ミッション63 悪の組織に入ったわけは・・・?
今回はシリアス成分多めです。
あの後、店の仕事を手伝いに来たペスタさんから「ディーアルナさん、今日の仕事は午前で上がってくれて構へんよ。午後からは悪の組織アンビリバブルが代わりに働くさかい」と言われた俺は、その日の午後をのんびりと過ごしていた。
「・・・・・・・・・」
ジリジリと照り付けてくる太陽の光を頭に被った麦わら帽子で遮りつつ、ペットボトルが数本入ったビニール袋を片手に持ちながら、コンクリで作られた堤防の上をのんびりテクテクと歩く。
視界の端に見える海水浴場では多くの人々が思い思いに遊んでいる様子が見える。
友人や家族といった間柄の人達が海の水を掛け合ったり、ビーチボールなどのゲームを行っていたりなど、実に楽しそうだ。
「(・・・・・・思えばこんなにのんびりするのなんて、一体何時以来だろうか)」
俺はそれを横目に見ながら、内心でそんな言葉をポツリとこぼす。
俺は―――というか俺と俺の父親は、生まれ故郷のあの島から本土であるこの日本列島に来てから、共に貧乏や貧困とも言える環境の中で暮らしてきた。
生きていく為に働いてお金を稼ぐ事が必要で、小さな頃は小物作りの内職を、体が成長して大きくなってきた頃には数々のアルバイトを梯子する日々を過ごしてきた。
だからこそこんな風にのんびりとできる時間を本当に久しぶりに感じていた。
「ふぅ・・・・・・ん?あれって・・・」
そうして生まれ故郷に住んでいた頃以来の穏やかな時間を満喫していた俺であったが、しかしその最中にとある人物の姿を視界に捉えて目を丸くした。
「・・・メドラディ?」
最近ウチに新しく入った新人の怪人メドラディ。その彼女が海水浴場と道路を繋ぐ階段を昇りながら姿を現した。
「あらぁ、こんな所で会うだなんて奇遇ねぇ、ディーアルナさん」
メドラディの姿を目にした俺は、どうして「彼女が此処に?」と内心で思ったりしたが、そうしている間に水着の上に白衣に似た上着を身に纏った彼女は横へと視線を向け、そこで俺の姿を視界に納めると、ようやく見つけたと言いたげに、パァ・・・!と嬉しそうに表情を綻ばせて走り寄ってきた。
そして俺の下へと近づいて来た彼女はゆっくりと自身の体を屈め、長い黒髪を片手で結い上げながらこう言った。
「丁度良かったわぁ、実は貴女に話があって探していたのよぉ。―――ねぇ、ちょっとそこでお姉さんとお茶でもしない?」
「・・・はい?」
その言葉を耳にした瞬間、俺はつい内心でこう思ってしまった。
「何を言ってるんだこの人は?」と。
海水浴場の近くにあったカフェ。その店先のパラソルが差されたテーブル席で、俺とメドラディは向かい合いながら座っていた。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
自分達が注文した飲み物をお互いに無言のまま口にする。
俺はメロンソーダをストローで吸い、目の前にいるメドラディは砂糖とミルクを程良く混ぜたコーヒーを飲む。
そんなどこかゆったりとしながら、しかしどことなく緊張感を孕んだ雰囲気の中、先に口を開いたのはメドラディであった。
「ここのコーヒー凄く美味しいわぁ。流石、雑誌で取り上げられただけのことはあるわねぇ。貴女のそれはどうかしら?そのメロンソーダ、美味しい?」
「え・・・?あ、はい、美味しいです」
「そう・・・それは良かったわぁ」
俺の返事を聞いたメドラディは、「ふふ・・・」と笑みを浮かべて見せる。
男であれば思わず見惚れてしまうその笑顔。それを目にした俺はほんの少し頬を赤く染めながら、しかしその内心では困惑の感情を抱いていた。
そもそもこのメドラディという人物は、何故か初めて会った時から俺に対して妙に好意的な態度で絡んでくることが多かった。
