ミッション62 海の家二日目・・・!
「やっほー!皆元気に働いてるようやなぁ!」
「あれ?ペスタさん?」
俺達がマリンマーマンさんの店である『Mermans』で働き初めて二日目の昼頃に、今回の俺達の依頼主である情報屋のペスタさんが元気よく手を振りながら姿を現した。
妖艶さを感じさせる相貌と日に焼けた様な色合いの肌色、そしてゆるフワカールの長いワインレッドの髪をたなびかせる様子は大人の色気を感じさせる。
さらには赤い花の絵柄が描かれた黒いビキニが彼女の豊満な肉体を強調しており、海水浴場にいる周囲の男達の視線を思いっきり集めていた。
「えっと、どうしてペスタさんが此処に?」
彼女が姿を現したことに驚いた俺は、思わずどうして此処にと尋ねる。
それに対して彼女は、何を言っているんだろうと言いたげに首を軽く傾げながら口を開いた。
「どうしてって、当然ウチも店を手伝いに決まっとるやろ。・・・ブレちゃんから聞いとらんの?」
「へっ?そうなんですか?ブレーバーからはそんな事一言も・・・あっ、そう言えば確か後から助っ人が来てくれるって言っていたような・・・・・・?」
「それやそれ!その助っ人がウチや!なんや、ちゃんと聞いとったんやないか」
そう言いながら「心配して損した!」と朗らかに笑うぺスタさん。
そんな彼女の様子を見ながら、俺は内心で「いやだから、俺が聞いていたのは助っ人が来るという事だったんだけど・・・」と思った。
だって本当に誰が来るかなんてブレーバーは一言も言っていなかったし。
というか、あのぺスタさんが手伝いに来るだなんて、明日は雹でも降るのではないだろうか?
なにせ彼女は報酬というか仕事に見合った対価も無しに働く人物ではないからだ。ブレーバーも彼女と情報の売買をする時に、居酒屋とかの酒代を対価として奢っているし。
「うん?何やその顔。ウチが手伝いに来る事がそんなに不思議なんか?」
心を読まれた!?読心術!?
「ふふん・・・!ウチくらいになれば、人の考えを読む事なんて朝飯前やで。・・・・・・まあ、自分の考えている通り、本来なら報酬もなしにウチが店の手伝いをするなんて事はありえへん。ちゃんと働きに見合った報酬を得る事になってるんやで」
ぺスタさんはニヒヒ・・・!と笑いながら、自分も働けば情報屋の仕事で受け取る報酬とは別に期間限定のお酒が貰える事になっていると言い、それを聞いた俺は「あ、よかった。そこは安定だったんだ」と思った。
「にしても、なんや何時も以上に繁盛しておるなぁ・・・!」
そうやって俺がホッと胸を撫で下ろしていると、ペスタさんはキョロキョロと店内を見回しながらそう呟いた。
来店している多くのお客と、その彼等彼女等の接客をしているアルミィやメドラディ、厨房で料理を作っている戦闘員達の姿を視界に納めた彼女はその口元をにやけさせた。
「何言っているんですか・・・。貴女の事だから、俺達を働かせらこうなるって事くらい分かってたんじゃないですか?」
そんな風にニヨニヨしているペスタさんに向けて、俺は小さな溜め息を吐きながらそう言った。
商売っ気が強く、計算高いこの人の事だからそれぐらいは予想していてもおかしくないと思ったからだ。
・・・・・・まあ、そんな当たり前とも言える事に気付いていなかった俺も俺だが。
「うん、まあ、確かに予想はしとったで?ディーアルナさん達は皆ものごっつい美人さんやからいい客引きになるやろうなとは思っとったんやけど、まさかここまで客入りが増えることになるとは流石に予想外やったわ」
