ミッション87 逃げる女幹部と追う兎・・・!?
「ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・!」
俺は走っていた。現状で出せる限りの全力で、両の足を動かして。
何故走っているのかって?―――それは俺が追われているからだ。
何に追われているのかって?―――それは俺の後ろを見ればすぐに分かることだろう。なにせその張本人が現在進行形で、「フンッフンッフンッ!!」と荒い鼻息を上げながら俺の事を追い掛けて来ているのだから。
「く、来るな・・・!来るな来るな来るな、こっちに来るなってばぁぁぁーーーッッ!!?」
「ウサウサウサウサウッサァァーーーッ!!」
俺が逃げていた理由。それは怪人化したピョン太郎から逃げる為であった。
そもそも、どうして俺がピョン太郎から逃げているのかと言えば・・・まあ、なんというか、以前仕事で行った坂之上動物園での一件で負ったトラウマを掘り起こされたからであった。
なにせあの時もピョン太郎は、俺達があげたモノ―――『超筋肉増強液』というのが混ぜられた特製饅頭を食べた事により、今みたいな兎頭マッチョメンに変貌したことがあった。しかも、俺達が秘密基地に帰ろうとしていた時に現れて、全速力で追いかけて来たのだ。
当然、その時の俺達は恐怖を覚えて逃げ出したし迎撃もしようとした。・・・がしかし、兎頭マッチョメンに変貌したピョン太郎は俺達の放った攻撃を尽く回避しまくった。具体的にはマシンガンによる攻撃を超高速反復横跳びで回避するなどしてだが。
さらにはそれだけではなく、転移装置によって形成された転移サークル内に亀裂を生じさせて無理矢理抉じ開ける、といった事まで仕出かしたのだ。
亀裂を両手で押し広げながら上半身をズルリズルリと這う様に出して来た時には、「なにそのデタラメ具合ッ!?」と内心でツッコミを入れながら思わず恐怖の悲鳴を上げてしまった。
・・・・・・いや、実際あれは下手なホラーよりも怖かった。逃げ切ったと安堵していたところだったというのもそうだが、その後も秘密基地内で追い掛けられたので余計にだ。トラウマになってしまうのも仕方ないと俺は思う。
というか誰だってなるわ、あんなの見たら。
ちなみに、その日の夜に一人でトイレに行けなくなってブレーバーとか戦闘員達について来てもらったのは、今でも恥ずかしいと感じる思い出だったり。
「(その時の事を思い出して、つい反射的に逃げ出してしまったけど・・・なんでピョン太郎の奴追い掛けて来んの!?しかも何か鼻息めっちゃ荒いし!変な鳴き声も上げてるし!?)」
俺は全力疾走を続けながら、内心で思わずそう叫んだ。
確かにあの光線の一撃からピョン太郎を守れなかった事や、怪人化したピョン太郎を見て反射的に逃げ出したことは悪いとは思っていた。・・・が、しかしそれで何故俺を追いかけて来るのかが分からなかった。
今のピョン太郎はおそらく野良怪人だ。普通、野良怪人というのは己が本能のままに行動し、暴れるのが一般的なのだが、しかしピョン太郎はそんな様子を見せていない。周囲に攻撃するといった様子を見せず、ただただ俺の事を追い掛けて来るだけだ。
周りに被害が及ばないという事に若干安堵の息を零すが、しかしそれはそれで恐ろしい可能性を思い浮かべてしまう。
「(まさか、俺を追い掛けるのが本能だとか言わないだろうな、ピョン太郎ッ・・・!もしそうだとしたらお前、俺に追い付いたらいったい何をする気なんだっ・・・!!?)」
ピョン太郎に追い付かれたら自分はいったいどんな目に遭わされてしまうのか。嫌な予感を覚えた俺は背筋にゾッと怖気が走るのを感じつつ、両足を全力で動かし続けた。
ピョン太郎は走っていた。出せる限りの全力で。現状で出せるスピードの限界まで。自身の目の前を走っているディーアルナに追いつく為に。
そもそも、何故怪人化したピョン太郎は自身の飼い主であるディーアルナの事を追い掛けているのか?―――その答えは彼もよく分かっていなかったが、ただ胸の内に滾る本能が彼女を追えと、決して逃がしてはならないと、そう訴えている事は感じられていた。
そしてその本能は、ディーアルナに追いついた際には彼女に抱き付いてスーハ―スーハークンカクンカと匂いを嗅いだり、彼女の柔らかそうな肌をぺロぺロと舐めまくれと訴えていた。最終的には行ける所まで―――具体的には、十八歳未満お断りなエロい展開まで行け、という感じに。
ある意味、自分を追い掛けるのが本能なんじゃないか?というディーアルナの予想は当たっていたわけである。
「ウサウサウサッ!!」
だからこそピョン太郎はディーアルナに追いつくために、眼前に存在する無数の障害物に向けて直進した。
「ウサッ!」
ドガァーンッ!
