転生女神の後任
不意に目を覚ました。
眠りからの目覚めではなく、意識の切り替えのような感覚。
パチリとスイッチの切り替えのような目覚めだった。
数度瞬きを繰り返し、周囲を見る。
何処までも白く、終わりのない空間に私は居た。
遠近感のない、下手したら発狂しそうな空間である。
「発狂はやめてくださいな」
澄んだ声が響く。視線を眼前に戻すと、いつの間にか美女がいた。
長いウェーブのかかった金色の髪、透き通った空の様な眼、艶やかな唇は笑みを浮かべている。
なだらかなドレスからも見て取れるほどに豊かな胸、ほっそりとした腰、ふっくらとした尻にすらりとした手足。文句なしの美女。とても妬ましい。
「褒めていただけるのは嬉しいのですが、貴女何時も他の人をそんな風に見てるんですの?」
「綺麗なモノがあったらじっくり見るのが日本人の性だと思いますよ?」
「そう、なのかしら?」
「えぇ、美しいモノもかっこいいモノも愛でたいモノは全てじっくりと見るべきです」
「そういうものなのですねぇ……ところで貴女、こう、驚くのだとかパニックになるとかないんですの?」
「こ、ここ何処なの!? 貴女誰!? ゆ、誘拐犯ですか? 私を誘拐しても何もありませんよ、か、帰してください! と叫びながら逃げた方がいいですか?」
「いえやっぱり冷静に私の話を聞いてくださると嬉しいですわ。えぇ、此処果てがないから是非ともこの場に残っててほしいのですわ。――探すの面倒ですので」
面倒だから冷静でいて欲しいとはこれ如何に。今の所そういう反応しないのは単純に現実味がないからが故。重ねて元来の性質の所為ともいえる。
それでもまぁ、気になる事でもあるのでとりあえず説明は欲しい所。
何故私は今此処にいてこんな美女と相対しているのだろうか。先ほどの発言を鑑みるに心を読んでるようだし、是非とも説明が欲しいのだけれども。
「では説明しますね! 私は転生の女神、そして貴女にはその後任になって欲しいのです!」
ちょっと意味が分かりませんね? 異世界転生だったらそもそも私死んでませんけど、って抗議できるのに女神の後任者とか言う理解しがたい言葉の所為で疑問しか浮かばない。
いや本当どういう事なんでしょう、何でただの人間に後任者を任せよう! なんて事が起きるんですか?
幾つかの疑問点が浮かんでは消えて行く、説明が不足過ぎて何から質問したらいいのかがわからない件について。
心や思考読み取れるのであれば答えやすい質問から答えて行って欲しいのだけれども?
「えぇ、はい、もちろんです。私はちゃんと学ぶ女神、幾人か候補との対話で聞かれる事は予習済みですとも! 断られましたけど!」
「笑顔で言う事ですか、それ」
「候補は候補ですし、問題ないとおもいますよ? さて、私は転生の女神です。貴女達の所で言う、異世界転生や異世界移転を担う女神です」
「転生だけじゃなくて転移も? 転生の女神なのに?」
「転移でも転生でも地球側では死んでるので実質転生かと? えーと、概念的にはそうなんですけど言語的に解釈するとちょっと違うというか、貴女達の言語って難しいですね?」
「転生も転移も同じなの?」
「赤子の器を構築するのも同じ外見の器を構築するのも同じだと思います?」
首傾げながら問われても困ります女神様。
ただの一般市民の私にはわかりませんよ女神様。
いやでも確かにこう、チート能力を突っ込まれて異世界に移動してるのではなく、新しく体を作り直してると考えれば、まぁ同じと言えなくはない……のかな?
二人して首を傾げて考えるも答えが出るはずもなく、この話は破棄される。
わからない物はわからないままでも問題ない、そういう事にしておきましょう。
「それで私の後任者を探す事になったのです」
「女神様女神様、話が飛んでます。起承転結で言うと起から飛んで結になってますよ」
「あら? えーと、つまり後任が必要になった原因かしら? えーと、転生や転移させた人を死なせすぎて他の神様に怒られたので後任者探してましたのです。そして私は人について学んで来いって言われたので、降板です。人で言う研修というのをすることになったのです」
「なるほど?」
「移動した世界に合う能力を与え損なったり、アドバイスが少なすぎたり、良かれと思ってした事が悪いことになったり、色々ありました。最初はまぁ、別に……と思われてましたけど最近になって死なせすぎって怒られてしまいました。そして後任を選んで、って言われたので探しているのです」
「選んでという言い方だったら神様から選んだほうがよかったのでは?」
「私基本ボッチなので!」
選べる神様の知り合いとかなかったから人間から探しますってことなのだろうか。
人間から選ぶのは寧ろ悪手では? 人選によっては悪化すると思うけど。
それに女神様一人で転生転移を全て管理してるのだろうか、ボッチというのはそういう孤独さを含めて?
