ふきだまりスケッチ
と、いうわけで。
ケーキ屋よりさらに家から離れ、公園の傍にあるクレープ屋の屋台までやって来た。
そこで僕はなけなしのお金をはたいてツヴァイちゃんにクレープを買ってあげなくてはならなかった。
くそ、こんなことならツヴァイちゃんが裸になろうとも、無視して全力で逃げるべきだった。
そんな彼女は、僕の隣でベンチに腰掛けながら、クレープをかじっている。
「うーん、甘いんだよ」
「……僕が?」
「ううん、クレープが。何言ってんのお兄様、自意識過剰なんだよ」
「うるせーなー、黙って食べろよ。もう二度とこんな機会ないんだからね」
「そうカリカリしないで、お兄様も食べるといいんだよ。美味しいよ」
ツヴァイちゃんが食べかけのクレープを僕に差し出した。
差し出されたものをみすみす見逃す僕ではない。
僕は、クレープを一口食べた。苺と生クリームの味がして、気怠いぐらい甘い。
「わ、ほんとに食べちゃったんだよ」
なぜかツヴァイちゃんが、呆気にとられたような顔をして言う。
「どうしてそんな顔するんだよ。元々は僕のお金で買ったものだから、君に言われるまでもなくそのクレープを食べる権利が僕にはあるの」
「でもさ、お兄様、これってあれなんだよ、間接キスなんだよ? うわー、あたしたち禁断のカンケーになっちゃったね。許されざる愛なんだよ、昼ドラ的展開なんだよ」
「はいはい、そうですね」
「な、なんなんだよお兄様! 適当に受け流されちゃうと会話が成り立たないんだよ!」
「僕は別にツヴァイちゃんとお喋りがしたいわけじゃないからね。僕は、今すぐにでもこのケーキを持って帰らないといけないんだからさ」
「……そんな風に適当に扱われて、あたしの乙女心はちょっとだけ傷ついたんだよ……」
ツヴァイちゃんはいつの間にかクレープを食べ終えていた。
「さて、僕はそろそろ帰ろうかな。ツヴァイちゃんも帰り道気をつけろよ」
「えーっ!? あたしを置いて帰るつもりなの、お兄様!?」
「そのつもりだけど、何か問題が?」
「あたしもケーキ食べたいんだよ! お兄様の家までついていくんだよ!」
ベンチから立ち上がろうとする僕の前に、ツヴァイちゃんが立ちふさがる。
「クレープも買ってあげただろ。これ以上わがまま言うなよ、子供じゃないんだから」
「あたしはまだまだ子供なんだよ、お兄様! よし、分かったんだよ、そのケーキあたしが持ってあげるんだよ。それならお家までついていかないといけないんだよ」
「余計なお世話だよ。このくらい僕一人で持てるよ」
ベンチの端に置いていたケーキの紙袋に伸びるツヴァイちゃんの手を受け止め、僕は今度こそ立ち上がった。
ラフィさん曰くこのケーキが腐ることはないらしいけど、あまり待たせすぎるとミアの機嫌が悪くなる。ここは一秒でも早くこのクソガキ、もといツヴァイちゃんを振り切って帰路につかなければ。
しかし、ツヴァイちゃんは僕の袖を掴んで離さない。
「せっかくあたしが手伝ってあげるって言ってるのに、なんでそんな風に言うんだよ? 人の親切は素直に受け取るべきなんだよ」
「明らかに見返りを求めている人の行動は、親切とは言わないと思うんだけど?」
「うっ……それはそれなんだよ。とにかくそのケーキを渡すんだよ!」
と、そのとき。
突然僕の体にぶつかってくるものがあった。
見知らぬ長身の男だ。
その衝撃で、思わず僕はケーキの入った紙袋を落としてしまった。
「や、やば」
僕は急いで紙袋を拾おうとした。が、同時に僕は目を疑った。
紙袋が二つに増えた?
