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楽園夢想アデュラリア  作者: きちょう
第2章 望みの先
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009:任務

 サンとラリマールが加わった数日後、四人の勇者たちは女王アルマンディンによって呼び出しを受けた。

「お前たちに頼みたいことがある」

 普段はどこかお茶らけているアルマンディンが、女王としての風格を出している。そしていつも通り彼女の両脇に侍る弟妹のうち、パイロープは硬い顔をし、グロッシュラーは誰かを案じるような不安な表情を浮かべていた。

 本日の集合場所は謁見の間がある王堂ではなく、場内に存在する小さな会議室だ。

 室内は狭くても一通りの設備は揃っており、彼らの目の前にある大きなスクリーンにはプロジェクターによって国内の地図が映し出されていた。

「何があったんだ?」

 まずは事情を聞かねば話にならないだろうと、女王に対して一番気安く話しかけられるサンが尋ねた。

「神器捜索のために冒険者の一行が向かった遺跡に、魔族の一団が近づいているという情報が入った。魔族の襲撃から、冒険者たちを助けてほしい」

「遺跡……ラリマールの話を聞いたからか?」

「元々神器とは、旧世界から残る古代遺跡に眠っている物が出土する形で発見されるんだ。我々グランナージュ王国も神器の探索は昔から行っていたが、今回は魔王軍も動いているらしくてな」

 神器には神器でなくては対抗できない。

「早速勇者の力が必要になる事態だ。冒険者フロー一行を助けてくれ」

「わかった。詳しい話はパイロープに聞けばいいんだな?」

「そうだ。話が早くて助かる」

 多忙な女王は他にも仕事が山積しているらしく、それだけを告げると会議室から出て行く。サンたち四人はパイロープとグロッシュラーに詳細な説明を受けることとなった。

 スクリーン上の地図に目を走らせる。

 この時代、正確な地図を入手するのは困難だった。王都とその近郊はまだ人々の行き来もあり品物や情報の交換も盛んだが、僻地になると途端に連絡がつかなくなる。

 魔族の攻撃により大陸全土に広がっていた通信網がライフラインと同様に破壊され尽くしていた。人間側もまた、魔族の重要施設に攻撃を加えて破壊している。

 被害を被るのは戦いを先導する上層階級ではなく無力な一般市民で、物資不足に喘ぎ移動もままならない哀れな民たちにとっては、情報を手に入れるのも一苦労だ。

 しかし今サンたちの目の前にある地図はさすがに女王の下へと届けられるだけあって、魔族の襲撃によって数年前と変化した地形を始め、その地域のあらゆる事情が細大漏らさず書き込まれていた。

