外伝ミッション1ー1 情報屋の忘れ物・・・!
それは俺が悪の組織アンビリバブルの幹部ディーアルナとなって一週間とちょっとが経過した頃のことであった。
「忘れ物?」
「うむ。忘れ物だ。」
秘密基地の中にある作戦会議室にて、俺は執務用の机を挟んでブレーバーと向かい合っていた。
二人の間にあるテーブルの上には、一つのスーツバッグが置かれている。
「君には今から、このスーツバッグを持ち主の所に届けて来て欲しい。これの持ち主は我が懇意にしている情報屋でな。どうやら、昨日情報交換の会場として向かった居酒屋で忘れていった様なのだ。」
居酒屋で情報交換って、情報の流出とか色々と大丈夫なのだろうか?
「心配そうにしているが、安心して構わない。彼の者がもたらす情報の信憑性はほぼ百%に近く、信用出来るものだ。」
俺の訝しげな様子を見たブレーバーは、自信たっぷりに問題ないと話す。
彼の様子からは、その情報屋の事を本当に信頼しているのが伺えた。
彼の情報屋についてだが、ブレーバー曰くその腕前は超一流で、何重にも秘匿された国家機密から一般家庭のヘソクリのある場所まで、ありとあらゆる情報を収集し、情報を欲する者に売り出している人物とのこと。
うたい文句が、その情報屋に目を付けられたが最後、体にある黒子の数まで正確に調べ尽くされる、らしい。
「情報屋の住んでいる場所の座標は、前に本人から教えてもらっていたので、既に転送装置にインプット済みだ。仕事の一環として扱うので、戦闘員達と一緒に我の代わりに届けに行ってくれ。」
「了解、ブレーバー。・・・と、まあ、頷きはしたけど、忘れ物を届けるくらいだったら、別にわざわざ俺達に頼まなくても良かったんじゃないか?」
ブレーバーの命令を頷いて受諾する。しかし、それで何故自分で届けに行かないのかという疑問は当然出てくるわけで、首を傾げつつブレーバーに問う。
「すまないが、今の我では届けに行くことは不可能なのだ・・・。情報屋から情報を得る時に酒を飲み交わしたのだが、限界以上に飲んでしまって、現在酷い二日酔い状態でな・・・。正直、こうして起きているだけでも、かなり辛い・・・・・・!」
それに対して片手で頭を押さえて答えるブレーバー。
時折、「早く部屋に戻ってゆっくりしたい・・・・・・。うぷっ・・・・・・!?」と口元を押さえる様子から、(顔色はわからないが)本当に体調が悪いのであろう。
一体どれだけ飲んだのであろうか?と心配に思いつつも、そんなになるまで飲むなよと、呆れた表情になる。
彼の様子を見て、脳裏に『酒は飲んでも呑まれるな』という言葉が思い浮かぶのであった。
ちなみにこの後、出発前にブレーバーを彼の自室のベッドまで誘導し、二日酔いの薬を飲ませ、きちんと寝るまで看病を行った。
さすがに具合が悪そうに見える人物を放置して行くのは、自身の良心的な観点から出来なかったので。
そんなこんなで、ブレーバーからの命令を受けた俺と戦闘員達は、転送装置にて目的地である件の情報屋の住みかに到着した。
現在俺達がいる場所は程々に都心に近く、しかしあまり人が入ろうとしない山の中。その山中に建てられた洋館の前であった。
「ここが、ブレーバーの行っていた情報屋の家みたいだけど・・・・・・。」
「イイー・・・・・・?」(なんじゃこりゃ・・・・・・?)
到着したのであるが・・・、俺達は眼前の光景を見て、進むことを躊躇っていた。
率直に言えば、近寄りたくなくてめっちゃ尻込みしていた。
目の前にある洋館なのだが、建てられてからかなりの年月が経っているせいか、外壁は色褪せて所々がボロボロ。
周囲を高さ三m位の高さの頑丈そうな塀に囲まれており、塀の壁が所々剥げている様子が見られていたが、剥げている部分に鉄板のような物が露出しているのが分かり、どうやら塀の中に鉄板が仕込まれているようである。
庭先は長年手入れがされていなかったようで、草木が好き勝手に伸びて鬱蒼と生い茂り、さながら小さなジャングルの様な有り様になっているのが高い塀越しに見えていた。
なんというべきか、その見た目は幽霊屋敷というか、某ゾンビゲームに出てくる洋館のような様相であった。
「イッ・・・、イイッ、イーイイー?」(えっと・・・、本当にここに、ブレーバー様が懇意にしている情報屋が住んでいるんですか?)
