶悪な生き物の事らしい。
ごく普通の猟師や普段は鍬や鎌を握っている程度の兼業自警団では、例え束になったとしても手も足も出ない相手だとの事で、討伐には傭兵か、まず来る可能性のない国の魔物討伐騎士団にお願いするくらいしか、我が家では手はないとの事。
つまりお金が物凄く掛かるため、そのための貯えでもあるみたい。
「あった」
そんな事を考えながら書庫にある本の背表紙に書かれた文字を、目で追っていると目的の本をようやく発見する。
【魔法初級入門】
そう、この世界では魔法があるみたい。
【相沢ゆう】が目覚める前までは、【ユゥーリィー】が好んで読んでいた物語の中でも魔法が使われていた。
でもそれは想像の産物では無く、当たり前の英雄譚や恋物語の一幕として。
そしてそれを証明するかのような本のタイトルがあり、他にも魔法関係の幾つか並んでいる。
埃を被っている事からして、あまり読まれている形跡はないけど、何にしろ読むならこの本からだろうなと当たりをつけてみる。
被っている埃の具合からして内容的には古い物なんだろうけど、基本なんて物はそうそう変わる物ではないだろうから、さして問題ないだろうと思い込む事にする。
それにしても、あらためて見回してみると、広い書庫にもかかわらず所狭しと本が並べられているなぁ。
本はこの時代、貴重な物で高価な物のはず。
それがユゥーリィではなく、相沢ゆうとしての知識からその事が理解できる。
だから古くても大切に保管しているのだろうと。
それにしても、普段の質素の生活からしたら信じられないくらいもある、膨大な量の本に感心する。
お母様から浮き沈みの激しい下級貴族の中で、シンフェリア家は歴史だけはあるらしいと聞かされており、それこそ二千年以上長く続く歴史を持つシンフォニア王国の建国時からあるかもしれないと言う程に。
でも……、実際にはあり得ないだろうなぁ。
公爵や侯爵とかいうなら分かるけど、子爵を含む下級貴族と言うのは大半が報奨貴族で、まぁ一応は国の為に頑張ったから公的な立場をあげるよ、と言う意味合いが強く、報奨金代わりに渡すような爵位である事が多いため、何か問題が起こせば剥奪して、別の者に新たに報奨金の代わりに与えられると言う、替えの効く立場。
上位や中位貴族からしたら特別守るものではなく、自分達の利害でもって相互に助け合う程度のもの。
多分これらの書庫も、以前に此処を治めていた貴族から引き継いだものだろうと、前世の知識からして勝手にそう判断する。
よいしょっと、窓際においてある踏み台を持ってきて見つけた本を手に、明るい日差しが入り込む、廊下を兼任する広いラウンジスペースに置かれた椅子に腰かける。
歴史のある建物であるこの屋敷の中で比較的新しい空間は、ガラスの代わりに高価な水晶を使った大きな窓。
使われている水晶は決して透明度が高いとは言えなく、所々白い筋が入っているものの、明るい日差しをしっかりと家の中に取り込まれたその場所は、対外的にはお客様との談話室を兼ねているものの……多分、病弱な私のために新たに改築された場所。
そこに両親の愛情を感じ、決して裕福と言えないシンフェリア家において、ユゥーリィが如何に両親に愛されているかを伺える。
後は……まぁ哀れみなのだろうと思う。
朧気ながら熱に魘されながら聞いたユゥーリィの記憶にあるのは、成人する事はできないだろうと言う誰かの言葉。
誰の事かは言ってはいなかったものの、誰の事を指しているのかは明らかだし、言葉にしなくとも、私の置かれた立場や家族や周りの者の態度を思い起こしてみれば、誰の目にも明らか。
「まぁ、だからと言って悲観に暮れる気はないんだけどね」
前世における最期。
確かに死因は交通事故だろうけど、信号無視の車に気が付かなかったのは、自覚していたほどの疲労。
一応は誰もが知っているだろう大学の院を出て、一流とは言えなくとも、それなりの会社で研究職についていた俺は、連日の深夜までの研究とそのまとめに、会議資料の作成。
