ミッション69 打ち上げと懸念と後日談・・・!
エピローグ部分ですが、色々詰め込み過ぎて予定していた文章量よりも長くなってしまいました。
とりあえず最後まで読んでくれたら嬉しいです。
「・・・んんっ!えー、アンビリバブルの皆さん、今回の私達の依頼を受けて仕事を手伝っていただき、ありがとうございました。ささやかではありますが、お礼としてこの場をご用意させていただきました。どうぞ存分に食べて、飲んで、騒いで、楽しんでいってください。それでは皆様、行きますよぉ?―――カンパーイ!」
『カンパーイ!』
『Mermans』の店内で音頭を取りながらお酒の入ったグラスを高々と挙げるマリンマーマンさん。
そして同じく店内にいた俺達はそれを見て、彼に習う様に自分達が持っているグラスを高々と挙げた。
時刻は夜の六時。そんな時間帯にどうして俺達がこんなパーティー染みた打ち上げをしているのかと言えば、その理由は昼間のクランゲドンの襲撃による一件が関係していた。
なにせ、かの怪人が思いっきり暴れたせいで、此処の海水浴場が見るも無残にボロボロにされてしまったのである。出店していた店の大半が穴あき状態やら半壊状態にされて建物としては使い物にならなくなっており、また砂浜の方も壊された建材の一部や観光客の荷物が散乱し、一部が砂の中に埋まっている状態だ。
こんな状態の海水浴場に下手に足を踏み入れようものなら怪我をしてしまう可能性が高く、一般人にとっては明らかに危険であり、その故に危険物が取り除かれて安全性が確認されるまでの間は、この海水浴場は一時使用禁止状態となってしまった。
事態を知って駆け付けた市の職員や警察関係者から聞いた話だが、どうやら再び使える様になるまでには最低でも一週間以上は掛かるらしく、そう言う事情もあって、流石にこの状況ではお客はもう来ないだろうとの事で、マリンマーマンさん主導で打ち上げをしようという話になったのである。
実を言えば、まだ予定されていた勤務日数は残っていたので、正直俺としては、良いのかな?と思ったりもしたのだが、マリンマーマンさんが言うには「君達が働いてくれたこの数日間の店の売り上げが例年の数倍は出ているから問題ない!」らしく、むしろお礼を言いたい程だと言われた。
加えて、海水浴場が再び使用可能となるまでの間に、未だ入院中である『Mermans』の正規スタッフであり、マリンマーマンさんの仲間が退院する予定でもあるらしく、人員的には問題なくなったという事も理由の一つなのだそうだ。
あと、これはついでと言うか与太話と言うか、実を言えば俺達は海水浴場が再び使える様になるまで云々の説明をされた時に、今回の事件について警察関係者に事情聴取をされていたりする。
その時の俺達の立場は臨時で雇われたアルバイトといった感じではあったが、その正体は悪の組織に所属する構成員達だ。加えて着ぐるみで正体を隠しているとはいえ、その組織のボスもいる。
そんな俺達が問い詰められ、正体がバレようものならどうなるか。そんなのは火を見るよりも明らかであり、まず間違いなくヒーローを呼ばれてしまう事だろう。
最悪再び戦闘を行う事になるかもしれない。そう戦々恐々としていた気持ちであったのだが、しかしその予想に反して俺達の事はあまり追及されることがなかった。
なぜだろうと不思議に思った俺だったが、その答えは今回の俺達の雇い主であるマリンマーリンさんにあった。
なんでも彼は、この地域一帯の若者で結成された自警団の講師も兼任しているらしく、持ち前の大抵の事を気にしない性格と男気溢れる姿が地元住民に受けて人気を集めているらしい。更には、過去にこの地域を管轄とする警察関係者と協力してとある凶悪事件を解決した事もあるらしく、それ故にそちらからの信頼も厚いのだそうだ。
そんな彼が雇った人達であれば怪しい人物ではない筈だ。・・・という理由から聴取は酷くあっさりとしたモノとなり、むしろ「大変だったな・・・!」と、事件に巻き込まれた被害者側として扱われる事となってしまった。
・・・いやまあ、実際に捕まったり、服を溶かされたりしたので、被害者側と言えばそうなんだけど、なんだか釈然としない物があるなぁ。
まあ、それはさておき、話を戻すのだが。
グラスを高々と挙げてカンパイをした俺達は、その後に各々でマリンマーマンさんが用意してくれた数々の海の幸を堪能していった。
「アグアグッ!・・・美味ッ!|うんまぁッ!!これが海の倖かぁ~!初めて食べたけど、すんごい美味しいぃぃ!!」
「・・・ッ!・・・ッ!」(ヒョイパクッ、アムアム!ヒョイパク、アムアム!)