「私以外にも転生の神や女神は居ますよ。世界の数は多いので私一人では大変なのです。なので大雑把に担当が決められててここら辺の世界は私が移転者を与える、何ていう形式ですね。大雑把な取り決めなので偶に二、三人ぐらい同時に同じ世界に飛んじゃって大混乱が発生しちゃいますけど」
「それダメなやつでは?」
「救う人が増えるのは良い事だと思いますので私は気になりませんの。それに他の人との対話は難しいのです」
「神様同士では会話はしづらいという事ですか?」
「いえ、私がどうお話すればいいのかわからなくなっちゃうのです。何を言えばいいのかわからなくてずっと口を閉ざしちゃうのです」
「そういう風には見えないのだけれど。私とは普通に会話してますよね」
「貴女は私の後任、つまり貴女は私だから問題ないのです」
「暴論かな?」
女神様と私がイコールで結んでしまうのはどうかと思う。百歩譲って後任確定したなら兎も角、未だ候補の身ですよ?
そもそも何故私が選ばれたのだろうか。私が言うのも何ですけど、会話能力が高いわけでも、何か特技があったりするわけでもない、一般人ですよ。
こういうオタク文化も少したしなんでる程度ですし、後任にするならもっとディープにどっぷりとオタク文化に浸かった人の方がいいのでは?
あぁいう人たちでだったら望む世界に望まれる勇者を送り込めるイメージがあります。
「私もそう思って以前の候補達の条件に入れてました。それで選ばれた彼らは最初は喜ばしそうにしてたんですけれども……」
「けれども?」
「最終的には断られるんですよね。え、神様になったら気になるあの作品の続きが読めない? 辞退させていただきます。自分の分身作って世界を回れない? 今回の話はなかったことにしてください。ははは、これで嫌いなアイツを地獄に……! 私情で扱うのは禁止だと? ちっ、じゃあやらねぇよ本当神様ってのはつかえねぇな。などなどと理由様々で断られてしまいました」
「最後の人すごく物騒なんですけれども。え、じゃあどういう条件付けで私が選ばれたのですか?」
「そこそこオタク文化を嗜んでいて、その世界にあまり影響を与える事の無い人で、周囲のしがらみがあまりない人。概ねそんな感じで選びました」
世界にあまり影響を与えない人って言いきられて地味にショック。けれどもまぁ、さもありなん。
きっと私は何か劇的な事でも起きない限りは今までのようにぼんやりと生きていくだけなのだろうと思う。
けど世の中の人は誰もがそういう考えを抱くわけではないと思うので次からはもうちょっとオブラートに包んだ方がいいと思いますよ、女神様。人間っていうのはそういう事言われたら反射的に怒るものなのですから。
元の世界に帰っても恨まれると思いますよ。特に先ほどの例に上がった物騒な人とか。
「貴女は随分と面白いことを言うのね。元の世界には誰も戻ってませんよ?」
「……どういうことですか?」
「だって此処に来た時点で元の体は死んでるのよ? ですから元に戻れるはずがないじゃない」
「え。待って、待ってほしい。つまり私も元の体は死んでるの?」
「えぇ、そうですの。だって此処に引っ張ってきてるの魂だけですし。体は元の場所で転がったまま。なので辞退してもそのまま他の世界に流すだけよ?」
詐欺かな?
つまりあれだよね。元の世界に戻って普通の生活に戻る、と思ったら異世界に飛ばされるってことよね。詐欺かな?
しかも聞かれなかったから答えなかった、とかで前の候補者達に知らせてないよね。
これ絶対恨まれる奴ですよ? 信仰は落ちるし恨まれるしなんなら神殺しとか発生するやつだと思うのだけれども?
「うらまれる? うーん、人に恨まれても別にどうというわけではないとおもうの。だってほら、貴女紙面上の人や道行く蟻に恨まれるだなんて考えます?」
「人間の扱いが雑いです女神様」
「人の事を好意的に見る女神や神は幾らかいると思うわよ? 多分」
文字通り世界が違うというか。視点が違うというか……
まぁでも神様とはそういうモノなのかもしれない。
ことわざでもよく言われてるしね、触らぬ神に祟りなしって。
無関心でいるのであればそれが最上なのでしょう。
ガッツリかかわってしまっている今、もはや避けては通れないのだけれども。
「他に聞きたい事はあるのかしら?」
「業務上で覚えておかなければいけない事はかなりあると思うのですが」
「後任になったらお手伝いさんが派遣されるのでその方に聞くとよいのだわ」
「まさかの丸投げですか。じゃあ、女神様の名前は?」
「私は私よ? 世界それぞれで私たちの名称は違うので固定の名はないわ」
「そっかー」
もはや何もいう事はない。というかも何を言ったらいいのかがわからないし聞くべき事もわからない。
神様ってよくわからない……私にどうしろっていうのですか!
「私の後任になってくださいな!」
選択があってないような気がしますけど、これ実質デッドオアアライブですし。
別の世界に横流しされたとしても体があるか無いかもわからないですし、実質一択ですよね?
なる以外の選択肢ないですよねこれ?
眼前の女神様は何も語らず微笑んだまま此方の返答を待っている。
これに答えたが最後、引き返す事はできない。
正直未だに混乱しているし流されるままに対話している。
考慮の余地もないし、どうにかできる事柄でもない。
沈黙は金なり、と黙ったままでいたいところではあるけどこの女神の事ですし、きっと拒否なんだと受け取られてどうにもならない事になりそう。
ならばやはり答えは一つなのでしょう。
「女神様の後任に是非ともならせてください!」