ミッション66 海の怪人襲来・・・!?
海水浴場に現れた半透明且つ半円状の体を持つそれは、体の下に複数付いている半透明の細長い触手をウニョウニョと動かしながら高笑いをしている。
その姿は何処か見覚えがある。例えるとすればクラゲだろうか?・・・人間二人分くらいの大きさのクラゲなんて見た事ないけど、形的にはそう見える。
「フハハハハハッ!逃げろ、逃げろ、逃げ惑え人間共ォ!ワシの名は『クランゲドン』!悪の秘密結社『暗黒の翼』の怪人であり、この町を征服しに来た者だぁ!」
高笑いを上げながら『クランゲドン』と名乗ったそのクラゲ―――というか怪人は、数本の触手をウニョウニョと動かして、ピシッ!バシッ!と鞭の様にしならせて地面に叩きつける。
その瞬間、砂浜の砂が爆発するかのように飛び散る様が見えた。加えて、飛び散ったそれらが周囲にあった海水浴場に来ていた人達の荷物―――バッグやパラソル等―――に当たり、次々と穴だらけにしていく様子も。
まるでショットガンから放たれる散弾の様な威力のそれは、一発でも当たれば大怪我は確実だ。おそらく海水浴場にいた人々もそれを察したからこそ全速力で逃げているのだろう。
アレめっちゃ危ない・・・!
「というか、悪の秘密結社『暗黒の翼』って言ったら、アメリカで有名な秘密結社の事じゃないか!なんでそんなところの怪人がこんな所にいるんだ・・・!?」
悪の秘密結社『暗黒の翼』とは、アメリカに拠点を置き、主におぞましい姿の改造人間を作り出して暴れさせるという、ある意味悪の組織としてはスタンダードとも言える活動を行っている組織だ。
彼等の目的はアメリカ全土の支配であり、そしてそれを足掛かりに世界を征服し、支配する事である。
目的そのものは分かりやすくシンプル。だがその活動範囲はアメリカ大陸全体と広範囲に渡り、組織の規模もまたそれに比例するように強大だ。所属している怪人の数も数千から数万と、他の秘密結社や悪の組織と比べても遥かに多く、一つの事件に複数の怪人が出てくるなんて事はざらにあり、時には軍隊で言うところの一個大隊並みの数の怪人が一つの町に押し寄せた、なんてニュースが報道された事もあったり。
そんな巨大組織に所属している怪人が、どうして地元であるアメリカではなく、わざわざ日本の海水浴場で暴れているのか。そう疑問に思っていた俺であったが、その答えは隣にいる御城さんが教えてくれた。
「それについてなんだが、おそらく自分達の勢力を拡大する為なんじゃないかと思う。最近の『暗黒の翼』は、地元で思うように活動出来ていない状況らしいからな」
「・・・?それはどういう・・・?」
「なんでも、最近アイツ等の周りで勢いのある新参者が暴れているらしくって、そのせいで地元で思うように勢力を広げる事が出来ていないんだそうだ。どころか、その新参者に次々と支配している地域を切り取られて弱体化し始めているとかなんとか・・・」
「・・・・・・マジですか?」
その話を聞いた時、俺は一瞬冗談かと思った。
なにせ『暗黒の翼』という組織はアメリカで一、二を争う組織だ。組織力や所属している構成員の実力もそれ相応に高く、故にヒーロー連合協会もその末端を潰す事が出来てはいても、完全に壊滅させることが出来ないでいるくらいには。
そんな巨大組織が新参者に押され気味とか、普通信じられるわけがない。
「でも、そんな話聞いた事ないですよ。それに、そんな事になっているのならニュースになっていないのもおかしい・・・」
「ニュースになっていないのは当然だよ。『暗黒の翼』が自分達が劣勢だという事を知られない為に情報を隠蔽しているというのもあるが、ヒーロー連合協会の方でも箝口令をしいて情報封鎖を行っているんだ」