食堂で一緒にご飯を食べようと隣の席に座ったり、洗いっこしましょうと俺が風呂場にいる時に服を脱ぎながら突撃して来たり、果ては夜中に人が寝ているベッドの中に潜り込んで来るなど。
・・・特に最後の方は俺的にはアウトだと言いたい。きちんと部屋の鍵を閉めてからベッドで寝いていた筈なのに、気付いたら目の前に彼女の顔があった時は本当に驚いた。
その時はどうやって部屋の中に入って来たのかとか、どうして俺の布団の潜り込んでいるのかとか、色々とツッコミたい部分もあったのだが、しかしそれ以上にヤバいと思う事があった。
それはメドラディが浮かべた微笑みだ。
目があった瞬間に頬を赤らめながら浮かべたアレは魔性の微笑みと呼ぶに相応しいモノであり、妖艶さすら感じさせるそれは、怪人化し、女性化したことで感性もまた女性寄りになって来ている俺でさえも思わずクラッと来てしまうモノがあった。
おそらく男が目にしようものならば、理性が吹っ飛んで襲い掛かったとしてもおかしくないし、俺自身も男のままであったらヤバかったかもしれない。
あと、俺を見つめてくる眼もヤバいと思った。
瞳の中にピンク色のハートマークが浮かんでいるようにも見えるその目でジッと見つめられるのは、なんというか、こう、色んな意味で身の危険を感じるモノがあった。
・・・・・・まあ、その時は何らかの事案が発生することなく、添い寝するだけで終わったのだけれど。
まあそういった事もあって、俺はメドラディに話があると声を掛けられた時点で一体何を言われる―――というか、何をされるのだろうと身構えていたわけなのだが、しかし彼女はそんな俺の様子を視界に納めると、「クスクス・・・!」と笑った。
「そんなに緊張しなくてもいいのよ、ディーアルナさん。ただ私は、貴女に聞きたいことがあっただけなの」
「聞きたいこと?」
「ええ、そうよ。どうしても聞きたかったのよ。どうして貴女が悪の組織に入ったのかを」
メドラディから投げかけられた問いに、俺は思わずパチクリと瞬きした。
「えっと、質問に質問を返す様で悪いんですけど、どうしてそんなことを?」
「そうねぇ、しいて言うのなら気になったのよ。どうして貴女みたいな子供が悪の組織に入るだなんて決断をしたのかを」
「決断、ですか」
メドラディのその質問に、俺は一瞬だけ口籠る。
だがそのすぐ後で、別に隠す程の理由があったわけでも無いことに気付いた俺は、その質問に答えるようにゆっくりと口を開いた。
「えっと・・・・・・俺が悪の組織に、アンビリバブルに入ったのは決断したからとかじゃなくて、どちらかと言えば成り行きだったんですよ」
「・・・成り行き?」
「ええ・・・元々俺はボロアパートで父親と二人暮らしをしていたんです。だけどそんな中で一緒に暮らしていた父親が事故に遭って死んじゃって、しかも死んだ後で父親が十億円なんていう高額の借金をしていたことが分かった時は、正直途方に暮れましたよ。・・・あ、もちろん父親が死んだ事は悲しかったですし、寂しいと思いましたよ。でも、それ以上にまさかあの人がそんな借金をしていただなんて、という驚きの気持ちの方が大きくて、なんというか、ちゃんと悲しむ事が出来なくて、つい涙が引っ込んじゃったんですよね」
「・・・・・・・・・」
「その後はどうやって借金を返そうかと考えて、そんな時にあるチラシを拾ったんです」
「チラシ・・・?」
「ええ・・・。『技能の有り無し関わらず入社する方を大募集!過去の経歴は一切問いません!履歴書不要!月給は百万円から!興味がある方はぜひこの住所までお越しください!』、なんて書かれたチラシを」
「・・・・・・え、なにその怪しさ満点だらけのチラシ。というか、ちょっと待ちなさい。もしかして貴女、まさかそれを見て・・・?」
「ええ、まあ、行っちゃったんですよ」
「え、えぇ・・・」
