130.早朝鍛錬が厳しくて泣きそうです。
日が昇り始めた頃から始めている早朝鍛錬。
流石にこの時間帯から動き出す学院生はごく僅かで、この鍛錬場もこの時間帯は貸し切り状態。
アドルさん達にも、昨日の内に今日は付き合って貰わなくても良い旨は伝えてある。
ええ、確かにセレナ経由で伝えましたよ。
「もう身体が、そう慣れて来たしね」
「そうそう、朝は意外と涼しいから、ちょうど良いし。
毎朝、起きる時に眠いのが欠点ではあるけどね」
「昨日の内に断って来たから、いないと思ったらしっかりといるし」
「まぁ自分達の鍛錬時間が、この時間帯になっただけだしな」
此方は喋る余裕など無いのに、談笑しながらウォーミングアップで横を走る何時もの四人組。
もともと彼等は講義後と、暗くなってからの夜の一日二回を基礎鍛錬にしていたのだけど、その内の講義後の分を、早朝に回しているらしい。
朝起きるのさえなんとかすれば、その方が一日の時間の使い方が効率よく、自由に使えるためそうしたらしく、結果的に私の鍛錬への付き合いは、いい口実と理由だそうだ。
え? ペース上げるんですか? 無理、無理ですっ。
気合でやれって、無茶言わないでください。
あと、無理やり引っ張らないでっ。
「へぇ……、はぁ……、ぜぇ……、はぁ……」
この人達、鬼です。
早い速度について行けなくて、体勢を崩しそうになる私を、巧い具合に引っ張ったり支えたり押したりして、速度を落とす事を許さないんですよ。
体力が限界近くでも姿勢を崩さない訓練も兼ねてるって、……姿勢を崩して転ぶ方が危ないのは分かりますけど。
「あれ? あの人、部外者だよね? 見た事ないし」
「講師の先生じゃねえのか?」
「恰好からしたら魔導士だろ」
「って事は、ユゥーリィの関係者?」
緑の絨毯と化している地面に寝転がって息を整えているところへ、そんな話声が聞こえて来たので、そちらに寝転がったまま視線を向けると、……ええ、おもいっきり私の関係者です。
コッフェルさん、なんでこんな所にいるんですか?
そう思っていると、犬を追いやるように手を払うので、おそらく気にせず鍛錬に励めって事なんだけど。
もしかして態々見学、……って性格じゃないですね?
おそらく酒の肴に物見遊山に来たのでしょうが、なにか授業参観に来た親みたいで、物凄く気恥ずかしいのですが。
「今は無視しちゃいましょう」
「それもそうね」
「まぁ見た所お爺ちゃんだし、変な気はないだろうしね」
「あったらヤバイだろ」
「流石に、もう枯れてるだろ」
ギモルさん……、流石にそれは酷いかと、否定はしませんけどね。
柔軟運動を始めとした基礎運動を幾つか行った後、何時もの全身運動のダンスを……フルセットでって、無理ですよっ。
せめて二つに分けて、……甘えるなって、酷い。
無理して身体を壊したら、……ええ、治癒魔法使えますよ。
筋肉痛防止にも効果がありますので、よく使ってます。
「ぜぇ……、ぜぇ……、ぜぇ……」
「よぉ~、嬢ちゃん、良い具合に扱かれてるじゃねえか」
先程以上に、余裕の欠片もなく地面にひっくり返っている私に、聞き覚えのある声で話しかけられるけど、返事をするどころか意識を向ける余裕すらないので、完全に無視です。
今は少しでも多くの空気を肺の中に送ります。
そう言えばと思いつつ、力場魔法で大気中の酸素を少しだけ口元に集めて肺の中に取り入れる。
いわゆる簡易的な酸素スプレー。
酸素は、あまり濃いと酸素酔いをするらしいので、ほんの一、二パーセント分を増すぐらいで二、三秒の時間、それだけで十分に頭が冴えてくる。
ん? なにかアドルさん達に、私の知り合いだと言っているようですが、あまり変な事を言わないでくださいね。
変な事を言ったら、しっかりと覚えておいて報復いたしますからね。
「ひっくり返っているところを悪いが、奴さん達、来たようだぜ」
うん、分かりました。
分かりましたけど、もう少し待ってください。
今はまだ、身体を起こすのも辛いですから。
確かに回復魔法は既に唱えましたよ。
でも呼吸と体力の回復は別です。
若いからすぐ回復すると言っても、限度がありますから。
「じゃあ体力の回復がてらに、一度部屋に戻って着替えちまいな。
相手がアレだけやる気になってるんだ、運動着じゃ失礼ってもんだ。
そう言う訳で、そこの嬢ちゃん達、此奴に手を貸してやってくれや」
セレナとラキアに身体を起こされて視線を向けた先には、あの日、森の中で見た二人の姿を連想させる姿に、どこまで本気なのかと溜息がでる。
えーと、私、もしかして本気でヴィーを怒らせているとか?
