ミッション25 小型猫科動物、拾いました・・・?
「~~~~~♪」
その日、戦闘員三号は風呂上りの一杯をするために食堂へと向かっていた。
と言っても、三号は下戸であるのでお酒は飲めない為、その一杯とはジュースなのであるが。
テクテクと秘密基地内の廊下を歩いていき、目的地である食堂の扉の前へとやって来た。
「イイッ、イ~・・・。イーイー、イー?イイイー。イ~♪」(さてと、今日は何を飲もうかな~・・・。この前飲んだ山梨のブドウジュースは美味しかったし、今日も飲もうかな~?それとも青森のリンゴジュースとかいいかも。何にしようかな~♪)
ウキウキ気分で何を飲もうかなと楽しみにしていた戦闘員三号。
しかしそんな気分は、食堂の扉を開けた瞬間に一気に萎えてしまった。
「・・・・・・イッ?」(・・・・・・何これ?)
三号の目には、なんだか異様な光景が映し出されていた。
食堂の中には三人と一匹がおり、彼らの体から暗雲が立ち込める程の重苦しい緊張感を漂わせているのが傍から見ているだけでも感じられていた。
一人は我らが悪の組織アンビリバブルの女幹部ディーアルナこと渡辺光。
彼女は何故か腕を組んだ仁王立ち状態で目の前にいる人物達の事を顔の上半分のハイライトが消えた冷ややかな目で見つめており、その無表情っぷりは、どこか苛立っている印象を受ける。
その彼女の目の前にいるのは、悪の組織アンビリバブルのボスであるブレーバー。正式名称『ブレバランド・アーユーカウス・レンテイシア』とその戦闘員一号。
彼等はディーアルナの目の前で冷や汗を流しながら床に正座をしながらダラダラと冷や汗を流しながら顔を俯かせており、何とも言葉にし辛いのだが、彼等からは悲壮感のような、もしくは何かの使命感のような覚悟が感じられていた。
そして彼等の間には段ボール箱が置かれており、その中には彼らがそのような状況になった原因と思われる存在がいた。
「ニャ~ッ!」
段ボールの中にいたのは一匹のネコであった。
金色に近い茶色と黒の体毛が縞模様のような色彩を描いており、傍目から見るとトラのような毛並みを持つネコという印象であった。
そのネコは場に漂う妙に重苦しい雰囲気を気にも留めていないのか、呑気にペロペロと自身の体を舐めて毛づくろいをしていた。
戦闘員三号はそのネコを見て、なんという肝が据わった奴なのかと感心し、同時に自分があの場にいたら絶対緊張感に耐えられなくて気絶してしまうのに!と自慢にならない自慢を内心でしていた。
とはいえ、このまま呆然と場を見ているだけでは状況は進展しないと考えてもいた戦闘員三号は、ゴクリと唾を飲み込みながら、意を決して彼等へと声を掛けた。
「イ、イ~・・・。イイッ?イッ、イー・・・?」(あ、あの~・・・。皆さん、こんな所で何をしているんですか?というか、そのネコは一体・・・?)
「うん?・・・ああ、三号か。いや、まあ・・・。何と言うかな・・・。はぁ・・・。」
声を掛けられたことで戦闘員三号がやって来ていたことに気付いたディーアルナは、彼に振り返って疲れたようなため息を吐き、その逆に正座をしていたブレーバーと戦闘員一号からは「救世主キタコレ・・・!」とでも言わんばかりの視線が三号へと送られた。
「良い所に来た三号よ。お前も彼女を説得するのを手伝ってくれ!」
「イッ・・・、イイー?」(説得って・・・、もしかしてそこにいるネコについての話ですか?)
