ミッション142 その頃の彼等、彼女等は その1
皆様、お久しぶりです。kudoです。新話出来たので投稿します。
今回はシリアスとコメディとホラーが微妙に混ざり合ったお話です。
それでも良い方はどうぞご覧ください。
スパランティス島の商業エリアでどんちゃん騒ぎの宴会が催されている頃から数時間ほど遡り、エメラルドドラゴニアがゴルドニシア諸共に自爆 (メインコアこと本体は脱出済み)して爆発という名の大華となった丁度その頃。
スパランティス島の中央、各種アトラクションが設置されている遊園エリアに存在するとある三階建ての建物の路地裏。
そこでは、ある三人の人物・・・・・・というか怪人達が、身を隠すように壁を背にしながら息を潜めていた。
「・・・どうやら、彼方は決着が着いたようだな。ではこちらも、そろそろ本題に入ろうじゃあないか。なあ、レディースジェントルメンよ」
三人の中で最初に口火を切ったのは、見た目はゆるキャラ的な可愛らしい顔が付いた黒いライダースーツを着たスライムといった感じの怪人―――第八回スパランティス島大食い大会で司会進行役を務めていた、『スラロイムγ』であった。
遥か上空で、花火と言うには些か火力が過剰な大輪の爆発が咲き誇る光景を眺めていた彼は、その後に自身の左隣へと視線を向け、そこで静かに、けれど隠しきれない荒い呼吸を繰り返す、シルクハットにタキシードを身に纏い、左の手首に持ち手が歪曲した形のステッキを引っ掛けた怪人―――『レディースジェントルメン』に声を掛けた。
「ふぅ・・・ふぅ・・・・・・やれやれ、久しぶりの再会、だと言うのに、そのせっかちな性分は、変わらないようだね、スラロイム君?」
「γを付けろ、相変わらずのキザ野郎。少しはその無駄に良く回る口を閉じたらどうだ?」
「ハッハッハッ・・・!この弁舌の巧みさも、私のチャームポイントの、一つなのだよ、スラロイム君。それに、せっかく懐かしい知人に会えたんだ、もう少し、お喋りをしたいと思うのは、悪いことかな?」
「・・・フン。ついさっきまで女にケツ追っかけられてた奴がよく言う。しかも、俺がお前の姿に成り変わらなきゃ、あの女に捕まるのも時間の問題だった癖によぉ。よくもまあ、いけしゃあしゃあと言えたもんだ」
息を整えつつニヒルな笑みを浮かべるレディースジェントルメンに、スラロイムγは皮肉混じりの悪態を吐く。
レディースジェントルメンに対してスラロイムγの態度が悪いのは、元々レディースジェントルメンの事を、女に媚を売るいけ好かない奴、という風に思っていたのもあるが・・・・・・それ以外にも、その彼を、犬耳犬尻尾が特徴的な元婦警の女怪人こと『東藤楓』から助けなければならなくなったからだ。
故に、彼の言葉には半分八つ当たりの感情も込められていた。
「ああ、うん。それについては本当に、心の底からお礼を言わせてくれ。
―――ありがとう。助かったよ、スラロイム君。君のおかげで私は彼女に捕まらずに済んだ」
「お、おう・・・?」
・・・のだがしかし、それに対して返ってきたのは感謝の言葉。それも激重感情が込められたものだった。
これには、スラロイムγも戸惑い混じりの生返事をする他なかった。
「私の基本スタンスは、困っている女性がいたら積極的に助け、その報酬に着用している衣服の一部を頂く、というものだが・・・・・・正直、彼女に関しては、ちょぉっとばかしスタンスを曲げちゃってもいいかなぁ、と思わなくもなかったり。だって、捕まっていたらどんな目に遭っていたか分からないし・・・・・・」
「ああ、まあ・・・うん、それは分かる。あの女はマジでヤバかったからな。既成事実を作らされるだけじゃ済まなそうというか・・・・・・」
顔色を青褪めさせながら呟くレディースジェントルメンと、彼の言葉に同意する様に頷くスラロイムγ。
彼がそのような反応をするのは、レディースジェントルメンを助ける過程で藤堂楓の純粋なヤバさというか、半端ない執着心を実際に体感したからだ。