「うおわぁぁーーーッ!?」
時に民家の壁を突き破り。
「ウササッ!」
ドガガァーンッ!!
「か、怪人だぁぁーーッ!」
「い、いや、変態だアレはぁぁーーーッ!?」
時に幾つものビルの壁を突き破り。
「ウッサウサァァッ!!」
バッコォーンッッ!!!
『キャアアァァァ---ッ!?!?』
『ウォオオォォォ---ッ!?!?』
時に公衆浴場である銭湯の壁を突き破って。
「ウサウサウサウサウッサウサァァァーーーッ!!!」
それ以降も、次から次へと建物を壁を突き破って行くピョン太郎。その被害が如何程なのかは、あちらこちらで土煙が上がる様子を見れば一目瞭然。パッと見た限りでも三十世帯以上は被害にあっている様であった。
だがしかし、ピョン太郎は止まらない。止まりはしない。
自身の飼い主であるディーアルナに追いつくまでは。己が本能を満たすまでは、絶対に。
「(くっそぅ、振り切れない・・・!)」
時に道路脇の道を走り、時に家々の屋根やビルの上を跳ぶなどしてピョン太郎から逃げていた俺は、しかしそれでも彼を振り切る事が出来ないでいる状況に焦りを覚えていた。
今現在俺が出している速度は時速六〇kmくらい。本当はもっと速く走る事も可能なのだが、これ以上速度を上げると人や障害物となるモノを避けたり、カーブを曲がったりすることが難しくなるので、それが現状で出せる限界速度であった。
だが、ピョン太郎はそんな速度で走る俺に付かず離れずの距離でピッタリと追い付いていた。元となったのが兎だからなのかその脚力は凄まじく、一歩踏み出すだけで俺の歩幅二つ三つ分多く前へと進んでいる。
加えて、限界まで前傾姿勢となっていることで空気抵抗を可能な限り削いでいるのだろう。真っ直ぐ進むということであれば俺よりも明らかに速い。
―――だが、曲がるという事に関しては苦手であったらしい。俺が走る速度を調節して急カーブや脇道に直角に曲がったりした時に、ピョン太郎は曲がり切る事が出来ずに、家やらビルやらの建物やガードレールなどにぶつかったり、偶々空いていたマンホールの穴などにスポッと落ちたりする様子が見られていた。
・・・まあ、その後で建物の壁を破壊しながら現れたり、別のマンホールからズポッと飛び出して来るなどして俺の下へと戻ってきているので、アイツにとっては上手く曲がる事が出来ないという事は些末事なのかもしれないが。
・・・・・・というかピョン太郎の奴、段々と戻って来る時の登場の仕方が、某未来からやって来た殺人サイボーグ風になっていくのは気のせいなのだろうか?走っている俺の前に先回りでもするかのように建物の壁を壊しながら現れた時は、なんだか本当にそれっぽくて心の底からビックリしたし。
「(どうするどうするどうする・・・!今は何とか逃げることが出来ているが、このままじゃジリ貧だ・・・!どうする・・・!!)」
走っている途中に見つけたビルとビルの間の細道に入った俺は、そこからビルの壁を何度も蹴って跳び上がって屋上に着地すると、追ってくるピョン太郎に見つからないように体勢を低くしてやり過ごした。
・・・と言っても、こんなのは一時的なものだろう。その間に俺は、今後どうするべきかと考え始めた。
正直、そろそろ逃げるのがキツくなってきていた。・・・いや、体力的にはまだ大丈夫だし肉体的な疲労もそんなではないのだが、ピョン太郎が俺を追い掛ける過程で色々な建物を壊していくことによって逃走ルートがどんどん狭まっていくのが痛い。
それに警察やヒーロー達も騒動を聞きつけて、そう遠くないうちにやって来るだろう。そうなったら多分、『警察及びヒーローVS怪人化したピョン太郎』といった感じのバトルが勃発することになる。
