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楽園夢想アデュラリア  作者: きちょう
第7章 救世主の覚悟
38/48

038:噂をすれば

「一体これはどういうことだ! サン! 説明しろ!」

「俺の方が聞きたいんだけど?!」

 事情を聴きに女王の下へ乗り込んだが、その女王から事情説明を求められる。もう最高に意味がわからない。

「――まぁ、お前に聞いても詳しいことはわからないということだけはわかった」

「なんだか不本意な言われようだが……その通りだ」

 頼みの綱の女王だったが、どうやらまだ真相には辿り着いていないらしい。

 グランナージュ王城に無事帰ってきたはいいものの、まだこれまでのことに関して、サンたち側の報告もしていない。

 ラリマールのことなど、本来なら長々とした釈明が必要な出来事だと思っていたのだが、アルマンディンは「丸く収まったならまぁいい」の一言で済ませる始末だ。

 女王の心を煩わせる元凶は、やはり城下で噂になっている救世主――英雄クオの息子の話だった。

「英雄クオの息子が救世主として現れた! ってことはやっぱり……俺たち、お役御免ってことですか?」

「それが私の手の者だったらな。しかし今回は何処の誰の差し金かわかったもんじゃない」

 渋い顔をするフェナカイトに、もっと渋い顔のアルマンディンがそう返す。

「――サン君以外のクオ様の息子なんて、ありえないよ、そんなの」

 いつものように女王の傍らに控えたグロッシュラーが、いつもと違って陰鬱な顔で溜息をついた。

「そうですよね……と言うか、いくつなんですか? その救世主は。サンより年下の少年だとしたら万一隠し子の可能性があっても」

「おい!」

 ユークの言葉に、サンは勢いよく突っ込む。さすがにそれは聞き捨てならない。

「例え話だ。世間はまずそう考えるだろう。……隠し子であっても、十二やそこらの子どもが救世主として現れたからと、あれ程歓迎するものでしょうか? 戦士として説得力のある強さを見せるなら、ぎりぎり僕程度の年頃ですよね」

 サンは十三歳、ユークは十五歳。年齢は二歳しか変わらない二人だが、もう青年の域に入りかけているユークと違って、サンはまだ子ども体型を脱していない。

「いい線行ってるぞ、ユーク。救世主は十六歳だそうだ」

「えーと、クオの年齢は」

「生きてれば今年で三十三歳になるはずだ。俺は父さんが二十歳の時の子どもだ。だから三歳年上なら、勇者クオが十七歳の時の子どもってことになるな」

「うーん……微妙な年齢だねぇ……やんちゃしたと言えなくもない」

「人の父親をやんちゃとか言うな」

 元神父でありながら俗な面も多分に持ち合わせているフェナカイトは、複雑な表情になった。

「……とりあえず我々にわかっていることだけでも彼らに説明しましょうか。サンだけでなく、他の者たちも当然気になるだろう」

「ええ、もちろん」

 パイロープがそう言って、彼女たちの調べていた事柄を簡単に報告してくれる。

「彼――名を、ヘリオと言うらしい。その救世主ヘリオが現れたのは、魔族の襲撃が激しくなり、辺境で襲われていた村を救援の軍が到着するよりも早く助けた事件からだ。その件で名を知られ、より一層攻撃の激しくなった王都にもやってきて多くの民を救った。この頃から救世主と呼ばれるようになった」

