1010.とある小子爵の旅行記、その参。
【グラード・ウル・グットウィル小子爵】視点:
義妹の屋敷に招かれて我が家以外の客人の顔触れは、老魔導士に書店の夫婦と前回と重なる面々だった。
いや、正確には我が家同様に先方も子供を連れて来ている為、その辺りの変化はあるものの、雰囲気としてはそう変わらない。
他にも一組の中年夫妻が招かれていたが、そちらも書店の女主人の関係者で我が家と同じ子爵家の夫婦。
平民の夫妻の方は私達夫婦に恐縮はしていたが、既に知った顔であり、前回同様に客として来ている間は気遣いは無用で無礼講だと伝えておく。
そもそもマイヤーソン子爵夫妻は書店の女主人、ライラ婦人と縁戚関係で崩した話し方で柔らかな雰囲気を出しているのに、我が家だけ堅苦しい事を言っても屋敷の主人であり、辺境伯である義妹を困らせるだけの事で、それが食事の席でなら尚更だろう。
更に父親らしい事を言うのであれば、子供達との情操教育もある故に子供達同士の触れ合いは貴族平民に拘わらず大切にしておきたい。
幸いな事に向こうの夫妻は平民であっても商売柄貴族に関わる事も多く、最低限の礼儀作法や距離感を保てる人物。
不快など欠片もないし、寧ろ下々の生活や考え方を知る上で学べる事も多い。
「なるほど、今回はこの街ある図書館と呼ばれる書籍棟へ、書籍ギルドの地方支部長として視察を兼ねて来られた訳ですね」
「ええ、姪のライラは若者向けの本を幾つか納められないかと、事前調査を兼ねて遊びに来ないかと、私達夫婦共々誘われましたの」
ライラ婦人が義妹の恩人だと言うのは以前にも聞いていたし、その際に協力戴いたのがマイヤーソン子爵夫人だと言う事も聞いていたが、こうしてお会いするのは初めての事。
互いに住む土地も離れている為、交流する事はほぼないとは言え、それが書籍ギルドに置いてそれなりに立場のある人間ともなれば、そのような人物と良き形で縁を持てる事は貴族にとって有り難い事だと言える。
「はははっ、その点、私達家族は正真正銘遊びに来た身ですから、お恥ずかしいばかりです」
「いえいえ、私達も同じ様なものです。
視察や仕事など口実程度の事ですから。
叔父のコッフェルなど、魔導具師ギルドの長としてユゥーリィさんの行っている国家事業についての視察に来たはずなのに、来て早々にユゥーリィさんにツマミを作らせて呑んでいますから、困ったものです」
言葉を濁してはいたが、国家事業と言えば、おそらくは春先に国が発表した水の大改革の計画と共に発表された魔物の繁殖の事だろうな。
将来的には辺境伯全ての地で魔物の繁殖を行うとも。
その辺境伯の一人である義妹は様々な事業を行っており、その中に国が関わるものも多数在ると聞いているが、今、一番注目を浴びているのが、先程の魔物の繁殖による魔石の生産事業。
その際に様々な副産物も生み出され、それさえも国や軍にとって無視出来ない代物であるため、国は彼女に問題が起きても本国に被害が及びにくいこの地と地位を与えたと噂されているほどだ。
正直、我が家にも彼女との縁を求めて様々な家から話が来るが……、実際にはどうしようもないのが実情だ。
なにせ義妹は妻も認める引き籠もり人間で、外に足を運ぶとしたら人気のない山奥ぐらいと言わしめるほど。
王都から遥かに離れた土地に住んでいるだけあって、真面な手段では顔を見る事すら叶わない。
『我々としましては是非とも妹君に紹介をして戴きたく、こうして遠方より足を運びお願いに上がりました所存です』
『残念ながら、国より無闇矢鱈と妹に紹介しないように言われております故、どうか指定の窓口となっている家に御相談下さい』
大抵はこれで済む話なのだが、中には知恵を働かせる者もいるが……。
『珍しい素材が我が家で取り扱っており、その事で妹君に連絡をして戴ければ、妹君のお力になれるかと確信しております』
『空間移動の魔法で大国であるシンフォニア王国中どころか、他大陸にまで足を運び様々な素材に触れ合う事の出来る妹が知らないほどの代物ですか?