その光景が頭の中で思い浮かんだ俺だったが、しかしそれが現実のものとして起こる前にこの事態をなんとかしたいと考えていた。
なにせピョン太郎は今や俺達の家族同然の存在だ。そうなるまでに色々と紆余曲折な出来事がありはしたが、面倒を見ている内に自然とそう思うようになったし、怪人になったとしてもその想いは変わらない。
「(だからこそ、件のバトルが始まってしまう前になんとかしたいと思っているんだが・・・問題はどうやってピョン太郎を止めるかだ)」
俺は今のピョン太郎の状態になんとなくだが見覚えがあった。
以前、秘密基地で起こった事故でアルミィが怪人化した時になっていた暴走状態のそれと似ているように思えたのだ。
あの時は、暴走していたアルミィを叩きのめして気絶させた後にブレーバーの手で再調整されることによって落ち着いた。
なら、今回もその時と同じことをすればいい。そう思った俺だがしかし、二の足を踏んでそれが出来ないでいた。
ピョン太郎と真正面から対峙するのはやめたほうがいいと、己の直感が危機感のようなものを訴えていたからだ。
何故〝ようなもの〝と付けるのかというと、どうにもピョン太郎から向けられているのが敵意や殺気といったものではなく、どちらかと言えば好意的な、もしくはそれに類するものであったからだ。
命の危機を感じさせるものではない。ないがしかし、なんと言えばいいのか・・・こう、それとは別の危機感を俺は感じていた。
その感覚の正体が何なのかは分からない。・・・だが、ピョン太郎が怪人化した際に思わず逃げ出したのも、以前負ったトラウマが蘇ったというのもあるが、その直感からピョン太郎と対峙した場合に自身にとって何か最悪な展開が起こるのだという事を察したからでもあった。
「でも、このまま逃げ続けていても状況は改善しない。何か打開策を考えないと・・・」
今まで感じてきたものとは違う危機感。それに戸惑い、困惑しつつも、俺はピョン太郎を戦闘不能にさせる方法を考えようと頭を悩ませる。
「―――お困りですかな、お嬢さん?」
「・・・え?」
そんな時だった。何者かに声が掛けられたのは。
いったい誰がと思いつつ、声が聞こえた方へと視線を向けて―――俺は絶句した。
「可愛らしい乙女の声が聞こえた。うら若く、美しい乙女のいる所に私あり。困り果てた女性の元にも私あり。例え呼ばれずとも、華麗に参上!怪人、レディースジェントルメン!!・・・・・・御嬢さん。何かお困り事かな?」
そこにいたのは変態であった。見紛う事なき変態であった。
頭には女性物のショーツを被り、目元にはマスク代わりのつもりなのかブラジャーが当てられている。
黒いボディースーツに覆われた体はちょっと膨らんだポッチャリ系だが、しかししっかりと鍛えられているようで、ムキムキとした筋肉がボディースーツの下から押し上げる様に顔を覗かせている。
首元には赤いネクタイがビシッ!と絞められており、下半身にはワンポイントにも見える白いブーメランパンツを履いていた。
これを変態と言わずして何と言うのであろうか。
正直その姿を見た俺は思いっきりドン引きした。というか物理的にも引いた。ガチで。
「(何なんだ今日は!厄日か!厄日なのか!?・・・って、コイツどっかで見た事ある!)」
突然現れた変態に驚いてズザッ・・・!と後退った俺だったが、しかしそこでふと目の前の男に見覚えがあると思った。
何処で見たんだったっけか、と俺は自身の記憶を掘り起して―――そして思い出した。
「・・・そうだ。あの時、ブレーバーにおつかいを頼まれて東京に行った時に現れた変態怪人ッ!!」
そう。今自分の目の前にいるこの変態は、以前俺がブレーバーに頼まれて東京に和菓子を買いに行った時に突如として目の前に現れた怪人であった。