俺の返答を聞いたメドラディは、一目で怪しいって分かっているのになんで行っちゃうの?と言いたげな困惑した声を上げた。
まあ、その反応は当然だと思う。正直あの頃の俺は色々と切羽詰まっていて、そのチラシを見た時も藁にも縋る思いというか、一筋の希望にすがりつく気分だったし。
「そして、チラシに書かれていた面接を受ける場所に行った俺はブレーバーと出会ったわけなんですが、その時につい先ほど言った身の上話を彼にも話したんです。そしたら突然彼が号泣し出して、しかも俺が負っている借金を代わりに払うから、その金額分悪の組織アンビリバブルで働いて欲しいって言われて」
「それで働く事を決めた、と?」
「ええ、まあ・・・彼の勢いに押されてというのもあったんですけど、十億円もの大金を払えるのなら、と。・・・・・・ただその後で、いきなりバイオカプセルに突っ込まれて怪人にされたのには、今でも文句を言いたかったりしますけど」
あと、女にもされるだなんて思ってもみなかったけど。
「そ、そうだったの」
当時の事を思い出した俺は、その時抱いていた怒りをつい思い出してスッと目を細めながら顔を俯かせる。
そんな俺の様子を目にしたメドラディは、頬を少し引き攣らせながら相槌を打つのであった。
「それはそうと、俺も聞いていいですか?どうして貴女がウチに、悪の組織アンビリバブルに入ろうと思ったのかを」
「・・・・・・・・・」
どうして俺がアンビリバブルに入ったのかの経緯をメドラディに話した後、俺は彼女へと逆に問い返してみた。
どうしてアンビリバブルという悪の組織に入ろうと思ったのかを。
それに対する彼女の返答は初め無言ではあったが、その少し後にゆっくりと口を開いて答えてくれた。
「私が貴女達の組織に、アンビリバブルに入ろうと思ったのは、ある人を探す為なのよ」
「それって人探しってことですか?・・・でもそれなら、わざわざウチに入る必要は・・・」
「・・・そうよねぇ。必要ないと思うわよねぇ、普通なら。―――でも私が探している人は、普通の方法では見つけるどころか、その手がかりを掴む事すら難しかったのよ」
「難しい・・・?」
メドラディの言葉に俺は首を傾げる。
手がかりすら掴むのが難しい人探しとは一体・・・?
「そうねぇ。まずは、どうして私がその人を探す事になったのかを話す事から始めましょうか」
メドラディはそう言うと、昔の出来事を思い出そうとしながら口を開いた。
「私はね、つい数か月前まではとある医療大学に通う大学生だったの。実は私って、子供の頃から看護師という職業に憧れがあってねぇ、その資格を得る為に毎日一生懸命に勉強していたわ。でも、そんな日々の中で私はある事件に巻き込まれたの。貴女も知っている筈の、あの数か月前の事件に、ね」
「・・・?俺も知っている事件?」
そう意味深に言うメドラディであったが、しかし彼女の言う数ヶ月前の事件と言う奴に思い当たる節が無かった俺は疑問符を浮かべる。
そんな俺の反応を見たメドラディは、おや?と不思議そうに首を傾げた。
「・・・・・・あら?あの事件の事よぉ?『大量銀座誘拐事件』や『ヒーロー爆撃事件』とも呼ばれる事になった、あの。・・・・・・え、本当に知らないの?」
「えっと・・・はい」
「そ、そう・・・知らなかったのね、貴女・・・・・・これはちょっと予想外だったわ」
メドラディの言う事件の事を俺が知らないと答えると、何故だか分からないが彼女は少し困惑する様子を見せ、小さくボソリと何かを呟いた。
その後にメドラディは、妙な空気になってしまった場の雰囲気を変えようと思ったのか、「ん、うぅん・・・!」と咳払いをした。
「ま、まあ、知らなかったのであれば仕方がないわね。それじゃあまずは、私が巻き込まれた事件についての説明をするわね」
メドラディはそう言うと、自身が巻き込まれたという事件について話し始めた。
