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楽園夢想アデュラリア  作者: きちょう
第7章 救世主の覚悟
37/48

037:帰還


「誰が問題児だよ」

「誰が問題児ですか」

「ははは。すまんな問題児で」

「いやー、さすが女王陛下、見事な有言実行ぶりだよねぇ」

 最初はユークだった。女王アルマンディンに忠実な部下。しかしその忠誠心が高すぎるあまりに自分にも他人にも厳しく、更に魔族を毛嫌いしている。

 放っておけば過激な行動に走りすぎるきらいのあるユークをまず適度なところで抑えるのが、フェナカイトの勇者としての第一歩だった。

「ユー君の暴走機関車っぷりにはそれまでの悔恨と苦悩の日々など吹っ飛ぶよね。人間を信用するんじゃなかったとか言ってる場合じゃない。この子の世話で精一杯だって」

「まぁな。ユークは正直すぎる程に正直だよな。ちっとは隠せ馬鹿」

「余計なお世話です」

 だがそれが良かったのだろう。人を騙す意図など欠片も感じ取れない、そして他人に自分を良く思われようという計算すらしないユークの真っ正直な性格のおかげで、フェナカイトは同じ勇者にまで真意を疑って神経をすり減らす必要はなかった。

 ……と言うより、自分より過激な魔族嫌いの上、同じ人間にも容赦がなさすぎるユークを見て冷静になったのだ。ユークはスーと違って、敵には厳しいが自分の同族には甘いというタイプではない。

「次のサン君は英雄の息子のくせに勇者になりたくないとか言うし」

「正当な権利の主張だろ?! なんで俺がアルマンディンの命令なんかに従わなきゃならないんだよ!」

「サンはいらないところで正直です。やりたくないと言わずに素直に自分にはそんな力ありません! と控えめに辞退すればよいのに」

「誰が実力不足だこら」

 しかしサンの自由さもやはり、フェナカイトが己の煩悶を見直す切欠となった。

 行動するしないに関わらず、意志を貫くには覚悟が必要だ。

「サン君の姿を見て、俺はどんな道を選ぶのが正しいか迷う自分の姿を振り返るようだった。復讐の辛さもね」

 ――サンの方でも、フェナカイトの手から神器を受け取った日のことを思い出した。

 復讐を否定しなかったフェナカイト。それで魔王側の勢力を削れるなら構わないと笑って。

 今思えば、あの時のやりとりの間でさえ、彼は色々と考えていたに違いない。

「……お前は、今も人間に……いや、魔族やこの世界そのもの、全てに復讐したいのか?」

「俺は君ほど若くないんだ。そんな元気、もうないよ。魔王を倒して世界を平和にするので精一杯さ」

 フェナカイトを迫害した直接の対象は人間だが、だからと言って魔族に心を許せる訳でもない。

 結局その答は、種族になど寄らず自分で決めねばならないのだ。

「最後の勇者は、言うまでもなく魔族だし」

「フェナカイトには最初から知られていたからな。私もフェナカイトがハーフだと言うことは知っていたが」

「「早く言え」」

 サンとユーク、仲の悪い少年二人の声がこんな時だけ見事に重なる。

「でも私にも事情があるから、きっとフェナカイトもそうだろうと思って」

「うん、俺もラリマールの言うことは疑ってはなかったよ。潜入工作ならもっと上手く慎重にやるはずだろうし、何よりラリちゃんはサン君が好き過ぎるからねぇ」

「おお。大好きだぞ」

「本人の横で大変恥ずかしい話はその辺にしておいてください」

 いくら小さな子どもとお兄さん的な相手の会話とはいえ、好き好きと連呼されるのはいたたまれない。

「俺の話はこれで終わり」

「……何というか、壮絶な人生だな」

 サンや他の者たちが悩んでいた間、フェナカイトも年上の立場で一歩退いているように見せかけて、本当は己自身の答を出すために考え続けていたのだ。

「ここにいる人はみんなそうでしょ。色々乗り越えてきたんだろ?」

 父の死の悲しみと復讐の決意、兄との決別と同胞への裏切り、貴族としての忠誠と勇者としての意地。

 神への信仰と人間や魔族への憎しみ、そのどちらも吹っ切れない自分への悲しみに暮れるフェナカイトだけではない。

「君たちがあまりに正直すぎるから、俺も自分の心に正直になってみたのさ」

 人間を滅ぼしたいか?

