ミッション31 温泉旅館を堪能しちゃった・・・!
そうして、ブレーバーから下された任務を受けたその翌日に山奥にある温泉旅館の『三幻亭』にやって来た俺だが、そもそもどうして俺がこの旅館に来たのかと言えば、ここが俺の担当する調査ポイントであったからだ。
前日の戦闘員二号から報告された『バイオクリスタル』の在処についてだが、なんとかその範囲を絞ることは出来たが、確かな場所までは判明してはいなかった。
その生成される条件上、土の中に埋まっているのは分かっているのだが、しかしそこら辺の地面を掘ったとしてもそう簡単に見つからないだろうし、何より無駄に時間と労力が掛かる。
なので、その場所を特定するために現地へ派遣された俺達は、まずそれぞれのポイントに別れて調査を行うこととなった。
調査方法自体は一般でも行われている水質調査。東西南北から徐々に範囲を狭めていく形で行っていく予定だ。
尚、どうして水質調査を行うのかと言うと、『バイオクリスタル』を発見するのに一番適した方法だかららしい。
ブレーバーの説明では、なんでも地中に埋まっている状態の『バイオクリスタル』は、ほぼ土の成分と同質になっており、また放たれているエネルギーも地中に溶けるように拡散しているため、レーダー的なモノを使用しても、物質的な反応もエネルギー反応も捉えらえる事が出来ないらしい。
それ故に見つける事が難しく、その事が希少性をより高くしているのだそうだ。
だが、手がかりが全く無いわけではなく、『バイオクリスタル』があると思われる場所の近くを流れている水からであれば、エネルギー反応を捉える事が出来るようなのだ。
どうも地中に拡散されたエネルギーが、同じく地中を流れている水に溶け込んでいるらしく、実を言えばそれは、『バイオニズム液』を生成する過程とほぼ同じなのだそうだ。
唯一違うのはエネルギーを受ける時間くらいで、特性の効果はバイオニズム液よりも遥かに低いらしい。
とは言っても、その水を飲み続けたり、浴び続けたりすれば、何かしらの影響は受けるようで、生態系に幾らかの変化を起こすことくらいは出来るのだと、ブレーバーは語っていた。
そして現在俺がやって来た『三幻亭』は丁度調査ポイントの南側に位置しており、また旅館の中には山から引いて来た温泉が存在していて、また旅館で使用されている水も地下水から汲み上げているらしく、『バイオクリスタル』のエネルギーが観測できる可能性がある為、調査を行うことになった。
そしてメンバーの中で姿形が一番怪しまれない俺がその旅館にある温泉と周辺の水源の水質調査を行うことになり、客の一人として潜入したのであった。
「さてと、それじゃあさっそく温泉に行ってみますか!」
俺は旅館の部屋に到着してから少しした後、さっそく温泉に入ろうと思って荷物の中から入浴道具一式と着替え、部屋の押し入れの中に仕舞われていた浴衣、その他を持って部屋を出た。
「ふんふんふふ~ん・・・♪」
テクテクテクと旅館の廊下を歩く。
旅館の内装は木材を主軸に建てられているようで、和風的な印象を強く感じられる。
個室こそセキュリティの問題で鍵のかかる木の扉で作られてはいたが、大広間とかの宴会が行われるようなところは襖で仕切られている。
襖には向かい合う鶴と亀の絵や、滝を上ろうとする龍の絵、満開の桜を含めた花々の絵など、他にも様々な絵柄が描かれており、美麗と呼ぶにふさわしいモノばかりであった。
『三幻亭』は知る人ぞ知る旅館と呼ばれているが、これほどの美麗な絵を揃えらえるのであれば、相当儲かっている筈。
であれば、満員御礼になっていてもおかしくないと思うのだが、所々仲居さん達の姿は見かけるも、他の客の姿が見当たらない。
丁度時期が悪い時だったのか?と思いつつも、調査を行うのには都合がいいと判断した俺は特に深くは考えずに風呂場へと向かうのであった。
温泉がある風呂場の脱衣所へとやって来た俺は服を脱ぎ、脱いだ服を脱衣所に置かれていた籠の中に仕舞う。