そこまで仰られるのでしたら、先ずはリズドの街の屋敷に赴きになられた方が宜しいかと。
遠い我が家まで足を運ばれた貴方様の熱心さに、私、心を打たれましたので紹介状をお書きいたしますわ』
まず屋敷を任された執事によって選別され、大抵の者はそこで弾かれる事になる。
そもそも紹介状と言っても、リズドの街にある義妹の屋敷を任された執事に話しを持って行けるだけの代物でしかないし、その紹介状も二種類あり、もしも相手が脅すような言動があれば、紹介状の色でどういう輩なのかを知らせる事になっている。
おまけにリズドの街にある屋敷は、義妹が子爵時代に手に入れた屋敷だというのは、それなりに知られている話だが、その屋敷を任されているジィーヤ・ロッテンマイヤーが、古き血筋の一族の一柱であるヴォルフィード公爵家、その公爵家の副執事長であった事は殆ど知られていない。
子爵時代に雇われた執事だと甘い考えを持った連中は、逆に痛い目を見る事になるとは、欠片も思ってはいないだろうな。
最近は王都邸の門を開いたという話を聞いたが、父上から彼処を任されているのは、同じく古き血筋の一族であるルーシャルド侯爵家の異才児と噂される執事だとも聞いている。
正直、此方も詳しい事は知らないが、国が彼女の周りに迂闊な者を置くとは思えない以上、そちらも一筋縄にはいかないであろう事は用意に想像が付く。
そのための一環として、父上や妻に必要な情報を渡して下さっている。
『妹君は大変美食家だとお聞きしております。
近隣でも有名な我が家の調理人が全力で作り上げた、極上の料理の数々を是非とも妹君に御賞味して戴きたく』
『現在、この国で急速に広まっている新たな料理の数々は旧来在った料理と比べるまでもないほどの味で、それらは妹が書いた本が起因していると私は認識しております。
その事によって今までは見向きもされなかった食材にも人々の目が行く事になり、少なくない経済効果を及ぼしているとも。
そして現在妹の屋敷にいる調理人は元宮廷調理人で、王族の方々をも満足させる腕前の持ち主だとも聞いております。
これらの事は恐れ多くも国王陛下や王妃閣下、そして王太子妃殿下の手で認められたお手紙に書かれていた事であり、私の頭が勝手に作り出した妄想ではなく、王族の方々からお教え下さった事でありますが、貴家の料理人が王宮の料理人を上回る程の才能をお持ちになられているというのであれば、それこそ王家に料理人を献上し、その褒美として妹に紹介して戴いた方が、より確実だと思うのですが』
『……、……』
まったく我が家はしがない下級貴族でしかないのに、国や王族からだけでなく、国を牛耳る高位貴族の方々からの手紙が何十通もある。
王族直筆の手紙など家宝とまでは言わないが、普通は大切に保管されて代々引き継がれる代物だ。
そういった対応をする妻に大変だろうと労うのだが……。
『お土産を戴けていますので、これくらいの事はなんて事は在りません。
それに国を始めとする多くの方に妹が守られている事実がありますから、相手も無理を押す事も出来ない為、対応もそれほど大変ではありませんわ』
と逞しい返事が返ってくるばかり。
実際、貴族が誰かに話を通すなり、紹介するなりを望む場合は、何かしらの見返りを用意するのが常識だ。
ただ、それ以前にこう言った願いをする上で、願いの話を聞くにあたり手土産を用意するのもまた常識。
それは装飾品だったり、美術品だったり、時には何ら彼の便宜だったりと様々ではあるが、義妹関係の話を聞くだけで、我が家は少なくない収入を得ている。
そして得た収入を散財する訳でもなく、しっかりと投資したり蓄えたりする妻の姿は、きっと理想の貴族夫人の姿なのだろう。
『私の物は、貴女が準備して下さると信じていますから』
本当、よく出来た妻だと思う。
ああ、勿論、愛する妻の為に色々な物を準備して贈ったさ。
過去を反省して母上の忠告に従い、ちゃんと妻の意見を事前に聞いた上でだ。
まぁ、そんな感じに多くの人間の欲望が渦巻く複雑な事情を抱える義妹ではあるが、今回、マイヤーソン子爵夫妻が招かれたのは子爵夫人が義妹の恩人と言う事もあるが、意図せず夫人に迷惑を掛けてしまった事があり、そのお詫びを兼ねての事なのだとか。
「─────それ、ユゥーリィさん、関係ない話ですよね?」