「その通りだ!我等だけでは話が平行線となっていてな。」
三号の問いに、ブレーバーは我が意を得たりと言わんばかりに頷き、必死になって三号に自分達の味方になってくれとアピールするのであった。
事の起こりは、ブレーバーが懇意にしていた例の情報屋との打ち合わせを終えて秘密基地に帰ろうとしていた時の事であった。
そこそこ強い雨が降る真夜中の時間帯にブレーバーが人気のない道を歩いていると、不意にどこか近くから弱弱しい鳴き声が聞こえて来たらしく、気になって声の出所を探してみると、ブレーバーから見て左斜め前にあったゴミ置き場の影に一匹のネコが行き倒れているのを見つけたのだそうだ。
ブレーバーが様子を見てみるとそのネコは怪我をしていて、また衰弱している様子も見られていた。
ブレーバーはその様子を見てかわいそうにと思い、ネコを治療するために連れ帰って来た。
秘密基地に戻ったブレーバーは、まず怪我の治療の為にネコを医療カプセルに入れ、そこで治療が完了した後に、食堂にてキャットフードやネコ用ミルクを与えていた。
その時に戦闘員一号が、その後少ししてディーアルナが食堂へとやって来てネコの世話をしていたブレーバーを発見したのである。
「食堂にやって来た二人にネコを拾った経緯を話していたのだが、何故かディーアルナだけは我の話を聞いている途中で突然怒り始めてしまったのだ。」
そして現状に至るのだとブレーバーが言い、事情を知った戦闘員三号はなるほどと納得する。
しかしその話のどこにディーアルナが怒る要素があるのかは変わらず不明であった。
「イッ、イイー?イー?」(それで、ディーアルナ様はどうして怒っていたんですか?ネコが嫌いとか?)
「いや、別に嫌いじゃない。と言うか、動物全般は基本好きだぞ。俺が怒っていたのは別の理由だ。」
自身が怒っていた理由は嫌いだからと言った理由ではないと首を横に振るディーアルナ。
「俺が怒っていたのは、ブレーバーがその拾ったネコを飼いたいと言い出し始めたことに対してだ。」
「イッ?イイッ?イーイー、イイッイー。」(へっ?別にそれくらいいいのでは?以前のウサギの件の事もあるから、別にウチはペット禁止ってわけじゃないし。)
「そうだそうだー!別にいいじゃないか。拾ってきた動物をペットにしてもー!」
「イーイィー!」(自分だってウサギを飼っているくせにずるいぞぉー!)
戦闘員三号の擁護する発言に乗っかってブーイングするブレーバーと戦闘員一号。
そんな彼等に対し再びディーアルナはため息を吐きつつ、どうしてネコを飼う事に対して怒っているのかの理由を話し始めた。
「別に俺だって、拾ってきた動物をペットにすることについては異論はないよ。それが野良であれば。でもそのネコは違う。首元に付いている物がその証拠だ。」
「イッ・・・?」(首元・・・?)
ディーアルナはネコの首元を指差す。
戦闘員三号がディーアルナが指差した場所を確認すると、ネコの首元には一本の黒い首輪が巻かれているのが確認できた。
首輪には文字が彫られており、『ミィちゃん』と言う名前が描かれていた。
「首輪があるってことは、この子が飼い猫だって事だろう。であれば、このネコを探している飼い主だっている筈だ。そんな子を勝手に飼うというのはどうかと思う。」
「イ~、イイッ。」(あ~、それは確かに。)
ディーアルナの言葉に戦闘員三号は頷く。
ペットとして飼われている動物は、飼い主にとっては家族同然の場合が多い。
その事を考えると、ディーアルナの言い分は真っ当なものであると思われる。
しかし、そんな普通の考えは動物好き二人には通じなかったのか、頷いている戦闘員三号に対して「裏切り者~!」と叫んでいたが。
「お前もそっち側なのか、戦闘員三号!」
「イッ!イイッ、イイイー!イッ!」(くそっ!援護射撃が貰えるかと思ったら、まさかの背後からの一刺し!なんという期待外れ!)
「イー。」(失礼な。)
戦闘員三号は自身に向かって色々と言って来る動物バカ二人の言葉にイラッとした。
「イーイイー。イイイッ、イーイー、イイーイー。」(というか想像してみてくださいよ。常日頃可愛がっていた飼いネコが突然自分の元からいなくなり、方々を探しても見つからなくて心配で夜も満足に眠れない時に、ある日他の誰かの元で幸せそうに暮らしている姿を見かけた時の事を。)
ブレーバーと戦闘員一号は、三号の言葉通りの状況を想像してみる。
毎日三百六十五日一緒に過ごしていた飼いネコが突然いなくなり、心配になって探し回っている時に、誰かの元で幸せそうに暮らしている飼いネコを見かけて・・・――――――
「ゲボォッ・・・!?」
「イバァッ・・・!?」(グハァッ・・・!?)
「吐血したぁっ・・・!?」
「イイッ・・・!?」(想像しただけでダメージを・・・!?)