「ブレーバーの話だと、その筈、なんだけど・・・・・・。」
「イイイッ、イーイー・・・・・・。」(端から見る限りじゃ、人が住んでいる気配がまるっきり感じられないんだが・・・・・・。)
目の前の光景を見て「何か出てきそう・・・!?」と思いつつも、しかし、目的を果たさずに帰るわけには行かないので、心中に感じ始めた恐怖心を唾と一緒にゴクリと飲み下しつつ、洋館へと向かう。
俺達は洋館を囲塀と、その真ん中に作られた門の前に近づく。
「イィ・・・。イイイーイー・・・。」(うわぁ・・・。門全体に植物の蔦が絡み付いているよ・・・。)
「イッ・・・!・・・イイッ。イーイー。イイイー。」(フンヌッ・・・!・・・駄目だな。蔦が完全に門を固定してやがる。開けるにはこの蔦をどうにかするしかないな。)
「・・・イイッ、イーイーイー、イイー。イーイイー。」(・・・とは言っても、こうまでビッシリと絡まっているのを取り除こうとすると、結構な大仕事になりそうだ。少なくても一日だけじゃ終わらないと思うぞ。)
戦闘員達が門を開けようとするのだが、ガチャガチャと金属音が鳴るだけ。
どうも、門に絡まっている蔦がロープのような役割を果たしているようで、構造上は横開きに動くはずの門が一mmたりとも動かすことが出来なかった。
「イイイッ。イイー。イーイイー、イイッ。」(無理に門を開けようとするのは止めよう。無駄に時間を食うだけだ。それにわざわざ門を開けなくても、飛び越えてしまえば中に入れるだろう。)
「それもそうだな。」
戦闘員一号からの提案に確かにその通りだなと頷いた俺含めた他の面々は、彼の助言に従いつつ門を飛び越える準備をする。
「それじゃあ、行くぞ・・・!」
一度門から離れて助走距離を作り出し、そして大きく跳躍して高さ三m位の塀を飛び越える。
戦闘員達も、俺に続くようにして跳び上がり、門を越える。
それは怪人として、サイボーグとして強化・改造された俺達だからこそ出来る芸当であった。
少なくとも一般人が同じようなことを行えと言われたとしても、真似することはまず不可能な芸当だろう。
「よっと・・・!・・・とりあえず、敷地内に入る事は出来たな。」
シュタッ、と庭先に着地して周囲に危険がないか確認する。
特に自分達に害になりそうなものがない事を確認した俺達は、洋館へ向かって歩き出す。
「イッ、イー。イイッ、イーイー。イイッ。」(しっかし、すげぇなぁ。外から見ていて分かっていたが、実際に中に入ってみると余計に驚きだ。予想以上に草木が生い茂ってやがる。)
「イッ。イイイッ、イーイイー、イイイーイー。イッ、イイッ、イー。」(ああ、そうだな。地面から生えている草は俺達の胸元くらいまでの長さがあるし、頭上を覆う木の枝や葉が日の光を遮っているし、ここから見える洋館の外観も合わせて、マジでお化け屋敷の様相をしているな、こりゃ。)
戦闘員二号を先頭に、一列になって前方に広がる草の海の中をガサガサとかき分けながら、何とか進んでいく。
敷地内の中は戦闘員二号の言う通りの様相をしており、本来ならまだ日が高い昼時の筈なのだが、鬱蒼と生い茂り、好き放題に伸びている草木が太陽の光を完全に遮断。所々木漏れ日の光が差し込んでいる場所も見かけるが、明るさは全然足りておらず、例えるとすれば精々豆電球程度だろう。
周囲の光景はさながら夜中の森の中と言う印象が強く見受けられ、お化け屋敷と言う言葉が冗談に聞こえないと思った俺は、酷い目に遭った過去のトラウマ|を思いだしてしまい、ブルリッと体を震わせた。
「イイー?イッ、イー、イイー。・・・イッ?イー?」(本当にここに人が住んでいるのかなぁ?ねぇ、どう思います、ディーアルナ様。・・・あれ?ディーアルナ様?)
