144.新しい工房には夢がいっぱい詰まっています。
「グラードだ」
「ユゥーリィと申します。
今回はお力添えと、ご教授の程を宜しくお願いいたします」
身長差のため、やや腰を下ろしながらも握手をして挨拶をしてくれたのは、高級家具職人であり装飾職人でもあるグラードさんは、禿髪が非常に眩しい五十代後半ぐらいの熊を彷彿させる小父様。
何気に、ミレニアお姉様の旦那さんと同じ名前だったりするけど、グットウィル家とは全く関係がなく、そもそもよくある名前だから偶然の一致です。
けっしてお義兄様の頭が、目の前の人物の様になる事を想像したりはしませんよ。
お義兄様の髪の将来はともかくとして、ドゥドルク様の屋敷に、何度か家具などを納めた実績のある方らしく、今回、書籍棟の大型砂時計と設置する際に、魔導具の砂時計の周りの台座部分を担当して貰う事になっている。
「ぅわ……」
うん、そうなんだけど、グラードさんの工房に置かれている作りかけの家具や装飾品についつい目が行ってしまう。
ええ、だって素晴らしい作品ばかりだもの。
機能性を失う事の無いような意匠と、そこに施された細工彫とその仕上げ。
細かいながらも、線の一本一本が埃が堪りにくい角度で掘られ、手入れがしやすい事までも考えられている。
いくら素晴らしい家具でも、埃が溜まっていたら、見せる家具としては台無しだからね。
そう言った心遣いがされながらも、これだけの作品性を保っているところが、また素晴らしい。
乱雑ながらも、整理されるように置かれた異形な専用の道具も使っている所を是非ともみてみたいと、つい心が奪われてしまう。
「お嬢さん」
だからつい、ヨハンさんに声をかけられるまで見惚れてしまいました。
「失礼いたしました」
「いや、貴族のお嬢さんには、もの珍しかろう」
「いえ、私は、庶民ですのでお気になさらずに。
ただ単に、私がこういうのを見るのが好きなだけです」
「随分と物好きな」
「いえいえ、だって素晴らしいじゃ無いですか」
多分、この時の私は、久しぶりに素晴らしい家具や工房、そして作っている職人に触れて興奮していたのだと思う。
ええ、思わず語っちゃいました。
人々の生活の中で何気ない品々、それが如何に創意工夫がされ、そこに色々な人の想いと熱意があり、自分達がその恩恵を受け取っている事を。
そしてその中にある、装飾は人の心を安らげ、日々の肥やしとなり力を与えている事。
かと言って装飾に拘り過ぎず、使い勝手や手入れを考えた、ギリギリの均衡を手探りに探って行く情熱。
道具一つ一つをとっても、そこを考えると物凄く夢がある道具で、見ていて飽きない事を。
それらを自分の手のように扱い、魔法のように作り上げてゆく姿が、物凄く美しいと。
ええ、長々と語っちゃいましたよ、お茶が完全に冷めるぐらいに。
ヨハンさんが呆れ顔をしているから、グラードさんも多分呆れているんだろうな。
大きな手で顔を覆っているあたり、もしかすると呆れるを通り越して、怒っているのを抑えているのかもしれない。
うん……、反省。
「重ね重ね失礼いたしました、まずは仕事の話をしましょう」
そう言ってから、私は鞄の中から幾つかの意匠図と図面、そして五連の魔導具の砂時計をテーブルに並べる。
すでに仕事の概要は伝えてあるらしいので、実務としての話。
学院側から既に設置場所と意匠の方向性は決めて貰ってはいるので、まずは此方の砂時計で小型の物を。
先方と調整を行った上で、大きな物を作り書籍棟に設置工事する。
工期としては、夏に書籍棟が書籍棚の再整理もあるため一時閉鎖期間を設けるので、その期間内と言う事。
全体の予算としては、結構な金額だとは思うけど、どう割り振るかは此れから。
「仕事としては悪くねえ。
肝心の意匠も悪くはねえが……おーーーいっ!」
いきなり工房の奥に向かって大声を出すグラードさん。
その大声に応えるように、可愛らしい作業着を着た水色の髪の少女が顔を出し。
「お祖父ちゃん、呼んだ?」
「呼んだから来たんだろうが、いいから此奴を元に書き直してみろ。
場所は例の貴族様の子女が集まる、頭の痛くなる本ばかりが置いてある所だ」
「はーい」
そう言って、私の書いた意匠図を持って、少し離れた作業台に向かって何やら書き出す。
「まだ子供だが腕は確かだ。
若い分、俺と違って頭が柔らかいからな、新しい物はアイツ向きだ」