彼女の言う『大量銀座誘拐事件』や『ヒーロー爆撃事件』とは、今から数か月前に起こった東京の銀座で起こったテロ事件の事らしく、何でもその事件を引き起こしたのはとある悪の組織であり、その事件によって多くの市民が彼等の根城である機動要塞へと誘拐され、その体に爆弾が括り付けられたのだそうだ。
当時はまだ一般市民であったメドラディもその内の一人であり、彼女もまた被害者達と同様に誘拐され、その体に爆弾が括り付けられ、そしてその状態のまま町へと放り出されたらしい。
「当時は自分に起こったことが理解出来なくて、一体何が起こったのか、どうして自分がこんな訳の分からない目に遭うのか、そんな疑問で頭の中がいっぱいでどうすればいいのかも分からなくて、ただただ助けを求めたわぁ」
だが、メドラディの周りにいたのは彼女と同じように体に爆弾を括り付けられた者ばかりであり、彼等彼女等もまた助けを求めていて、他者を助けようとする者はいなかったらしい。
それを見たメドラディは、その場にいても自身が助からないのだと判断して、助けてくれそうな人を探して街中彷徨い歩いたのだそうだ。
彼女が考えていた助けてくれそうな人というのは、当然ヒーローの事であり、これ程に大規模な事件が発生したのであれば、当然彼等も対処しようと動いている筈だと考えたかららしい。
「そうして歩き回っていた時に、突如私の傍にあったビルの外壁の一部が崩れ落ちて来たの。・・・自分よりも何倍も大きい瓦礫、それが丁度真下にいた自分の下へ落ちてくる光景を目にした時、私は”あ、死んだ”って思ったわぁ」
気付いた時には既に遅く、避けようとしても間に合わない。
最早助かる見込みがないのだと悟った彼女は、死の間際、まるでスローモーションの様にゆっくりと落ちて来る瓦礫を視界に納めながら、諦めの境地で瞼を閉じようとした瞬間、力強い男性の叫び声が聞こえたらしい。
『【轟波龍砲撃】・・・!』
そして同時に、何処からか飛んできた太陽の如き輝きを放つ黄色み掛かった龍が、自身に向かって落ちようとしていた瓦礫をその咢で噛み砕き、粉微塵に砕いたのだそうだ。
「正直、その時は一体何が起こったのかと思ったわぁ。何せ自分を押し潰そうとしていた瓦礫が突然粉々になったのだからぁ。その少し後に自分が助けられたのだという事を理解した私は周囲を見回して、そしてそこで誰が私を助けてくれたのかを知ったの」
メドラディを助けてくれたのは、頭に五芒星の様なバイザーが付いたフルフェイスマスクを被り、その体には赤と青のバランスの良い配色のスーツとアーマーを身に纏った人物。
それは日本に住んでいる者であれば子供から大人まで誰もが知っている有名人であり、ヒーロー連合協会日本支部の序列一位のヒーローでもある人物であった。
『危なかったな。もう大丈夫だぞ!』
彼にそう声を掛けられたメドラディは、自身の命が助かったという事実に安堵を覚え、同時に誰もが称え、憧れるヒーローに出会えた事に歓喜して、思わず彼のヒーローの下へと足を進ませたそうだ。
・・・・・・それが取り返しのつかない悲劇を、彼女にとって一生忘れる事が出来ない悲劇を生み出す事になるとは知らずに。
『むっ!?しまった、これはマズイ・・・!』
無意識に彼の下へと足を一歩踏み出した瞬間、突然ピーッ!という音が辺りに鳴り響いた。
音の発生源はメドラディに括り付けられた爆弾からであり、そちらへと視線を向けてみれば、今にも爆発しそうなくらいに爆弾が真っ赤に染まっていたらしい。
「当時の私は自分の体に括り付けられた爆弾がヒーローの接近に反応して爆発する物であることを知らなかったの。というより、そもそも爆弾であるという事自体知らなかったのよ。首謀者である悪の組織の人達も、括り付けたそれが何なのか、何一つ説明しなかったし。だからこそ私はパニックになったわ。どうして?何で?って」
