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あき☆ました?

※※※


「……で、あなたがその占い師ですか?」

「いや、賢者だ」


 自称賢者は、歩くたびに床が軋むような古いアパートの一室に住んでいた。

 ラミアに書いてもらった地図を頼りにここへたどり着いた時は騙されたかと思ったけれど、このアパートのドアには『大賢者の部屋』と書かれた看板が掛かっていて、入るべきか躊躇していたところをこの男に見つかってしまった。


「はあ、では賢者さん。お願いがあるんですけど」

「なんだ? なんでも言ってみろ。あの女に頼まれたからな、不本意ながら無料で請け負ってやる。ちなみに俺の名前は鳴尾成(なるおなる)だ。親しみを込めてナルさんと呼んでくれ」


 ナルさんは、奇妙な民族衣装を着た上に無精ひげを生やしているという、なんとも不審者感漂うファッションをしていた。

 もしかして、こういうのが占い師ファッションの最先端なのだろうか。そう言われればそんな気もするけど。


「えーと、僕はケーキを探しているんですけど」

「ケーキ? ケーキというと、あのお菓子の?」

「はい、そうです。知らない人に持って行かれちゃって、どうしても取り返さないといけないんですよ」

「ふむ……なるほど。もの探しだな?」


 ナルさんは、部屋中に散らばる奇妙なアイテムの中から、透明な水晶玉を取り出した。

 それを見たツヴァイちゃんが僕の耳元に口を寄せて、


「ねえお兄様、この人本当に大丈夫な人なのか、あたし不安なんだよ」

「不安なのは僕も一緒だよ。あのラミアって女の人を信用しちゃって大丈夫だったのか?」

「あの人はあたしにお菓子をくれる人だから、信じられるんだよ」


 そんな考え方でよく今まで無事でいられたものだ。三、四回は誘拐されていてもおかしくない。


「……あのな、お前たち。俺の実力を疑っているようだが、それは杞憂だぞ」

「あれ、聞こえてました?」

「俺は賢者なんだ。お前たちの心の中を読むくらい容易い。さあ見ていろ、この水晶にケーキの在処を映し出すからな」


 水晶玉をフローリングの床に置き、ナルさんが両手を広げ何か呪文のようなものを唱えた。

 次の瞬間、水晶玉に模様のようなものが浮かびはじめ、いつの間にかその模様は古びたビルに変わっていた。


「ここにケーキがあるんですか?」

「まず間違いないな。問題はこのビルがどこにあるかだが……ここからそう遠くはないらしい。歩きで20分ほどのところにある。まあ、待て。地図を描いてやろう」


 ナルさんは再び散乱した様々な物を漁り、何かを探し始めた。

 そして取り出したのは、一枚の布切れ。

 というか、なんとなく見覚えがある。三角形をしたそれは、女性ものの下着だった。


「……まさかとは思うんですが、それに地図を描いてくださるんですか?」

「……いやこれはちょっとしたミスだ。忘れろ。確かこの辺りに紙があったはずだが」


 そうやってナルさんが探し物をしている間に、玄関の方でドアが開く音がした。


「ねえ、誰か来てるの? ねえ?」


 部屋に顔を出したのは、ショートパンツに、フリーダムと書かれた丈の長いシャツを着た女の人だった。

 女の人は僕らに気付くと、顔をしかめた。


「もしかして、またタダで占ってあげてんの? ねえあんた、これじゃいつまでたっても家の再建なんてできないじゃない!」

「仕方ないだろう、フルラ。あの女の命令なんだ。あの女から物品を回してもらわなきゃ、俺はこの商売さえできないんだからな! ……ほら、地図が書けたぞ」


 ナルさんが僕に、チラシの裏に書いた地図を渡してくれる。

 この人も女の人に苦労させられているのかもしれない。そう考えると妙に親近感がわいて来た。


「あの、今度菓子折りでも持ってきますよ」

「そうしてくれると助かる。こいつ、金にうるさいんだ」

「……何か言った!?」


 女の人がじろりとこっちを見て、僕とナルさんは二人そろって身を縮めた。

 ところで、さっきナルさんが拾ったパンツというのはもしかすると、この女の人の……ということは、この人たちはそういう関係、なのか?

