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楽園夢想アデュラリア  作者: きちょう
第1章 勇者
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006:集結

 今度はなんだ?! と身構える勇者三人の目の前に、その少年は羽根のようにふわりと降り立った。

 広場の外縁、階段の上階からすり鉢の底まで一気に飛び降りる、その身体能力はただの人間のものではない。

 その予想通り彼は、小さな手に立派な一振りの剣を携えている。

 新たな神器使いだ。

 空色とも海色ともつかぬ独特な薄青色のふわふわと跳ねた髪に、同じ色の瞳をした、十歳くらいの無邪気な子ども。

 彼の身には大きすぎるようにも見える剣をしっかりと構え、天空とメルリナに対し敵対の意志を露わにする。

「ラリマール……」

 メルリナが名を呼んだ。

 知り合いなのか。だとしたら一体どういう知り合いなのか?

 それらの疑問は解消されぬまま、謎めいたやりとりだけが耳から入り積み重なっていく。

「彼らに手は出させない。お前たちが退かぬなら、私が相手になるぞ」

「おやおや」

 天空が憮然と呟くと、メルリナに問いかける。

「ターフェは?」

「彼はまだ戻っていないわ。アンデシンも」

「いるのって本当にスーの奴だけなわけ?」

「そうよ。だから四対三で不利になるわね」

 女たちは戦力について話し合うと、では仕方ないとばかりにあっさりと撤退の様子を見せた。

 メルリナが再び、人一人通れるような黒い虚空を宙に開く。

「今日のところはこれで終わりにしようぜ、勇者様たち」

「逃げるのかよ!」

「あなた方も体勢を立て直す時間が必要ではありませんか? その子を受け入れるかどうかも含めて」

 サンはハッとラリマールの方を見つめた。

 にっこりと笑い返す少年に悪意は見受けられない。だからと言って、彼がこちらの味方かどうかもまだサンたちにはわからないのだ。

 ユークもフェナカイトもラリマールとは面識がないらしく、彼の出現に不可解と言った顔つきをしている。

「敵が撤退するならそれでいいだろう」

「仕方ありませんね」

「やれやれ、できることならこっちももっと遊びたかったけどね」

 身勝手極まりないことを言いながら、天空がメルリナの開けた空間に飛び込む。

 ぽっかりと空いた獣の口のようなその穴が閉じられる前に、彼女はサンを振り返りながら言った。

「英雄の仇を討ちたければ、追って来い。――私は魔王アンデシン配下の一人、天空」

「サンだ! 勇者クオの息子、サンストーン=エステレル!」

 ひらひらと適当に手を振る天空の背中に、サンは自らの名を投げつける。

 天空の動きに合わせてふわりと舞った白い髪が、サンにまた新たな傷跡を植え付ける。

 二人の女は、闇色のあぎとの中に消えて行った。

「はー……なんとかなったぁ……」

 臨戦態勢が解かれ、緊張から脱したフェナカイトが気の抜けた声を上げる。

「まだ終わっていませんよ、フェナカイトさん」

 対して険しい目付きを崩さないユークが、ラリマール……突然この場に現れ、天空たち魔族陣営の二人を退けた少年を睨み付ける。

「お前は一体、何者だ?」


 ◆◆◆◆◆


「は? 四人目?」

「そうなのだ! よろしくお願いする! 女王様!」

「……ユークレース=クラスター将軍、フェナカイト=フローター、一体どういうことだ? これは」

「俺たちにもよくわかりません……」

「申し訳ございません、陛下。こいつがどうしても連れていけって言って聞かなくて……」

 フェナカイトは気の抜けた笑顔で返し、ユークは警戒を崩さないながらも、若干疲れた顔をしている。

 そしてサンは、不味い物でも口に入れたかのような顔で彼らを見守っていた。

 あの後、ラリマールはこう言った。

『私を四人目の神器使いとして仲間に入れてくれ』

 突然現れた少年の突拍子もない要望に、三人の勇者は呆気にとられた。

 真っ先に我に帰ったのはユークである。女王の忠実なしもべたることを己に課している少年は、不審な子どもの頼みを文字通り切り捨てた。

 バキンッと乱暴に振り下ろされた巨斧が石畳を叩き割る。ラリマールはその一撃を身軽く躱していた。

 トン、と跳び上がり近くの街灯の天辺まで避難する。