「特に男性客が多く来とるんとちゃうか?」というぺスタさんの言葉に俺は無言で返す。実際にその通りであったからだ。
「それに何より一番の予想外は自分の客の捌き方やな」
「・・・?俺の、ですか?」
「せや。ちょっと物陰から様子を見とったんやけど、どうにも手慣れとる感じがしてなぁ。とても初めてとは思えんかったわ」
「物陰からって、一体何処から・・・・・・」
・・・っていうか、何時から見ていたんだろうか、この人は。妙なドヤ顔をしている様子は容姿に似合わず可愛いとは思うが。
まあでも、彼女の口にしたことはある意味間違いではない。何せ俺は、こういう接客業をするのは別段初めての事ではなかったからだ。
「まあ、アンビリバブルに入る前は夜の居酒屋でバイトをしていた時がありましたからね。面倒な客の捌き方には慣れているんですよ」
「へ?そうなん?―――って、ちょい待ち。アンタ、確かまだ未成年やった筈やろ?その年で夜の店で働いていたって・・・―――それ、犯罪とちゃうの?」
「ぺスタさん。そんな事を言う貴女にこの言葉を贈りましょう。―――バレなければ犯罪じゃないんですよ」
「可愛い顔してとんでもない事口にしおったでこの娘・・・!?え、えぇ・・・?ホンマにこの娘、あの男の子供なん・・・?なんか、ウチが持っとる情報の信頼性が揺らいで来たんやけど・・・!?」
ペスタさんに向けてニヤリとした笑みを向けると、彼女は「うわぁ・・・」と言いたげに頬を引き攣らせた。
「ま、まあええわ・・・。それはそうと、ブレちゃんはどこにおるん?店ん中を見回しても影も形も見えないんやけど」
「ブレーバーですか?彼なら多分あっちだと思いますよ?」
「あっち・・・?」
ペスタさんの疑問に俺は店の外―――眼前に見える海へと指先を向けた。
『イィィヤッホォォォーーーッ!!』
そこには、シャチの着ぐるみ身に着け、背中に『Mermans』というのぼり旗を背中に背負いながらサーフボードの上に立ち、波に乗っているブレーバーの姿があった。
「・・・・・・え?何やってんの、アレ?」
その光景を見たぺスタさんは目を丸くして驚く。
彼女が言いたそうなことはなんとなく想像がつく。おそらく、どうして着ぐるみを着ながらサーフィンなんてやっているのだろうか?とでも思っているのだろう。
まあ、当然と言えば当然の疑問だが。
「なんでもこの店の宣伝戦略らしいです。ああいう風に派手な衣装で派手な事をすれば沢山の人に注目されるから、と」
「い、いやいやいやっ・・・!?だからって着ぐるみ着たままサーフィンするってアホやろっ!?まず間違いなく着ぐるみに海水が浸み込んで溺れるやん!?」
「あ、そこは大丈夫らしいです。防水対策はしっかりしていて、水の中に入っても問題ないそうです」
「意外と用意周到やった!?・・・い、いや、ブレちゃんの事やし、水辺に行くんやからそれくらいの対策はしていてもおかしくない、か?」
「というかアレ、ふざけているのは外側だけで、中身は最新鋭の潜水艦並みの性能を持っているらしいですよ?魚雷とかを余裕で跳ね返す装甲とか、海中を最高五十ノット以上の速さで進むことが出来るスクリューが尾先部分に隠されていたりとか・・・・・・」
「いやそれ最早着ぐるみとかやなくて、パワードスーツとかの類やないの!?」
