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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第一章 〜幼少期編〜
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1.目覚めの刻。




 はぁはぁ……


 吐き出される荒い呼吸の音に、意識が浮上するのが分かる。

 でもそれは海面の付近を漂うクラゲのように、海面に浮かび上がる事もできずに浮き沈みを繰り返してゆく。

 ただ、自らの呼吸音と喉を何度も往復する空気の感触だけが、確かな生の実感として感じる。

 息を吸うのも、そして吐き出すのも、苦しいと。

 苦しいと感じるのに、自分の意識では止められないその活動(こきゅう)を恨めしいと思うも、その思う頭すら耳元で銅羅を叩き続け羅れているかのように『グヮン、グヮン』と揺さぶられている。


「ユゥーリィの様子はどうだ?」

「……昨日よりは、良くなっている……と思いたいのですが」

「今度こそ駄目かもしれんな」

「あなたっ! 今、こんな場所でそんな事を言わなくても」

「どうせ熱で聞こえてはいまい。どこだろうと一緒だ」

「そ、そうかもしれませんが、…何もあの子の部屋の前で」

「別に私とて諦めてはいないし、お前に諦めろと言うつもりはない。

 ただその覚悟だけはしておいた方が、お前とてショックは少ないだろうと思っての事だ」

「……うぅ」


 苦しいと感じる事すら思い浮かばなくなってゆく中で、そんな話し声が遠くから聞こえたような気がした。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




「ん……」


 口の中を、そして喉を通る酸素以外の確かな何かの感触に、無意識に声が溢れ出る度、朦朧とする意識の中で何度も繰り返されるそれは、やがて終えたのか微かな物音と共に、自分から遠ざかる気配に寂寥感を覚えたのか。


「……お姉様、……いつも、ありがとうございます」

「もう慣れたわ。貴女は気にせずに寝ていなさい」


 ほとんど無意識に口から溢れでた言葉。

 何かを伝えねば、その思いだけから出た言葉は、まだ声を出すのも辛いと分かっているのに自然と出てしまう。

 辛くても、その言葉を紡ぐ事の方が、想いを伝える事の方が重要だと言わんばかりに。

 そこでもう力が尽きたのか、それとも先程身体の中に入ってきた温かな何かのせいか、急速に眠気が自分の意識と体を襲ってくる。

 ただでさえ朦朧として何も考えられない中で、その眠気に委ねるように意識を手放しながら。

 あれ?

 お姉様?

 妹はいたけど、姉なんていなかったような……。

 そんな疑問が脳裏を掠めたものの、その疑問すらも襲い来る睡魔の前に手放してしまう。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




 ドンっ!


 不意に一方的に身体全体を襲う衝撃と共に、鈍い音が辺りに響き渡る。

 そして次の瞬間には、まるで洗濯機の中のシャツになったかのように回る視界と、絞られる雑巾のように身体を捻じられるような激痛。

 痛い箇所を押さえようとしても、少しも言う事を聞いてくれない自分の身体に、何が起こったのかさえ分からない。

 分からないが故になんとか知ろうとする意識すらも、何かが抜けていく感覚がの方が強く、それが何なのかを理解できずに上手く纏まらない。

 そう、抜けていく。

 ……ドクドクと音を立てながら

 ……身体の中の何かが。

 ……それと共に……力が。

 ……そして代わりに入って来るのが冷たい何か。

 ……暗くて、……重い何か。

 ……まるで深い所に落ちてゆく感触と共に

 

「誰かっ! 救急車を! 誰かっ!」

「ちょっ!  逃げるか普通っ!

 あっ警察ですか、今、轢き逃げがっ!」


 そんな必死な誰かの声が、まるで異国の言葉に聞こえて来る。

 だが、そんな事はどうでもいい。

 それよりも、これをなんとかしてくれ!

 この冷たく重い何かを!

 何もかも抜けて行くような感触を!