「・・・な、何だ?何か気になったのか、三号。」
「イッ、イイッ・・・。イイイーイーイー・・・?」(いえ、その・・・。なんだかディーアルナ様の顔色が青白くなっていませんか・・・?)
「・・・そ、そうか?気のせいだろう。」
俺は心配そうに声を掛けてくる戦闘員三号に大丈夫だと返事を返したが、実際の所その内心は言葉に出来ない不安が少しずつ渦巻き始めているのを感じていた。
そんなこんなと仲間内で話している内に、ようやく洋館の玄関口――――――両開きの扉の前までやって来れた。
玄関前に到着した俺達は、まずは家主を呼び出そうと玄関の横にあったチャイムボタンを押す。
しかし、何回もチャイムボタンを押してもスカッ、スカッ、と空気が抜けるような音が出るだけで、チャイム音が鳴らなかった
「・・・・・・あれ?音が鳴らない?」
「イイッ?」(壊れているんですかね?)
「イイイー、イイッ?イーイイーイー・・・・・・。」(結構古い洋館だからと思えば不思議でもないが、一応人が住んでいるんだぞ?さすがに壊れた物を直さないのはおかしいと思うが・・・・・・。)
「イッ、イイイッ?イー、イイーイーイー・・・・・・。」(もしかして、壊れていることに気付いていないとか?確か以前ブレーバー様から、結構あちこち飛び回っているって話を聞いたことがあるけど・・・・・・。)
「声を掛けてみるか・・・?・・・スゥッ・・・すみませ~ん!」
玄関から少し離れ、大きな声を出してみる。
何度か間を空けながら声を掛けてみたのだが、しかしどれだけ待っても洋館からは何の返事も反応も帰っては来ない。
「う~ん・・・。留守なのか、もしくは寝ているのかもしれないなぁ・・・。一応扉が開くかどうか確認してみるか?」
「イッ。イイッ、イーイー。」(そうっすね。一応開いていたら、中に入って声を掛けてみましょうか。)
一応の為と玄関のドアハンドルに手を掛ける戦闘員一号。
ガチャリとドアハンドルを回して動かしてみると、どうやら鍵は掛けられていなかったようで抵抗なく扉が動き始めた。
「イッ、イイ――――――」(あっ、開いて――――――)
ギィィィッ・・・、と音を立てながらゆっくりと両開きの扉の片方が開かれていく光景を、不用心だなと思いつつも横で見ていた俺。
しかしそんな思考は、次の瞬間に突然扉の向こう側から現れた大きな骨の手によって中断された。
洋館の中から突然現れた骨の手は、グワッ!と五本の指を広げながら勢いよく飛び出して来ると、玄関の前に立っていた戦闘員一号を鷲掴みにし、一瞬で館の中へと引き摺りこんでいった。
「・・・え?・・・・・・え?」
「・・・・・・イ、イイィィーーーッ!?」(・・・・・・い、一号ォォーーーッ!?)
「・・・イッ、イイイー・・・!?」(・・・い、一号が、なんか訳分かんないのに捕まった・・・!?)
戦闘員一号が悲鳴を上げる暇もなく攫われた一瞬の光景を見ていた俺達は、最初は訳が分からないとばかりに呆然としていたが、時間が経つにつれて何が起こったのかを理解し始める。
「な、何、今の・・・!?」
「イッ、イイッ・・・!」(この洋館、何かいるぞ・・・!)
「イイイッ・・・!?」(ここ、本当に人が住んでいるの・・・!?)
こんな異常事態が起こるなんて、誰が予想出来ただろうか。
あまりにも予想外の展開に顔色を真っ青にさせて、俺達はどうすればいいのかと混乱しつつ右往左往する。
「イイッ。イーイー・・・!」(と、とりあえず中に入ろう。あの骨の手に攫われた一号を助けないと・・・!)