「余計な手間をかけさせる……すまんな、君」
男はそう言って、紙袋の内の一つを持ち上げ、そのままどこかへ走り去って行った。
「一体何者なんだよ、あの人?」
首を傾げるツヴァイちゃん。
「あのさ、元はと言えば君のせいだろ。変な気を遣うからこんなことになるんだ。ケーキが潰れてたら、ツヴァイちゃんの責任だからね」
「そ、そんなのないんだよ! 人の気持ちを素直に受け取れないお兄様が悪いんだよ!」
「あーあー分かった分かった。ケーキは食べさせてあげるよ、ミアが許せば」
まったく、これだから子供は。聞き分けのない人って嫌いだ。
僕は今度こそケーキの紙袋を拾い上げた、つもりだった。
……何かがおかしい。ケーキにしては、袋が重たい。
「あれ?」
紙袋の中を覗いてみると、そこにあったのはケーキの入った箱ではなく、サビた金属製の何かだった。
「どうしたんだよ、お兄様。早く帰らないの?」
「いや、その……ケーキが錆びたんだけど」
「ケーキが錆びた? 鉄になったってこと? お兄様、いつから錬金術師になったんだよ? 真理の扉開いちゃった?」
「えーと、常識的に考えてそんなことはありえないから……」
少し考えてみて、思い出す。
さっき地面に落ちた紙袋は二つあって、その片方をあの男が持って行ったということは。
「多分、さっきの人が本来持っていたのがこの紙袋だ」
「ってことは、あの男の人が持って行っちゃったほうにケーキが入ってるってことになるんだよ?」
「うん、そういうことだね。入れ替わったんだ、きっと」
「紙袋、入れ替わってるーっ!?」
「そのネタ、何年か遅かったね」
「どうするんだよ、お兄様。きっとミアお姉ちゃんブチ切れるんだよ」
「……ああ、確かに」
望みのものが手に入らなかったとなれば、それも予約して既にお金も払ってしまっているとなれば、ミアの機嫌が悪くなるのは避けられないだろう。
さっき僕にぶつかった男は、既に影も形もなくなっていた。どっちに行ったのかも分からない。
本当にやっかいなことになったものだ。
「ところで、この金属の塊、何なんだろうね?」
僕はもう一度紙袋の中を覗いてみた。
金属の箱みたいだけど、いったいこれにどのくらいの価値があるのだろうか。博物館にあったって話だから、それなりに重要な物なんだろうけど。
「へー、お兄様も気になるんだよ?」
「うん。まあね。もしこれを売った方がお金になるんだったら、ミアもケーキより喜ぶだろうし」
「……盗品を売るのは犯罪なんだよ、お兄様」
「いや、もちろん冗談だよ。こんなところに都合よく骨董品の価値が分かる人なんていないだろうしね」
「ふーん。もしいたら、どうするんだよ?」
「いたら? とりあえずこの箱に値段でもつけてもらおうかな。なんて」
「それじゃあ、案内してあげるんだよ、お兄様」
「え?」
「だから、知り合いのこーこがくしゃ? に聞いてみるんだよ」
ツヴァイちゃんは僕を置いて歩き出す。
「ちょ、ちょっと待てよ。考古学者? そんな人が君の知り合いにいるわけ?」
「いるんだよ。たしか本人は、錯誤異物研究家とか言ってたけど。ちょうどこの近くに住んでるんだよ」
※※※
そして、ツヴァイちゃんの案内で歩くこと数分。
僕らは古びた洋館の前に立っていた。
まるでおとぎ話に出てくるような、蔦の絡みついた洋館だ。
「本当にこんなところに住んでいる人いるの? 空き家じゃないのか?」
「ううん、違うんだよ。ここに住んでる人、時々おかしをくれたりするんだよ」
「ええ……!?」
それ本当かよ。
見知らぬ子供にお菓子をあげるような人って、このご時世において大丈夫な人なんだろうか。
色々疑っちゃうけど、ここはとりあえずツヴァイちゃんに任せてみよう。僕が悩んだって仕方のないことだし。
とか考えているうちにツヴァイちゃんは玄関のチャイムを押していた。
数秒後、大きな木のドアが開いた。中から現れたのは、細身のメイド服を来た少女だった。
「アルお姉ちゃん、退屈してるんじゃないかと思って来てあげたんだよ」
「……ああ、あなたですか」
うんざりした様子で、アルと呼ばれた少女はため息をつく。
少女と言っても、まあ僕と変わらないくらいの年齢だろう。
「残念ですが、今あなたにあげられるようなものはないんです。お引き取りください」
「違うんだよ、今日はお菓子を貰いに来たわけじゃないんだよ。実は、お兄様が変なものを拾っちゃって」
「変な物?」
そこでようやく少女は僕に気付いたように、こっちを見た。
「あ、どうも。僕のことはえーくんと呼んで下さい」
「自分のことをくん付けで呼ぶ人にろくな人間はいません。お引き取り下さい」
少女の目は真っ黒で、死んだ魚の目みたいだった。
「僕としても帰りたいのは山々なんですけどね、どうしても相談したいことがあるんですよ。あなたが考古学者の先生ですか?」
「……いえ、私はただの召使い兼ボディガードです。相談したいこととは?」
「この袋の中、金属の箱みたいなのが入ってるんですよ。それの鑑定をしてもらいたくて」
「そういう話なら、質屋に行ってください。お嬢様の専門外です」
「あーいや、せめて見てもらうだけでもできませんか?」
僕が言うと、アルは本当に面倒そうに眉根を寄せた。