有名な悪の組織が不利な状況に陥っていると世間に知られれば、それを攻め入る好機だと判断した他の組織―――現在敵対している新参者の悪の組織とは別の―――がやって来る可能性があり、もしそうなったら現在小競り合い程度の規模である二つの組織の戦いが拡大、激化して、関係のない一般市民への被害も大きく広がって行く可能性が高くなる。
『暗黒の翼』は新参者以外の組織に介入してほしくない。ヒーロー連合協会は一般市民への被害をこれ以上広げたくない。
懸念している事は違えど、他の組織の介入は望んでいないという点は『暗黒の翼』もヒーロー連合協会も一致しているのだと御城さんはそう説明してくれた。
だがそれだと、ある一つの疑問が出てくる。
「でも、そうだとすればちょっとおかしくないですか?組織の本拠地があるアメリカがそんな状況だというのなら、どうしてアイツは此処へやって来たんでしょうか?普通は小競り合いの方に参加すると思うんですけど・・・・・・」
そう。本拠地が攻められている状況であるならば普通は守りを固めようと判断する。わざわざ防衛の為の戦力を分けて、関係のない遠く離れた土地へ襲撃を掛けるなんてことはまずしない。
だがしかし、『暗黒の翼』はそれをした。一体何故そんなことを?
「それについてなんだが、おそらく『暗黒の翼』はもしものことを考えたからじゃないかと思う」
「もしも・・・?」
「自分達が負けるかもしれないという可能性さ。実は『暗黒の翼』という組織は、過去に何度もヒーローや外部組織に壊滅させられた事があるんだ」
「え・・・!?それ本当ですか!?」
「ああ、本当だ。実際ヒーロー連合協会の記録にも残っているからね。・・・だけど、奴らはその度に短期間で組織を復活させている。しかも時には、復活する前と比べて復活した後の方が勢力が拡大している、なんて事も確認されているんだよ」
壊滅した組織を復活させるというのはそう簡単な事じゃあない。活動資金や各種必要な資材といった物もそうだが、何より組織の手足となって動く人材をどれだけ確保できるのかという問題もあるし、加えてそれ等を揃える為の時間もまた必要だ。最低でも年単位、長くて数十年から数百年掛かったとしても不思議じゃない。
更に言えば、復活させたその後でその組織を今後も維持し続ける事ができるのかという問題もある。
復活させることに力を入れ過ぎて組織を維持する為の力が足りなければ、自然消滅してしまうのがオチだ。
だが、『暗黒の翼』はどうやってかは分からないがその問題をクリアしている。どころか、御城さんが言うには復活前よりもその勢力が拡大している時もあったという。
・・・本当だろうか?
「当然、どうしてそんなことが出来るのかとヒーロー連合協会でも色々考察されてはいたんだけど、その中の一つに”組織の中核となる人物を組織が壊滅する前に避難させ、且つその際に資金や資材、人材も一緒に運んだからこそ、短期間の内に復活出来るんじゃないか”という説があったんだ」
曰く、組織を復活させるのに時間が掛かるのは、その為に必要な物を用意するのに時間が掛かるからだ。ならばそれ等を事前に用意しておけば、組織復活を早めることは可能だろうと。
「そんな事は誰でも思い付けることだと言う者もいるだろう。でも、今のこの世界でそれを悪の組織や秘密結社といった連中が行うのは難しい。なにせ似たような組織が世界中に存在しているから、避難先を探そうにも、良さそうな場所は大抵他の組織の秘密基地がある可能性が高いんだ。だから此処を襲撃するのも、たぶんその避難先を用意する為なんじゃないかと思う。じゃなきゃ、君が言ったようにわざわざこの場所を襲うなんてことをしない筈だ」
ある意味悪の組織や秘密結社にとって今のこの世界は群雄割拠の時代の様なモノだ、と御城さんは言った。