 いや、よこしまな気持ちで物事を考えるのは……やめようね。



※※※



 さて、ついに僕はケーキを盗んだ犯人のいる廃ビルの目の前までやって来た。

 本当はケーキ屋に行って帰るだけの仕事だったはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。


 そもそも、あの名前も知らない男がちゃんと自分の紙袋を持って行ってくれさえすればすべてはうまくいっていたはずなのだ。つまり、あいつが悪いということだ。


 ツヴァイちゃんは、ミアを心配させないための言い訳要因として先に僕の家に帰らせた。


「よし、行くか」


 僕は覚悟を決め、廃ビルの入り口の、割れたガラス戸を潜った。

 同時に、僕は頭に強い衝撃を受けた。

 僕が最後に見た光景は、黒づくめの男が鉄パイプのようなものを持って立っている姿だった――。



※※※



「まったく、無謀なことをするものだねキミは。ボクもびっくりだよ」

「…………」


 僕はロープで縛られて、ビルの一室に座らされていた。

 僕の目の前には二人の男が立っていて、ぞれぞれに僕を見下ろしている。

 その中には、僕にぶつかって来たあの黒づくめの男もいた。


「一体何が目的でこんなところに来たんだい? もし何かと間違って来ちゃったっていうなら、キミもずいぶん運が悪い人だね」


 そう言うのは、真っ白な髪をした男だった。どうやらこの男が彼らのリーダー格らしい。


「僕はただ、ケーキを取り返しに来ただけだ」

「ケーキ?」

「そこの人とぶつかったときに入れ替わったんだ。紙袋の柄が一緒だったから」

「成程な。ということは、あの箱の中身はケーキか。ふん。俺もドジをしたものだ」


 黒づくめの男が皮肉めいた笑みを浮かべる。


「あなたのドジで僕も迷惑被ってるんだ。だから、こんな風に僕を捕まえていないで、早くケーキを返してくれると助かる」

「返す? ふん。それでも構わんがな、だとすれば貴様の手に渡ったはずのものも返してもらわねば割に合わんだろう」

「……僕の手に渡ったもの?」

「とぼけるなよ。紙袋には金属製の箱が入っていただろう。あれだよ」

「あ、あれは……」


 しまった、ラミアに渡したんだった。

 まさか交換条件に出されるなんて考えてもみなかった。


「おいおい、自分の都合だけ通そうなどと虫の良いことは言わせんぞ。あれは俺たちにとって大切なものなのだからな」

「悪いけど、何のことか分からないよ。僕はただケーキの紙袋を返して欲しいだけだ」

「とぼけるんじゃないぞ、少年!」


 男が僕の顎を蹴り上げた。

 突然の事だったから、僕はその攻撃をモロに受けた。


「貴様があれを持ち帰ったことくらい、俺たちは調べがついているんだ! いい加減にしなければ骨の一本や二本は覚悟してもらおう」


 男はそのまま僕の襟をつかみ、僕の体を持ち上げた。


「……よせよ、エヌ。ボクはそういう暴力的なことは嫌いだな。泥棒の美学に反する」

「ふん。泥棒に美学もクソもないだろうが」


 そう言いながらも、エヌと呼ばれた男は乱暴に僕を床に放した。

 どうやらあの白髪の男の方が格上らしい。

 それにしても困ったな。このままじゃ殺されちゃうんじゃないのか、僕。


「ただ、エヌの言うことにも理があるということは分かって欲しいね。キミの言うことだけを聞くわけにはいかないってことさ。この場所もバレてしまっては、キミを自由にするわけにもいかないし」

