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楽園夢想アデュラリア  作者: きちょう
第8章 楽園夢想
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043:魔王の思惑

 カチャカチャとキーボードに無数の複雑なコードを打ち込む音が響いている。大小様々なモニタが青い光を放つ薄暗い研究室に籠っているのは、魔族の王アンデシンだった。

「魔王陛下御自ら、実に精が出るこったね」

「天空か」

 アンデシンは作業の手を止めて、入り口の形に四角く切り取られた光の中に影絵のように立つ女を振り返る。

 珍しく手に何かを持っていると思えば、軽食の乗った盆だった。天空自らそんなことを考え付くとは思えない。メルリナ辺りの気遣いだろう。

「懐かしいな。学生時代を思い出すよ」

 アンデシンは魔族ながら優秀な男だ。それは何も戦闘面だけではない。

 化学、工学、魔導学……元々魔族全体ではなく有翼族の長になるためとして、政治経済も叩き込まれていた。多方面において優秀な男、魔族を統率するだけの実力があると買われたからこそ、魔王として推挙されたのだ。

「同世代にあのグロッシュラー=ファーデン博士がいなかったら、お前もこの業界で一躍有名人だったのかもしれないのにな」

「彼の専門は多岐に渡る。俺は足下にも及ばないよ」

 謙遜ではなくただの事実として、アンデシンは天空の感慨を否定した。一口に〇〇学だのなんだの言っても、その下位分野は星の数ほどあるのだ。

「それに、いいんだ。どうせ俺たちは別々の種族と言う時点で、どちらかがどちらかを滅ぼす定めなんだから。同じ業界どころか、こうして種族を違えて排斥し合う。――まぁ、個人的に彼とは一度話してみたかったがね」

「……」

 魔族と人間の争いなんてなければ、そんな未来があったかもしれない。

 人の英雄クオは確かに魔獣の王を倒した。しかしその相手に「魔王」などという余計な称号をつけたせいで、人と敵対する魔という存在は全て排斥されるべきものとされてしまった。