ちなみに、スラロイムγがどうやってレディースジェントルメンを助けたのかと言えば、それは彼が持つ能力である【変身】を用いてレディースジェントルメンに成り変わり、本物と入れ替わって小一時間ほど囮となる事で、彼が逃げられる時間を稼いだのである。
スラロイムγの【変身】は、触れた対象に変身するという能力であり、その精度はありとあらゆる肉体構造をほぼ完璧に近いレベルでコピーする事が可能。それに加えて、変身元が持つ能力すらも―――オリジナルの八割までが限界だが―――コピーする事も可能という、非常に汎用性の高い能力である。
その能力を用いる事で、スラロイムγは藤堂楓の注意を引きつけつつ逃げ回っていたのであるが・・・・・・まあ、十分も経った頃には、囮役を引き受けた事を後悔する嵌めになった。
というのも、藤堂楓が恐るべき精度で・・・・・・というか嗅覚で、レディースジェントルメンに変身したスラロイムγの居場所を特定して追いかけてきたからだ。
しかも、情欲に塗れた恍惚とした笑みを浮かべながら。
最初こそ、「ある程度引き付けたら、隙を見て撒いちまおう」と考えていたスラロイムγも、振り切ったと思ったら何時の間にか背後にいたり、建物の壁を背に身を隠していたら既にその壁の一枚向こう側にいたりといった事が何度もあって、これには流石に彼も「嘘だろお前・・・!?」とドン引きした。
そして、実際に追いかけられる立場になった事で理解した。どうしてレディースジェントルメンが藤堂楓を戦闘不能にすることなく、敢えて逃げるという選択肢を選んだのかを。
「もうアレ、押し掛け女房なんてレベルじゃなくて、最早ストーカーのそれだろう。それなりに長く生きてるが、戦闘以外で"あ、こいつはヤベェ奴だ"なんて思ったのは初めてだぞ」
最終的には煙幕を展開し、さらにレディースジェントルメンと協力して一度二手に別れる事で、藤堂楓を混乱、撹乱させ、なんとか逃げおおせる事に成功した。
この時点で、スラロイムγが最初に抱いていた、レディースジェントルメンが東藤楓に追いかけられている様子を見て「なにやってんだアイツは・・・?」という感想は、「ヤベェ、あの女マジでヤベェ・・・!!捕まったらダメだ捕まったらダメだ捕まったら最後だ・・・!!!」といった感じの恐怖の感情が入り雑じった辟易としたものになっていた。
「ふっ、そうだろうそうだろう。ようやく私の苦悩を理解してもらえたようで嬉しいよ、スラロイム君。
―――では、そのまま囮役を継続してもらいたいのだが、よろしいだろうか?」
「よろしくないわ、このすっとこどっこい。これ以上はお断りだ。もう頭のおかしい奴に追いかけられるのはごめんなんだよ。
それにあの女、途中から俺が偽物だと勘づき始めていたからな。どちらにせよ、囮役を続けるのはもう無理だ」
だからこそスラロイムγは、レディースジェントルメンからの提案に速攻でNOという返答を叩きつけた。
「む、むむむむむ・・・!」
「むむむむむ、じゃねぇよ。いい加減諦めろ」
諦めきれないのか、不満そうな唸り声を出したりするレディースジェントルメンだったが、彼自身これ以上囮作戦を続けるのは難しいと薄々察してはいたのだろう。その少し後に、「やれやれ仕方がない、諦めるかぁ・・・」といった感じに肩を竦めた。
「ぶふぅ~・・・・・・そろそろ話は終わりかなぁ二人共ぉ?なら、そろそろ本題に戻ろうよぉ。じゃないと、何時まで経っても話が終わらなくなるからさぁ」
そうした二人のやり取りが終わった後で、今の今まで話に参加せず沈黙していた、スラロイムγの右隣で座っていた怪人が、話の流れを変えるように口を開いた。
そこにいたのは、身長二m以上の耐久限界間近を思わせるほどピッチピチに伸びきった半袖短パンを着た豚顔の怪人―――大食い大会で選手として参加していたブータックブーであった。
彼のその言葉を切っ掛けに、二人はそれぞれハッとしたり、シルクハットの鍔を摘まんで顔を隠すなどの反応を見せた。
「あっ?・・・ちっ、またコイツのペースに乗せられてたか」
「バレてしまったか。言葉巧みに話の流れを誘導して、ギリギリまで囮役を続けてもらえるよう言質を取ろうとしたのだが・・・・・・」
「レディースジェントルメンゥ」