目の前のテーブルの上に並べられた海鮮料理を一心不乱に食べているのは、アルミィと戦闘員三号だ。
彼等はマグロやタイ、カツオやヒラメ等といった生魚の刺身やタコやイカの足、ホタテ等を焼いて醤油で味付けした物をパクパクパクパクと、それはもう美味しそうに食べている。
「あらあら。二人共言い食べっぷりねぇ。こっちに大きなエビを焼いたのがあるけど、食べるかしら?」
『―――ッ!!?』
そんな彼女達の姿を目にして微笑ましそうな笑みを浮かべながら、バーベキューセットの上で焼かれていた物を指差すメドラディ。
そこにあったのはまさに巨大なエビと呼ぶに相応しいオマールエビであった。
切り分けられずにそのまま炭火で焼かれていたその巨大エビは、いい感じに殻が真っ赤に染まり、ジュウジュウと音を立てながら周囲に美味しそうな匂いを振りまいている。
・・・・・・って、おい。あんな大きい物どうやって用意したんだ?目算でも二十cmぐらいありそうなんだが?
当然それを目にし、匂いを嗅いで、口の端から涎を垂らしながらその両目をランランと輝かせた二人が、メドラディの「食べる?」という問い掛けに、『食べる!!』と食欲全開で叫んだのは言うまでもない。
「イィ~~~ッ、イイッ!イーイイー!イイイーイーイー!」(かぁ~~ッ、美味い!スルッと入る口当たりの良さ!流石はその界隈では有名な『Mermans』の期間限定の酒だな!)
「イィイィ。イーイー、イイーイー、イイイー」(うむうむ。このフルーツの様な芳醇な香りと、辛口の中にもまったりと感じられる甘みが、この濃い味付けの料理にも良く合う)
「せやなぁ!この二つが組み合わさる事で花開く深い味わい!くぅぅ~~!酒が進むぅ~~!!」
そんな三人の反対方向では、戦闘員一号と、二号、ペスタさんの三人がテーブル席に座って料理を摘まみながらカパカパとお酒を飲んでいた。
彼等が食べているのは数々の海の幸を使った焼きそばやお好み焼き、グラタン、カルパッチョ等々の濃い味付けがされた料理だ。
彼等はそれを一口食べては酒を飲み、一口食べては酒を飲みを繰り返し行っていて、その様子は料理の味を楽しんでいるというよりも、お酒をより良く味わう為に食べているといった感じであった。
しかも、もう一丁瓶を三つも空にしているし。ペスタさんが呑兵衛なのは分かっていたけど、まさか戦闘員一号と二号もだったとは。
「うっ、ううぅぅぅ・・・!?ヒック・・・!グスッ・・・!ヒック・・・!ちくしょぉぉ・・・!ちぃっくしょぉぉぉ・・・!?」
そして、実は先程から店の隅で酒を飲みながら涙を流している人物が一人いた。
ブレーバーである。
彼はシャッチー君の着ぐるみを身に纏いながらお酒を飲んでいるのだが、その様子はどこか自棄になっている様にも見え、悪の組織のボスとしての威厳なんて皆無であった。
・・・まあ、実を言えば彼がああなっている原因は既に分かっていたりする。
彼がド嵌まりしているアイドルヒーローシィナがライブをやる筈であったステージのセットが、突如襲来してきた『暗黒の翼』所属の怪人クランゲドンのせいで破壊され、瓦礫の山に変えられてしまったからだ。
その事を知ったブレーバーは当然の如く報復活動に乗り出し、元凶であるクランゲドンを完膚なきまでに倒したのだが、その時の怒り狂った彼の様子は本当に凄まじいと言えるモノであり、思わず見ているこっちの背筋に冷や汗が流れる程であった。
・・・まあ。怒る事になったその理由に関しては色々と物申したい部分もあったけど。