ディーアルナと御城がクランゲドンの様子を伺いつつ話をしていた時、そのクランゲドンはといえば、目に見える範囲から人間がいなくなった事に満足そうに息を吐いていた。
「ムフゥゥ・・・!人がいなくなった事で此処もだいぶスッキリしたなぁ。これなら頼まれた仕事もスムーズに熟せそうだ。・・・・・・とはいえ、何人かは残っていてほしかったがなぁ。人っ子一人いないというのも張り合いがない。なにより、これじゃあ仕事の合間の摘まみ食いも出来やしない」
だが同時に、どこか物足りなさそうな、ガッカリとしているような様子を見せていたクランゲドン。
かの怪人は小さな溜め息を零しつつ、「誰か残っていないかなぁ?」と周囲に視線を巡らせる。
「・・・と、おや?あそこに二人残っているな。んん?しかも良く見れば片方は若い女じゃないか!」
その最中、遠くから此方の様子を伺っている二人の人間の存在に気付いたクランゲドン。
しかもその内の片方は、クランゲドンの好みである十代から二十代くらいの若々しく瑞々しい肉体を持った若い女性であった。
「逃げ遅れでもしたのか?まあ、丁度良い。仕事に取り掛かる前の景気付けに、あの女を摘まみ食いするとしよう!」
それを知ったクランゲドンはと嬉しそうな声を上げると、己の手足である触手を持ち上げて、若い女性―――ディーアルナに向けて勢いよくシュバッ!と伸ばした。
「え?・・・うひゃあっ!?」
「ディーナさん!?」
御城さんと話をしつつ海水浴場に現れたクランゲドンと名乗った怪人の様子を伺っていた時、突然件の怪人が俺達に向けて勢いよく触手を伸ばしてきた。
まるで蛇の様に迫り来るその触手のスピードはかなり速く、気付いた時には俺の体は触手でグルグル巻きにされて持ち上げられていた。
そしてそのままギュンッ!という音が出そうな勢いで引き寄せられたと思った次の瞬間、気付けば俺の体はかの怪人の目の前で吊るされていた。
「・・・ふむふむ。ほうほうほほう?お前、中々美味そうな体をしているじゃあないか・・・!」
「この・・・!放せ!放しやがれ!」
ジーッと俺の体を見つめるクランゲドン。
そして何かに納得でもするかのように「うむうむ」と頷くと、俺に向けてニンマリとした笑みを浮かべて見せてきた。
それを目にした瞬間、俺は背筋がゾワッ!とするのを感じた。
このまま捕まっているのはマズイと判断した俺は、何とかこの状況から脱出しようとした。
「ふんぬぅぅぅ・・・・・・!?」
俺は体に巻き付いている触手を内側から押し広げて抜け出そうと両腕に力を込める。
怪人化した今の俺の筋力は常人の数倍だ。ロープくらいの太い紐程度は千切り飛ばすことができるし、それよりちょっと太いくらいの触手なんて簡単に振りほどけると思っていた。
「このっ!くそっ!どんだけ固いんだ、この触手ぅっ・・・!?しかもなんかヌルヌルしてるし!?イカとかタコとかにもある滑りか何かか、これぇっ・・・!?」
だがしかし、その予想に反して俺は自身の体に巻き付いた触手を振りほどく事ができなかった。
触手にグルグル巻きにされ、漁師に釣り上げられた魚の如く持ち上げられている事で、地に足が着いていなくて満足に体に力を入れるのが難しいというのも理由の一つだったが、なにより思っていた以上に触手が頑丈だった。
まるでゴムの様な伸縮性と柔軟性を持つそれは、どれだけ押し広げようとしてもその分だけ伸び縮みして全く千切れる様子がなく、どころか隙間さえ作れない。加えて、触手の表面が分泌液と思われるヌルヌルとした粘液で覆われてもいて、振りほどこうと体に力を込める度に腕が滑り、より複雑な形で触手が俺の体に絡み付き始めてもいた。
って、ちょっと・・・!服の中にまで入って来んなこのエロ触手ぅ!?ヌルヌルがめっちゃ気持ち悪いから・・・!!