「・・・うっ!?やっぱり行かないとダメか・・・・・?」
戦闘員三号の提案につい条件反射的に怯む。
正直に言えば、俺はこの洋館の中に本気で入りたくなかった。
この洋館の外観もそうだが、先程の大きな骨の手が昔のトラウマを思い出させ、二の足を踏ませていたのだ。
・・・・・・しかしそんな反応を、次々に迫り来る事態が許すことはなかった。
「イッ・・・!・・・・・・イッ、イイイッ。イー。」(そりゃそうだろう・・・!・・・それに、ここから離れるという選択肢は取れそうにないみたいだぞ。・・・後ろを見ろ。)
「・・・・・・え?」
戦闘員二号に促されて後ろを振り向き、視界に入った光景にヒクリッと頬を引き攣らせた。
ボコッ、ボコッ、ボコボコボコッ・・・・・・!!
『『『ヴァァァ~~~ッ・・・・・・!!』』』
そこには、敷地内の庭の地面から手を突きだし、体を這いずりながらシャバへと出てくる存在達がいた。
それは人の形をしていたが、皆一様に肉の一部や手足が欠けており、またその部分が酷く腐敗している様子が遠くからでも見えた。
その目には光は無く虚空をさ迷わせていたが、顔だけはこちらへと向け、真っ直ぐに自分達の元へと歩いてくる。
その光景は、さながらホラー映画に登場するゾンビの姿様であった・・・・・・!
「・・・え、えぇ~~~っ!?」
「イイ~~~ッ!?」(ゾ、ゾンビィ~~~ッ!?)
次から次へ巻き起こる異常事態に、思わず叫ぶ俺と戦闘員三号。
「イイッ・・・。イー、イイー・・・!」(ハハッ・・・。こいつは、スゲェや・・・!)
「笑っている場合じゃないからぁっ!?」
「へっ・・・!」と(マスクで顔が見えないけれど)ニヒルに笑って見せる戦闘員二号に、顔色を青くしながら涙目になって抗議する。
その様子は傍から見れば、まさしく必死という言葉が似合う者であっただろうと思う。
「イッ、イイー。イイッ、イー。」(分かっているって、ディーアルナ様。とりあえず、洋館の中に入ろうぜ。)
「何故に・・・!?」
慌てふためくこちらの様子を横目で見つつ、「はいはい・・・」と言うように宥めながら、洋館の中に入る事を促す戦闘員二号。
「イーイー、イイーイー。イッ、イーイイイーイー。」(コイツ等が出て来たタイミングからして、おそらく俺達をこの洋館から離れさせたくないんだろうよ。じゃなきゃ、何時でも出て来れた筈のコイツ等がこうまでタイミング良く出てくる訳がねぇ。)
「うっ・・・!?で、でも、この中に入るなんて・・・・・・!?」
戦闘員二号の洋館の中に入ろうという発言に対して、目尻に貯めていた涙をブワッ!と決壊させつつ抗議したていた俺だが、彼の筋が通っていそうな説明を聞いて言葉を詰まらせる。
しかし、やっぱり中に入りたくないという気持ちは強く、内心ではゾンビたちを吹っ飛ばして一時脱出した方が良いんじゃないかと考えていた。
「イーイイーイー、イイイッ・・・!」(躊躇する気持ちも分からないでもないが、どうやらもう迷っている暇はないようだぜ・・・!)
「え・・・?」
「・・・グヴァァァアアアッ!!」
「上を見ろ・・・!」と戦闘員二号が呟いた瞬間、上空から人型の巨体が落ちて来た。
ズドォォォンッ!と地響きを立てながら地面に着地した人型の巨体。肌が赤くなるほど赤熱し、ジュウジュウと蒸気を発しながら振り向いたその怪物は大声を発しながら、俺達に向かって突撃してきた。
「ヴォォォオオオッ!!!」
「何ソレェーーーッ!?」
突如出現した更なる脅威に、「冗談じゃない・・・!」と思わず叫ぶのであった。