・・・・・・というか、さっきから気になっていたんだけど、どうやってシャッチー君の目から涙を流しているんだろうか?着用者の感情表現も表す事も出来るのか、それ?なんて無駄に多機能な。
「ほら、元気を出してブレーバーさん。悲しい事は食べたり飲んだり騒いだりして、パーッと忘れましょう。ね?」
「・・・・・・うん。・・・ヒック・・・!」
「ほらほら、これはどうですか?たこわさと言いまして、結構癖が強い料理ですが、この癖の強さがまた酒に合うんですよ。―――一口、如何です?」
「ヒック・・・!いただきますぅ・・・!」
そんなブレーバーに声を掛けたのはマリンマーマンさんであった。彼はブレーバーの肩をポンと叩きながら話し掛け、そのまま目の前に料理が盛られた小鉢を出して見せた。
ブレーバーは自身を慰めようとするマリンマーマンさんの気持ちを察してか、泣きべそを掻きながらも彼から小鉢を受け取ると、それに盛られていた料理をチョビチョビと食べ始めた。当然、合間に酒を飲みながら、だ。
・・・なんだろう。戦闘時の格好良いと思えた姿と今の情けない姿のギャップが激しすぎて、思わず涙が・・・!?
「くっ・・・!?」
「うーん・・・どうやら、例のアイドルヒーローのステージライブが見れなかったことが相当悲しかった様やねぇ。―――まっ、例えステージが無事だったとしてもどうせ今回のライブは中止になる手筈やったし、その事を知って落ち込むよりかはまだマシやったと言えるんやないかな?」
「うわっ・・・!?急に現れないでくださいよ、ペスタさん!?びっくりするじゃないですか!・・・って、ライブが中止になる筈だったって、それはどういう事ですか?」
唐突に背後に現れたペスタさんに驚いて肩を竦ませる俺であったが、先程彼女が口にした内容が気になって、どういう事かと問い掛けた。
「理由としては簡単な話やで。ただ単にそのアイドルが此処に来ていないからってだけの事や」
俺の問いに、ペスタさんはニヒッ・・・!と笑いながら返す。
「ウチが仕入れた情報によると、なんでも家族同然に大事にしていたペットが逃げ出してしまったらしくてな?その事にショックを受けて色々な事が手に付かん様になってしまったそうや」
「今じゃあ逃げ出したそのペットを探して、あちこちを奔走しているそうやで?」と、ペスタさんは肩を竦めつつ、そう教えてくれた。
「・・・なるほどなぁ。家族同然に大事にしていた存在がいなくなれば、そりゃあそうなっても仕方がないか」
ペスタさんから話を聞いた俺は、納得する様に頷いた。
実際、ウチの組織にも動物関連で暴走行為を仕出かしそうな人物が二名程いるので余計にである。
「ングッ、ングッ、ングッ、プハァーッ・・・!―――ああ、そうや。そう言えば、ディーアルナさん。ウチ、アンタに聞きたいことがあったんや。」
「・・・?聞きたいこと、ですか?」
なるほどぉ、と俺が頷きつつ件の暴走行為を仕出かしそうな人物達に視線を送っていると、そこで再びペスタさんに声を掛けられた。
「せや。アンタ、砂浜にぶっ倒れておったあの美丈夫を、事情聴取の後でどこかに運んどったやろ?・・・で、アレからあの美丈夫とはどないなったんや?」
「・・・??美丈夫・・・?」
ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべるペスタさん。
だが俺は、彼女の聞きたいことが何なのか分からず首を傾げる。
・・・美丈夫って、何?