「ちょっ!?水着の中にまで!?待っ・・・!ふぁっ!?ひゃあん!?」
ヌルヌルとした触手が体の上を這いずる感覚に不快感を覚え、我慢できなくて思わず喘ぎ声の様なモノが出る。
それがまた妙に色っぽくて、その声を本当に自分が出したのかと自問自答してしまうくらいであり、羞恥心を覚えてつい頬が赤く染まってしまう。
「待っていてくれ、ディーナさん!今、俺が助けに行くから!!」
「うぐっ・・・!み、御城さぁん・・・!?」
そんな俺の下へ、御城さんが駆け寄って来た。
彼は走りながらズボンのポケットから棒状の何かを取り出す。
それの長さはボールペン並み、太さは指一本から二本分くらいだろうか。その先端と思われる部分には六角柱の形をした緑色の石の様な物が付いているのが見えた。
「怪人クランゲドン!ディーナさんを放して貰うぞ!」
そう言いながら一度立ち止まった御城さんは、右手に持った棒状のそれを頭上に掲げ、左手を腰へと引き寄せるポーズを取った。
そんな彼の動きを見た俺は、そこでようやく彼が手に持つそれが一体何なのか、その正体に気付いて驚きに目を見開いた。
「(まさかあれ、”変身アイテム”なのか・・・!?)」
この世界に数多存在するヒーローは、姿もそうだが所持している能力もまた多種多様だ。しかしそんな彼等彼女等には一貫して共通している部分がある。
それは”ヒーローとして戦う為には変身アイテムが必要”だという事だ。
元々この変身アイテムは、ヒーローの正体がバレるのを防ぐ為や戦闘ダメージを軽減する防護服を瞬時に身に纏えるようにする為の、謂わばヒーローをサポートする事を目的に作られた物であった。
ある意味俺の持っている”変身ブレスレット”と似通っている部分があるが、しかし決定的に違う部分もあった。
それは”変身アイテムを使用したヒーローに特殊な能力を付与する”というモノだ。
作られ始めた初期の頃はそんな機能は取り付けられていなかったそうだが、時代が進むにつれて現在ではそれが標準装備されるようになり、今ではごく普通の一般人であろうとこの機能があれば一端のヒーローとして活躍する事が出来る様になっている。
付与される能力は個々人によって異なっているようで、炎を操る能力とか身体能力が強化される能力とか、中には超能力染みた能力が付与される事もある。
どれもこれも強力だと言えるモノばかりであり、その能力があるからこそ彼等彼女等はヒーローとして活躍できている訳だが、しかしそれは同時に、その変身アイテムさえあればヒーロー以外であっても能力を手に入れる事が出来るという事も示唆している。
もちろん、そんな懸念は最初から想定されている事だろうから、そうならない様に変身アイテムには様々なプロテクトが施されている筈だ。
おそらくだが、御城さんがあんなポージングを取っているのもそのプロテクトを解除する為なのだろう。
「(だけどこれはチャンスだ!御城さんならこの状況をどうにかしてくれるかもしれない・・・!もし出来なくても、その隙を突けば脱出できるかも・・・!)」
これから始まるであろうヒーローと怪人との戦闘に、俺は冷や汗を流しつつ頭の中で今後自分が取るべき行動を考える。
そうしている間に、御城さんは頭上に掲げていた右手を胸元に移動させ、左腕と交差させてから右へと払うという動きをしていた。
「変身!疾風怒濤!『スパイラル・ジェッ・・・ッ!?―――ブッフゥアッッ!?!?」
「み、御城さぁぁぁーーーん!?」
そしていざ変身をしようとしたその時、何故か御城さんは俺の方を見ながら突然カッ!と両目を見開いて全身を硬直させ、かと思えば次の瞬間には大量の鼻血をブバッ!と噴き出して、両手両膝を地面に着いて四つん這いの体勢となってしまった。
・・・って、ナンデ!?鼻血、ナンデ!?