他にも人差し指サイズの小型魚雷―――当たれば小型船位は粉々に吹き飛ばす奴―――やブレード―――厚み十数cmの合金をバターの様に切る奴―――が納められたヒレとか、口の中にある冷凍光線発射装置―――当たれば外側だけでなく中身まで完全に凍りつかせる奴―――とかがあの着ぐるみには備え付けられているらしい。
なお、今のを聞いたペスタさんは「何その無駄に高くて物騒な性能!?ブレちゃんは一体どこと戦争するつもりなん!?」とシャウトしつつツッコミを入れていた。
『むっ・・・!』
そんな風に俺達が話をしていると、ブレーバーの方に動きがあった。
何かに気付いた彼は「トウッ!」とサーフィンの上から飛び上がって海の中へと入ると、ドババババッ!!と物凄い勢いで泳ぎ始めた。
・・・・・・バタフライ泳法で。
『ウオォォォッ!!』
その動きは力強く雄々しさを感じられる程に大胆であり、またその見た目も相まって、まるでシャチがトビウオの様に海面を飛んでいる様にも見えた。
・・・・・・というか、どうしてワザワザ泳ぐのだろうか?尻尾のスクリューを使えばもっと早く進めるのに。
『取ったどぉぉぉーーーっ!!』
そしてある程度の距離を泳いだブレーバーはドプンと音を立てながら海の中へと沈むと、次の瞬間には勢いよく海の中から飛び出して来た。
―――その腕の中に一人の子供を抱きかかえながら。
「けほっ・・・けほっ・・・!」
『よしよし、もう大丈夫だからな』
どうやら子供が海で溺れていたらしく、それに気付いたブレーバーが助けに行ったようだ。
その後、ブレーバーは助け出した子供を海岸へと運び、その子供を丁度海岸で待っていたライフセーバーと子供の母親へと渡していた。
「ありがとうございます・・・!ありがとうございます・・・!」
『いやいや。これぐらい当然の事で―――むむっ・・・!ちょっと失礼!』
自身の子供を助けてくれたブレーバーに涙ながらのお礼を言う子供の母親。
それに対してブレーバーは気にしなくていいと両手を振っていたのだが、ふと何かに気付いた様に視線を横に向け、そしてある方向に向けて物凄い速さで爆走し始めた。
一体何に気付いたのかと彼が走り出した方へと視線を向けてみれば、そこは昨日から何かのステージ会場を建設している最中の建設現場であった。
そして俺がそこに視線を向けた直後、建設現場に設置されていたパイプで組まれた足場の一角が崩れ、その上に乗っていた女性作業員が一人落ちようとしている光景が目に入った。
それを目にした俺は思わず危ないと声を上げかけ、だがその次の瞬間には安堵の息を零した。
その理由はブレーバーが現場に辿り着いて対応したからだ。
『ハイハイハイハイィィッ!!』
シュババババババッ!
パイプの足場が崩れ落ちようとしている場所の真下に到着したブレーバーは、バッと両腕を広げて高速で動かし始め、落ちようとしていたパイプを次々に掴み取っていた。
その速度は一般人には到底追う事が出来ない程速く、一瞬止まった際に起こる残像によって幾つも腕がある様に見える程。怪人と成ってある程度動体視力も上昇している筈の俺でさえも、追いきることが出来ないでいるのだから、相当な速さと言える。
・・・・・・というか、あれってどうやって掴んでいるんだろう?今ブレーバーが着ているシャッチーという着ぐるみは、両手が魚というか名前の元となったシャチのヒレの形をしている筈なんだが?