「ほらぁ、しつこいナンパから助けてくれて、しまいには一緒に買い物までしたあの男や」
「ナンパ・・・買い物・・・って、ああ・・・!もしかして美丈夫って、御城さんの事ですか!・・・って、まさかずっと見ていたんですか!?一体何時から!?」
というか何処から!?という俺の心からの驚きの叫びに対し、ぺスタさんは、「ふふん・・・!」と楽しげに笑った。
「実は最初から。・・・っと、言うても、実際に見ていた訳じゃなくて、アンタにつけといた配下の幽霊の視界を経由して、やけどな」
「幽霊って・・・!?」
幽霊。その名前を聞いて恐怖に身を竦ませる。
ペスタさんが住居としているあの幽霊屋敷の一件で、苦手としていた幽霊への対抗手段を得たことで多少は大丈夫になったものの、それでもやはり幼少の頃のトラウマは早々払拭されはしない。
その存在が自身を見ていたという事を知って一瞬血の気が引いた俺は、もしかしたら今もこちらの事を見ているかもしれないと思って辺りを見渡した。
「そんな怖がらんと大丈夫やって。今は皆、この中に仕舞っとるさかい」
俺のそんな様子を見たペスタさんは、クスクスと笑いながら腰元に吊るしていた玩具の銃をポンポンと叩いた。
ちゃんと仕舞っているから出てくる事はないよ、と言いたげに。
「はぁ・・・そう、ですか。・・・・・・でも、知ってたのなら助けてくれたって良かったじゃないですか」
「いやー、すまんすまん!あの美丈夫が助けるもんだと思ってたんよ。・・・まあ、まさか、女の柔肌を見て鼻血ブッパして倒れるとは、流石のウチも予想しとらんかったけど」
「あ~・・・」
その言葉に何も言えなくなる。
実際、俺もまさかあんなことになるとは思ってもみなかったからだ。
「まあ、とりあえずその事は置いてといて、と。・・・で?もう一度聞くけどアンタ、あの美丈夫をどこに連れて行ったんや?他の皆には内緒しといたるさかい、こっそりウチに教えてぇな!」
酔いでなのか、頬を薄らと赤く染めつつ、ニヤァ・・・!といった笑みを浮かべながら肘でツンツンして来るペスタさん。
そんな彼女の様子に、絡み酒か?と思う俺であったが、別に隠す事でもなかったので素直に答える事にした。
「普通にあの人が泊まっていたホテルに連れて行っただけですよ?」
そう。彼女にも答えた通り、俺はあの一件の際に気絶してしまった御城さんを、彼が宿泊しているホテルへと運んでいる。
知り合って短いが、色々と助けてくれた人を砂浜の上にぶっ倒れさせたままにしておく訳にはいかなかったからだ。
それに、彼は体調が悪そうな状態で更に鼻血まで大量に噴いている。最悪そのまま死んでしまうのではないかと心配するのは当然だろう。
まあ、あの一件の後に行われたメドラディの診断によって、彼が気絶した原因が過労と栄養失調、軽度の熱中症に、更には鼻血を噴いた事で起こった貧血も加わってだと分かり、適切に処置して安静にさせれば命に別状はないのだと安心したのだが。
とはいえ、これ以上強い日差しが降り注ぐ真夏の環境下に置いておくのは危険だという事もあって、休める場所に―――ちょうど近くに彼が宿泊しているホテルがあったのでそこに―――運ぼうという話になった。
それで俺が運ぶ事になったのは自分から立候補したからであり、失敗してしまったとはいえ、助けてくれようとした彼の気持ちに対するお礼をしたいからという側面もあったからだ。
だがしかし、ぺスタさんはその説明では全然納得しなかったらしく、スススッと横合いから近づいて来ると、俺の顔を覗き込んできた。
「ほほぉ?ホンマにそれだけかぁ~?帰ってくるまでに結構な時間が掛かっとったさかい、それ以上の事もやってきたんやないのぉ?」
「・・・・・・それ以上?」
ぐふふ・・・!と含み笑いをしつつ、しかし何処かキラキラとペスタさんは何かを期待している様な視線を向けてくる。
その表情を見るに、どうやら俺の事をからかおうとしている様だという事は分かるのだが、しかし俺としては彼女が何を聞きたがっているのか分からない為、首を傾げるしかない。
帰って来るのに時間が掛かってしまったのは、ただ単に御城さんの事を心配して、ホテルに運び、利用している部屋のベッドに寝かせた後もしばらく様子を見ていたからだ。
その時に冷水に浸して絞ったタオルを額に乗せたり、汗を拭いてあげたりといった看病もしたが、逆に言えばそれ以外の事は何もしていない。
彼女の言うそれ以上の事とは一体・・・?