「冗談じゃありませんよ! どうして女王陛下に選ばれし勇者に、得体の知れない相手を加えねばならないんですか!」

「……お前基本的に人の言うことはまず否定から入る性格だな」

 ユークの激昂振りに逆に冷静になってきたサンは、まだ一応の警戒は解かないながらも、ユークよりは落ち着いてラリマールに話しかける。

「その前にまず、お前は一体何者なんだ?」

「私はラリマールだ」

「どうして魔王を倒したい? 何か恨みでもあるのか?」

「そんなものはない。けれど私は、魔王のやることは止めたいと思う」

 魔族が迫害を受けたから人間を滅ぼす。そんなことは間違っていると。

「それに、サンがいたから」

「俺?」

 唐突に自分の名を出され、サンは目を丸くした。

「サンが勇者として戦うって聞いたから、私も手伝おうと思って!」

「そんな話、誰から――」

「街の向こうに逃げてきた人たちが口ぐちに言っていたぞ? 『クオ様の』『英雄の息子の』って」

「……」

 サンは頭を抱える。今まで冒険者稼業をしていた辺境と違い、ここは王都に近い。かつて王宮に暮らしていてこの辺りの街に来ることも多かった勇者――父の顔を覚えている人間も多いのだろう。

「と言うことは、お前はサンがクオ様の息子だから力になりたいとやって来た訳か?」

 ユークがラリマールに問いかける言葉に、心が冷えた。

 わかっている。父の名に比べ、サン自身の価値など何もないことを。逃げ惑う人々だって、サンの名を知らず、クオに生き写しと言われるこの顔で気づいただけだろう。

 しかしラリマールが口にしたのは、まったく別の答だった。

「違う」

「違う?」

「私が来たのはクオじゃなくて、サンのためだ」

 ラリマールは再び身軽に街灯から飛び降りた。とことことサンの目の前までやってくると、まっすぐに見上げてにっこりと笑う。

 この少年に見覚えのないサンは戸惑うばかりだ。

 ユークは怪訝な顔で、そんな二人を見比べた。

「でも……」

「ラリマール君と言ったね? サン君の方に君と面識はなさそうなんだけれど、何か理由があるのかい?」

 フェナカイトが全員の疑問を上手く拾い上げて一つの質問にまとめる。

 ユークやフェナカイトからすれば、サンがラリマールと面識を持っているようには見えない。だから最も可能性の高い「クオの威光」という理由についてユークは触れたのだ。

 だがラリマールの答は違った。

「私は昔サンに助けられた。だから今度は私がサンを助ける番だ」

「……俺、覚えがないんだけど」

「冒険者の依頼でってこと?」

「違う。けど、サンが覚えていないならそれでもいい」

 そして彼は繰り返し言った。

「私を仲間に入れてくれ。これでも神器使いとしてはそれなりの腕だ。絶対に役に立って見せるから」


 ◆◆◆◆◆


「なるほどねぇ……」

 アルマンディンも勇者たちに負けず劣らず微妙な顔をする。

 ラリマールは確かに得体が知れないが、襲撃をかけてくる魔族のように敵意を向けてくる訳でもなく、何らかの企みがあるようにも見えない。

 サンのこともあるし、ひとまずは女王への報告と相談だと、四人は王宮に戻ってきていた。

 玉座に坐したアルマンディンが脚を組み肘掛に頬杖を突きながら、その話を聞き終える。

「ラリマールとやら、お前は本当に勇者となりたいのか?」

「勇者でなくてもいいけど、サンの役に立ちたいのだ」

「神器を持って戦いたいと言うことか。ならどちらにせよ変わらないな……」

「しかし陛下、こんな身元も知れない怪しい子どもを引き入れるなど!」

「まぁまぁ、そう頑なになるな。……この時代魔族の襲撃でピンポイントに王国の機能が潰されて、戸籍なんてものはすでにあやふやだからなぁ……」

 困ったものだとアルマンディンも頭を抱える。身元が知れないとは言うが、そもそも今の時代、身元が確認できる人間は限られている。

 人が生活の中で残してきた存在証明など、有事には簡単に喪われるのだ。戸籍のデータベースなどとっくに吹っ飛んでいるし、新たに生まれた子どもの出生証明を律儀に出している親もいないだろう。

 戦争の初期に人間と魔族はお互いの陣営の軍事基地に片っ端から大量破壊兵器で攻撃を加えあった。そのため今は軍事施設どころか、王国としての体裁もまともに整っていないくらいなのだ。

 魔獣に対抗するための技術を足掛かりに、数百年をかけて人間が発達させた科学技術は現在大半が使用不可となっている。施設を直そうにも、魔族がそれを見逃してくれるはずはない。