「む・・・やれやれ、分かった分かったよ、ブータックブー。君の言う通り、話を本題に戻すとしようじゃないか」
何時までも話を逸らそうとしないで、と言外に言うブータックブーに目配せされたレディースジェントルメンは、降参だと言いたげに両手をホールドアップした。
「それで?君達の言う本題とは何かな?」
「・・・簡潔に言う。我等がボス、『アリスティーゼ』様より新たな指令だ。今現在請け負っている任務―――地球上に存在する全ての組織に対する調査及び諜報活動を全て終了し、直ちに本隊に合流、復帰せよ。また、任務の過程で得た情報は全て提出するように、とのお達しだ」
「むっ・・・?任務を終了して本隊に復帰せよ、だと・・・?おいおい、ちょっと待ってくれたまえ。本当にあの方がその様な指令を出したのか?私がこの任務を請け負ってからまだ十数年しか経っていないぞ?当初の予定では、あと数年は情報収集と拠点造りをしている筈だったろう?」
スラロイムγが口にした内容に疑問を覚えたレディースジェントルメンは、訝しげに首を傾げる。
「十数年・・・十数年か・・・・・・分かってはいたが、そうか、やはりこちらではその程度の時間しか実際には経っていないんだな」
「・・・むっ?スラロイム君、どういう意味だねそれは?」
「・・・・・・」
けれど、その疑問に対して返された反応は妙なものだった。
それに気付いたレディースジェントルメンがスラロイムγに尋ねるが、返ってくるのは沈黙のみ。
「ぷひぃ~・・・それについては少し説明が難しいんだぁ。オイラ達としても、まだキチンと理解できてるわけじゃないからぁ、詳しい事は本隊に復帰してから話すよぉ」
スラロイムγの代わりに答えたのはブータックブーだった。
彼は気の抜ける様な口調でそう話しながら立ち上がると、レディースジェントルメンに自分に付いてくるよう手招きした。
「ぶふぅ~・・・というわけでぇ、さっそくこの島の地下に向かおうかぁ」
「・・・うん?この島の地下に?何故かね?」
「あれぇ?気付かなかったぁ?このスパランティス島はねぇ、表向きはテーマパークとして巧妙に偽装してはいるけどぉ、その実オイラ達の秘密基地としても使っているんだよぉ」
「ちなみに、島の購入から秘密基地の建造まで担当したのはタマゴ男爵だ。丁度『怪人更正法』なるものがあったからな。それを利用して、表向きは一般人の身分を装いつつ会社を設立して資金を集め、そして裏では、集めたその金を秘密基地建造の費用も含めて組織運営に回していたんだよ」
「な、なんと・・・!」
ブータックブーとスラロイムγの説明を聞いたレディースジェントルメンは驚きの表情を浮かべた。まさかこのスパランティス島が、彼等の手によって秘密基地として用立てられた物だったなんて思いもしなかったからだ。
「むぅぅ・・・まさか、楓氏に連れてこられた場所が我等の秘密基地がある島だったとは・・・!偶然にしては些かご都合展開が過ぎるような気が・・・・・・」
「ぷひぃ~・・・そりゃあそうだよぉ。だってオイラ達が彼女と取引をして、君をこの島に連れてくるように頼んだからねぇ」
なんとも都合が良過ぎる展開にレディースジェントルメンが思わずといった感じに呟くと、それに対してブータックブーがしれっと答えた。
「・・・・・・今、なんと?」
「あっ、バカ!」
一瞬呆気にとられた顔となるレディースジェントルメン。
次いで、スラロイムγが慌ててブータックブーの口を塞ごうとするが・・・・・・時既に遅し。スンッ、と真顔になったレディースジェントルメンが、どう言う事かとブータックブーに尋ねた。
「取引とは、どういう事かね?」
「ぶふぅ~・・・自身の肉体の怪人化、数日間寝泊まりできる場所の用意、そして君との結婚を条件にぃ、君をこのスパランティス島に連れてくることを彼女―――東堂楓に頼んだんだよぉ。
・・・あっ、ちなみに、最初にこの条件で取引を提案してきたのは彼女の方だよぉ。彼女が求めていた条件に丁度オイラ達の組織が当て嵌まっていたらしくってぇ、前々から目を付けていたって言ってたよぉ。
