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楽園夢想アデュラリア  作者: きちょう
第6章 願いの果て
34/48

034:天空

 天空とサンの戦いは続いていた。彼女と剣を交えるのは、これで何度目だろうか。

 父親の仇として、勇者の敵たる魔王の配下として再会したのが一度目。二度目はフロー一行の救援に赴いた時。三度目は魔王の城で。

 最終決戦になるかと思われた戦いは、結局決着がつかずに終わった。

 いつまでも勝負が決まらずに戦い続ける、この時間は何なのだろうとサンは考えていた。

 意味なんて考えるだけ無駄かもしれない。

 決してわかりあうことなんてない。

 前回の戦いで、そうわかったというのに、何故自分は今もまだこんなにも心揺らがされているのか。

「剣にいつもの鋭さがないんじゃないかい?」

 サンの揺らぎは見透かされていて、天空はそんな風に嘲笑ってくる。

 いついかなる時も重みの変わらない天空の一撃を上手く捌きながら、サンは本心を口にする。

「そうかもな。正直言って、俺は色々迷ってる」

「へぇ」

 相変わらずこの世の全てに冷めているかのような目を向ける天空は、それでもサンと会話をする気はあるようだった。

「で、何をだよ」

 暗殺者や殺し屋に具体的なイメージなどないが、その稼業の人間はこんなに敵と言葉を交わすものだろうかと、不意にそんな疑問が湧き上がる。

「ラリマールは魔族だった。でも俺は、俺たちはあいつを信じている。……お前は人間だろ? なんで人間同士なのに、こんな戦いをしなくちゃならない」

 確かに天空はサンにとっては父親の仇だが、他の三人とってそれは関係ない。

 けれど彼らも天空は敵として、滅ぼさねばならない相手だと考えている。完全に純粋な人間同士であるユークまで。

「そんなの当たり前だろ? 気に入らない奴を殺すのに大層な理由付けなんているもんか。他人を人類だの魔族だのハーフだの、種族で区切っている今が異常なんだよ」

 天空の言葉は一種の真理だ。

 種族で相手を差別することの愚かしさ。だからと言って、同族同士で殺し合う理由にはならないと思うが。

「人は古来から人間同士で戦い殺し合って来た。例え魔王との戦いに人類が勝利したとしても、その傾向は変わらないよ。倒すべき異種族がいなくなったら、人間は再び人間同士で殺し合い滅ぼし合うだけだ」

 ――私に従わない者は、魔族だろうが人間だろうが、ハーフだろうが滅んでもらう。

 サンの脳裏にアルマンディンの言葉が蘇った。

「その時に引き金を引くのは、お前たちの存在だろう、勇者様」

「何……?」

 天空の言うことが一瞬理解できず、サンは怪訝な顔をする。

 話に集中するため、二人とももはや戦いの手を止めていた。サンだけでなく、天空までも武器を一度下ろしている。

 すぐ近くではメルリナを相手にユークたちが戦っているのに、ここだけ隔絶された二人きりの別世界のようだった。

「人はお前たちの存在を支えに、まるで信仰のように糧にして破滅への道を突き進むよ。勇気を出して戦え! 人間は強いんだ! 魔族にだって魔王にだって勝ったじゃないか! ってね」

「……!」

 サンは目を瞠った。

「勇者は正義の代弁者として、人々を導く存在だからねぇ。なかなか責任重大じゃないか」

 聖者ベニトや女王アルマンディン、魔王軍の将ターフェや魔王アンデシン、他の者たちが様々にこの世界の後のことを考え行動しているが、サンは自分の行動が何に繋がるか、今でもしっかり答を出すことができていなかった。

 けれど天空の台詞で、それはとても危ういことなのだと気づく。

 ――サンの選ぶ道が最も良い道だと信じている。

 ――この戦いが終わったら、僕たちはきっとばらばらになる。物語のような、強い絆で永遠に結ばれた勇者一行にはならないでしょう。

 ユークはすでに道を決めている。ラリマールは戻ってきた。

 そしてサンは……一体どうすればいいのか。

 ――サン、どうかお前は、決して俺と同じものにはならないでくれ。

 勇者として。一人の人間として。

 生きるべき道は。選ぶべき答は……?