「確か以前御城さんから聞いた話では、怪人でありながら老若問わず女性を助けることを主な活動としている奴だった筈・・・」
・・・・・・同時に、助けた女性の着用している下着を報酬とか対価という名目で盗んでいく下着ドロとしても有名であるとも。
そしてその所業によって過去に『大規模捕縛及び殲滅作戦』という、下着を盗まれた女性被害者や警察に所属する女性警察官、ヒーロー連合協会に所属している女性ヒーロー達による大捕り物が行われたものの、しかし結局捕まえることが出来ずに逃げ切られてしまったという話も聞いた覚えもある。
「でも、その主な活動範囲は東京やその周辺だった筈・・・此処東京じゃないんですけど。遠く離れた地方なんですけど・・・!なんで此処にいるんだよアンタ・・・!?」
「フッ・・・!お嬢さん、その問いにはこう返してあげよう。―――それはもちろん、困っている女性の声を・・・つまりはお嬢さんの声を聞いたからに決まっているだろう、とっ!!」
「いや、答えになってないからそれぇっ!?!?」
キザったらしい―――でもその容姿には全然似合ってない―――仕草をしながらそう答える変態ことレディースジェントルメン。
当然、そんな彼に俺は答えになってないとツッコミを入れたが。
「フッ・・・!良いツッコミをありがとう、お嬢さん。それに対する礼と言っては何だが、私が此処にいる本当の理由を教えるとしよう!・・・・・・実を言えば、今私はとある面倒な人物に負われている真っ最中でね。此処・・・というかこの町に来たのも偶々、偶然だったりするのだよ」
「まあ、お嬢さんの困っている声を聞いたというのも嘘ではないがね」と語るレディースジェントルメン。
そのどことなく疲れている様な雰囲気と背中に背負っている哀愁から、どうやら嘘ではなさそうだと俺は思った。
・・・というか、さっきから「・・・いや、本当に。どうして此処まで私が逃げる羽目になっているのやら」とか、「・・・いったい彼女は何時まで私を追い掛けるつもりなのだろうか?」といった愚痴の様なものをブツブツと呟いているし。目元に当てているブラジャーのせいで見えないが、なんとなく目が死んでいる様な雰囲気も感じられるし。
「まあ、それは今は置いておくとして・・・・・・それで、お嬢さんはいったい何に困っているのかな?この私が力になってあげるよ?」
「いえ、結構です。自分で何とかしますから」
「ま、ま、そう言わずに」
「結構です」
少し時間が経った後に気を取り直したのか、「困っていることがあるのなら助けてあげよう。さあ、いったい何に困っているんだい?」といった感じに聞いてくるレディースジェントルメン。
だが、そんな彼に対して俺は「No!」と首を横に振った。
いや、だって、助けたら身に着けている女性の下着を盗むんだろう?しかも、状況的にその標的になるのは俺になるんだろう?それが分かっているのに、誰がアンタなんかに助けを求めるか・・・!!
「ふむ・・・意外と強情だねぇ。だけどまあ、君が何に困っているのかはおおよそ検討が付いた。多分、今ビルとビルの間を跳びながらこっちに向かって来ている怪人がその原因なんじゃないのかい?」
「・・・えっ?」
「アレ、アレ。アレなんじゃないのかい?」といった感じに立てた人差し指をチョイチョイと横に向けるレディースジェントルメン。
それを見た俺は釣られる様にその指が向けられている方へと視線を向けて―――「うっそだろう、オイ・・・!?」と頬を引き攣らせながら呟いた。
投稿は一旦ここまでです。
次回分は現在執筆中で、出来るなら2月中には投稿できるようになればといいなと考えています。
・・・・・・まあ、リアル事情がちょっと忙しいので間に合うかどうかは断言できませんが。