「(い、一体何が・・・!?)」
予想外の展開に思わず困惑する。
まさか変身しようとした瞬間に鼻血を噴き出すなんて事、一体誰が予想出来るだろうか。
いや、本当に何であの人鼻血噴いてんだ・・・!?
「(変身しようとしたあの一瞬。あの時に御城さんが攻撃を受けている様子はなかった。この怪人の触手も動いている様子はなかったから、それは間違いない。・・・というかあれは、まるで何か予想だにしていなかったモノを見てしまって、といった様な感じだった。一体、何を見て・・・・・・ッッ!?)」
御城さんは一体何を見ていたのだろうかと、俺は先程まで彼が視線を向けていた先―――つまりは自身の体を見下ろして、そしてそこでどうして彼が鼻血を噴いてしまったのか、その理由を知った。
「・・・って、えっ・・・!?ちょっ、な、何で服が溶けて・・・!というか、中の水着まで溶けてる!?」
そう。なんと驚くべきことに、俺が身に着けていた衣服が何故か所々穴だらけになって、かなり際どい部分まで地肌を覗かせていたのだ。
ディーアルナが自身の服が溶けていることに気付いて驚いている頃、御城はと言えば四つん這いの体勢のまま、片手で自分の鼻を押さえていた。
「(ふ、不覚・・・!まさか”アレ”を見て鼻血を噴き出してしまうなんて・・・!?)」
「ガフッガフッ・・・!」と咳き込みながら、先程目にした光景を思い出す。
本当に、男からすれば何とも素晴らしいと言える光景であった。
服の下に隠されていた豊満な肉体が徐々に徐々に、まるで穴あきチーズの様に現れていく様は、見えそうで見えないチラリズム感を連想させ、それに加えて触手に捕まっているという状況は一部のマニアからすれば眉唾物のシチュエーションだ。金を払ってでも見たいと言う者も出てくるかもしれない。
そんな男の本能を盛大に刺激し、滾らせるであろう光景は、しかし御城にとってはとても刺激が強すぎる光景であった。
なにせ御城は彼女いない歴=年齢の男だ。通っていた中高の学校は両方とも男子校であり、女性と関われる環境ではなかったし、大人になってからはある程度女性と関わる事が増えてきてはいたが、自分よりも上の序列に昇って行った親友に追いつこうと必死になっていた為、そもそも色恋沙汰等には目もくれていなかった。
ヒーロー連合協会には女性ヒーローもいただろうって?もちろんいるにはいるが、御城にとって彼女達は飽く迄職場の同僚であり、仲間という立ち位置にいる存在で、初めから異性としては見ていない。
故に、女性に対する耐性を持ち合わせてはいなかった御城が女性の裸体なんてモノを見ようものなら、過剰に反応してしまうのは分かり切っていた事だった。
大量に鼻血を噴き出してしまったのも、その過剰反応の結果であった。
「(じょ、女性の裸を見るのは、昔母親と一緒にお風呂に入っていた時以来だったけど、なんて破壊力なんだ・・・!!真っ白な肌が所々ピンク色になっていく光景は、正直記憶のそれと比べ物にならないッ・・・!!あと、さっきからディーナさんが出していた妙に色っぽいあの声。アレもマジでヤバい・・・!!あの声を耳にする度に、全身がゾクゾクってなってる・・・!こ、これ以上聞いていると、意識飛びそう・・・!?)」
加えて、ディーアルナの容姿がその過剰反応をさらに加速させていた。