それから、体の前をタオルで隠しながら、浴場へと足を進めた。
「うわぁ・・・!」
眼前に広がる光景を見た俺は、思わず感嘆の声を上げた。
「これが旅館の露天風呂かぁ・・・、直接見るのは初めてだなぁ・・・!」
目の前には大小の岩を積み立てるようにして作られた岩風呂。
その広さは悠々と泳げてしまうくらいはあり、そこになみなみと張られている温泉の湯はホカホカと大量の白い湯気を立たせている。
岩風呂の周囲は木の柵で囲まれて仕切られており、上に視線を見上げれば、青々とした空とフワフワと流れる白い雲があった。
「えっと、確か湯船に入る前に一回体を洗うのがマナーだったよな。」
それから視線を前へと戻した俺は、まずは体を洗おうと浴場入口に置かれていた木桶を持って洗い場へと向かった。
洗い場へとやって来た俺は、備え付けのシャンプーとコンディショナーで頭を洗い、それからボディソープで体を洗っていく。
そしてそれらをお湯で流し終えた後、に岩風呂へと向かい、足先からゆっくり入るように湯船へと体を沈めた。
「はぁ~・・・、気持ちいい~・・・!」
肩まで湯船に浸かり、目を細めながらため息を吐く。
家庭のお風呂とはまた違う心地よさと、手足を伸び伸びと伸ばせてしまえる解放感に、まるで日々の疲れが洗い流されていくような気分を味わう。
「温泉に入るなんて、本当に久しぶりだな~・・・。あの島にいた頃はよく入ってたっけ・・・・・・。」
温泉に入りながら脳裏に浮かぶのは、五歳まで住んでいた生まれ育った島での生活。
その島の山の中には自然の温泉があり、よく両親や島の住人達と一緒に入っていたことを思い出して、「懐かしいなぁ~・・・皆元気にしているかなぁ~・・・」と思わず呟いた。
「はぁ~・・・!・・・・・・あ、そうだ。そういえばアレを使うんだったっけ。」
心の底から温泉を堪能していた俺は、「すっかり忘れてた」と呟きながら近くに置いてあった木桶の中からあるモノを取り出した。
それは楕円形の形をしており、見た目は赤い横線が一本入った鶏の卵。
ただそのサイズは両手の掌で抱えるくらいには大きく、敢えてその大きさを例えるのであれば、ダチョウの卵くらいはあると言える。
俺が両手に持つソレは、ブレーバーが水質調査の為に用意した道具で、名前を『水質測る君』と言い、これを起動させながら水の中などに入れると、水中に含まれている成分や効能、エネルギーの質なども測ることが出来るのだと言う。
更には水の中限定ではあるが、ある程度の自立行動能力とステルス能力も持ち合わせており、透明化しながら水中を自在に航行出来てしまえるのだそうだ。
ちなみにどうして卵の形をしているのかと言えば、それは単純にブレーバーの趣味であるらしい。
「えっと・・・、たしかスイッチは、ここだっけ?」
『水質測る君』を手に取った俺は、ブレーバーから教わった起動スイッチを探してクルクルとそれを回し、それから四角い溝に囲まれた黄色いボタンを見つけてポチッと押す。
すると『水質測る君』からピー!という音が出て、それから横に一本入った赤線を中心にして卵が上下にパカッと開いた。
『おうおうおう!仕事か?仕事の時間なのか!?なら、とっととワイを使えやコラァ!』
開かれた卵の中には目のような形をした二つのカメラがあり、ライト機能でも付いているのかチカチカと光が付いたり消えたりしている。更には格納されていたと思われる八本の触手のようなアームを勢いよく伸ばすと、それらを上下にブンブン振るい始めた。
「・・・え、えぇ~・・・・・・」
起動した『水質測る君』を見た俺は、思わず「なぁにこれ?」と言いたくなった。
殻がパカッと開いて何かが出て来るんじゃないかと予想していたが、実際に出て来たのは名状しがたい何か。
その形を見た上で例えるとすれば、卵の殻を被った蛸だろうか?ブンブンと振るわれている八本のアームがその印象を後押ししている。
「とりあえず、これを温泉の中に入れればいいんだよ、な?」