「それ以上言うたらあれやろ。送り狼的な事に決まっとるやないか!・・・いやまあ、今のディーアルナさんは女になっとるさかい、言い方はちょっと違うのかもしれへんけど」
「送り、狼・・・?」
「だからぁ、そのまま手取り足取りナニしてきたんやないかって話を・・・・・・って、え?あれ?まさか、下ネタが通じてない?お、おっかしいなぁ?」
「顔を真っ赤にして恥ずかしがるもんやと思っとったんやけどなぁ・・・?」と、そう呟きながら何やら当てが外れたかのように困惑気な様子で首を傾げるペスタさん。
俺もまた彼女に倣う様にして首を傾げる。ペスタさんの言った言葉の意味が分からなかったからだ。
「あの、送り狼ってどういう意味何ですか?」
なので聞いてる事にした。
「えっ、まさかそこから!?え、えっとな?送り狼っちゅうのは、親切を装って家まで送って行く言うて、隙あれば襲ってくる男の事でな?ウチが言いたいのは、ディーアルナさんがあの美丈夫の寝込みを襲ったんじゃないかなぁ・・・って」
「寝込みを襲う・・・・・・はっ、まさか眠っている御城さんをこう、ズシャッ!ってやったかを聞きたかったってこと・・・!?なんて恐ろしい事を聞いて来るんだ、この人は・・・!そんな事する訳ないじゃないですか!!」
「うん。なんとなく予想しとったけど、そんな天然のボケを返してくれた礼に、こうツッコませてもらうわ。―――誰もそんな事言っとらんわ!というか、何でそんな物騒な意味で捉えたん!?逆にそっちの方が怖いわ!?」
「・・・あれ?」
「というか、ズシャッ!ってなんや、ズシャッ!って!?」とツッコミを入れてくるペスタさん。
そんな彼女を見ながら俺は、おかしいなぁ?と首を傾げた。
「昔母さんに〝安全な場所以外で寝る時は敵地にいると思いなさい。じゃないと寝込みを襲われて寝首を掻かれて死ぬことになるわよ〝って教えられたから、ついそういう事なんじゃないかと・・・?」
「お母さーんッ!?アンタ自分の子供に何教えてるんやァァァーーーッ!!?」
「(・・・・・・あかん。この子の事、ちょっと見誤っとったわ)」
目の前でキョトンとしているディーアルナの顔を見ながら、思わずそう吐露するペスタ・ジョレイヌ。
その内心では、驚愕と同時に若干の焦燥を抱き始めていた。
ペスタにとって先程ディーアルナに向かって言った言葉は、ほんの冗談。からかい半分のつもりだった。
その動機は、彼女の慌てふためく可愛い姿を見たいからというものであったのだが、しかし返されたのは予想していたのと違って不思議そうな、何も分かっていなさそうな顔のそれ。
そんな反応を目にしたペスタは、何処となく嫌な予感を覚え、自身の頬に一筋の冷や汗がタラリと流れるのを感じた。
「(まさか、この程度の下ネタが通じひんとは思わんかったわ。たぶんこの子、そういった方面の知識が乏しいやろうな。じゃなきゃこうも不思議そうな、何も分かってへん顔になるわけがない)」
一応ペスタは、ディーアルナこと渡辺光に関するありとあらゆる情報を事前に持っていた。
それも自身の飲み仲間であり、友人であるブレーバーの部下になる前から。
それは何故かと言えば、渡辺光という人物が今は亡き元序列一位のヒーローとあの女との間に生まれた子供である事を知っていたからだ。
「(まったくあの女は、一体どういう教育をこの子にしてきたんや!?)」
実を言えばペスタは、彼女の両親―――特に母親の方とは古くから付き合いのある腐れ縁の関係であった。
とは言っても、別に幼馴染とかそういう間柄ではなく、飽く迄情報を売り買いする情報屋とその顧客といった関係性だったのだが、しかしペスタとしては彼女の母親の事を客だとはとても言いたくはなかった。
なにせ彼女の母親は昔から無茶振りや無理難題を押し付けてくる事が多く、その度に発生する騒動にペスタは直接的、間接的を問わず巻き込まれて、大抵酷い目に遭っていたからだ。