「じゃあ、どうすればいいんです? あの紙袋は僕にはどうしようもないところに行ってしまいましたよ」

「正確に言えば、あの考古学者の女のところだな。俺たちの前で隠し事をしようとすれば、次は指の骨を折らせてもらう」

「…………」


 このエヌって人、全部分かった上で僕に質問していたのか。かなり正確の悪い男みたいだ。


「さて、どうしたものかな。ボクらはキミを自由にするわけにはいかないけれど……そうだね、こういうのはどうかな?」


 白髪の男が何かを思いついたように人差し指を立てる。


「こういうの?」

「そうさ。コイントスをやろう。表が出ればキミは自由だ。ケーキも返してあげよう」

「……裏が出れば?」

「死んでもらう。明日には、海の底にコンクリ詰めの死体が一つ増えることになるだろうね」


 こともなげに言う男だが、その目は冗談を言っているようには見えなかった。


「分かったよ。でも、僕の運命を決めるコイントスだ。僕の用意したコインで、僕がトスを上げる。それでいいかな?」

「もちろんさ。それでこそ公平(ホワイト)だからね。せいぜい表が出るように祈っていなよ。エヌ、縄を解いてやれ」

「まったく、俺はどうなっても知らんからな」


 エヌが僕の縄を解く。久しぶりに両腕が自由になった。

 僕は上着のポケットからコインを一枚取り出す。


「じゃあ早速始めよう。僕は嫌なことを先にやってしまうタイプだからさ」

「いつでもいいよ。君の運命はそのコイン次第だからね。ボクらが口を挟むことじゃあない」

「それじゃ」


 親指でコインを弾く。

 コインは回転しながら弧を描き、そしてコンクリートの床に落ちた。

 ――表だ。


「……どうやらこれで決まったみたいだね。さっき言われたように、これで僕は自由だ。ケーキも返してもらう」

「分かった。エヌ、あの紙袋を返してあげたまえ」

「仕方ねえな、全く」


 エヌが部屋の奥から紙袋を持ってきて、僕に手渡す。

 案外呆気ないものだ。本当にうまくいって良かった。


「さあ、少年。俺たちのような悪党に二度と関わることがないよう、気をつけるんだぞ」

「は、はあ……」


 いや、ぶつかって来たのはそっちじゃないのか、なんて僕が考えながら背を向けた瞬間。


「――とでも、言うと思ったか!?」


 再び僕の脳天に強い衝撃が走った。

 背後から殴られた僕は、そのまま床に倒れ込んだ。

 その僕の背中を上から踏みつけられる。僕は思わずせき込んだ。


「ふざけんじゃねえ、ガキ! こんな見え見えの手品に騙されるとでも思ったのか?」


 かろうじて動く首を動かして後ろを見ると、エヌの手の中には先ほど僕が投げたコインが握られていた。

 両方表のコインが。


「僕の用意したコインでやっていいって話じゃなかったっけ?」

「だとしてもだ。俺はこんなイカサマは認めない。バレなきゃイカサマじゃないかもしれないが、バレちまえばイカサマなのだよ。シロ!」

「……好きにするといいさ。悪党相手にイカサマ勝負を挑むキミの度胸には敬意を表するが、やるならもう少しうまくやるべきだったね」

「話が違いますよ?」

「悪党が約束を守ると思うかい?」


 や、ヤバい。今度こそピンチだ。殺される。倒れたときの衝撃でケーキもちょっとダメになったかもしれない。

 でも、ぐちゃぐちゃのケーキでも持って帰らなければ今度はミアに殺される。四面楚歌というか孤立無援というか、とにかく逃げ場がない。


「もはや情状酌量の余地はないな。死ね、少年」


 エヌが僕に黒い鉄の塊――拳銃を向ける。

 これはまずい。撃たれたら死ぬ。

 僕が思わず目を瞑った時。


 部屋のドアがけ破られる音がして、続いて数人の足音が部屋の中に入って来た。

 恐る恐る目を開けると、数人の警察官がエヌたちへ拳銃を向けていた。


「警視庁のイズマ巡査だ。今すぐその少年から離れろ。発砲許可は既に下りてんだぜ?」

「け、警察だと!? お前が呼んだのか?」

「……僕がそんなに頭が回ると思います?」

「いや思わん」


 失礼な奴だ。


「エヌ、ここは一度退こう。ボクらはこんなところで捕まるわけにはいかないだろ?」

「一理あるな。少年、この借り必ず返すぞ」

「そりゃどうも」


 エヌが僕から足を退ける。

 同時に、白髪の男とエヌは目にもとまらぬ速さでビルの窓から外へ飛び出していった。

 ここ、四階のはずだけど……。


「君、無事かい? 災難だったねぇ」


 イズマと名乗る巡査が、僕を立ち上がらせてくれる。


「はあ、まあ大丈夫です。でも、どうしてここが?」

「通報があったのさ。確か、ミアって名前の女の子から」

「……ミア、ですか」

「ビルの入り口のところで待っているはずだから、早く行ってやるといい」



※※※



 重たい気持ちでビルから出ると、巡査さんの言う通りそこにはミアとツヴァイちゃんが待っていた。


「いやー、ごめんなんだよお兄様。うっかりバレちゃったんだよ」


 申し訳なさそうに目を伏せるツヴァイちゃん。

 やはりミア相手に隠し事はできないということか……。


「まあ、気にするなよ。それよりミア、ほら、頼まれてたケーキだよ。もしかするとちょっと型崩れしてるかもしれないけど、味には問題ないだろう」

「……えーくん、あなたって、ほんっっっとうに運がないのね」


 げっそりした様子でミアが言う。


「心配した?」

「もちろん。泣きはらして目が真っ赤だわ」

「それは元々……」

「何か言ったかしら?」

「いえ、何も。ところで、どうして僕の居場所が分かったの?」

「えーくんは、どうして分からないと思ったの? 大切な人の位置をGPSで常時監視しておくことくらい当たり前だわ」

「…………」


 聞かなきゃよかった。


「それよりもえーくん、ケーキを開けてみて」

「え、ここで? というか、僕が?」

「そうよ。これはあなたのために買っておいたんだから」

「僕のために?」


 なんだろう、新手の罠だろうか。

 僕は恐る恐るケーキの箱を取り出し、中身を開けた。

 確かにそこには少し型崩れしたケーキが入っていて、そのメッセージプレートには、


「……連載一周年おめでとう?」


読んで頂いてありがとうございます。


以上で完結になります。短い間でしたが、ご愛読ありがとうございます。


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ではノシ

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