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楽園夢想アデュラリア  作者: きちょう
第6章 願いの果て
35/48

035:青い鳥

 サンは天空の消えた空間を見つめる。

 自分と彼女の間にある感情は、一体何なのだろうと考えながら。

 誰も愛さない女。だから誰も彼女を愛さない。この世界に、彼女にとって価値のあるものはないと言う。

 天空には全てが届かず、天空のことを理解できる者もいない。この隔絶。

 それなのにサンは、向かい合った僅かな時間から彼女のことを知ろうとしてしまうのだ。返らない岸に寄せる波のように空しく。

「サン君」

 フェナカイトの声に振り返り、サンは今の自分の状態と、受けた傷の痛みも思い出す。

「痛っ」

「結構やられたね」

 天空に斬られた右腕の傷を、フェナカイトがあっさりと治療してくれた。自分は魔導士ではないと言い張るフェナカイトだが、相変わらず便利な力だ。

 そしてようやくサンは、ここまでやってきた目的を果たすことにする。

「サン」

「ラリマール」

 戸惑い顔のラリマールに、サンは手を差し伸べる。

「お前が魔族でも、魔王の弟でも関係ない。俺たちと一緒に行こう」

「でも……でも、私は……」

 ラリマールの顔がくしゃりと歪む。

「やっぱりダメだ―!!」

 ぽんっと小さな音と共に煙を立てて、ラリマールは再び姿を消す。

「ちょ、ええ?! この展開で?!」

「また逃げるんですか?!」

「……うーん」

 驚くやら呆れるやらで忙しい少年二人を横目に、フェナカイトが顎に手をやりながら何事か考えている。

「なんとなく絡繰はわかったような気がするけど……」

「フェナカイトさん、ラリマールがどうやって姿を消したのかわかったんですか?!」

 ユークがフェナカイトの襟首を掴んでがくがくと揺さぶる。

「教えてくださいよ!」

「ちょ、待っ、ユー君、苦しっ」

「そんなことより、早くラリマールを追わないと!」

「そ、そうでした! 発信機発信機」

 サンたちは森に入ってからラリマールと天空たちの戦いの気配を頼りにここまでやってきた。それまでしっかり反応があったことから、まだラリマールは発信機に気づいていないものと思われる。