 魔族も共に滅びればいいのか?

 自分以外の全ての存在が、苦しみ嘆けばいいのか?

「俺はやっぱり、誰かの苦しむ様子より笑っている顔の方が好きだ。――戦いを終わらせたい」

 しみじみと零された素朴な言葉は、それ故に本心なのだと信じられた。

 魔族のためだけに人類を滅ぼしたい魔王の意見には、フェナカイトは賛同できない。いくら彼が魔族と人間のハーフでさえ受け入れてくれると知っても。

「いいと思うぞ、それで」

 サンはあっさりと頷いた。

「全てを赦して受け入れるなんて無理だろうけど、だからって全てを憎む必要もないだろ」

「そういうことだね。だから……これからもよろしく」

「ああ」

「魔王を倒すその日まで」

 色々あった四人だが、紆余曲折を経てようやく一つにまとまってきた。

「さて、んじゃま、一度我らが女王のおわす王都に戻らなきゃな」

「そうですね」

 明日は早くに出発する予定なのだ。

 勇者たちは再び歩み出す力を蓄えるために、ようやくの眠りについた。


 ◆◆◆◆◆


「さて、色々と覚悟するか」

 サンたちが魔王を倒せなかったこと、魔王側では四代将軍の一人ターフェが死んだことで、二つの種族の争いは今激動を迎えている。

「パイロープの話では、人気の高い将軍ターフェの死の報を受けて、魔族たちが各地で決起しているってことだった」

「どちらにしろ、この次が勝負だからね。勇者が勝つか魔王が勝つか……それぞれの種族の代表がいなくなれば、負けた方の種族は排斥されるしかない」

 それが支配によるものか、殲滅によるものかはまだ決まっていない。

 魔族側は人間を一人残らず殺すつもりでいるので、サンたちは負けるわけにはいかない。

 人間の女王アルマンディンは魔族が自分に従うならそれでいいと言っているが、その場合従わない魔族の末路は火を見るより明らかだ。

 将軍を一人失って劣勢に陥った魔族側はこのまま滅ぼされてたまるものかと、少しでも人間の勢力を削るために日夜襲撃を繰り返していると言う。

「僕らがもう少し強ければ、出なかったはずの犠牲もあるんでしょうね」

「……それは考えちゃ駄目だよ。いくら神器使いでも、一人で世界を救うことはできない」

 滅ぼすことならば、一人でも出来るかも知れない。ただ殺すことだけを考えれば、大量破壊兵器でもなんでも使って。

 けれど全てを救うことは、決して一人では実現できないのだとフェナカイトは言う。

「……それでいいのではないか? 誰かを完全に救う力があるということは、殺すことも簡単だということだ。私たちにも魔王にも、そんな力はなくていい。力を集めて世界を壊し、力を集めて世界を救う。それでいいじゃないか」

「そうだな」

 四人は覚悟を決めて王都に戻る。

 しかし彼らを出迎えた光景は、予想と打って変わって穏やかで活気のある街並みだった。

「……平和だな」

「平和ですね」

 ここ最近魔族の襲撃はなかったのかと手近な商店の主から品物を受け取りながら聞けば、思いがけない答が返ってくる。

「大丈夫ですよ! 我らには救世主様がついているのだから!」

「救世主?」

「そうよ、あの英雄クオ様の息子さんが、ついに大陸を救うために動き出したのですって!」

「へ、へぇ~、そうなんだぁ……」

 そのクオ様の息子は、目深に被った帽子の下でぎこちない表情を浮かべるしかできなかった。

「……この言い方からすれば、サンのことではないようだな」

「一体どうなってるんです?」

 後方で待つ体のラリマールとユークは、こっそりと言葉を交わす。

 まさか同名……と言うのは考えづらい。大陸を救った英雄がそう何人もいてたまるか。

「クオ様の息子? それって誰……どんな方なんですか?」

 フェナカイトが問いかければ、商店の主はこう答えた。


「ヘリオ様だよ! クオ様に生き写しの、頼もしい若者さ!」


 誰だ。


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