次から次へと起こる異常事態。
度重なる危機的状況、そして理解不能な現状に多大なストレスを感じていたメドラディの精神は遂に限界へと達し、彼女はその場に立ち止まったまま動けなくなってしまったのだそうだ。
『大丈夫。安心していい。僕が君を必ず助けるから』
そんな状態の彼女に掛けられる優しい声。
何時の間にか彼のヒーローが自身の目の前に立っていた事に気付き、そしてこれまた何時の間にか彼のヒーローの手によって彼女の体に括り付けられていた爆弾が取り外されていた事にもその時気付いた。
それを目にしたメドラディは、最初は危険物と思われる物が自身の体から外れたことに安堵の息を吐こうとしたらしい。
だが次の瞬間、彼のヒーローが取り外した爆弾を自身の胸元に抱え込んだのを見て体を強張らせたそうだ。
『これは僕が何とかするから、君は早くここから離れるんだよ?』
その言葉を最後に、上空へと大きく跳び上がるヒーロー。
彼が何をしようとしているのかを直感的に理解したメドラディは、遠ざかって行く彼の背中に手を伸ばして、しかし既に遥か上空へと跳び上がっていた彼の体を掴める筈がなく、次の瞬間に起こった爆発を目にしたのを最後に彼女の意識は途切れ、気が付いた時には病院のベッドの上だったそうだ。
「目覚めた後、私はテレビのニュースで自分が巻き込まれた事件がどうなったのかを知ったわぁ。数多くのヒーロー達の活躍によって事件が解決した事。その過程で一般市民やヒーローに多数の死傷者が出た事。―――そしてその死傷者の中に私を助けてくれたヒーローがいた事も。・・・・・・それから暫くの間、私は自宅に閉じ籠もり、塞ぎ込んでいたわぁ。だって知らなかったとはいえ、私は私自身の手で自分を助けてくれたヒーローを、恩人を死なせてしまったのだから」
当時の状況を振り返り、あの時に自身が取ってしまった不用意な行動が原因で彼のヒーローを死なせてしまったのだと理解したメドラディは心底後悔したそうだ。
「一時は罪の意識に苛まれて自殺する事すら考えたわぁ。だけどそれは、彼がその命を掛けて救ったモノをわざわざドブ川に捨てるようなもの。そんな彼の行いを無駄にするような事を私が選べる筈がなかったし、それはいっそ彼に対する冒涜でもあったわ」
その事に気付いたメドラディは、自宅に閉じ籠り始めてから約一ヶ月が経った頃にある決心をしたらしい。
〝自身のせいで死なせてしまった彼のヒーローへの贖罪をしよう〝という決心を。
「それから私は精力的に動き始めたわぁ。最初は彼のヒーローに関するありとあらゆる情報を集めたの。贖罪をしようにも、その対象の事を知らなければ適切な行動が取れないし、下手をしたら彼のヒーローの思いとは真逆の事をしてしまうかもしれないと思ったから。・・・・・・そしてその過程で私はある情報を知ったの。彼のヒーローには子供が一人いたという情報を。私はすぐさまその子供に会おうとしたわぁ。なにせその子供はまだ未成年。親である彼のヒーローが亡くなったのであれば、たった一人だけ残されたその子供の面倒を誰かが代わりに見る必要があるし、なにより私自身がその子供の保護者になりたいと考えていたから。・・・それは彼のヒーローに対する贖罪の為という理由もあったけれど、それ以上に命を救われた恩を、彼の子供に返したいと思ったから。―――でも、その時には全てが遅かった。私が彼の子供が住んでいるアパートに到着した時、もうその時点で既にその子は消息が分からなくなっていたの」
彼のヒーローの子供が消息を絶ったのは、メドラディが到着した日から一ヶ月近く前の事。つまりは、あの事件から数日が経った頃には既にこのアパートにその子供はいなかったということになる。
その事を後の調査によって知ったメドラディは、子供の行方を追おうと考え、情報収集を行おうとしたそうなのだが、しかしそれは予想だにもしない理由によって、暗礁へと乗り上げてしまったそうだ。