そんな心配が伝わったのか、部屋に戻って着替えている私に、何事かと心配げに聞いてくるセレナとラキア。
私としては大げさに考えてなかったのだけど、ヴィー達の本気の格好とコッフェルさんの様子に心配気にしてくれる。
事情を知らない四人としては、何時もの体術の訓練の分を含めて、濃い目の練習メニューにしてくれたのだと思うけど、裏目に出てしまったと。
「問題ないですよ。
向こうに戻る頃には、それなりに回復していますから」
もともと私の身体強化の魔法は操作型、魔力による強化型と違って、筋力の疲労とかはあまり関係ない。
その代わり、強化型に比べて魔力消費が若干多めなのと、身体の動きに合わせた高度な操作が必要だって事ぐらいだ。
「あの人達、魔導士としての私と、本気で手合わせをしてみたいんですって」
着替えたのは、何時も着ている魔法少女の軍服を模した白の服ではなく、黒い方。
私の髪や肌の色的に此方の方が目立つので、予備の服としてあったのだけど、今回はコッフェルさんの顔を立てて此方の方を選ぶ。
そこに狩猟用の黒皮手袋に、収納の魔法の魔導具の腕輪を保護する革当て、それにブーツ。
本当は此処に弓矢や収納の鞄に、小物入れを幾つかをぶら下げるけど、今日は狩猟が目的ではなく模擬戦。
なら、小回り優先でこんなものかな。
ついでに髪形を……サイドテールの札か……、子供っぽいツインテールよりはマシと思おう。
「ユゥーリィ、その恰好、凛々しくて可愛いわね」
「普段は運動着姿ばかり見ているけど、白いのに続いて、黒いのも足出しなんだ。
勇気いるぅ~」
そう言ってくれるのは嬉恥ずかしいんだけど、私としては、そう似合っていると思っていないので、正直、運動着の方が落ち着く。
おそらく客観的な意見で言えば、二人の言葉は恐らく正しいと思うし、鏡に映った自分の姿は、美少女の部類だとは思う。
でも、前世で三十代の男だったためか、その印象が強すぎて、鏡に映る自分の姿の横や脳裏に、同じ服を着たおっさんの姿が浮かぶ訳で。
ええ、痛すぎます。それが自分だと思うと更に切なくなります。
そう言う理由もあって、自分の服には積極的では無いのだよね。
用意されちゃった以上は、勿体無いので着ますけど。
あとラキア、足出しと言っても極一部だからね。
ちゃんと長靴下を履いているし、スカートが短いと言ってもその上に重ねて着るから、前からほんの少し肌が覗くだけです。
エロく言わないでもらいたい。
ぱんっ!
気持ちを切り替えるためにも両手を叩いて、気合を入れる。
さぁ、狩るかなっ! ……訂正、今日は狩っちゃ駄目だった。
そう言えば生け捕りって、今までした事が無かったなけど、なんとかなるでしょう。