・・・・・・今更ながらに思うんだけどぉ、彼女はどうやってオイラ達の事を知ったんだろうねぇ?表には一切情報を漏らしていない筈なんだけどなぁ・・・・・・」
「なるほど、なるほど。まさか、身内に後ろから刺される事になるとは思ってもみなかったよ。
―――では、覚悟はいいかね、スラロイム君。私を謀り、嵌めた罪、その身で贖ってもらおうか」
「なんで俺ェ!?い、いやいやいや待て待て待て!!変な勘違いをするんじゃねぇよ!取引に応じる事を決めたのはボスだからな!?俺じゃあないからなぁっ!?」
ブータックブーから話を聞いたレディースジェントルメンは、ギランッとした鋭い視線をスラロイムγに向けると、持ち手が歪曲した形のステッキを両手で持って構え、少し捻る様に動かす。
瞬間、カチリという音が鳴り、次いでステッキが上下に別れ、その断面から銀色の刃が姿を覗かせた。まさかの仕込み杖である。
なお、視線的にも物理的にも脅される形となったスラロイムγは、驚き慌てつつも「待て!落ち着け!!冷静になろう!!!」という感じに両手を前に出して、言い訳という名の弁明をする。
ジリジリという感じに後退さるスラロイムγと、それを追う様にすり足で少しずつ前へと進むレディースジェントルメン。
「ぷひぃ~・・・まあまあ、落ち着いてよレディースジェントルメンゥ。取引のダシに使われた君が怒るのは分からないでもないけどぉ、でもこれもボスの命令なんだよぉ。
それにぃ、オイラ達が再びこの世界にやって来たのを知っていたくせにぃ、連絡の一つも寄越さず、自分の居場所を教えることもしていなかった君の方にも問題があったと思うよぉ」
「ぬぅ・・・」
そんな一触即発の状態の彼等を止めたのはブータックブーであった。
「おかげでぇ、君の居場所を特定する為に外部の手を借りることになったんだからねぇ」と続けて言うブータックブーに、レディースジェントルメンは反論できなかったのか押し黙る。
それから、少し迷う様な仕草を見せた後、仕方がないとでも言いたげな長い溜め息を吐いた彼は、カチリと抜きかけていた刃を収めて、カッと杖先で地面を突いた。
「うんうん。流石はレディースジェントルメンゥ、君なら分かってくれると思っていたよぉ。
―――それじゃあ、丁度区切りの良い所で話し合いが終わった所でぇ、そろそろ地下にある秘密基地に向かおうかぁ」
レディースジェントルメンが矛を収めてくれた事にホッと胸を撫で下ろすスラロイムγを尻目に、そう言ったブータックブーはクルリと踵を返した。
「フム・・・地下に向かうとは言うが、ブータックブー、その入り口は何処にあるのかね?未だ私の事を探している楓氏に見つかるリスクを考えると、あまり長時間の移動は勘弁してほしいのだが・・・・・・」
「ああ、それについては問題ないよぉ。地下へと向かう入り口はすぐそこにあるからぁ」
「ほら此処にぃ」と言いながら、ブータックブーがすぐ側の建物の壁に何故かあった掌大のボタンをポチッと押す。
直後、ヴウゥゥゥン・・・!という駆動音が鳴り響き、次いでブータックブーの目の前にあった建物の壁が、ウィィィンと自動ドアみたいな感じに左右に開いた。
「―――というわけで、地下への直通エレベーターがこちら」
「そんなすぐ近くにあったのかいそれぇ!?」
どうぞこちらです、みたいな感じに目の前に現れた地下直通エレベーターを掌を上にした両手で指し示すブータックブーと、まさかの近場に入り口があったという事実に驚きの声を上げるレディースジェントルメン。
「これに乗ってけば数分で秘密基地に到着するよぉ。ほらほらぁ、早く乗ろうよぉ」
彼のそんなツッコミ混じりの驚き様に満足したのか、ブータックブーはにんまりとした笑みを浮かべてレディースジェントルメンを誘いつつ、ピョッコピョッコとスキップ染みた動きで地下直通エレベーターへ乗り込もうとした。
「―――ッ!?待て!止まるんだ、ブータックブー!!」
「ぷひぃ・・・?」
―――その瞬間、レディースジェントルメンの脳裏に、キュピィィィンッ!と一筋の閃光が走った。
咄嗟にブータックブーを呼び止めたが―――しかし、その警告は遅すぎた。
―――ドガンッ!!グワシィッ!!ズゴンッ!!?