 ラリマールも冷静な頭で考えれば何故サンたちが彼を探してここまで来れたかという疑問に思い至ったのだろうが、先程の様子はどう見ても冷静ではない。

「……まだ森の中にいるようですね」

「あ、そんな遠くには行ってないんだね」

「よっしゃ、行くか」


 ◆◆◆◆◆


 森の中を歩いているうちに、サンはその景色を自分が知っていることに気づき始めた。

「ここは……」

「何か気づいたんですか?」

「いや……そうじゃなくて」

 つい最近も何故か夢で見たのと同じ場所だ。

 鬱蒼と茂る緑、そこに差し込む木漏れ日。

 どこか怖い表情をした父親。駄々をこねる自分。

「俺、この森に昔、入ったことがあるような気がする」

「は?」

「父さんが生きてた頃だ」

「ってことは、まだ人間と魔族の本格的な戦い方が始まる前だから、普通の人間もここに立ち入れたんだろうね」

 時系列を整理したフェナカイトが頷く。尤も、多少一般人には入りにくい程度の場所でも天の勇者と呼ばれ怖いものなしだったクオなら、どうとでもなったに違いない。

「それが、何かラリマールと関係があるんですか?」

「まだ確証はないけど……多分」

「そう言えばラリマールは、サン君と昔会って助けられたって何度も言っていたね」

「……」

 発信機の反応を辿りながら下生えを踏みしめる。

 やがて、少し開けた花畑のような場所に出た。今は季節でもないが、それでもぽつぽつと緑の下生えの中に雑草のような小さな花がいくつか咲いている。

 中心部に二本のねじくれた灌木が立ち並び、一羽の小鳥が青い羽根を畳んで休んでいる。

「おかしいなぁ」

 ユークが首を傾げてぼやく。

「発信機の反応、この原っぱからですよ。でも、本人はいないなんて……あれ? サン?」

「……」

 怪訝そうなユークの声には構わず、サンはそのまま真っ直ぐ灌木に向かって歩き出した。

「……? 変ですね。あの鳥、人間が近づいても逃げ出しませんよ」

「……いや、そうでもないかも……」

 ユークは不思議に思って声を上げるが、フェナカイトは様子を見守った。

「――こんなところにいたのか」

 そして小鳥の前に立ち、サンは告げる。


「帰るぞ、ラリマール」


「へ?」

 後方でぽかんと口を開けるユークには構わず、正面の小鳥を掬い上げるように掌に乗せる。

「……どうして、わかったの?」

 空色の小鳥の小さな嘴から、紛れもなくラリマールの声が零れ落ちた。

「サン、昔のこと覚えていないって」

「今、はっきりと思い出した。そうだ、あれがお前だったんだ」

 背後でユークが仰天しているのにも構わず、サンはようやく自分の中で過去の記憶と、今目の前にいる小鳥のラリマールが繋がるのを感じる。

 ここだ。この場所で、あの時サンはラリマールと出会ったのだ。

 その頃すでに勇者として名の売れていたクオは、人の多い場所は疲れると言っていた。サンは父と一緒に、この森へとやってきて、怪我をした小鳥を見つけた。

 手当をしようというサン相手に、父は言う。

 ――いや、こいつはここで殺そう。

 サンは吃驚して、いやだいやだと父に必死で訴えた。

 ――これは魔族だ。今はまだ小さくても、いずれ大きくなったら人を襲うかもしれない。最近は魔獣だけでなく、魔族の被害も大きいからな。

 人間に危害を加えるなら、魔獣も魔族も関係ないとクオは言う。

 それでもサンが駄目だと言い続けると、仕方なく父の方から折れた。

 ――いつか後悔するぞ、サン。

 だが後悔なんてしない。今もしていない。するはずがない。

 ――私がもう一度サンに会いたかったから、こうしてやってきたんだ。

 そうして、ラリマールは、サンに会いに来た。

 そしてサンは……。

「さすがにもう諦めろよな、ラリマール。――お前がどんな姿になって逃げても、俺はちゃんと見つけてやるから」

 諦めて、一緒に来いと。

「うん……うん、うん!」

 小鳥がサンの肩口に昇り、その首にぐいぐいと頭を押し付けてくる。

 小さく温かなこの命を、今は頼もしい勇者仲間として戦う彼を、やはりあの時、助けておいて良かったと心から思う。

 よし、とサンはそのまま小鳥姿のラリマールを肩に乗せ、ユークとフェナカイトのところに戻った。

「な、なんでそんな姿に……」

「魔族だからね」

 フェナカイトは一言で済ませたが、一体魔族はどれだけ何でもアリなのだ。

「ま、いいじゃん」

「軽い! あなた方みんな軽すぎます!」

「それより、今日の宿を考えようぜ。もう日が暮れそうだし」

「一番近い街でも間に合いそうにないね」

 ぎゃあぎゃあ喚く頭の固いユークを放って、サンとフェナカイトはあっさりこの後の話に移った。


 ◆◆◆◆◆


 結局近くの村や街へは辿り着けなかった。

 いや、辿り着かなかったと言うべきか。

「これは……」

「廃村のようですね」

 彼らが森を抜けて辿り着いたのは、村は村でも半分が焼き払われ、家々が打ち捨てられた廃村だったのだ。

 風雨は凌げるが、人が暮らしていない以上多少の不便はある。

 それでも屋根だけでなくきちんと寝台のある場所で眠れるのだからこのご時世には十分な仮宿だ。

 そう判断した一行は、無理を押して更に近くの街を探すのを諦め、ここで一晩を明かすことにした。

「……」

「フェナカイト、どうかしたのか?」

「いや、なんでも」

 珍しく言葉少ないフェナカイトが、それでも年下の少年たちにてきぱきとした指示を出す。サンやラリマールは多少適当でもなんとかなるが、軍人とはいえお坊ちゃま育ちのユークはフェナカイトの助けが必要だった。

 残った民家の中のものを拝借し、恙なく携帯食の夕食を終える。

 そしてここ数日の移動や今日の戦闘で疲れただろうと、早々に寝床に入って体を休める。

 ……とも、行かなかった。

「……サン、ユーク、起きているのだろう」

「ああ」

「今、フェナカイトさん出て行きましたよね?」

 寝台に入ってそれ程でもない時間、少年三人はフェナカイトの不審な行動に気づいて一斉に起き出した。

「今日昔話をするならラリマールだとばっかり思ってたんだけど」

「私はもう隠すような素性も背景もないぞ」

「僕もサンもまあ、身元は明らかですよね」

「なんせ女王が保証してるからな。確か……フェナカイトもアルマンディンに拾われたとかいう話だけど」

「でも僕も……そう言えばフェナカイトさんの詳しい事情は知りません」

「俺も」

「私もだぞ。まぁ、一部知っていることもあるが」

 三人は顔を見合わせる。

「別に詮索する気はないけどさ」

「どうせもう勇者に魔族がいる時点で禁則なんてあってないようなものですし」

「聞いてしまうか? フェナカイトを追いかけて」

 ラリマールの提案に、サンとユークは頷いた。

「……この村にはあれがある。フェナカイトさんの行った場所は大体予想がつきますしね」

「そうだな」

 以前からほんの少し気になってはいたのだ。フェナカイトの雰囲気からすればむしろ納得の事情だったので誰も問い詰めはしなかったのだが。

「行きましょう。――教会へ」

 王都でもフェナカイトはよく、聖堂で祈りを捧げているのを誰もが知っていた。


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