俺は両手に持っていたそれをゆっくりと温泉に浸からせていく。
『オォッシャァァーーーッ!!仕事の時間だ野郎どもぉっ!ワイ等の本領見せたるでコラァッ!』
全身がお湯の中に入った『水質測る君』は、先程よりも八本のアーム激しくを振るいながら俺の手を離れ、まるで水中を高速で移動する魚雷の様に物凄い勢いで泳ぎだし、それに加えてステルス機能を使用したのか、チャポンッという音を最後にその姿が完全に見えなくなってしまうのであった。
『水質測る君』をセットした後も満足するまで温泉を堪能した俺は、浴衣に着替えて旅館の中を歩いていた。
『水質測る君』による水質調査が完了するまで最低一時間以上はかかり、それまでの間火照った体を冷ましながら旅館の中を探索しようと考えたのだ。
「・・・・・・ん?」
のんびりと廊下を歩いているうちにどうやら遊戯スペースに来たようで、卓球台や幾つかのレトロゲームの筐体が置かれているのが目に入る。
スペースの奥には本棚も置かれており、様々なジャンルの本があることが遠目からでも見え、またその本棚の前で一人の青年がどの本を読もうかと物色している姿があった。
本棚の本を見ていた青年は遊戯スペースに近づいて来た俺に気付いたようで、此方に振り向く。
男性の姿を正面から見た俺は、その整った容姿にちょっと驚いた。
見た目の歳は二十代前半くらい。耳元にかかる程度の長さの濡れたように輝く黒髪。目元が垂れた優しそうな印象を感じさせる整った顔立ち。身長はおそらく一七〇cm前後。着ている浴衣のせいで詳しい体型までは不明だが、裾や袖から覗かせる手足の太さから細身の体型だと推測される。
「・・・おや?こんにちは、お嬢さん。」
「どうも、こんにちは。」
青年は俺の姿を視界に入れると挨拶してきた。
俺もそれに返答する様に挨拶する。
「ここの遊戯室に来たという事は、遊びにでもいらしたのですか?もしそうであれば、お邪魔にならないように僕はここを離れますが・・・」
「ああ、いえ、そういう訳じゃないんです。この旅館の温泉に入って来たんですけど、まだ夕飯まで時間があるので探検でもしようかと思って・・・。まあ、要するに暇つぶしです。」
遊ぶのであれば離れましょうか?という男性の問い掛けに、そういう訳ではないのでと首を横に振る。
咄嗟の言い訳ではあったが、別段嘘は言っていない。実際にこの旅館の夕飯時までは、まだ時間があったからだ。
「そうですか?なら、良かった。実はまだ読みたい本を決められなかったんですよ。」
青年はホッと一息吐いた。
「この本棚にある本は多彩なジャンルがあるという事もそうなのですが、その幾つかが既に絶版となっている本もありまして、どれから読もうかと迷っていたんです。」
「これとか、あとこれとか・・・!」と、本を何冊か手に取って見せる青年。
それら全てが、今ではもう絶版となって売られていない本であるらしく、「まさかこんな所にこの本があるなんて・・・!?」と嬉しそうに目をキラキラさせていた。
そんな青年の姿を見た俺は、「本を読むのが好きなんだな。」と思ってつい苦笑してしまった。
「おっと、失礼しました。かなり珍しい本ばかりであったので、つい・・・・・・」
「いえいえ、大丈夫ですよ。・・・ああ、そうだ。そんなに本に詳しいのであれば、何かお勧めの本とかありますか?」
俺の苦笑を見た青年はハッとした後で恥ずかしそうに頬を赤く染め、そんな青年に対して俺は手を横に振って大丈夫であるとアピール。
その後で、暇を潰すのに本を読むのもありかもしれないと考えた俺は、青年にお勧めの本は何かあるだろうかと問い掛けた。
「お勧めの本ですか・・・。そうですねぇ・・・。これとかどうですか?『日本不思議伝記』と言う本で、日本全国で語られている不思議なお話が収録されている本です。」
青年は本棚から一冊の本を取り出して、こちらに表紙の表を見せる。
表紙には日本列島の絵と何かの生き物の影を示す絵が描かれていた。