話を聞いてみれば、義妹が関わっている事業の一つが紙の利権を持つ書籍ギルドに喧嘩を売るような真似をし、その事で子爵夫人経由で問い合わせるように書籍ギルド本部から要請が来た事らしい。
ただ、その肝心の問題は他家が勝手に行った事で、更に言うならば事業自体は国が絡んでおり、その家には国からとある家に話が行き、更のその家から任された家が起こした問題。
もはや無関係とさえ言える。
「ええ、結果的にはそうなんですが、ユゥーリィさんとは昔から付き合いがあると言っても、今や辺境伯爵という国の防衛の一角を背負う立場に立つお方ですからね。
ギルド本部が直接問い質せば周囲が重く受け取ってしまい、新たな問題が起きかねませんし、かと言っていきなり国に話を持っていけば、必要以上に大きな問題になりかねません。
ですので私経由と言う事になったのですが、逆にユゥーリィさんに気を使わせてしまう羽目になってしまい、此方が申し訳ないと思うばかりです」
「ラフェルさん、そこはお招きする口実と言う事で。
女性の身であるラフェルさんだけをお誘いするには、私の所は遠すぎますから。
そのためにマイヤーソン子爵でまで巻き込んでしまった事には申し訳ないと思っております」
「いやいや、そこはお気になさられずとも。
私も色々と噂が多いこのオルディーネ領の地をこの目で直接収める事が出来る事は、社交界で大いに有利になります故、寧ろ誘って戴けた事に感謝しておりますよ。
なにより美味い食事に美味い酒、これだけでもこの席に参加させて戴いた価値はありますな。
それと、私の事はハインリッヒとお呼びくだされ。
こうして顔を合わせる機会こそ数える程度ではありますが、妻を介して付き合っている事を考えれば、それなりに長い付き合いになりますしね」
本当に招く為の口実なんだろう事は何となく理解出来る。
子爵夫人が恩人であるという事は、その夫である子爵自身も恩人として捉えるのが世の習わし。
噂になった港街の屋敷に恩人である夫妻を招待するのは、辺境伯であっても新興貴族である義妹の立場に有利に働く。
義理と恩を大切にする貴族だとね。
もっとも、妹の性格を考えたらそう言った事は気にしないだろうが、周りはそうは捉えないので、口実の為の口実と言ったところか。
「それにしても国も思い切った処分をしましたね。
こう言っては誤解を受けてしまうかもしれませんが、正直、私にはそこまでする必要が在ったのか、と疑問を思えています」
食事の席故に、原因となった代物にしても処分の内容にしても明言はしない。
流石に尻拭き紙や、一族全てを処刑する血生臭い話を口にするのは憚れる。
だが、処分の内容が少々行きすぎでは?と思う者が多いのも事実。
その事にマイヤーソン子爵自身が持論を口にする。
「ははは、確かに一見そう思えるかもしれないが、私は国の決定は妥当だと判断しているよ。
グッドウィル家は王都からも遠く離れている故に、あまり詳しい情報が入っていないと言うのもあるでしょうが、失礼ながらグラード殿はまだお若い。
おっと馬鹿にしている訳ではありませんので、そこは勘違いしないで戴きたい。
お聞きしている所ではグラード殿は軍人肌の人間、しかも最近まで国境にある砦に所属していた生粋の軍人。
そして私は逆に剣の腕など最低限でしかなく、内務にしか能のない人間。
後はお分かりになりますよね?」
そこは勘違いせずに黙って頷く。
得意とする物が違う故に見えている物が違うと。
実際問題、私が父上の後を継ぐには知識も経験も不足している事は、私自身が認めるところだ。
それを他人の口から言われて腹が立つほど、私は小人ではない故に子爵の考えをお聞かせ下さいとお願いする。
経験豊かな人間の考え方を知るには、かるく頭を下げるくらいの事に抵抗はない。
「先ずは分かりやすい物で言うならば脱税です。
あまり知られてはいませんが、彼の製品を世に安く安定して供給する為に、国は関係する家に対して一定の減税をし優遇しています。
但し、それは国が決めた内容を遵守している事が前提です。
彼の事件はその前提条件を破った上で不当な利益を得ていただけでなく、更にあたかも遵守しているかのように見せ掛けて、不正に得た利益も含めて脱税を図っていたのでしょう」
確かに脱税は国が最も嫌う事の一つではあるが、だとしても彼の事業で得られる利益など知れているのではないだろうか?