「わぁぁぁっ!」


 自分の挙げた悲鳴とともにガバッと薄い布を跳ね除け飛び起きる。

 はぁはぁ、と荒い呼吸をしながら冷え切った汗が、つい今しがたまで感じていたあの感覚が、確かに現実のものだと教えてくれる。

 信号を無視したワゴン車に轢かれた感触を。

 一方的に襲い掛かる死の感触を。

 あの深い深い闇に落ちて行く感触を。

 抗いようのない恐怖の感触に、必死に両手で自分の身体を引き寄せるように抱きしめる。

 少しでもあの感触を誤魔化せれないかと。

 それが無駄な抵抗だと本能が理解していようとも、別の本能がそれでも必死に抗おうと求めているのが分かる。

 自分の僅かな体温で、その冷え切った心を少しでも温めようと。


 ぎぃぃ……。

「あら、目が覚めたのね」


 軋むような音を僅かに上げながら開けられたドアから掛けられた声に、先程までの感触が錯覚であったと教えてくれる。

 教えてくれるのだけど……えーと…。


「うーん、まだ意識ははっきりしないようね。

 まぁ仕方ないかな、あれだけ熱に(うな)されていたのだし。

 でもせっかく目を覚ましたのだから、今、食事を持ってくるわね。

 食べれる時に食べないと、治るものも治らないから」


 中学生くらいの女の子が、そう言うだけ言って再びドアを閉めて出て行く姿に、お姉様にはいつも申し訳ないと思ってしまうと共に、強い違和感を覚える。


 そう違和感。


 私(俺)に歳の離れた妹はいても姉はいなっかった。

 その妹にしたってとっくに大学を卒業しており、大学時代から交際していた彼と結婚式をあげてもいる。

 あまり交流のない親戚を含めても、あんな小さな子供はいなかったはず。

 そもそも明るい赤色の髪はともかく、緑色の瞳を持つような親族はいない以前に、外国人と結婚した親戚すらいない。

 そうハッキリと分かっていると同時に、今の少女が自分の姉であると認識できる。

 どう言う事だ?

 まだどこか朦朧とする頭の中で、その疑問が頭の中をぐるぐると巡って、余計に混乱してくる。

 それがどれくらいの混乱かと言うと。


「よいしょと」


 先程の少女が、両手に食器とコップをもっているにも関わらず、器用にドアを開けて入ってくるまでの間、ひたすら固まっていた程に。


「どう、少しは目が覚めた?」

「……」


 少女と言うか姉(?)の言葉に小さく頷く。


「名前は言える?」

「……ユゥーリィ。ユゥーリィ・ノベル・シンフェリア」

「歳は?」

「……5さい」


 そして、問われるままに、これまで何度も繰り返された(・・・・・・・・・)問い掛けに、特に意識せずに言葉に出る


「うん、今回もそっちの方に異常はないようね。

 ごめんね、何度も同じ質問しちゃって、でも高熱で寝込んだ後は一応するようにって言われてるから」


 そうしてベッドの横に置かれた小さなテーブルに、両手に持っていた器とコップを置き、私(俺)の体をベッドの縁に座らせ、慣れた手つきでまだ上手く力の入らない私(俺)に食べさせてくれる。

 やがて甘い麦粥を食べ終わり、コク、コクとゆっくり水を飲み終た私(俺)を見て。


「目が覚めたのは分かるけど、まだ本調子じゃ無いみたいだから、今日はまだ大人しく寝てなさい」

「……ん」

「本も駄目よ、間違っても書庫に行ったりしない事、いいわね」

「……ん」

「そう、ユゥーリィは良い子ね。

 じゃあおやすみなさい、良い夢をね」

「……ん、お姉様、おやすみなさい」


 違和感を持ちつつも自然と出る言葉。

 それは自然と思えるほど慣れ親しんだ、繰り返し行われてきた事の証。

 そして彼女の去り際に見せた自然の笑みは……。

 その彼女に返すように浮かべた私(俺)の笑みは……

 確かに家族に見せる笑みなのだと、理性より何より、私(俺)の心が理解している。







2020/03/01 誤字修正

2020/03/24 誤字脱字修正 誤字報告ありがとうございます

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