「一つ上ぐらいの可愛い子ですね」
「……胸はないが一応は十三だ」
「お祖父ちゃんっ!」
「やべっ、聞こえてた」
うん、今のはグラーフさんが悪い。
あと、私これでも十二なので、胸は更にないですけどね。
「……こほん。
あいつはサラノアって名前で、一応、俺の孫だ」
あっ、返答に困って話を逸らしましたね。
別に私が年相応に見えないのは、今更なので良いですけど。
「あの歳で仕事を任されるなんて、凄いですね」
普通なら見習い扱いの歳である十三歳で、貴族向けの工房で専用の机と道具を持っているのだけでも驚きなのに、貴族向けの施設に設置する物の意匠を託されるなんて、よほどの腕と信頼があるのだと思う。
「アレだけの物を作るお嬢さんが、それを言いますか?」
「ヨハンさん、私のは魔法で力づくの物ばかりで、此処にあるような素晴らしい作品は作れませんから」
作ろうと思っても、やっぱり細かいところで粗が出てしまうんですね。
だからこそ、グラードさんもそれを元にサラノアさんに意匠図を起こし直させているのだと思う。
「ほう、では此方は、魔導具師の代理ではなく、魔導具師当人と。
……まだ若いのに」
「はい、見ての通り身体が丈夫ではありませんので、此方の道を歩ませてもらっています」
「げほっ、ごほっ」
私の言葉に何故か、むせ始めるヨハンさん。
何ですか? 何か言いたい事がありそうですね。
でもそんな失礼な事を思っている人の言葉なんて聞いてあげません。
別に嘘は言ってませんよ、魔法がなかったら、私なんて何も出来ない病弱な子供でしたでしょうから。
「そう言えば、先日、貴族街の外れで子供を拐おうとした不届きな者が、逆に昏倒させられたようですが、此方の方の治安は大丈夫で?」
「この工房街で、そんな不手ぇ輩は、街の皆んなで袋叩きだ。
生かして逃がしやしねえさ」
ヨハンさん、なんで今、その話をするんですか?
……ああ、サラノアさんみたいな、可愛い子供もいるから心配したと。
……誰しも、先日、不届き者を迎え撃った少女ほど強くはないからと。
……あとついでに、此方の治安状況の再確認ですか。
現地の人の言葉は大切ですからね。
「結束が固いんですね」
「皆んな忙しいからな。
子供は工房街の皆んなで育てているようなものだ。
まぁ中には、女だてらに工房を遊び場代わりにして、技術を身につけるとんでも無い御転婆もいるがな」
「お転婆は余計よ。はいできたわ」
「だったら、せめて口の聞き方ぐらい何とかしろっての。
……まぁ、これなら合格だな」
そうしてグラードさんが見せてくれた意匠図に、私は素直に感嘆の声を溢す。
うん、だってね、私が書いた意匠図を元にしているのは分かるのに、はっきり言って別物と言えるぐらいに品格が上がっているんだもん。
流石は、一流の職人が任せるだけはあるのだと思うし、これをあんな短時間で描いた目の前の少女に尊敬の眼差しを送る。
「サラノアさん天才です。
物凄く美麗にな上に、派手すぎず格式も高くなって、彼処に在っても違和感のない意匠に仕上がっています。特にここのラインの艶かしさが良いですねぇ」
「ふふん♪ 前のも方向性は悪くは無いけど、色々と足りなさ過ぎなのよね。
やっぱり才能の限界ってやつを感じた・痛っーーーー!」
「おめえは調子に乗ってそう言う余計な事ばかりほざくから、工房なんぞ百年早えと言っているのがまだ分からんのか」
いきなりサラノアさんの頭に、硬い拳骨を落とすグラードさんを涙まじりに睨むサラノアさんに、ああ、こういう残念属性の性格の子なんだと、つい笑みを浮かべてしまう。
ある意味人間味のある子だとも言えるからね。
「この馬鹿が済まねえ」
「いえ目の保養になったので、お礼が言いたいぐらいです」
「そう言ってくれるとありがてえが。
おいサラッ、まずは商品見本として、そこの奴に合う大きさの物を作り上げておけ。
他の仕事もある、半月あれば十分だろう」
「十日もあれば十分よ。
でも、できればコッチも何とかしたいんだけど」
ん? サラノアさんが言っているのは見本の砂時計。
とりあえず円柱に腰の部分だけ絞った砂時計の形なので、特に気にしていなかったのだけど、いじりたいのならばと、簡単に図を描いて貰う。
ああ、なるほど少し捻じりを入れるんですね。
それぐらいなら、すぐにできますよ。
「……凄いね」
「そうですか?