カッパ等の妖怪とか、UMA的な生物等が中心だが、中には普通では考えられない怪奇現象も載っているという。
「次は推理物ですが、女子高生探偵が主人公の『温泉旅館連続密室殺人事件』でしょうか。ライトノベル作品ですが、これは結構長く続いているシリーズでして、推理物が好きな人の間では結構人気のある本ですよ。」
続いて取り出したのは、可愛らしい女子高生の絵が描かれた推理小説。
ただし、主人公と思われる少女が何故か鉈と包丁を両手に持って、犯人と思われる影に向かって突撃しようとしている絵面であったが。
というか、本当に推理小説なのだろうか?それは。
「それと、後はこれかな。『ナンバーワンヒーローの十年間の軌跡』。ヒーロー連合協会の日本支部に所属していた序列一位のヒーローの活躍を記した作品だ。個人的に言えば、僕はこの本が好きかな。これに書かれている彼は、僕の憧れの人物だったからね。」
最後に取り出したのは、ヒーロー連合協会が中心となって出版しているヒーローの紹介雑誌。
内容はヒーローに直接取材したり、これまでの活躍を分かりやすくまとめたもの。
結構細かいところまで掘り下げているものもあるため、二、三ヶ月おきにしか出版されていないが、それでもかなりの人気がある雑誌らしい。
「ウ~ン・・・、どれも面白そうですねぇ・・・。」
どの本にしようかと迷う俺。
少し考えて二番目の『温泉旅館連続密室殺人事件』に決めた。
「これにします。丁度温泉旅館にいるし、雰囲気も感じられるでしょうから。」
「分かりました。では、どうぞ。」
青年から本を受け取った俺は、「ありがとうございます。」とお礼を言う。
そして青年と別れて部屋に戻ろうとした時、何やら複数の人間が言い合いをしている声が聞こえてきた。
何だろうと思いながらその声の下へ様子を伺いに行く。
決して好奇心とかデバガメ等ではない。任務を遂行する上で支障になりそうかどうかを確認する為だ。
そんな誰に言うでもない言い訳を内心で呟きながら、曲がり角の影からこっそりとその現場を伺う。
「・・・・・・っで、何が言いたいんだい、君は。」
「だから、何度も言っているだろう!十年前に仕出かしたアンタの不始末を清算しろと!!」
「不始末?君は一体何を言っているんだい?この私がそんなことするわけないだろう。」
「ッ!?惚けるな!そうやって白を切るつもりか!?」
人気のない十字路の廊下。おそらくこの旅館の離れへと通じる道があるその場所で、向かい合う男女四人の姿があった。
より正確に言うなら、不健康そうな顔色の痩せ細った体型の男が、両腕に女性二人を絡ませた、所謂両手に花状態の恰幅のいいハゲ頭の男に食って掛かっている光景であった。
「一体何の話をしているんだろう・・・?」
「ふむ・・・。少なくとも痴情の縺れとかではなさそうですね。」
「ッ!?」
首を傾げながらその四人の男女を見ていると、先程まで話していた青年が不意に背後から、より正確には頭一つ分上の部分で、俺と同じように曲がり角から顔を出して現場を覗いていた。
それに驚いた俺は、一瞬肩をビクつかせながらも小声で「驚かせないでください!?」と文句を言った。
「すいません。実は職業柄、僕も気になったもので・・・」
「タハハ・・・」と笑いながら謝る青年。
それに対して「むぅ・・・!」と顔をしかめる俺であったが、そんなことをしている間も現場はどんどん推移していく。
「惚けるも何も、私には見に覚えがありませんからねぇ。そもそも、君は一体何処の誰なんですか?」
「なっ!?俺の事を忘れたというのか・・・!?あれだけの事をしておいて・・・!」
痩せ細った男が、恰幅のいい男の発言を聞いて驚きの表情を浮かべるも、すぐに表情を怒りのそれに変えて一歩詰め寄る。
「忘れたのなら思い出させてやる・・・!俺は十年前、アンタの仕出かした失敗の責任を被せられて職場を首にされた『真柴伝助』だ!」
「真柴・・・・・・、ああ、ああ、そうか、あの真柴君か!」
恰幅のいい男は、痩せ細った男から名前を聞いて誰なのかを思い出したようで、何度も頷いた。