渡辺光の母親はペスタにとって相性最悪の天敵と呼ぶに相応しい相手であった。故に彼女と関係の深い人物の情報を集める事はペスタにとっては当然の事であり、最優先で行うべきことであったのだ。
「(性格や人間性、これまでの経歴、過ごしてきた環境に至るまで、ありとあらゆる情報を集めてはいた。けどまさか、ここまでそっち方面の知識が乏しいだなんて誰が予想できるか・・・!)」
普通こういった知識は、成長の過程で周囲から情報を集めて得ていくモノだ。
それは友人との掛け合いや冗談の言い合いでだったり、親から教えてもらったり等。
ましてや今は現代。ありとあらゆる情報が飛び交う情報社会だ。その気になれば何時でも目的の情報を得る事ができる筈だし、なによりこの日本では情操教育の一環として学校の授業でも教えているのだ。何処ぞの深窓の令嬢の様な箱入り娘でもあるまいし、性に関する知識を得られないわけがない。
「(そう。得られないわけがない筈なんやけど・・・・・・なぁんかこの子の様子を見とると、そっち方面の一番大事な事を本当に知っとるかどうか、怪しく思えてならんなぁ)」
未だに目の前でキョトンとしているディーアルナの姿を見ていたペスタは、内心で「いやでも、そんなまさか、ありえへんやろ」と思いつつもちょっと彼女に質問してみた。
「え、えっと、ディーアルナさん?ちょぉっと不躾かつ失礼な質問をしてもええやろうか?アンタ、子供がどうやって出来るかって、ちゃんと知っとるん?」
「え?ええ、まあ、それは当然知ってますよ」
ぺスタの問い掛けに知っていると頷くディーアルナ。
年頃の人間に子供の作り方を聞くなんてことは普通に考えてセクハラ案件であり、それは同性であっても成立するのだが、しかし答えた側であるディーアルナは恥ずかしそうに頬を赤める様子も嫌そうにしている様子も見せずに平然としていた。
そこに若干の違和感を感じながらも、彼女の知っているという答えを聞いたペスタは、自身が胸の内で抱いていた心配事や危機感が杞憂であると分かって、「そうやよね。当然知っとるよね。良かった良かったぁ」と、そう安堵の息を吐こうとして、
「コウノトリが運んでくるんですよね!」
「いや何でやねん!?」
まさかの発言に思わずツッコミを入れた。
「何で?何でそこでコウノトリが出てくるんや!?」
「え?だって昔父さんがそう言っていたんですよ?〝赤ちゃんはコウノトリがお父さんとお母さんの所に運んでくるだよ〝って」
「うおーいッ、お父さーんッ!?何間違った知識を教えてんのォォーッ!?」
今はいないディーアルナの父親兼ヒーローの男に向けて全力でシャウトするぺスタ。
その内心では「自分の子供の教育くらいしっかりしろや、あんの星顔ヒーローがァァァーーー!!?」とも叫んでいた。
ペスタのシャウトを聞いたディーアルナは「あれぇ?」と首を傾げていたのだが、唐突に何かを思い出したように、ハッとした。
「コウノトリが違うとなると・・・はっ、まさか、あの話は本当だったのか・・・!?」
「・・・なんや聞きとうないんやけど、一応聞かせてもらうわ。―――あの話って、何?」
「赤ちゃんはキャベツ畑で取れるって」
「んなわけあるかいッ!?そいつもデマやデマ!」
「となると・・・もしかして昔やってたオジャマな魔女ッ子が出てくる女の子向けアニメで流れていた、花の蕾の中から生まれてくる、というのが正解なのか・・・!?」
「それこそあるわけあるかいッ!?そもそもあれで生まれてくるのは魔女の赤ちゃんであって、人間の赤ちゃんやないわッ!!」
天然ボケとツッコミの応酬。
それを繰り返したペスタは彼女の持つ性知識がどの程度なのかを察して、「はいアウトォォーーッ!?」と内心で叫んだ。
「ちょ、マジで?ディーアルナさん、マジで知らんの!?学校とかで習う筈の事やで!?」
「あ~・・・えっと、その・・・実は俺、学校の授業ってまともに受けた事がなかったんですよ。生活費を稼ぐ為に夜遅くまで内職の仕事とかしてて、そのせいで授業中は殆ど居眠りばっかりしてたから・・・」