 だからアルマンディンは、この時代にわざわざ古式ゆかしく“勇者”などという存在を持ちだした。

 クオも同じ立場だったが、アルマンディンが求める存在は魔獣狩りであったクオともまた意図の違う“勇者”である。

「サンは本当に覚えがないのか?」

「ああ」

 アルマンディンに聞かれ、サンは頷いた。

 正直なところを言うと、ラリマールの空色の髪と瞳に何かちらちらと意識の端を刺激される感覚はある。

 だがそれが何を意味するかがまだサンにはわからない。ラリマールのような人物に会ったことは今までに一度もない。そのはずだ。

「その神器はどこで手に入れたんだ?」

「ティフォナス遺跡だ。冒険者の間で噂になっていた」

「ティフォナス遺跡は、魔獣の巣窟になっているという噂だったが……」

「僕もそう聞いたことがあります」

 顔を見合わせるパイロープとグロッシュラーに、ラリマールから視線を外さないまま頷くアルマンディン。

「ラリマールはあの遺跡に行って帰って来れるだけの腕を持っているということか」

 実際、あれだけの強さを持つ天空と得体の知れないメルリナの二人がすぐに撤退したことからも、彼の実力は窺える。

 尤も、それがあるからこそいまいち信用できない訳でもあるが。

 ラリマールは天空たちと面識がある。それは彼が魔族の陣営に近い存在であることを意味している。

 とはいえ天空たちとラリマールは明確に敵対していた。彼がまさか魔族のスパイということもあるまい。演技だと仮定しても、あまりにも中途半端で信用させるには不審すぎる。

「……まぁ、いいか」

「女王陛下? まさか!」

「ラリマール、お前を勇者と認めよう」

 女王のあっさりとした決断により、無事ここに四人目の勇者が誕生した。

「そしてサン、戻ってきてくれて嬉しいぞ。ついに私の誠意が伝わったのだな」

「あんたの誠意は関係ねーよ。俺は神器の力で、あの女に復讐したいだけだ」

「その話もあったな」

 わざとらしい笑みを消し、アルマンディンがすっと瞳を細めた。

 五年前の暗殺事件を思い出し、パイロープたちの表情が硬くなる。

「……クオ様を殺した暗殺者が魔族側にいたということは、あれは魔族の企みだったということでしょうか」

「そうとも限らん。その女、話を聞く限りかなり気紛れな性質のようだからな。それに、お前たちはまだ重要なことを話してはいないな」

 アルマンディンはその視線でフェナカイトを促し、彼は渋々と口を開いた。

「……魔族の中にはまったく人間と見た目の区別がつかない者が多くいます。魔族と人間のハーフも然り。現に、あのメルリナという女魔族は完全に人間にしか見えない外見でした。しかし、天空は……あの女は……」

 言いづらそうに唇を噛んで、それでもフェナカイトは告げた。


「人間でした」


「人間……?!」

 驚いたのは報告を受けるパイロープたちだけではなく、同行して直接天空を目にしたはずのユークもだった。

「あの女、人間だったんですか?! 僕はてっきり……」

「いや、あの女は人間だ」

 フェナカイトの言をラリマールも肯定した。

「人間の暗殺者が魔王に取り入って配下に収まったんだ。人間でありながら、同じ人間を躊躇いもなく殺しているという噂を聞いた」

 どこからの噂かは知らないが、そう告げる。

 サンは五年前の記憶の中の天空を思い浮かべた。

 藍色の闇に浮かんだ、白い髪と白い肌。その影の中に見た、鮮やかなまでの微笑――。

 一瞬、王堂が静まり返る。その静寂を打ち破ったのは、カツン、とヒールが床を叩く音だった。

 玉座から立ち上がったアルマンディンが、勇者たちの――サンの目前まで歩いてくる。

「だが、クオを殺した実行犯が魔王の配下にいるのは逆に好都合だ。そうだな、サン。私たちの目的はめでたく一致した」

「まったくめでたくはない……。だが、そうだな。俺が天空を殺すには、どうやらこの武器の力が必要なようだ」

「良かろう、契約成立だ。その神器はお前にくれてやる。――最後の勇者サンよ。魔王を倒して平和を導いてくれ」

 そして女王は、笑顔でサンに手を差し伸べる。あまりにもわざとらしい、酷薄な笑顔で。


「魔王を倒し、共に人類の楽園を作ろう」


 この瞬間から、サンは正式に“勇者”という存在になった。

 人類に都合の悪い魔族という種を排し、血塗られた虚像の楽園を作り上げるための存在に。


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