そこまで想像した二人は、自分達の頭の中に浮かんだ妄想に精神的に耐えられなくなったのか、血反吐を吐きながら四つん這いとなった。
「お・・・、おおぉぉ・・・、我の可愛い白猫が他の誰かの元になんて・・・・・。いや、あの子が幸せなら我は・・・我はぁ・・・・・・。でも、やっぱり悲しいぞぉっ・・・・・・!?」
「イ゛イ゛ッ!?イ゛イ゛イ゛ーーーッ!?イ゛ーイ゛イ゛ーッ!?」(テメェオンドリャァッ!?俺の可愛い猫ちゃんをよくもぉーーーっ!?覚悟は出来ているんだろうなゴラァッ!?)
泣いたり怒ったりといった突然の奇行に走り出した二人にドン引きするディーアルナと戦闘員三号。
まさか頭の中でイメージした内容で血を吐くほどのダメージを負うなんて、だれが予想できるだろうか。
しかもその妄想によるダメージが現在進行形で継続中のようだ。
ブレーバーは仮面についてる四つ目部分から血涙と口元から血反吐を吐き出し続けながら嘆き続け、戦闘員一号はよくも俺の可愛いがっている子を寝取りやがったなぁっ!?と妄想の中の相手に向かってキレていた。
そして一通り騒ぎ倒して落ちついたのか、服の袖で流れ出る血をふき取りながら立ち上がる。
「すまない。確かに君たちの言う通りであったな。我はとんでもないことをしようとしていたようだ。止めてくれて感謝するぞ。」
「イーイイー!イー・・・。イイイーイイーッ・・・・・・!!」(俺からもありがとうを言わせてもらうぜ!あれはダメだ・・・。あんな思いをする奴は絶対に出しちゃいけねぇ・・・・・・!!)
自分達の言い分に理解を示してくれた二人の様子を見て、理解してくれて嬉しく思い、しかしそれ以上に言葉に出来ない”コレじゃない”感を強く感じたディーアルナ達であった。
そんなネコを飼う飼わない騒動から、今日で三日が経過していた。
ブレーバーが拾ってきた『ミィちゃん』というネコに関してだが、現状の方針では負っていた怪我も医療カプセルにて治療済みという事もあり、とりあえず飼い主が見つかるまではアンビリバブルで飼うことになった。
ミィちゃんというネコは医療カプセルの治療を行う際に事前診断にて、生後一歳ちょっとの雌であることが分かった。
秘密基地に連れて来られた初めの頃は、自身が見知らぬ場所にいる事に落ち着かない様子であったが、戦闘員三号が思った通りかなり肝が据わったネコであったようで、三日も経つとだいぶ落ち着いた。
それどころか、基地内を我が物顔で優雅にキャットウォークする姿も見られていた。
それからミィちゃんの飼い主についてだが、ミィちゃんを拾った次の日から、ブレーバーが行き倒れている所を発見した町を中心に『迷いネコを拾いました。飼い主の方はこちらにご連絡を!×××―○○×○○』と言ったミィちゃんの写真が写った張り紙を張っていき、連絡を待っていたのだが、今日に至るまで未だに連絡は来ていない状態であった。
まあ、さすがにたった二、三日程度で連絡が来るとは思っていないので、アンビリバブルの面々はミィちゃんの世話をしつつのんびりと日々を過ごしていた。
お前等悪の組織らしい活動はしないのかという疑問を持たれることと思うのだが、組織のボスであるブレーバーの「いつ飼い主から連絡が来るからわからないから」との一言により、飼い主からの連絡を待つという体裁で、現在の悪の組織アンビリバブルを開店休業中となっていた。
そんな呑気とも言える日々を送っていたアンビリバブル構成員たち。彼等はミィちゃんがこの秘密基地に慣れた頃に、ちょっとした挑戦をしてみようとしていた。
「ほら、ミィちゃん。この子がウチで飼っているウサギの『ピョン太郎』だぞ。」
「――――――ッ!」
「・・・ニャーッ!」
過去に起こった坂之上動物園での事件を契機に秘密基地内に増設された動物飼育用の部屋。
そこはその事件の時に動物園から連れ帰ってしまった――――――と言うか、薬物で強化されている際に自分から突入してきたウサギを飼うために用意した部屋であった。
本来なら元いた動物園へ返すべき所なのだが、諸事情によりそれは不可能となってしまった為、現在はディーアルナが中心となって秘密基地内で飼っている。
ちなみに、『ピョン太郎』という名前だが、これはディーアルナが命名したものである。
飼うと決まった際に名前を決めようという話になり、その時に色々と調べて生後九か月の雄だという事が判明し、それならばという理由で命名された。