「そのせいで学校の成績って、かなり悪かったんですよねぇ」と、ディーアルナは躊躇いがちにそう語る。
その言葉を耳にしたペスタは、そういえばと、彼女が暮らしていた環境についての情報を思い出していた。
「(そういえば、彼女は小さな頃から父親と一緒に極貧生活を送っていたんやったっけ?)」
彼女が暮らしていた環境は一般家庭レベル以下、下手したらホームレス並みと見紛う程であったことをペスタは思い出す。
彼女の父親が務めていた仕事と、それによって得ていた金銭の額を考えれば、ありえないと言える生活環境だ。
まあ、その原因がヒーロー連合協会の幹部職に就いていた『西条睦月』という人間のクズにある事を、彼女はもちろん知っていたのだが。
「(でも、まさかそのせいで勉学が疎かになっているとは・・・・・・あれ?でも確か彼女って―――)」
「えっと、ディーアルナさん。アンタ確か、バイオチェンジカプセルを使って怪人になった筈やろ?だったらそん時に、ある程度の知識も一緒に得ている筈やないの?」
ふと、あれ?と思ったペスタはディーアルナに質問をした。
そう。ディーアルナこと渡辺光は、バイオニズム液を使用して怪人化し、バイオチェンジカプセルによる調整を施された人物である。
特にこのバイオチェンジカプセルの機能の一つに、対象にある程度の基本的な知識や常識を与えるというモノがあり、これによってディーアルナは一般教養レベルの知識を得ている筈なのだ。
「ええ、まあ。確かにその通りなんですけど、でもその知識の中には、ぺスタさんの言うようなモノはないみたいなんですよね」
「はぁ・・・?」
・・・・・・筈なのだが、何故かその部分に関する知識が丸ごとスッポリ抜け落ちているというディーアルナの話を聞いて、ペスタは何それ?と言いたげにあんぐりと口を開けた。
「(いや・・・いやいやいや、何やそれ!?何でそこに関する知識だけ抜かれとるん!?あれか?誰しもが知っている事だから敢えて抜いたとか、まさかそんなオチなんか!?)」
ディーアルナの話を聞いてそう推測をするペスタであったが、実はそれが正解であったことを、その時の彼女は知らなかった。
バイオチェンジカプセルのシステムには、どの知識をどれだけ対象に与えるかの設定を行う項目が存在しているのだが、この内の性に関する知識をブレーバーが除外していたのだ。
彼がそうした理由は二つあり、一つはペスタも考えたように誰もが知っている知識だったからだ。
元々ブレーバーは、自身が立ち上げた悪の組織アンビリバブルの構成員に加える対象を二十歳前後の人間にしようと考えていた。その歳くらいになれば基本的な知識は持っている筈であり、その中には当然性に関する知識もある筈だと考えていたからだ。
そして彼が所有しているバイオチェンジカプセルもまたそれを前提にした設定がされていた為、その部分の知識は敢えて外されていたのである。
もう一つの理由はスペック上の問題で、様々な知識を無闇矢鱈と詰め込みすぎると、最悪の場合パーンッ!と頭が弾けてしまうからであった。
実際過去に、バイオチェンジカプセルの製造過程で行われた実験の際にそういう事例が確認されており、それを教訓にしてシステムには詰め込められる知識の限界許容量が設定されていたのである。
つまり、それらの理由によって知識の取捨選択が行われた結果、ディーアルナは怪人化した事でそれまでには保有していなかった様々な知識を得ることが出来たが、唯一性に関する知識だけは得られないまま今に至ってしまったのである。
それをなんとなく察してしまったペスタは、酔いとは別の意味で頭痛が痛いと片手で顔を覆った。
「(ゆ、唯一の救いは、この子にはキチンと羞恥心がある事や。少なくとも衆人観衆の中で裸になるのを嫌がる程度にはあるっぽい)」