「驚くべき事に、その子供に関するありとあらゆる情報が軒並み抹消されていたの。まるで始めからそんな人物なんていなかったのだと言いたげに。しかもその情報の抹消にはヒーロー連合協会が、それどころか政府機関までもが関わっていると知った時には頭が痛くなったわ」
それでもなんとか情報を得ようとメドラディは奮闘し、その子供と交流があったらしいご近所やアパートの大家から話を聞く事ができた。
だが、件の子供が何処へ行ったのかを知る者は誰一人としていなかった。
「いつの間にかいなくなってしまった」と彼等は口を揃えてそう言っていたらしい。
「私は後悔し、絶望したわ。どうしてもっと早く動こうとしなかったんだって、自分自身に怒りを感じたし、不条理なこの世を憎んだりもした。自身には贖罪の機会すら与えられないのか、とも思った。・・・でも私はそこで諦めはしなかったわぁ。だってその子供は姿を消しただけで死んだと決まったわけではなかったし。もしかしたら何処かで生きているかもしれないと思っていたから。その思いを、希望を胸に抱きながら、私は再び情報収集を再開したわぁ。―――ただし、今度は公的機関やヒーローが関わっているけれど、彼等が積極的に関与しない所を中心に、だったけど」
彼女の言う公的機関やヒーローが関わってるが、彼等が積極的に関与しない所。
それは怪人達が運営する店であった。
『怪人更生法』―――ざっくりと言えば、怪人を真っ当な良識ある存在として更生させる法律の事―――によって社会的な地位を得た怪人達は、その大半が野良と呼ばれてどこの組織にも所属していなかったり、もしくは所属していたとしても最底辺の地位であった者達だったりする。
だがしかし、その中には今でも現役活動中の悪の組織と交流のある怪人もいて、その事を個人的な事情で知っていたメドラディは、そこでなら彼のヒーローの子供に関する情報を得られるかもしれないと考えて、怪人達が運営している店にアルバイトとして入って情報を得ようとしたそうだ。
「じゃあ、ナマハゲ丸さんの所で働いていたのも」
「ええ、そうよ。その子の情報を得る為だった。―――そしてその考えは結果的には正解だった。怪人達が運営する様々な店を転々として数ヶ月、この間のデパートでの一件でようやく私はあの子に関係する手がかりを得ることが出来たの」
メドラディの言うデパートでの一件とは、以前俺達が受けたヒーローショーの助っ人の依頼の時に起こったそれ。
とある街中に存在するデパートの、その屋上スペースの一角を賭けたナマハゲ丸さんという怪人が運営する劇団と牛丼マスクという怪人が率いる『筋肉愛好団』との戦いの事だ。
怪人ドッジボールという怪人様にルール調整がされたドッジボール勝負によって勝敗が決められる事となったその一件に、俺達はナマハゲ丸さんのチームに助っ人として入って奮闘し、それからなんやかんやあって事態は円満ともいえる状況に落ち着いたのだが、どうやら彼女はその時に求めていたモノが手に入る切っ掛けを手に入れる事が出来たらしい。
「その手がかりとは、悪の組織アンビリバブルのボスである『ブレバランド・アーユーカウス・レンテイシア』だったわ」
「・・・ブレーバーが?」
メドラディのその言葉を聞いた俺は、ほんの少しだけ訝しんだ。
何でブレーバーがメドラディの探している子供の手掛かりになるんだ?と。
だがその疑問は、メドラディから発せられた次の言葉によって解消された。
「あの勝負の後でボス本人に確認したの。あの子に関する情報を持っていますか、って。それに対してボスはこう言ったわ。自分はその子供の事を知っている、って。そして、その後でこうも言ったわ。子供の情報が欲しければウチの組織に入って働け、と。働いた分の対価として情報を教える、と。だから私は貴女達の組織に入る事に決めたの。あの子の情報を手に入れるために、ねぇ」