「この土地は……」

「どうかしたのか? ラリマール」

「かなり魔族の領域に近いなと思って」

 眉間に皺を寄せながら、ラリマールが地図の一部を指差す。

「ほら、こんなところに魔族の村がある」

「本当だ。ここだけ一つ離れてるけど、東部はもう完全に魔族の領域だな」

「敵地に足を踏み入れるようなものじゃないですか。こんな危険なところまでたかだか冒険者数名で乗り込んだんですか?」

 ユークの疑問にパイロープが答える。

「国内の主要な遺跡はあらかた探索し終えてしまったからな。後は他国、それに海を越えて他の大陸になってしまうだろう」

「そこまでして神器を探さなきゃいけないのか?」

 神器使いに対抗できるのは神器使いだけ。

 だが、こちらにはすでに四人も神器の使い手がいるのだ。

「魔族側でも、複数の神器使いが確認されている。我々が情報を集めたところ、最低でも三人」

 室内に一気に緊張が走った。

「……そう言えば、あの時天空の奴がいくつか名を挙げていたな」

「向こうも神器使いは殺せるなら殺せるうちに殺してしまえって感じでしたね」

「あの女性二人は自分たちを数に含めていたから、暗殺者だけでなく魔導士の女も神器使いであることは確定だろう? 更に何人かの神器使いがいるってことは……」

 先日の戦いを思い出して、サン、ユーク、フェナカイトの三人は顔を見合わせる。

 パイロープが更に話を続けた。

「お前たちが見た女のうち、魔導士風のメルリナという女は、我々が確認した神器使いの数に含まれている」

「メルリナはってことは、逆に言えば天空は入っていないことですか?」

「そうだ」

「ってことは、メルリナを含む三人に天空で、計四人」

「あの時天空たちが挙げていた名前が、残り二人の神器使いだと良いんですが」

 魔王軍の戦力を推測する勇者たちの中で、ラリマールが冷静に指摘した。

「一人忘れているぞ」

「え?」

「魔王だ。魔王本人も神器使いだ。そうでなければ自ら剣を取り人間を滅ぼそうと立ち上がる訳がない。今の魔王本人も戦士なのだから」

「――」

 恐ろしい程の沈黙の静寂が室内に降りる。

 誰もが意識の不意を突かれた形だった。

「……そうか」

 サンは慎重に口を開く。

「言われてみれば、その通りだ。人間と魔族の戦いの始まりは」

「『魔王が』宣戦布告をしてきたから……まぁ、人間側もそれまでに色々やってしまったんだけれどね」

「どっちの味方なんですか、フェナカイトさん」

「俺はいつだって公平・中立を心がけているよ?」

「勇者が中立でどうするんですか! 敵の数や強さに怯んでいる場合ではありません! 誰が相手だろうと、僕らが勝たなきゃいけないんです!」

「落ち着け、クラスター将軍」

「セレスティアル将軍、でも」

 激しかかるユークを、パイロープが諭す。この二人は同じグランナージュ王国の将軍同士。ほぼ同格の存在なのだが、ユークは目上で女王へ忠誠を捧げた年月も長いパイロープのことは尊敬しているようだった。