「なるほどねぇ、君だったのか。」
「ようやく思い出したか・・・!なら、俺が言いたい事も分かっただろう!」
「いいや、全然?」
「なんだと・・・!?」
「君が言っているのは、おそらくあの件だろう?だがあれは、現場指揮を放棄した君が悪いんじゃないか。それを私のせいにされてもねぇ・・・。」
馬鹿にするように鼻で笑う恰幅のいい男。
それに対して痩せ細った男は、「ふざけるなっ!」と声を荒げる。
「そういう事にしたのはアンタだろうが・・・!あの時の現場指揮は、逃げ出したアンタに代わって俺がしていただろうが!」
「それを一体誰が証明するんだい?あの時、唯一意識があったのは私だけで、君も含めた他の者達は全員気を失っていた。だからこそ、最後まで意識のあった私の報告が優先されたわけなのだが、もう一度聞くが、君は君の取った行動をどうやって証明するつもりなんだい?」
恰幅のいい男にそう言われて、悔しそうに歯噛みする痩せ細った男。
その姿は、自分には証明しようがないということを如実に物語っているようであった。
「ねぇ、おじ様ぁ。そんな難しいお話を何時までもしていないで、そろそろ行きましょう?」
「そうですよ。もうすぐ夕飯の時間ですから、さっさと行きましょう?アーンってしてあげますから。」
そんな殺伐とした雰囲気の中、そんな空気なんて読まないと言う風に恰幅のいい男の腕に寄り添っていた二人の女が猫なで声を発しながら、部屋に行こうと誘う。
「おお・・・!もうそんな時間だったか・・・!よしよし、それでは行くとするかな。」
「ま、待て!?まだ話は終わって・・・!?」
「いいや、終わりだよ。そもそも、その話は十年前の時点で既に結果が出されているだろう?今さら蒸し返した所で、誰も見向きはせんよ。」
恰幅のいい男が女達の勧めに頷きながらその場を離れようとし、それを痩せ細った男が止めようとするのだが、聞く耳を持たずに去って行った。
残された痩せ細った男は、暫くその場で悔しそうにに顔を俯かせ、拳を握り込んだ後、何処かへ歩き去って行った。
「・・・なんか、すごい修羅場だった。」
痩せ細った男の姿が見えなくなった後、隠れていた曲がり角から出てくる俺達。
「なんか、ヤバイ話を聞いちゃったかなぁ・・・?」と眉尻を下げて溜め息を吐く。
だが、俺と共に出てきた青年はとても複雑そうな顔をしていた。
「そうですね・・・。しかし、まさか、こんな所であの人の過去話が聞けるとは思っていませんでした。」
「・・・あれ?その反応。もしかして、知り合いだったんですか?」
「ええ、まあ・・・。実は二人の女性を連れていた男性なんですが、実は僕の職場の上司的な立ち位置にいる人でして・・・・・・。」
「マジか・・・!?」
知っている人物達なのかと問い掛ければ、恰幅のいい男が自分の上司だと答える青年。
「えっと、大丈夫なんですか?なんかさっきの話の内容的に、貴方の上司、色々とヤバそうですが・・・?」
「し、心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫ですよ。あの人との付き合いは基本的にありませんからね。」
短いながらも話をした青年の事が心配になって思わず声を掛けたのだが、当の青年は大丈夫だと笑みを浮かべながら答えた。
ただ、その頬は妙に引き吊っていたが。
あの後、青年は用事があるからと去って行った。
急な調べものが出来たらしく、別れの挨拶もそこそこに早歩きで行ったので、おそらく本当に急ぎの用事だったのだろう。
俺は青年と別れた後も旅館の中を見て回っていたのだが、もうそろそろ夕食の時間になることに気付いて自分の部屋に戻ることにした。
「お待たせしました。本日のご夕食でございます。」
「うわぁ・・・!美味しそう!」
部屋に戻って少しすると、仲居さんが夕食を部屋に運んで来てくれた。
