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楽園夢想アデュラリア  作者: きちょう
第8章 楽園夢想
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045:スーサライト

「あ、待て! 畜生!」

 時間稼ぎのつもりかこれも罠の誘いか、魔王と三人の将軍はそれぞれ四方に繋がる別々の通路へと駆け出した。

「どうする? サン。全員が一対一で戦うのは危険だが、この状況では――」

「確実に鍵を手に入れるためにも複数でかかりたいところだけど、多分そんな時間はないだろうね」

「グロッシュラー博士! 今の話、聞かれてましたか?!」

 ユークが非常時のための通信機に話しかける。今頃王都でも、この会話をパイロープたちが聞いているはずだ。

 グランナージュの軍事基地は魔族に破壊されつくしている。今の王都にこの城を迎撃できるような兵器はない。

 尤も、そんなものあったらアルマンディンはサンたちごと撃ち落とすだろうから、これで良かったのかもしれないが。

『聞いていたぞ。大変なことになったな』

「陛下……」

 通信機から流れてきた声はグロッシュラーではなく、アルマンディンのものだった。

『郊外の住民の避難にはもうパイロープを遣わせている。今、その城の速度からタイムリミットをグロッシュラーが計算しているところだ。すぐに――』

『終わったよ!』

 アルマンディンの台詞が終わらぬうちに、グロッシュラーの声が通信に割り込んだ。

『浮遊城塞が王都に到達するまでの時間は、約三十分だ! それまでに何とか鍵を手に入れて爆破システムを解除してくれ!』

「――わかった」

 ラリマールが焦った顔で更に厳格なリミットを告げる。

「もしも奴らがそれぞれの通路の最奥にあるホール、ここから五分ほどかかる部屋で待ち構えていたとするなら、そこから更に城の中枢まで、走っても恐らく十分はかかるぞ」

 つまりこの場所からだと、移動だけで十五分はかかるということだ。

「そんなに距離があるのか?!」

「構造は単純だが『床』の数が少なくて人間の移動できる場所が限られているんだ。この城は本来有翼族のために作られているから」

 魔王が勝てばその翼ですぐに中枢へと辿り着き爆破を止めることができる。距離が障害となるのは勇者たちだけだ。

「移動の時間を引くと十五分以内に敵を倒さねばならない訳ですね」

「二人ずつ組んで動きたいところだけど、そうすると時間的な余裕がなくなりそうだね」

 彼らは不平を漏らすが、それで城の廊下が縮んでくれるはずもない。

「迷ってる時間はなさそうだ」

 タイムリミットまでに全員を倒して中枢へ向かわなければならないとなると、ばらばらに行くしかなかった。

「本当なら死んでも相手を倒せ! っていう場面なんでしょうけど、死んだら爆弾の解除ができないので絶対駄目です!」

「ああ、全員生きて、中枢で会おうぜ!」

 幾度の戦いの中で、自分が倒すべき相手はもう皆わかっている。

 四人はそれぞれの相手の下へと駆け出した。


 ◆◆◆◆◆


「待ってたぜ、魔族嫌いのお貴族様。この東方将軍スーサライトが、お前を殺す相手だ」

 爽やかな青いホール。両側に古代の神殿のように幾つもの巨大な柱が立ち並んでいる。柱には美しい草花が無限に彫り込まれ、静かに生命の息吹を訴えている。

 その中央で、スーはいつもと違う格好をして訪れる勇者を待ち構えていた。

 淡い緑の髪が引き立つ黒い服に、金属製の胸当てや手甲で急所を防御している。

 戦闘用の衣装だが、漆黒のそれはまるで喪服にも見えた。

 ターフェを喪った傷は、まだ癒えていないのだろう。

 魔族だって人間と同じように心を持ち、仲間を大切にしている。

 そんなことぐらい、ユークにだってわかっている。