確かに脱税ではある事には違いないが、まだ新しい事業だけに規約を全て網羅していなかったなど言い訳は効きそうな気がするし、国がそういった行為に対して追徴課税で済ませてしまう事も多いのも事実だ。
つまり、他にも理由があると言う事かと、私は話の続きをお願いする。
子爵は私の反応に満足したかのように小さく頷くと、再び口を開き……。
「この話で肝心なのは、何故、かの事業を関わった家の減税を認められているかです。
確かに人の営みの中で、必要不可欠になりつつある物である事は確かでしょう。
私もその事は認めていますし、以前のような不便な代物に戻れる自信もありません。
それだけで国が普及を促すのも、ある意味納得出来うる物ではあるでしょう。
ですが大切なのはそこではありません。
国が普及を促す真の目的は、国を守る為です。
正確には国の土台たる多くの民を守り、他国に弱みを見せない為なのです」
大袈裟なと思いはしても、話の腰を折る気は欠片もない。
私は教えを受けているのだ。
そんな失礼な真似は出来ぬし、そんな事をしてしまえば私は何も得る事も出来ずにこの話は終わってしまうだろう。
子爵の目を見れば、それくらいの事は察する事が出来る。
いや、私にも分かる程度に察せさせて下さっているのだ。
「後は【御不浄】という言葉の意味を御理解下されば、答は見えてくるでしょう。
これ以上は食事の席では礼を失する事になります故、この話はこれで御勘弁を。
私が妻の誘いに乗ったのも、そういった知識と実態を知る為でもあるとだけ」
子爵の言葉に国が厳しい処分を決めた理由が分かった。
軍でもその辺りの規律は厳しく、守れる状況である場合では必ず遵守するように教育される程だし、休息や野営をする際には真っ先に設営にされる代物になったのにはそれなりの理由があり、過去の事例から学んだ教訓があったからこそ。
くそ、なんで私はこんな簡単な事に気が付かなかったのか。
そうだ、この地は数年前に嘗て恐ろしい疫病に襲われたが、殆ど死者を出さずに危機を乗り越えた実績があると耳にしていたはずだ。
それらも関係しているのであれば、国の決定にも子爵の話にも納得出来てしまう。
「国を守る為の礎という訳ですか」
「ええ、憶測の範囲は出ておりませんが、理には適っておりますし、国が判断したのであれば、そう考えた方が寧ろ自然かと」
厳しいかもしれないが、最初だからこそ肝心なのだ。
疫病など一度蔓延すれば、数百、数千、下手をすれば数万の命が失われる事さえある。
場合によってはそれ以上の命が失われた事を、そして蔓延した疫病の被害はそれだけに留まらない。
多くの命を失う事で、それまでに積み重ねてきた知識や技術は勿論、人が寄り添って生きるための秩序までを失う事すらあると、私は歴史として学んでいる。
全ての疫病を防げるものではないが、それでもその起因になる物の幾つかを防ぐ事が出来る上、多くの者が病気になる事を防ぐ物と繋がるのであれば、欲に溺れた一族を滅する事など些細な事でしかないと言えよう。
国はそれを事前に防いだ。
そう言う事だ。