ディーアルナの容姿は十人が十人美人だと言ってしまう程のモノだ。そんな彼女のあられもない姿を男が見ようものなら、男の本能クリティカルヒットするのは間違いない。
現に御城の男としての本能も連続クリティカルヒットを受けて―――というか受け過ぎて、オーバーフローを起こし掛けていた。
「・・・って、ヤバい。なんか、さっきから眩暈が・・・!)」
ただ、悪い事―――いや、女性の裸体を目にするのは御城にとっては良い事かもしれないが―――というのは重なるもので、御城は己の体に異変を感じていた。
視界が上下左右にぶれ、チカチカと明滅する。全身から大量の汗が噴き出る。さらにはガクガクと手足が震えて力が入らず、立ち上がることが出来ない。
そんな体の異常を感じ取った御城は、「一体自分の体に何が起こっているんだ!?」と内心で困惑した。
が、実を言えばそれらの異常の原因は、御城が気付いていないだけでとっくの昔に分かっていたりする。
その原因は寝不足と過労だ。
御城はここ数ヶ月の間、全国を飛び回って数多くの悪の組織や秘密結社を壊滅してきた。碌に休むことなく、睡眠時間も削ってだ。
そうなれば体に疲労が溜まっていくのは必然。加えてこの海水浴場という環境が御城の体をより疲弊させた。
降り注ぐ夏場の暑い日差しに、高い気温、そして海辺だからこそ感じられる蒸し蒸しとした空気。それらの要素により、御城は軽い熱中症になりかけていたのだ。
つまり、気合と根性で今まで何とか保つことが出来ていた御城の体力も、過労、寝不足、熱中症のトリプルパンチの前にはガリガリと削られて行くしかなく、そしてついに今、それが限界に達してしまったのだ。
「ぐっ!?駄目だ・・・!意識がもう保てない・・・!す、すまない、ディーナさん。君を助ける事が、出来なく・・・て・・・・・・!」
その言葉を最後に砂浜の上にドサリと倒れる御城。
その右手の先から零れ落ちた変身アイテムが、ザクリと砂浜に突き刺さった。
「グフッ・・・・・・!」
「み、御城さぁぁぁんッ!?しっかりしてーッ!目を覚ましてーッ!ここで寝たらマジで死ぬぞーッ!」
目の前でドサリと倒れ込んだ御城さんに向けて、俺は必死になって起こそうと声を掛ける。
その声掛けには、そのまま寝ていたら怪人にやられてしまうぞ!という意味合いもあったが、同時に熱せられた砂浜の上に倒れていたら、火傷したり脱水症状を起こして死んでしまうぞ!という意味合いもあった
だが、御城さんは倒れたままピクリとも動かない。どうやら声を掛けただけでは起きない位に完全に気絶している様だ。
それを見た俺は思わず頬を引き攣らせた。
「(鼻血を出してそのまま気絶するとか、そんだけ今の俺の格好は刺激が強すぎたという事か!?いやまあ、自分でも露出が激しくなってるとは思うけどさぁ・・・!)」
最早衣服が衣服としての体裁を成しておらず、残った布地が何とか大事な部分を隠している状態だ。そんな扇情的過ぎる恰好を見てしまえば、男ならば確かに鼻血を出したとしてもおかしくはないだろう。元男である自身でさえも、自分の体だと分かっているのに思わず赤面してしまうくらいだし。
まあ、御城さん程に鼻血を出せるかと聞かれると流石に首を傾げてしまうのだが。
ジュゥゥゥッ・・・!