「やってることだけを聞けば、まさしく救世主様だねぇ」

 確かに、魔王やその部下を倒すことだけが勇者や英雄や救世主の役割ではない。

 民衆にまだその存在を知らされず魔王と戦っていたサンたちよりも、自分たちの直接的な危機を救ってくれた救世主を王都の民が慕うのは当然だろう。

「でも、なんか複雑な気持ちになります!」

「まぁまぁユー君、落ち着いて」

 フェナカイトが女王に勧誘される前から神器使いとして勇者候補に挙げられていたユークは、この中では一番勇者として戦っていた期間も長い。しかしそれを知る者は少ない。

「それで、救世主がクオの息子という噂はどこからだ? 自分で名乗ったのか?」

「いや、発信源は王都の民だな」

「……父さんは前国王の後見を受けて、長い間王都で暮らしていた。王都の人間は英雄クオの顔をよく知っている」

 ラリマールがぽんと手を叩く。

「そういうことか! サンを見た人間があれはクオの息子だと気づくように、その人物も顔立ちでクオの息子だと目されているんだな!」

「そのようだ」

 ――救世主の顔立ちは、クオに生き写しだと言う。

「サンだけでなくまたこの顔が増えるんですか? クオ様の銀髪碧眼遺伝子はどれだけ強いんです?」

「ほっとけ」

 自分自身が父親に生き写しのサンは他に返す言葉もなく唇を歪める。

 いや、まったく容姿に似通ったところがなく微妙な気持ちになるよりはマシかもしれないが。

「その救世主様は自分がクオの息子だと正式に名乗っているんですか?」

「濁している。父親の名はあまり言いたくないそうだ。余計な騒ぎになるから、と」

「パイロープ、よくそんなところまで調べたな」

「……と言うか」

 女将軍は、困惑そのものの表情で告げた。

「本人に会った」

「会った?!」

 四人は身を乗り出してパイロープに詰め寄った。

「やはり女王陛下の軍を率いる者という名目ですか?」

「ああ、それを口実にした。実際、英雄の息子という触れ込みがなくとも、王国軍に代わって民を助けた救世主様には会いに行かねばならないだろう」

「それで、どうだったんだ?」

 パイロープは生前のクオと直接親しくしていた人間だ。

 彼女が似ていると思ったなら、それは他のどんな噂よりも確かだろう。

「……」

「パイロープ?」

 彼女はサンの顔をじっと見つめると、再び小さく溜息をついた。

「……顔立ちは確かにクオ様そっくりだった。私がお前くらいの年頃、初めてお会いした時を思い出したよ」

「父さんが国王の後見を得たのは、十八の時だって」

 サンが生まれる以前から、アルマンディンもパイロープも、グロッシュラーでさえ、クオを知っている。

「そうだ。救世主は十六歳か。サンより年長の分、救世主の方がクオ様に似ているな」

「……」

 サンは反応に困って沈黙した。

 これまで父親と比べられることが嫌で、父親に似すぎているこの顔も好きではなかったのに、今はもっと父に似た人物が彼こそクオの息子という扱いを受け、もてはやされているのだ。

 別に父の名でちやほやされたい訳ではないが、英雄の息子としての苦労を何一つしていない相手がそうして父の名で利益だけを受け取るのはなんだか納得が行かない。

 しかし、パイロープは自らのその眼で確認した救世主に関する話を続けた。

「だが、偽者だ」

「そうなのか?」

「顔は確かにクオ様に似ている。何も知らない人間が見れば間違いなくクオ様の息子と認定することだろう。けれど、彼はお前のように、クオ様と親子の繋がりを感じさせる雰囲気がまるでないんだ」

 パイロープはきっぱり言い切るが、サンを除いてクオとほとんど面識のない勇者たちには、その言葉をどこまで信じていいのかもわからない。

「……と言っても、サンが存在を知らない時点で、その救世主はクオ様の下で育っていないことは確定ですよね? 性格や雰囲気が似ていないことは、親子関係を否定する理由になるでしょうか」

「ではもう一つ、わかりやすい理由を伝えよう」

 ユークの疑問に対し、玉座からアルマンディンが付け加えた。

「その救世主はすでに貴族の後見を受けているんだ。クリベージ公爵クロムスフェーン卿と言う、野心家の貴族のな」

「……そういうことですか」

「あー」

 途端にきな臭いものを感じて、四人は胡乱な顔つきになる。

「顔はそっくりと言っても、今の時代顔なんて整形でどうにかなるからなぁ」

 顔どころか小鳥に変身してまるで違う姿になれる魔族のラリマールがそう言いながら首を捻った。

 見所のある若者をクオの若い頃の顔に整形させ、救世主として売り出す。その後見として利益を得る。

 クオの時は国王自らが彼を魔王と戦う勇者として積極的に囲い込み支援した。クオのような英雄がまた現れるのであれば、後見に名乗りを上げたい貴族は大勢いるはずだ。

 クリベージ公爵は英雄の再来を待つなどとまだるっこしいことはせず、自ら救世主を作り上げたのかもしれない。

「……でも、そいつは実際、多くの人間を救っているわけだろ? どのくらい強いのかはわからないけど、実力も確かってことじゃないか?」

「うーん。そればっかりは俺たちが彼の戦っているところを直接見てみないとわからないからねぇ」

 強さ程当てにならないものはない。

 実際、今ここにいる面子のうち何人が第三者から見て勇者に相応しいと思われるのだろう。サンやラリマールに関し外見からその実力を計れる者は少ないだろう。ユークだってフェナカイトだって、武器を持たずに身なりを整えて佇めば単なる優男だ。

「まぁ、セレスティアル将軍もこう言っていることですし、真偽のほどはともかくとして、クリベージ公爵の思惑通りに事を進めるのは危険ですよね」

「ああ、そうだ」

 ユークは何にせよ女王の指示に従うべきだと、真偽を無視して話を先に進める。女王はその救世主をどう扱うつもりかと。

「でも、具体的にどうするんだ? サンを本物の勇者として祀り上げるのか? それとも向こうを偽者の救世主として引きずりおろすのか」

「どっちもちょっとな……」

 放っておくのもどうかと思うが、ラリマールが示した二つの選択肢もサンとしては御免被りたい。

 クオの名を使われるのは不愉快だが、サンは自分がその地位にとって代わりたいわけではない。英雄も、救世主も。

「実力が確かなら、クオの息子とか思わせぶりなこと言うなって釘だけ刺して、いっそフロー一行みたいに正式な救世主として認めちまったらどうだ?」

「それはない」

「なんで」

「単純に私が不愉快だからだ。クオの息子だと臆面もなくほざくふざけた輩がな」

 女王の瞳には、かつてなく冷たい光が燃えている。

「アルマンディン……」

 サンは女王の名を呼びながらも、かける言葉を失ってその冷たく燃える瞳をただ見つめるしかできなかった。

 そしてただでさえ混乱気味な場に、もっと混乱を引き起こす嵐は向こうの方からやってきた。

「女王陛下」

 使者の言葉に女王は素っ頓狂な声を上げる。

「はぁ? 本人がやってきただと?!」


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