他の面々からは、さすがにその名前はどうなんだ、と突っ込まれたのだが、ディーアルナは頑として譲らず、結局その名前で定着することとなったのであった。
「ミーッ・・・・・・!」
「――――――ッ・・・・・・!」
ディーアルナはミィちゃんの脇の下に手を入れて持ち上げながら、そしてピョン太郎は専用ケージに入った状態で、ケージ越しに顔合わせを行っていた。
現状見る限りではミィちゃんからちょっかいを出そうとする様子はなく、またピョン太郎も警戒音的なモノを出す様子も見られていない為ファーストコンタクト自体は良好そうに見えた。
「イイー。」(どっちも穏やかそうだね。)
「イッ、イイー、イーイーイー。」(ああ、ピョン太郎もケージ越しだけど逃げようとする様子がないし、相性的な問題は意外に良いのかもしれないな。)
二匹の様子をディーアルナと共に見ていた戦闘員一号と三号ももうちょっと時間を置いてみて大丈夫そうであれば、直接対面してもいいのではと考えた。
それから三十分後。ピョン太郎をケージから出し、室内でミィちゃんとの直接対面をさせてみたディーアルナ達。
最初の十分くらいはお互いに様子を見て、近寄ったり離れたりを繰り返していたのだが、事態はちょっと想像もしない方向へと進んだ。
「ニ-ッ!ミーッ!フミャーッ!」
「―――ッ!―――ッ!?――――――ッ!?!?」
「お、おおう・・・!?ストップ!ストップだ、ミィちゃん・・・!泣いてるから・・・!ピョン太郎が嫌がっているからぁっ・・・!?」
何某かの琴線に触れたのか、突如ミィちゃんがピョン太郎に向かって飛び掛かり、その体をガシッ!と捕まえて力づくでゴロンゴロン!と転がしたり、ピンと伸びた耳をアムアム!と咬み始めたりしたのである。
当然ピョン太郎はその状況に驚き、必死になってミィちゃんから逃げようとする。
しかし、四方を壁に囲まれた室内という事もあって逃げ切ることは不可能であり、またミィちゃんもネコにしては意外にも知恵が回るのか、ピョン太郎が逃げようとした地点に先回りし、目の前に来た瞬間にダイブして捕まえるという行動を取り始める。
初めの何回かはギリギリ回避することが出来ていたピョン太郎であったが、狡猾さではミィちゃんに軍配が上がったようで、都合五回目にしてピョン太郎は捕まり、現在のようにミィちゃんに揉みくちゃにされていた。
まるでおもちゃのように扱われている様はかわいそうであり、ピョン太郎の目元に見えもしない涙が幻視できそうであった。
「それまで・・・!そーれーまーでーっ・・・!!ミィちゃん。これ以上ピョン太郎を苛めちゃいけません!」
ジタバタジタバタ!ゴロンゴロン!ニャーニャーブゥブゥ!と室内の中を転がり暴れまわっていた二匹の後ろ首を掴んで持ち上げるディーアルナ。
これ以上は目に余るとミィちゃんに怒ってはみせるものの、「ニャーッ・・・!」と鳴くだけで、理解できているかは不明である。
ピョン太郎の方はこれ以上弄られることはないという事を理解しているのか、「プゥ・・・・・・!」という鼻音を出しながらホッとしている様子を見せていた。
とりあえずディーアルナはピョン太郎の安全を考えて、二匹をそれぞれのケージの中へと入れる。
「はぁ・・・。まだ直接合わせるのは早かったかなぁ?」
「イーイイー。」(相性自体は良好だったと思うけどね。)
「イッイー。イーイーイイー?」(どっちかと言うと良すぎたんだろうな。多分ミィちゃんはピョン太郎の事を面白いおもちゃとでも思っているんじゃないか?)
「それはある意味でダメだと思うんだけど。遊んでいる拍子にミィちゃんの突撃でピョン太郎が怪我をする様子が目の裏に浮かぶんだけど。」
「イッ、イイイッ、イーイー。イー。」(まぁ、とりあえず今はケージ越しに且つ手を出されない距離感で置いて、もうちょっとお互いに慣れさせるようにしようぜ。ディーアルナ様。)
「イー。イイッ、イーイッイッ。」(そうだね。現状だとピョン太郎の方がミィちゃんの事を怖がっているから、ミィちゃんがピョン太郎の方に手を出しそうになったら止めるよう躾けていくしかないと思う。)
戦闘員達の話を聞いてなんだかなぁと思いながらため息を零すディーアルナ。
そしてそんな彼女の様子を見て苦笑する戦闘員達であった。