ただの形状変化の魔法なので、図案さえあれば、それを真似るだけです。
流石に細かい細工は無理ですけど、型さえあれば、それに嵌め込むという事もできますし」
「えっ、じゃあ、こんなのもいける?」
「……えーと、できなくは無いですが、使いにくくなってしまうかと」
「そう言えば、これって何に使うやつ?」
「おめえは昨夜、なにを聞いていたんだっ!」
「そんなの、ボクが覚えているわけないでしょう」
「覚えていろっ! 仕事なんだから!」
話の途中で、何やら、またやらかし始める祖父とその孫の楽しそうな家族の姿に、自然と優しく笑みを浮かべてしまう。
大切な家族の時間を、なるべく邪魔をしたくないから。
あとサラノアさん、ボクっ娘だったのか。
「ああ、そういう奴なのね、そう言えばそんな事を言ってたっけ。
お祖父ちゃんも、最初からそう言ってくれれば良いのに」
「言っても忘れていた奴が何を言いやがる」
「でも、あると便利な道具よね。
作業に夢中になって時間を忘れる事って多いから」
「小さな物でも銀板貨で四、五枚はするって代物だぞ、買えるか」
「魔導具でない物なら、もっと安く作れるはずですよ
ただ砂の粒度を揃えるのに大変になりますが」
砂時計を魔導具にしたのは、砂の落ちる量を粒度や掛かる重量に関係なく、常に均一に落ちる量にして、積もった砂の量に比例で過ぎた時間が細かく分かるようにしたため。
改良型で光るようにしただけなので、そこまで細かさを求めないのであれば、只の砂時計は通常技術で作れるはず。
「白水晶の屑が入手出来ればでしょうが」
「……無理だな」
「……無理ね」
ヨハンさんの冷たい言葉に、グラードさんも、サラノアさんもアッサリと諦める。
現在、国中の白水晶屑が不足している。
原因はとある貴族が、当時は水晶屑に価値がなかった事を良い事に、国中の水晶屑を買い占めた悪徳貴族がいたわけで、新たに出てくる水晶屑も結局は、新たな商品開発の研究に回されているため、市場にはまず出ない状態。
と言うか、もともと市場にも出ないゴミ屑だった訳ですけどね。
本当に、困った事を考えた人がいたものです。
私ですけどね……、自分で自分の首を絞めているって、こう言う事なのかも。
「今回の制作分は、先方が用意した白水晶壁を使用する予定です」
「流石は貴族様だな。やる事が大胆だ」
「勿体ないとしか言いようがないね」
ヨハンさんの言葉に、呆れる二人と同様に私も呆れている。
何度聞いても、本当に勿体ない話だと思う。
大きな水晶をわざわざ潰して硝子にするだなんて、ありえない冒涜だと言わざるえない。
流石にそれは色々とアレなので、私が水晶のまま何とか加工するつもりです。
やった事はないですが、水晶のままの方が頑丈ですので、試作用の白水晶が来たら挑戦してみるつもりです。
駄目なら潰して、当初の予定通り硝子です。
とにかく、もう少し話を詰めましょう。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
「きゃー、何これっ、何これっ!
可愛い♪ 丸い♪ ぷちゃいく♪」
年相応と言うか、それ以上の興奮ぶりで、以前に作った砂時計の魔導具の意匠図を見て興奮するサラ。
目を輝かせながらも、手元の自分の意匠図帳に一生懸命書き写している。
ああ、後で木に彫ってみると。
ならコッチの項に、裏側の拡大部分が。
このお尻の丸みと大きさに拘りました。
「分かる。分かる。
こんなの思いつかなかったけど、そこに拘るのは分かる。
ユゥーリィ、貴女、あっちの才能はないけど、こっち方面の意匠の才能はあるわよ」
「巧みの技に憧れているので、こっちが在っても素直に喜べません。
純粋に、楽しむだけです」
互いに名前を呼び合いながら、侯爵家のドゥドルク様の執務室におく、砂時計の意匠の相談は、すでに脱線しまくって、今やディフォルメした意匠の、拘りポイントの話に華を咲かせる。
「……コットウ様、これを領主様が?」
「困った事に、あの方は実用性があれば、拘らない性格なので」
なにか後ろの方で頭が痛そうにしている二人がいますが、問題ありません。
いいんです、可愛いは正義なのですから。