「仕事の依頼と言うのなら仕方ありませんね。お嬢様は多忙なのですから、くれぐれも手間をかけさせないでください。本当はあなたのような得体のしれない人を屋敷に入れたくはないのです」
アルはそのまま屋敷の中に戻って行く。
ついて来いということだろうか。
「お兄様、入っていいみたいだよ?」
「じゃあお言葉に甘えて、お邪魔するとしようか」
※※※
洋館の中は外見に反して綺麗で、まるで中世ヨーロッパにタイムスリップしたみたいだった。
そして、一番奥の書斎で、彼女は僕らを待っていた。
「気楽にお掛けなさい、あなたたち」
輝くような銀髪に赤い瞳。そしてド派手な赤のゴスロリファッション。
そんな強烈な見た目をした少女が、天井近くまである本棚を背景に、豪奢な彫刻の施されたソファに座っている。
「は、はあ、どうも」
僕とツヴァイちゃんは、彼女に勧められるまま、同じように彼女の向かい側のソファに座った。
すごく座り心地の良いソファだ。革の匂いがする。まるで僕がお金持ちになったみたいだ。
「アル、この方たちの分もお茶の準備をしていて。話が終わったらすぐに行くから」
「はい、お嬢様」
先ほどまで僕に見せていたダルそうな態度ではなく、別人のように機敏な動きでアルが部屋を出ていく。
「申し遅れましたわね。ラミア・フォン・ハリフォードですわ。今日は何の御用かしら? わたくしに見せたいものがあるとか」
「あ、は、はい。えーと、これなんですけど」
ラミアの金持ちオーラに圧倒されながら、僕は紙袋の中から鉄の箱を取り出した。
「あら、これは……少しお貸し頂けるかしら?」
「どうぞ」
ラミアは鉄の箱を両手で持ち、興味深そうに眺める。
「間違いありませんわ。古代魔導文明の遺物ですわね」
「遺物?」
「そう。これはかつての文明で使われたものですの。よく、貴金属を保管するために用いられていましたのよ」
「へえ、貴金属ですか」
なるほど、もしかしたらその中には宝石が入ってるかもしれないってことか。
でも、どうしてそんなものをあの男が?
「そう、それも博物館に展示されていてもおかしくないような、貴重な物ですわ」
「博物館に、ですか?」
「ええ。ところでこんな話をご存知? 実はつい先日、隣町の博物館でこれと全く同じものが盗難されましたのよ」
「……え?」
「あなたも運のない方らしいですわね。うっかり盗品を手に入れてしまうなんて」
「ちょ、ちょっと待ってください。じゃあそれ、元々は博物館にあったものなんですか?」
「ええ、そうですわ。お茶の用意もできた頃ですし、食堂へ行きましょう。それから、これを手に入れた経緯をもう少し詳しくお話して頂ける?」
※※※
壁に絵画のかかっている食堂で、僕とツヴァイちゃんはお茶を貰った。
どうやらツヴァイちゃんは何度も来たことがあるようで、中々堂々とした(要するに礼儀もへったくれもないような)振る舞いをしていたが、僕はあのメイドさんの視線が怖くてろくにくつろげなかった。
「……で、これが僕の手元に来たってわけなんです」
「事情は分かりましたわ。この箱はわたくしが博物館にお返ししておきます。あなたには迷惑が掛からないようにしますから、安心なさいね。それと、ケーキはわたくしが用意して差し上げますわ。よろしいかしら?」
優雅に紅茶を飲みながら、ラミアが言う。
「箱のことはそれでいいんですけど、ケーキについては、ちょっと」
「何か気になることがおありなの?」
「いやその、ミア――友人が注文していたものなので、どんなケーキか分からないんですよ。わざわざ予約してたって言ってたから、それなりに特別なものだと思うんですけど」
ミアのことだから、彼女の想像と違うものを持って帰ればその瞬間機嫌が悪くなるに違いない。持って帰るなら、全く同じものを用意しなければ。
「あら。それなら、あなたはどうするつもり?」
「同じものを買ってもらおうにも売り切れだそうですし、仕方ないので、取り返しに行こうかと」
「取り返す?」
意味が分からないというふうに首を傾げるラミア。
「ええ。ですから、僕のケーキを間違って持って行った人たちから取り返すんですよ」
「相手は強盗犯ですわよ。それでもやるのかしら?」
「やれるだけやってみます」
「決意は固いのね?」
「はい、それなりに」
「分かりましたわ」
納得したように頷いて、ラミアは何かを取り出した。
考古学者というくらいだから古代のアイテム的なものが出てくるのを一瞬期待してしまった僕だが、そんな僕の庶民的な予想を裏切って、出てきたのはスマホだった。
ラミアは慣れた手つきでスマホを操作し、そして喋り出す。
「……もしもし、わたくしですわ。今お暇かしら? そう、依頼ですわ。今からあなたのところに来客があるから、その人たちのために占いをしてあげて欲しいの。ええ。分かりましたわ。では、よろしく頼みますわね」
通話を終え、ラミアは再びスマホをゴスロリドレスの懐にしまう。
「あの、誰に電話してたんですか?」
「わたくしの知り合いの占い師ですわ。本人は賢者って言ってますけど」
「賢者?」
「そうよ。あなたが探しているケーキの現在位置をあの男に頼んで調べてもらうといいですわ。きっと見つかるから」
※※※