反射的にか、それとも本能的になのかは分からないが、昼間にあったクランゲドンとのやり取りの際に、かの怪人の粘液によって服が溶かされ、裸にされていくのに気付いたディーアルナが恥ずかしがる様子を見せていたのを思い出したペスタは、そっと安堵の息を吐いた。
「(はぁ・・・。ブレーバーから聞いていた彼女の能力の事もあるし、勉強会でも開いてちゃんと教えなあかんやろうなぁ、これは)」
以前ペスタはブレーバーとの酒の席にて、彼からディーアルナの能力についての情報は耳にしていた。
その真の恐ろしさもだ。
上手く使う事ができればある意味では最強と呼ぶに相応しい能力と言えるが、しかし使い方を誤れば誰にとっても最悪の結末を迎える事態が起こりかねない。
その事を理解していたペスタは、だからこそ彼女にそっち方面の知識を教えなければいけないと思っていた。
「(まあ、幸い手伝ってくれそうな相手もいるっぽいし、何とかなるやろ)」
ペスタは内心でそう思いつつある方向へと視線を向ける。
彼女の視線の先には、幾つかの料理が盛られた皿を片手に持って立っているメドラディの姿があった。
「(任せてちょうだい。私も流石にこれはどうかと思うし、彼女の為にしっかりと教えるわ!)」
自分達の話を聞いていたのであろう。彼女はこちらに視線を向けつつ、任せろ!と言う様にグッ・・・!と親指を立ててサムズアップをして見せていた。
ただ何故だろうか。「あんな事とかこんな事とか・・・ふふっ、すっごく楽しみだわぁ」と呟きながらジュルリとしている彼女の様子を見ていると、どうにも不安に思えてならないと、そう感じてしまうペスタであった。
後日談。
怪人クランゲドンの襲撃により、色々とボロボロになってしまった海水浴場だったが、それから一週間とちょっとの時間を掛けた後に再び開催される運びとなったらしい。
当然マリンマーマンの店である『Mermans』も再び開店したそうで、病院から退院した店員達と共に海水浴場にやって来たお客に料理などを振る舞っているそうだ。
ちなみにメドラディの薬品によってメタモルフォーゼした田中についてだが、どうやら彼はあの一件の後に『Mermans』に就職したらしい。
今では変化したその見た目から、三十代から四十代くらいの女性陣から黄色い声を上げられているとかなんとか。
本人もまんざらではない様子がネットのSNS等で確認されていた。
それからペスタとメドラディが計画していた勉強会についてだが、実は一向に進んでいなかったりする。
理由としてはメドラディが声を掛けようとする度にディーアルナが全力で逃げているからであった。
彼女が勉強会から逃げている理由は、勉強が嫌いだからという理由ではなかった。
いやまあ別段好きだとも言えないのだが、そんな好き嫌いの感情以外に理由があったのだ。
それはメドラディが浮かべていた表情にあった。
何故か彼女はディーアルナを勉強会へと誘おうとする度に頬を赤く染め、瞳を潤ませた恍惚とした表情を浮かべていた。
しかも口元から垂れた涎をジュルリと啜りながら、だ。
それを見たディーアルナは己の直感が盛大に警鐘を鳴らすのを感じた。
もしそのまま彼女について行ったら、もう二度と後戻りが出来なくなるぞ、と。
メドラディの勉強を教えようという行動が善意の気持ちから来るモノであろうことはディーアルナにも分かってはいた。だがしかし、頭の中で鳴り響くその警鐘から、勉強を教わる過程で何か大切な物を失ってしまうのではないかとも感じた彼女は、その直感に従って逃げた。
何かしら用事を作り、断る理由を用意して逃げて逃げて逃げまくったのだ。
彼女が一体何時まで逃げ続ける事ができるのか。
その答えは神のみぞ知る事であった。
海水浴編完。・・・ですが、実はまだちょっとだけ続きます。
今現在次の話の執筆作業を行っており、一応次回投稿は11/25を予定しております。
ただ、もしかしたら日程がある程度ズレる可能性もあり、その点につきましてはご容赦頂けたらと思います。