しかも、そこへ辞めた同僚の研究も引き継がされた挙句、その研究も苦手分野の研究ときた。
まぁ社命だからサラリーマンは辛いよねと思いながら、帰り道の出来事だった。
疲労とストレス全開で思考がぼやけてたのもあって、反応が遅れたのが一番の原因。
ならば、今世は例え短い命だったとしても、好きな事をやって死にたい。
しかも前世ではなかった魔法があるこの世界ならば、魔法に興味を持たないなんて言ったら嘘になる。
「………はぁ」
そう勢い込んで本を読み始めたものの、陽が傾いた頃に【魔法初級入門】を読み終えた時には、何と言うか諦めと言うか、この本書いた奴は何を伝えたかったんだ? と言うのが正直な感想を占めていた。
持って回した難しい文法や、分からない単語は所々あるものの、書いてある事が抽象的過ぎる。
まるで書いた著者の感覚を、そのまま無理やり文字に起こして書いた様な、投げやりな感じの内容。
これでは本に再び埃が被るのも、時間の問題かもしれない。
それでも収穫がない訳ではなく、基本的な魔法の知識は書かれていたし、著者の魔法理論体系みたいな物もしっかりと感じられた。
そういう意味では、初級入門と言う題名は間違っていない。
ただ、肝心の魔法を使うための説明が、あまりにも抽象的過ぎた。
まともに書かれていた初級の魔法理論にしても、前世のゲームや漫画の世界と大きく違わない。
逆に言えば、前世の知識があったからこそ、書かれていた初級魔法理論を理解しやすかったとも言える訳で、予備知識がなかったらこの本だけで、何処まで理解できたかは、はなはだ疑問だとさえ言える。
一番問題のある部分が、どう書かれているかと言うと『身体の中の魔力を感じ取れ』とか『魔力を掌に集中させて魔法を発動させる』とか。
魔力って何? どう感じ取れと? 集中って、意識ではなく魔力を? 発動させるための方法は?
そのあたりが抽象的な言葉以外、理論的な事が全く書かれていない。
「……これでどうしろと?」
本に書かれた抽象的過ぎる実践以外、魔法に関する基礎知識を要約すると。
魔法には大きく分けて【火】【風】【水】【土】【聖】【闇】【時空】【無】の八系統あり、それぞれの素質と相性で使いこなす事とができるのだとか。
そしてその素質も曖昧で、ある程度血統的なものはあるらしいが、それが全てではなく、生まれやすいと言うだけで、親族に魔法使いがいなくても突然生まれる事も多い。
偶発的に何らかの要因で生まれるものらしいと言う事。
ただそう書かれている反面、別の個所では魔力そのものは、人間だけでなくあらゆる動物も持っており、その力の強さや許容量、そしてそれを引き出せるか引き出せないかに過ぎない、とも書かれている。
「……せめてその判断基準が書いてあれば良かったのに」
うっ……。
落胆したところに、胸の奥から喉にかけて不愉快なものが込み上げてくる。それを何とか落ち着かせるように飲み込んでから、呼吸と体を落ち着かせる。
目が覚めてからと言うか、……目が覚めるより前からなんだけど、むあん、むあん、と不愉快なものが体を巡る感覚が、時折強くなって吐き気となって襲ってくる。
熱が下がってからは比較的落ち着いてはいるものの、ユゥーリィの記憶は、この不快なの感覚に常に襲われていた事から、多分これから死ぬまで此れに付き合わないといけないのかと思うと少し鬱になる。
だけど、普段はなんとか我慢できないようなものじゃなく、この間のように熱を出し寝込んだ時には、ダブルパンチで物凄く辛くなるだけで……、こればかりは自分の意志でどうしようもない。
まだ病み上がり、また酷くならないうちに自室で横にならないと。
そうしないと、また家族に心配をかけてしまうから。
家族が愛した【ユゥーリィ】が、別の何かに代わっていようとも。
例え、今こうして家族を想う気持ちが偽りであり、【ユゥーリィ】を愛した家族に対する裏切りだとしても、その想いは変わらない。
この身体は、確かに家族が愛した【ユゥーリィ】そのものなのだから。
2020/03/01 誤字修正