「プギュルッ!!?―――ブヘェッ!?!?」
その声に反応してブータックブーが振り向いた直後の事だった。エレベーターの奥の壁を突き破り、飛び出す様に一本の人の腕が現れたのだ。
その腕は物凄い勢いでブータックブーの頭を鷲掴みにすると、そのまま力任せに引き寄せる。
当然、それに抵抗しようとするブータックブーだったが―――しかし、拮抗したのは一瞬だけ。次の瞬間には、ブータックブーの身体は吸い込まれる様にエレベーターの壁に生じた穴の中へと引き摺り込まれた。
「ぶ、ブータックブー!!」
「な、何だ・・・!?いったい何が起こ―――」
―――ドッゴンッッッ!!!
「グヘェッ!?!?!?」
「スラロイム君ッ!?」
あまりに突然の出来事に目を見開いて驚き、狼狽えるレディースジェントルメンとスラロイムγ。
だが、呆けている暇など二人には・・・・・・特にスラロイムγにはありはしなかった。
何故なら、突如としてスラロイムγの近くにある建物の壁が爆発するように吹き飛び、そこから現れた人影がスラロイムγの身体を攫う様に掴んで、向かい側の建物の壁へと叩きつけたからだ。
蜘蛛の巣状の罅が建物の壁一面に広がり、その中心でスラロイムγの身体が、まるで磔にでもされたかの様な体勢で壁の中に埋まっていた。
叩きつけられた際に生じた衝撃が凄まじかったのか、スラロイムγの頭はガクンと項垂れており、その両目は白目を剥いている。
「―――ダーリン、見ぃぃぃつぅけたぁぁぁ・・・!」
「ンヒィッ!?」
完全に気絶している。そうレディースジェントルメンが判断した直後だった。彼の耳に地の底から這い上がって来るかのような甘ったるい声が響き渡る様に届いたのは。
その声の出所は、スラロイムγを壁に叩きつけた人影からだった。
スラロイムγから離れ、ゆらぁりと仰け反る様に身体を傾かせたその人影は、周囲に立ち込める様に漂っている粉塵を、まるでカーテンか何かを開いていくみたいにゆっくりと払い除ける。
そして、露わになったその姿をレディースジェントルメンが視界に捉えた瞬間、彼はドビクゥッ!?と怯える様に肩を竦ませた。
「アハハッ、ダーリンってば、アタシから逃げられると本気で思ってたのかぁ?もう、お・茶・目・さん♡なんだからぁ。
・・・でも、そんな所も可愛いと思えちまうのは惚れた弱みというやつかなぁぁぁ?」
「あば、あばばばばばばっ・・・!?!?!?」
そこにいたのは、犬耳犬尻尾が特徴的な、ゴツイ見た目のガントレットに膝まで覆う鋭い爪付きブーツ、そして白いレオタード状のスーツを身に纏った女怪人―――つまりは、怪人化した藤堂楓だった。
捕まえようと追い掛ける過程で一度は見失ってしまったレディースジェントルメンをようやく見つける事が出来たからか、彼女のその口元は笑みの形に緩んでいた。
・・・・・・が、しかし、その両目の瞳孔はかっ開いていた。ハイライトが消えていた。もうオブラートに包むような言い方が出来ないくらいには完全に逝っちゃっていた。
その様はまさにヤンデレヒロイン。あるいは昔の言い方で病的な愛情の持ち主。
どちらにせよ愛に狂った狂人である事に違いはなく、それに加えて頬が上気し、涎を垂らしながら息を荒げている様は、例えるなら興奮を抑えきれない発情期の猟犬のそれを彷彿とさせる。
―――搾り取られる。何をとは公序良俗とか青少年保護法とかの関係で具体的には言えないが、絶対にスッカラカンになるまで搾り取られる。そんな予感が、レディースジェントルメンにはあった。