「・・・・・・ん?」
そんなことをツラツラと考えていた時、不意に何かが焼ける様な音が響いて来た。
「何の音・・・・・・げっ!?布面積がさらに小さく・・・!?」
その音の発生源は自身が身に着けている衣服だった物からであり、驚くべき事に残っていた布地がさらに溶け始め、まるで炭の様に黒くなってボロボロと崩れ落ちていくのが目に入った。
もう際どいどころかかなり危ないと言えそうなくらいに布地が溶けていくのを目にした俺は、「早く服を溶かしている原因を見つけないと・・・!?」と思い、視線を巡らせ、そしてすぐに一体何が衣服を溶かしているのか気付いた。
それは触手から染み出している粘液であった。
どうやらこの粘液が徐々に衣服を溶かしている様であり、これが浸み込んだ部分を中心に徐々に衣服が溶けているらしい。
その事に気付いた俺は、「嘘だろ・・・!?」と再び頬を引き攣らせた。
「(つまりはなにか?この触手に捕まっている限り服がどんどん溶かされていって、最後には素っ裸になるという事か!?冗談だろ・・・!?)」
身に着けているモノが全て溶け消えてしまった後の自身の姿を想像し、羞恥心を覚えて赤面した俺は、「うおぉぉぉーッ!?」と触手から抜け出そうと暴れながらクランゲドンに叫んだ。
「おい、コラ!このエロクラゲ!一体俺をどうするつもりだ!!まさか、エロい事でもするつもりかこの野郎ッ!!」
「ふむ?どうするって、そんなことは決まっている。食べる為だ」
「食べる為って、まさか俺にエロい事でもするつもりか、この野郎・・・!!一体どこのエロモンスターなんだ、お前は・・・!?」
羞恥心に耐え切れず叫ぶ俺に対し、涼しげな顔(?)で「何を決まりきった事を聞くのだ?」と言いたげに語るクランゲドン。
その発言の中にあった”食べる為”というセリフを耳にした俺は、未成年お断りなR指定な事でもするつもりなのかとクランゲドンに向かって叫んだ。
「え?」
「・・・え?」
だが、返されたかの怪人の反応は俺の予想とは違った物だった。
クランゲドンはまるで、なに言ってんだお前?とでも言いたげに首を傾げていた。
・・・いや、なんでお前が首傾げるんだよ?
「何言っているのだ、お前は?どうしてワシがそんなことをしなくちゃならんのだ?」
「は?」
「我輩が服を溶かしているのは、単純に服が不味いからだぞ?今時の服は科学繊維が入っている事が多くてな、ワシにとっちゃ化学繊維ってこう苦みとえぐみがあってだな、そのまま食べるには辛いのだよ」
「はい?え、ちょっと待って。ということは、お前の言う食べるって、まさか・・・・・・!?」
「もちろん、文字通りの意味で食べる事に決まっているだろう?」
まるで料理の味を評価する評論家のような事を言い出し始めたクランゲドン。
それに嫌な予感を覚えた俺は、予想が外れて欲しいと思いながらも「お前の言う食べるってどういう意味?」という風にクランゲドンに問いかけてみた。
結果、クランゲドンが言う食べるとは性的な意味などではなく、言葉通りの食的な意味で食べるという事が判明した。
・・・・・・・・・マジで?
「女の肉質は大抵柔らかくて食べやすいからなぁ・・・!しかも若いほど甘さも感じられるし・・・!男の肉は筋肉が多くて固かったり筋ばっていたりして食べにくいし、加えて独特の苦味があるからなぁ。食べるとしたらやっぱり断然女だよなぁ・・・!!」
「い、イヤァァァーーーッ!?食われる!マジで食われるぅぅぅーーーッ!?誰か!誰か助けて!!ヘルプ!マジでヘルプッ!!」
エロ的なピンチではなく、ライフ的なピンチであると理解した俺は、大きな声で助けを求めながら暴れる。
その様はまるで陸に上がってビッタンビッタン跳ねている魚の様であり、傍から見たらとても格好良いとは言えないモノであったが、しかし命が掛かっている俺には格好良い悪いなんてことを考える余裕なんて全くなかった。
く、食われて堪るかぁぁぁーーーッ!?
「そこまでだ!」
「・・・ッ!?」
「むっ!?何奴!」
その時、何処からともなく声が響いて来た。
俺とクランゲドンが声が聞こえて来た方へと視線を向ければ、そこには逆行を背に立つアルミィの姿があった。
「天知る、地知る、私が知る!例え神様仏様御天道様が許したとしても、この私が!アルミィが!姐さんへの手酷い仕打ちを行う輩を許しはしない!!―――覚悟しな、このクラゲ野郎!こんがり焼きまくって消し炭に変えてやらぁ!!」
そう宣言しつつ、ビシッ!とクランゲドンに向けて力強く指を差すアルミィ。
彼女のその瞳は強い決意と怒りの炎に染まっていた。
此処まで読んで頂きありがとうございます。
今回のストック分はここまで。
次回投稿は、ある程度ストック分が完成したら投稿する予定です。