知らされていない何か特殊な機能でも使われているのだろうか?と内心でそんな疑問を抱いていた俺であったが、そうしている間にブレーバーは落ちて来ていたパイプのほぼ全てを掴み取っていた。
そしてそれらを他の人に当たらない様に気を付けながら自身の脇に放り投げた後ですぐさまパイプと一緒に落ちて来ていた女性作業員をお姫様抱っこでキャッチした。
「あ、ありがとうございま・・・!?あ、危ない・・・!」
自身を助けてくれたブレーバーに対してお礼を言おうと視線を上に上げた女性作業員であったが、その際に残りのパイプが自分達に向かって落ちてくる様子を目にして声を上げ、そのすぐ後にブレーバーに向かって「早く逃げて・・・!」と声を上げようとした。
『大丈夫だ。問題ない』
だがその言葉を言い切る前に、ブレーバーは落ちてくるパイプに対して見事な対応をして見せた。
女性作業員の足を掴んでいた腕を離して彼女の体を抱き寄せた後、空いた方の片手で次々と残りのパイプをキャッチして見せたのだ。
これには声を上げようとした女性作業員も驚いたようで、「えぇ・・・!?」と驚きの声を上げながら瞠目していた。
『怪我はないかね?』
「え?あ、はい。だ、大丈夫です・・・!ありがとうございます・・・!」
『うむ、そうか。それは良かった。それでは私はこれで』
「え・・・?あの、その、なにかお礼を・・・!」
ブレーバーに地面に下ろされた後、彼に頭を下げる女性作業員。
そんな彼女に気にしなくていいと言いながらその場を離れようとしたブレーバーだったが、しかし何かをお礼をしたいと彼を引き留めようとした。
『うむ?別に気にしなくていいのだがな?まあそれならば、今我が働いている店の売り上げに貢献してくれるとありがたい』
「お店、ですか?」
女性作業員の問いにブレーバーは「ウム」と頷きながら背中に背負っていたのぼり端を手に取り、頭上へ高々と掲げた。
『我が働いている店の名は『Mermans』。美味い海鮮料理を主に出す店『Mermans』だ。今ならば来店したお客様に数量限定の特典アクセサリーもプレゼントいたします!興味のある方は是非とも当店へお越しくださいませ!』
ブレーバーはそう声高々に店の宣伝を行いながらのぼり端を大きく振ったり、何処からか話に出ていた特典アクセサリーを取り出して見せたりした。
その宣伝を見聞きしたブレーバー達の周囲にいた人々は、美味い料理というところに興味を持ったり、ブレーバーの手にある可愛くデフォルメされたシャチやイルカ、クジラといったアクセサリー目にして、「アレ欲しい!」と口にしたりもした。
女性作業員もその内の一人であり、目の前に出された可愛らしいアクセサリーを目にしてその両目をキラキラさせてモノ欲しそうに見つめていた。
「行きます!後で絶対行きますから!」
『うむ。それでは心よりお待ちしております。―――むむっ・・・!むむむっ・・・!?アレはいかんな。すまないが、急用が出来たので我はこれで・・・!』
「へっ・・・!?あ、あの・・・!」
『ジュワッチ!!』
後で店に行くと言う女性作業員に紳士的な動作で頭を下げて見せるブレーバーであったが、その瞬間に再び何かに気付いたような反応を見せた。
そして手に持っていたのぼり端を背負い直した彼は、自身の後ろに広がっていた海へと勢いよくダイブし、そのまま物凄い勢いで泳ぎ去っていった。
「ち、ちょっと待って・・・!待ってください~!?」
待ってほしいと声を上げる女性作業員の声を聞き流しながら。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
そしてその光景を見た俺達はと言うと、正直何と言って良いのか分からず、思わず無言となってしまっていた。
いや、ブレーバーが泳ぎ去っていった理由はなんとなく分かる。多分前二件の時と同じように誰かが危機に陥っている事に気付いて助けに行ったのだろう。
その事を俺の隣にいるぺスタさんも察していたらしく、暫くの間閉じていたその口をゆっくりと開いた。
「うん、とりあえずこれだけはツッコませてほしいんやけど―――何で悪の組織の、しかもそのボスが人助けなんてやっとんのや!?しかもそんじょそこらのヒーローよりもヒーローっぽくて無駄にカッコいいし!?」
「シャチなのに!見た目シャチなのに!?」と激しくツッコミを入れるぺスタさん。
まあ、それについては俺も同意だ。確かに今のブレーバーの見た目はハッピを着たシャチという、ある意味ふざけているとも言える格好なのだが、しかし彼の取った行動は―――特に誰かを助けようとする時に取ったそれは男気があって、元男である俺から見ても本当にカッコいいと思うものであった。
っていうか、どうしてアイツは悪の組織のボスなんてモノをしているのだろうか。
どちらかと言えば、ヒーローとかの方が性に合いそうだな、と思う俺であった。
次回は一日分間を空けて9/10に投稿予定です。