 勇者の敵に魔王と名付けたのは勇者自身ではない。

 では一体、誰が悪かったのだろうか。

 魔族を率いる王、魔王になってくれとアンデシンに迫った同胞たちは……。

「で、この大量破壊兵器は何さ」

「人と魔族の存亡をかけた最終決戦を彩るための、素敵な舞台さ。これで全てが決まるだろう」

 天空や他の将軍から神器を回収して数日、アンデシンはずっと一つの魔導プログラムを構築していた。

「次で終わりにしたいって訳ね。それにしても念を入れすぎじゃないか?」

「これが完成したら、お前たちにも後で計画を話すよ」

「そんなにターフェの死が堪えたのか?」

「!」

 不意打ちのような一言に一瞬大きく目を見開き、アンデシンは本音をぽつりと零す。

「……ああ。誰をも殺せると思って魔王になどなったが、やはり友人を喪うのは嫌なものだな」

「喪うことそのものよりも、それを見つめることの方が嫌なようにも思えるけどね」

 人の心がわからないくせに、核心をついてくる嫌な女だ。アンデシンは天空に対し改めてそう思う。

 だが、だからこそ零せる本音もある。

「この計画、そういうことだろ?」

 青白いモニタをコンコンと裏手で軽く叩き、天空は言った。

「大事な部下に先立たれたくないからこそ、死ぬならまとめてとばかり一度で決めてしまいたがるんだ」

 魔王のどんな正気とも思えぬ計画も、天空とメルリナの二人は少なくとも笑って聞き入れるのだろう。後はスーにさえ許可をとれば完璧だ。

「お前もあの小さな勇者君にそう言ったと聞いたが」

「私? ……ああ、次で最後だとは言ったね。単に飽きたからだよ」

「お前は本当に飽きっぽいな」

「ああ、そうだ。だから魔王の部下でいることにも飽きたのさ。次であの坊やと決着をつけたら、私は抜けさせてもらうよ。勿論、私が生きてたらの話だが」

「天空」

「ま、私が死んだらその後は好きにすればいいさ。勇者たちを巻き込んで心中するもよし、私の神器だけ回収して撤退するもよし」

 神器、と口にして、天空はあることに気づいた。

 これも魔王の懸案の一つと言えば一つ。いや、彼自身はもはや諦めているだろうか。

「ラリマールは勇者たちの下に戻ったね」

「……そのようだな。俺は弟と、とうとう和解はできないようだ」

「そうだね。ま、暗殺者を差し向けるような兄なら仕方ない。でもいいじゃないか。お前には弟以外の味方が大勢いるじゃん」

 ラリマールは自らの意志で魔王である兄と敵対した。彼が勇者陣営につかなければ、アンデシンたちはこれ程苦戦することもなかったはずだ。この裏切りの傷は大きい。

 だがその一方で、本来人間であるはずの天空やハーフであるターフェはアンデシンの味方に回った。

 おかしなことだ。結局魔王も勇者もただのお題目でしかない。どんな種族であれ、最後に自分の道を決めるのは自分の意志だ。

「どんな無様な敗退をしたとしても、お前に死んでほしくない奴らも大勢いるじゃないか」

「俺は本当に恵まれた男さ。だからこそ、俺にできることを最大限やりたいんだ」

 もっと無責任なら男なら、全ての重責を放り投げることができただろうに。

「もう何を言っても無意味か」

「魔王と勇者の戦いは止められない。あいつらが我々に頭を下げて赦してくださいと言いに来るなら別だがね」

「きっと向こうも同じことを思ってるだろうよ」

 だから、戦いは終わらない。

 どちらかが死ぬことで、殺すことで、終わらせようとしなければ終わらないのだ。

「次の戦いまでは付き合ってくれ。人間の暗殺者よ。その後は好きにしていい」

 どうせ次で最後なのだろうから。


 ◆◆◆◆◆


「さて、今度こそ本当の最終決戦だな」

「二度目の最終決戦だなんて、格好悪いけどな」

「格好なんか後でいくらでも取り繕ってやるから、とりあえず生きて帰って来い」

 アルマンディンはひらひらと手を振った。

 今度こそサンたちは、魔王と本当の決着をつけに行く。

 四人で再集結してからヘリオ事件など諸々を越え、また鍛え直した。しかし膠着状態が長引けば魔王側がターフェに代わる新たな神器の適合者を見つけることも考えられ、いつまでも決戦を先延ばしにはできない。

 敵の戦力や必要な情報に関しては、アルマンディンたちに全て渡してある。サンたちは勝つつもりだが、生きて帰れないかもしれない覚悟はいつだってしている。

「……ここ数日、魔族側の襲撃が活発だった割に四大将軍と呼ばれる者たちは一人も顔を見せていない」

 これまで気楽な様子を見せていたアルマンディンが、急に真剣な顔つきになる。

「魔族たちは何かを企んでいるはずだ。用心しろよ」

「ああ」

 サンたちもそれは気になっていた。特に弟として魔王アンデシンをよく知るラリマールなどは、彼には何らかの思惑があるのだろうと警戒していた。

「私たちも出来る限りのサポートは行うが、やはりその場にいる人間にしかできないことはあるからな」

「一応通信機は入れておく。ナマ魔王は見せてはやれないが。声だけでもどうぞ」

 パイロープやグロッシュラー含む、王都の面々は通信機越しにサンたちの戦闘を見守り、何か不測の事態があればそれをフォローするために動くことになっている。

 これも前回の教訓だ。

「さて、見送りは私たちだけじゃないようだぞ」

「ん?」

 女王が使うものとは別の出口からやってきた人物が、サンたちに声をかける。

「サン君、皆さんも」

「ヘリオ」

 先日めでたくセレスティアル将軍の監視下という条件で政府公認の救世主となったヘリオだ。相変わらずサンと同じ男の遺伝子を持っているとは思えない爽やかな表情である。

「ついに魔王と戦いに行かれるのですね」

「ついにって言うか、実はヘリオと顔を合わせる前から俺たち魔王と戦ったりしてたんだけどな」

「ええ、簡単にですが聞いています。でも今回は事実上の最終決戦になるだろうとも……。どうかお気をつけて。無事をお祈りしています」

「ヘリオも、街を頼む。前回もそうだったけど、こうして都を空けて戦いに出なきゃいけないってなる時は、あんたがいてくれて心強いよ」

「ええ。冒険者のフロー一行と協力して人々を守りますよ」

「フローたちと?」

 サンたち勇者の面々はヘリオともそれなりに交流はあるが、やはり何事もなく気安くとはいかない。

 しかしヘリオはヘリオで自ら交友関係をとっくに築いているようだ。これまたサンたちと面識こそあるが相性は微妙な、冒険者フロー一行といつの間にか仲良くなっていたらしい。

「あなた方が協力してくだされば、僕たちも安心です」

 ユークが複雑な気持ちを堪えながら、ヘリオにそう声をかける。ある意味ヘリオもフロー一行も、彼らより余程勇者「らしい」者たちである。

 けれど、神器に選ばれ、アルマンディンが認めた勇者は自分たち四人なのだ。

 各自思うところがあるとはいえ、これで王都の守りについては心配ないだろう。スーに半殺しにされたフロー一行も、並の魔族程度なら危なげなく戦えるはずだ。

 ――あとは、“勇者”が“魔王”を倒すだけだ。

 この戦いで今度こそ魔王との争いを終わりにする。三度目の最終決戦なんて御免だ。

「とうとうここまで来ちまったな」

 魔王側がターフェを喪ったことで、神器使いの数が拮抗している。今日でこの戦いに決着がつくだろう。向こう側も恐らく同じように考えているはずだ。

 勇者と魔王。生き残るのはどちらか。誰か。

 あるいは……。

「もう、戦いをやめることはできないんだな」

「なんですかサン、お前はやめてほしいのか? 僕は、向こうが頭を下げて来てもやめる気はない」

「……わかってるさ、俺だって」

 魔王と勇者の戦いは止められない。きっと向こうだって、人間が頭を下げるなら考えてやるとか思っていることだろう。

 二つの種族は決定的に決裂し、もはやどちらかがどちらかを滅ぼして生き残ることでしか、自分の正しさを証明できない、安寧の暮らしを取り戻すこともできないと――。

 それでいいのか? 本当に。

 戦いを前にしても、サンにはまだ答が出せない。

 それでも戦わなければいけない。復讐を完成させ、父の恨みを晴らし――。

 それでいいのか……?

「――今度こそ、勝ってくるよ」

 迷いは晴れない。それでも戦うことでしか答は見つけられない。

 他の誰かではなく、自分自身のために。


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