ある意味、下手なホラーよりもホラーな状況に、レディースジェントルメンの脳内では五月蝿いくらいに警報が鳴り響く。
気分はまさに、「Danger!Danger!緊急事態発生!緊急事態発生!至急この場から逃走せよ!!繰り返す!至急この場から全力前回で脱兎の如く逃走せよォォォッ!!!」である。いやガチで。
「アタシ達の間を引き裂く輩はもういない。アタシを騙し、惑わしやがったクソッタレのダーリンの偽物野郎も完ッ全に潰した。もうこれでアタシ達の営みを邪魔する連中はいない。いないんだよ、ダーリン♡
さあ、アタシ達二人の愛の巣・・・・・・もとい、新居へ行こうぜ?そして仲睦まじい新婚生活から始めて、一緒に買い物や旅行に行ったり、夜中にはベッドの上で組んずほぐれつして愛を育もうじゃあないか♡
子供は最低でも三人は欲しいかな♡でぇもぉ、ダーリンがもっと欲しいって言うのならアタシは感張るぞ?十人だって二十人だって産んでやるぞ!・・・まあその分、ダーリンにも頑張ってもらうけど。
あ、でもでもぉ、確かアタシ達怪人は死ぬまで老けることはないんだよな?それってつまりぃ、アタシ達はずぅっと、ずぅぅぅっと、愛し合う事ができるってことだよなぁぁぁ?
―――アハッ!アハハハハハハハッ!最ッ高!それってアタシにとっては本ッ当に最高な展開じゃあないかぁ!!」
「・・・ッ!!」
恍惚、狂喜、喜悦。
様々な感情が入り混じった凄まじい笑みを浮かべ、狂ったような笑い声を上げるその姿からは、最早正気など欠片も残っているようには見えない。
レディースジェントルメンは全身から一気に血の気が引くのを感じ、同時に大量の脂汗が噴き出るのを自覚しながらキョロキョロと周囲に視線を巡らせる。
東堂楓が一歩踏み出すのに合わせてレディースジェントルメンは一歩分後ろに下がる。
二歩踏み出されたら、同じように後退さる。
「クヒヒッ!クヒヒャハハハハハァァァ・・・・・・!!―――さあ、ダーリン。アタシとめくるめく性愛に満ち満ちた爛れた日々を送ろうぜェェェーーーッ!!!」
「―――ッ!!!」
そうして、舌舐めずりをするようにダラリと舌を垂らした東堂楓が三歩目を踏み出した瞬間―――レディースジェントルメンはクルッとクイックターンを決めると、一切の躊躇も躊躇いもなく、なりふり構わず脇目も振らずに逃走を開始した。
その速度を計測したならば、マッハの域を叩き出していたことだろう。まさに電光石火とも言うべき全力全開の大逃げだ。
「あっ、何処に行くんだダーリン!?あ、もしかして浜辺での追いかけっこ的なノリか!ノリなのか!?いいぜぇ、それに乗ってやんよぉ!待ってぇぇぇ、ダァァァァァリィィィンッッッ!!!アタシがアンタを捕まえたら、○○○してもらうからなぁぁぁぁぁ!!!」
「Nooo!?Noooooo!?!?」
だがしかし、そんなレディースジェントルメンの驚異的な脚力によって繰り出された全力疾走でも、テンション爆上がり状態の東堂楓を完全に振り切ることはできなかった。彼女の優れた嗅覚と野生染みた勘働きも相まって、地味に加我の間の距離が詰められていく。
地面の上だけに飽き足らず、建物の壁を走り、湖の上を駆け、木々の幹や枝すらも足場にしてスパランティス島を縦横無尽に駆け回る二人の逃亡劇、あるいは追跡劇とも言えるであろう追いかけっこが最終的にどのような結末を迎えることになるのか。・・・・・・それについては、また別の機会に語る事としよう。
次回の投稿予定は未定です。執筆が完了次第投稿する予定です。
それでは皆様、また次回に。