「テメーの顔なんざそう何度も見たかねえが、仕方ねーからここで始末してやんよ」

「……僕はずっと、お前と戦いたかった」

 想定していた反応と違ったのか、スーはぴくりと眉を上げる。

「人間嫌いの魔族の将軍スーサライト! お前を生かしておけば、人類に、国に、女王陛下に大きな被害をもたらす! ならば、ここで確実に息の根を止めてやる!」

 自身にとって守りたいものを守るためには、全力で殺し合うしかない。決して和解などありえぬと、異種族の二人は激突する。


 ◆◆◆◆◆


「やはりあなたでしたか」

 フェナカイトの赴いたホールの中心では、メルリナが静かに佇んでいた。

 見渡す限り漆黒の空間だ。ところどころにチカチカと六花のような輝きが鏤められていて、冬の雪空のような、遠い宇宙のような美しさを持っている。

「あんたのような老獪な相手は、まだまだ青い少年たちには荷が重いでしょうから」

「老獪だなんて酷いわ。私、これでもまだ若いんですよ」

 頬に手を当てて恥じらうポーズのメルリナに対し、フェナカイトは真剣な表情を崩さないままだ。

 この二人の間には、他の者たちとまた違う空気が流れている。

「正直言って、俺は睡蓮教の神官という同胞をこの手にかけたくはない。降伏しませんか?」

「私も折角会えた同志を喪いたくはありません。撤退してもらえませんか?」

 二人は同時に苦笑の笑みを浮かべた。

「やはりこうなりますわね」

「信仰は本来何よりも大切なはずなんですけどね」

「私は今でもグラスヴェリアへの信仰を一番に考えておりますよ。背徳の神の教えと望みの通り、私は私の心のままに生きているだけ」

「俺も今でも青い睡蓮への信仰は捨てていない。けれど……そのために世界を壊そうなんて思わない」

「それが我らが神の望みでも?」

「本当に彼が、望んで身を引き裂いたとでも思っているのですか? あなたには、彼の嘆きが聞こえないのか?」

「そう、あなたは……“そちら側”なのね」

 睡蓮教の教えは、ある時を境に二つに分かれた。

 一つは、かつての背徳神グラスヴェリアそのものが広めた、多様性への寛容の精神。

 もう一つは、自らの民を律神に殺されて嘆き狂い邪神と化した彼を崇める、破滅願望。

 どちらも同じ神だが、様々な経験と世界の移り変わりを経て、両者はまったく異なる教えへと変化していった。

「話し合いで解決しないのであれば、武器を交えるしかありえませんね。人も神も、結局はそうやって己の意志を通そうとしてきた」

 両者は神器を構える。

 わかりあえないならば、どちらかがどちらかを力によって屈服させ意見を押し通すしかない。

「北方将軍メルリナイトがお手合わせ願いましょう」


 ◆◆◆◆◆


「やれやれ。せっかく魔王と言う立場になったのに、追いかけてくる勇者が人間ではなく実の弟だとはな」

 魔王アンデシンは、溜息と共にラリマールを出迎えた。

 煌びやかな黄金で飾られたホールだ。城の中で一番大きく豪奢な、魔王に相応しい部屋だった。

 彼ら有翼族は風の眷属。風は方角の西に対応する。城の西側にあるこのホールは、城の主が最も重要な客を迎える場所だ。

 しかし今、そこに立つのは道を違えた身内である。

「あまり劇的ではないと思わないか? ラリマール。これではただの兄弟喧嘩だ」

「兄弟喧嘩で十分だろう、アンデシン」

 この部屋を見慣れているラリマールは黄金で飾られたホールに何の感慨もなく足を踏み入れ、兄を前にして口を開く。

「サンが決着をつけるべき相手はあなたではない。そしてあなたは――私が倒す」

「……変わったな。ラリマール」

 仲違いとは言うものの、アンデシンとラリマールにはそもそも交流自体がほとんどなかった。

 アンデシンは昔から将来を嘱望されていた神童。ラリマールは小鳥の姿では飛べても、有翼族らしく人型に翼を生やすことのできない落ちこぼれ。

 体も弱く、大人になるまで生きられるかもわからないと目されていた。