「お前の心意気は充分だ。しかし相手の戦力は冷静に見極めねばならない」

「……そうですね。失礼いたしました」

 サンやフェナカイトが言ってもこれ程すんなりと落ち着くまい。

「ユークは魔族に何か恨みがあるのか?」

 ラリマールがつぶらな瞳で尋ねかける。

「当たり前だ。むしろどうしてないと思うんだ」

「ないと思うっていうか……」

 フェナカイトがフォローを入れた。

「ユー君の家は代々グランナージュ王国の軍人を務めているんだって。だから」

「魔獣や魔族との戦いで、家族も部下も、部下の家族も誰も彼もが死んでいった。そうした魔族への恨みを抱えた人間を集めてまた戦う。いくら恨んでも足りないくらいだ」

「……そうだったのか。すまない」

 鼻を鳴らすユークに対し、何故かラリマールがしゅんとしょげ返る。不愉快な話題を振ってしまったという後悔か。それとも。

「まぁ、この時代に魔族に恨みのある人間がいるのは当然だよな。けど、人間だって魔族を殺して恨みを買ってる」

「お前も僕に文句があるのか?」

「そうじゃねえよ。自分がどこで恨みを買ってるか覚えておかないと、そのうち後ろから撃たれても知らねーぞって話」

 サンはサンでまたその場の者たちとは別の観点から口を挟んだ。

 誰かを殺す以上は、自分もまたその相手を大切に想っていた存在に殺される覚悟が必要だろう。

「……まぁ、どこの誰とも知らない奴の依頼で、他でもない人間に殺された俺の父さんもいるけどさ」

「サン……」

 人の敵が魔族だとは限らない。

 こんな時代だと言うのに、それでも人類は心を一つにできず、人間同士でも簡単にいがみ合い争い合う。

「……話が大分逸れたな。過去を振り返るのはそれくらいにして、今私たちにできることを考えよう」

 放っておけばどんどん不穏な方向に脱線しかねない会話を一度止め、パイロープは今回の任務に関する作戦立案へと話を戻した。

「冒険者救出に関しては、お前たちに先行してもらう。後から私も軍を率いて追いつく予定だ。相手の殲滅よりも、フロー一行の救出を優先してほしい」

 大軍を率いるパイロープよりも、四人で動けるサンたちの方が行動は早い。そして神器使いが四人もいれば、相手が同じ数の神器使いでない限りはサンたちに怖いものはない。

「だが、最優先されるべきは勇者であり神器使いであるお前たちの命だ。危なくなったらいつでも逃げろ」

 それでも不測の事態はいくらでもありえると、パイロープは忠告も忘れない。

「それって、その冒険者を見捨てろってことか?」

「神器使いであるお前たちの命には代えられない。王国としての判断は決まっている」

 思わず眉を顰めるサンが不平を口に出す前に、ラリマールの明るい声が、室内に前向きな空気を取り戻す。

「大丈夫だ! 助ければ問題ないんだろ!」

「そうだね」

 フェナカイトが間髪入れずに頷き、その方針に関してはサンもユークも否やはない。

 グロッシュラーが救出対象であるフロー一行に関し補足する。

「フロー一行は王都でも人気のある冒険者チームなんだ。彼らが魔王討伐のために女王陛下に協力すると聞いて沸き立った民も多い。生憎彼らに神器は適合しなかったが、女王直属の部下として精一杯働いてくれている」

「適合?」

 耳慣れぬ単語をサンは何気なく繰り返し、一斉に突っ込みを受けた。

「そう言えばサン君にはまだ言ってなかったな」

「サン、もしかして神器が適合者を選ぶことを知らないのか?」

「ふん。自分が使っている武器の特性も知らないなんて、まだまだ未熟ですね!」

「え……? ちょ、ちょっと待て! なんだよそれは?!」

 自分以外の全員が承知していた重要事を、自分だけが知らない。その状況にサンは素っ頓狂な叫びをあげる。

「誰もそんなこと言わなかったじゃないか! フェナカイト?!」

 天空との戦いの中で、直接サンに神器を渡した男を問い詰める。

「いやー、俺たちもそう簡単に君が神器に適合するなんて信じがたかったんだけどさ、女王陛下が『サンなら大丈夫だ』って仰るもんで」

「なんでもあの腕輪の神器は、クオ様が使っていたものらしいですよ」

「そうなのか?!」

 サンは今は自分の両手首に嵌まっている、緋色の宝石が埋め込まれた銀色の腕輪を見つめた。

 父の遺した特別な武器を今自分も手にしていると考えれば感慨深い。が。

「……そういう神器の適合率って、親子で遺伝するのか?」

「「「しない」」」

「意味ないじゃないか!」

 当然の疑問に対し他の神器使い三人はこれも当然だと言わんばかりに返し、サンはやはり叫ぶことになった。

 サンがクオの使っていた神器に適合したのは、ただの偶然だったのか? 何故そんな博打に対し、女王は自信満々に大丈夫だと断言したのだろうか。

「まぁ、神器とは言っても魔導具に関してはまだまだ謎が多いですからね。魔族と同じように魔導士も迫害を受けて数が減ってしまった」

 それでも神器が強力な武器であることは変わらず、人は結局魔導の力に頼り続けている。

「女王陛下はこの戦いを終えて、いつか神器を消してしまいたいと思っているのさ。この世から永遠に」

 フェナカイトが薄く微笑む。

「何故?」

「これがある限り、魔族より科学技術と言う点で勝る人類が、永遠に魔族より優位に立てないから」

「……」

 その言葉に、サンは何か言い様のない不快感を覚えた。けれど心に刺さる棘を上手く言葉にできない。

 そうこうしているうちにも、パイロープは救出作戦の段取りを手際よく進めていく。

「今は神器と神器使い、お前たち勇者が人類最高の戦力。頼むぞ、サン、ユーク、フェナカイト、ラリマール」

 そして、勇者四人による最初の任務――冒険者フロー一行の救出作戦が実行された。

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