テーブルの上に並べられた料理は山の幸をふんだんに使われたモノ。山菜を使った天ぷらやお吸い物、鳥の煮込み料理やタケノコの炊き込みご飯等、どれもこれも美味しそうであり、実際食べてみてとてもおいしかった。
パクパクパクとドンドン食べ進め、出されていた全ての料理を味わいながら完食した。
「はぁ~・・・!美味しかった。」
満腹となったお腹を擦りながら一種の幸福感を味わう。
こんなことをしていていいのかな?と、今も他の場所で調査をしているだろう戦闘員達の事を思い出してちょっとした罪悪感も抱いてしまう。
しかし、その後で「仕事なんだから、まあいいか!」と開き直って気にしないことにした。
「さてと、寝る前にもう一風呂浴びてこようっと。」
それからしばらくしてお腹が落ち着いた後、寝る前に『水質測る君』を回収しながらもう一回温泉に入ろうと、部屋を出てお風呂場へと歩いていく。
「・・・・・・きゃぁぁぁあああああっ!?!?」
「っ!?」
のんびりと旅館の廊下を歩いていると、不意に絹を裂くような叫び声が聞こえて来た。
一体なんだと思いつつ声が聞こえて来た場所へと早歩きで向かうと、とある部屋の前に何人かの人だかりが出来ているのが見えた。
恰好から見るにどうやら仲居さん達従業員の人たちだと思われるのだが、その表情は青褪め、困惑している様であった。
「何があったんですか・・・!?」
「あ、ああ・・・!お客様・・・!その、あの、へ、部屋の中で、人が倒れて・・・・・・!?」
何があったのかと言うこちらの問いかけに対し、仲居さんは喉を引き攣らせながら部屋の中で人が倒れているという事を伝えて来た。
「っ!?ちょっと失礼します!・・・・・・っ!」
仲居さんを押しのけつつ部屋の中に入り、俺はそこで衝撃的な光景を目にした。
その部屋の真ん中に置かれているテーブルの上に一人の男性が仰向けになって大の字に寝そべっており、その胸には一本の血に塗れた包丁が突き刺さっていたのだ。
「この人・・・!」
大の字に寝そべっている男性を見た俺は、その見覚えのある顔に驚きの表情になる。
それは夕食前に言い争っていた男女四人のうちの一人、痩せ細った男であった。
「いったい、何が・・・・・・」
「・・・おや?あなたは先程のお嬢さんではないですか。」
「え・・・?あっ・・・!」
目を見開いて呆然と男性の遺体を見ていると、不意に視界の外から声を掛けられた。
声の聞こえて来た方向へ驚きながら向けると、部屋の中から一人の人物が姿を現した。
玄関口からは死角となるその場所から現れたのは、なんと先程遊戯スペースで出会っていた青年であった。
「貴方は・・・!?」
「どうもお嬢さん。先程ぶりですね。所で、どうして貴女はここに・・・?」
「え?えっと、叫び声を聞いたので、何が起こったのかと思って・・・・・・」
「なるほど・・・。つまり、僕と同じという訳ですか。」
青年は納得する様に頷くと、「すみませんが、それ以上部屋の中に入らないでいただいてよろしいでしょうか。」と俺の前にやって来ると、そのまま部屋の外に出る様に促してきた。
俺は別に拒否する理由もなかったので青年に促されるままに部屋の外に出たのだが、せめて何が起こったのかを確認したくて青年に声を掛けた。
「その、何があったんですか?どうしてあの人はあそこで死んでいるんです・・・?」
「まあ、アレを見てしまったらそう思っても当然でしょうね。ただその説明の前に、仲居さん。」
「は、はい!」
「すみませんが、警察への連絡をお願いします。」
「わ、分かりました・・・!ですが、警察に何と伝えたらよろしいのでしょうか・・・?」
青年は俺の問いに答える前にやるべきことがあると仲居さんに声を掛ける。
仲居さんは青年の指示に頷くも、連絡先である警察にはどう伝えるべきかと問い返した。
「警察にはこう伝えてください。殺人事件が起こったと。」
「っ!?」
青年は真剣な表情でそう言い、それを聞いた仲居さん含めた従業員達と居合わせた俺は、ごくりと緊張感から息を飲み込むのであった。
次回投稿は8月10日です。