 けれどラリマールは、己の生き方を自分で見つけ、そのために努力してきた。

 ある日を境に彼が変化したことはアンデシンも気づいていたが、それがまさか勇者のためだったとは……。

「言っていることは昔と同じだが、行動にきちんと芯が通ったようだ」

「……サンのおかげだ」

 自分に刃向かう弟に、アンデシンは今初めて向き合ったのかもしれない。

「私は人間であるサンたちと関わったおかげで変わった」

「変化がいつも良い方向に起こるとは限らない」

「だからと言って留まり続ける気なのか? 過去には戻れないのに」

「……お前は私に、どうしてこんなことをするのかと言いたいのだろうな。私もだ。お前のやることなすことが信じられないよ」

「兄様」

「私とお前は、兄弟ながらあまりに遠すぎた。ラリマール、お前にだって、私のことはまったくわからないだろう? 一方的に我々魔族を悪役にして自分たちを正当化し、力ない者たちを優先して攻撃を仕掛けてくる。そんな人間たちから我々が同胞を守るためにどれだけ努力したか」

 アンデシンは望んで魔王になった訳ではない。人間たちに対抗するためには種族を一つにまとめる強い王が必要だと、かつて何人もの英雄を輩出した有翼族から、優秀な彼が祀り上げられただけだ。

 そしてアンデシン本人は、その役目を全うするつもりがある。

 ラリマールの孤独にアンデシンが気づかなかったように、ラリマールにもアンデシンの魔王としての悲嘆はわからない。

「お前が魔族の中で爪はじきにされていたのは事実。だが、お前が才気の片鱗を見せ始めた時、自ら仲間内に入る選択肢はいくつもあったはずだ。けれどお前は同胞である我々よりも、人間の勇者を選んだ」

「そうだ」

 ラリマールは認める。

「私は、私の意志で魔族を裏切り、サンを選んだ!」

 彼自身が、同胞を捨てたことを。

 最初に彼を捨てたのが魔族だったとしても、結局はラリマール自身も、自分の意志で身内を、兄を、全ての同族を捨てたのだ。

 その決断に後悔はない。これからも決してしない。

「私はこの世界の未来が見たい。サンの生きる世界が続いて欲しい」

 だから、もう一つの種族である人類を滅ぼすつもりの兄と同じ道は歩めない。

 アンデシンが全ての魔族のために戦うなら、ラリマールは自分の大切なたった一人のために戦うだけだ。

 これは兄弟喧嘩で充分な戦い。結局お互いに、己の望みを通すために己の主張を押し付け合っているだけなのだから。

「魔王アンデシン、あなたを倒す!」

「……よく言った。勇者ラリマール。お前がそのつもりなら、この魔王が相手をしてやる」

 道を違えた兄弟は、こうして永遠に訣別する。


 ◆◆◆◆◆


 真紅のホールの中央で彼女は待ち構えていた。だだっ広いだけで何もない普通のホールだ。天井には飛び交う赤い鳥の絵が描かれていた。

 白い髪の天空は、この赤い部屋の中でも酷く目立つ。

 あの夜の翻る長い白い髪を、サンがずっと忘れられなかったように、目に焼き付く。

 思った通りに告げると、軽やかな笑い声が返ってきた。

「人の事言えるのかねお前」

 サンも銀の髪に青い瞳だ。白髪に藍色の瞳の天空のことを言えない容姿だ。

「でもお前は赤のイメージだよ、坊や。冴え冴えとした水みたいな見た目して、その中には熱い血潮が流れている」

「お前は違うってのか?」

「さぁ? 知りたかったらその剣を突き立ててぶちまけてみれば。私にも赤い血が流れてるかも知れないぜ?」

 その挑発は暗に、相手を知るためには戦いを避けられない勇者と暗殺者の宿命を意味しているのだろうか。

 死ぬ間際に一瞬だけ相手を理解できたところで、何の意味もないのに――。

「始めようか、坊や。最後のデートの相手がこの魔王軍南方将軍・天空様とは光栄だろ?」


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