薄らとした笑みを浮かべながらメドラディは言う。
だがその瞳は弧を描く口元に反して真剣みを帯びており、俺にはそれがとても嘘を言っている風には見えなかった。
「・・・・・・さてと、私が貴女としたかったお話はこれでお終い。飲み物もお互い空になったし、そろそろお店を出ましょうか。・・・あ、そうそう。お話をしてくれたお礼に此処の支払いは私がしてくるわねぇ」
それからしばらくの間、お互いに無言で自分達が注文した飲み物を飲んでいた俺達であったが、飲み続けていれば空になるのは必然であった。
俺のコップに残っていた氷がカランとなり、それを切っ掛けにしてメドラディがカフェから出ようと言った。
「あ、いや、自分の分くらい自分で・・・!」
「いいから、此処は私に払わせてちょうだい。―――だって私は、貴女より年上のお姉さんなのだから」
俺の分まで奢ると言いながら席から立ち上がり、カフェのレジへと向かうメドラディ。
その彼女に自分の分は自分で払うと言おうとした俺であったが、しかしそれを彼女は優しく却下して、そのまま俺に背を向けて歩いていくのであった。
「(・・・・・・ごめんなさい、ディーアルナさん。私、貴女に嘘を吐いたわ)」
自身の左手に着けていた変身ブレスレットの電子ストレージ内から財布を取り出しつつカフェのレジへと向かっていたメドラディは、その途中でチラリと視線だけをディーアルナの方へと向け、内心で彼女に謝罪の言葉を呟いていた。
メドラディの言う嘘。それはメドラディが悪の組織アンビリバブルに入るに至った経緯だ。
そもそもブレーバーは、情報が欲しいならアンビリバブルに入れ、なんて交換条件を出してはいなかった。
メドラディが悪の組織アンビリバブルに入ったのは、自分から彼に入らせてほしいと頼んだからだ
「(本当は知っていたの。貴女があの人の子供だということを)」
彼女は知っていた。分かっていたのだ、最初から。
ディーアルナが―――渡辺光という人物が、自身の命の恩人である彼のヒーローの子供であるという事を。
切っ掛けは、怪人ドッジボールでディーアルナの放った【轟波龍砲撃】という技を見た時だ。
その名前、その輝きは、自身の中に鮮明に焼き付いている記憶のそれと―――自身の命の恩人であるヒーローが放った技と瓜二つと言っていいくらいに酷似していた。
それを見たメドラディは、彼女が彼のヒーローと何らかの関わりがあるのではないかと考え、当時自身のバイト先の上司であったナマハゲ丸に、ディーアルナの上司であるブレーバーと話をさせて欲しいと頼み込んだ。
どうしてそんな遠回りな事をしたのか、何故本人に聞こうとしなかったのか。
その理由は彼女が彼のヒーローの子供であるという確信が無かったからというのもあるが、何よりも問い掛ける勇気が自分にはなかったからだ。
「貴女はあの人の子供ですか?」と。
そしてその選択はある意味では間違っていなかった。
ブレーバーは知っていたのだ、ディーアルナがあの人の子供であるということを。
そしてブレーバーは認めたのだ、渡辺光があの人の子供であるということを。
・・・・・・ただまあ、彼女が悪の組織アンビリバブルに入るに至った経緯については、ちょっと予想外だったのだが。
「(あの人から受けた恩を、その子供である貴女に返させてもらうわね、ディーアルナさん。命を救われたこの恩を)」
メドラディは決めていた。彼のヒーローの子供と出会えた時に自分がすべきことを。
彼のヒーローが自身の命を救ってくれた様に、今度は自分が彼の子供であるディーアルナを―――渡辺光を守ろうと。
「(あの人が私の事を命がけで守ってくれたように、今度は私が)」
この命に代えてでも。
ストック分は一旦ここまで。
次回投稿は執筆が進み次第投稿します。