 疑問が形になる前に、サンの意識は再び動き出した天空によって戦いに引き戻される。

「ぐっ!」

「ほらほら、足を止めてちゃ危ないぜ!」

 神器の助けがあるとはいえ、相変わらず極悪な強さの鎌使いだ。

 天空が蛇のようにうねる軌跡を描いた一撃を仕掛けてくる。

 サンは双剣で刃を受け流しながら逆に懐に飛び込んで蹴りを入れるような形で反撃し、その反動で何とか一度距離をとる。

「受け流しは本当に見事だな。感心するよ」

「師匠が良かったもんでね」

 父とパイロープ、二人に教わった剣の道、戦いの方法。

「で、お前はその師匠たちと同じものになるのかい?」

「……いいや」

 英雄クオにはなれない。ならない。

 サンは父とは違う生き物にならなければいけない。

 女王アルマンディンに従い続けるパイロープの真似もできない。

「俺は……」

 ――お前はどうか、クオ様を超えてくれ。

「俺は、俺になるんだ」

 まだはっきりとした形にはならず、半分は訳も分からぬまま、それでもサンはそう口にした。

 勇者として歩み出した時からきっと、サンはそのための戦いを続けている。

「……へぇ」

 先程と同じ言葉。同じ感嘆の台詞。けれど今度の天空の口調は先程とは少しだけ違った。

「そう……お前にはあるんだね。生きる意味だとか理由だとか言うやつが」

 風に乗る微かな呟きにサンはふと疑問を抱いた。

 これだけ強いのに、どれ程強大な敵だって殺す力があるのに。

 天空はまるで。

「……お前は違うのか?」

「私には何もないね。この一瞬の快楽しか」

 大鎌の鋭い横薙ぎの一撃を、サンは後方に跳んで避ける。続けざまに振り下ろされた刃は横に。

 次は左に来ると見せかけて下から来た一撃を双剣で受け止める。

 相手の刃を押し返す反動で、自分は更に後方に跳んで距離を取る。

 そうして僅かにできた剣戟の間に、サンは言葉を吐き出した。

「お前には、大事なものはないのか? 大切な人は?」

「ないね」

 即答だ。

「なんだい、坊や。今更私の弱点でも聞き出そうとでも? お生憎様。私に大事なものなんてないよ。お前らやアンデシンたちの理想も、楽園への夢想もどうでもいい」

 人質なんてものは通用しないよ、と。

 サンはそのような考えで問いかけた訳ではなかったが、天空は平然と言ってのける。

 大切なものなど何もないと。

 戦闘狂と言うほど壊れてはいないが、この冷たい女の血を熱く滾らせるものは戦いの中にしかないらしい。

 だが、それだけだろうか。

 今の天空の台詞、それが本当に意味するものは――。

「お前は、自分が嫌いなのか」

「……何?」

 天空が珍しく怪訝な顔になる。不可解、理解不能と、全面に押し出している。

「今、そんな話してなかったと思うけど?」

「俺にはそう聞こえた」

 藍色の瞳がきょとんと丸くなり、ああこの女はこんな顔もするのだと、こんな時なのにサンは思った。

「私が自分を嫌い……ねぇ? 私ほど自分のことが好きで他人なんてどうでもいい奴はいないと考えていたもんだけど」

「大事なものがないってことは、何も愛してないってことだろ。自分自身でさえも」

 だから天空は誰だって殺す。

 彼女にとって命は大事なものではない。自分のものも、他人のものも。

 心を動かすものが、胸に響くものが何もない。

 けれどそれは、とても寂しいことだとサンは思う。

 今こうして会話しているサンのことだって彼女は何とも思っておらず、この言葉も本当の意味で届くことはないということだ。

「――なるほどねぇ」

 それでもサンの言い分に、天空は少し感心したような顔を見せた。

「これまでにない、面白い意見だ」

 その言葉と共に、彼女もこれまでと違う行動をとる。

 サンはハッとして、飛び込んで来た天空の攻撃を躱そうと身を捻る。しかしその襟元を、武器を手にしていない天空のもう片腕に捕まえられた。

「!」

 予想外の行動にサンが混乱している一瞬に、天空は更に予想外の行動に移る。


「――」


 今、一体何が起きたのか。

 ふわりと頬を掠めるように靡いた白い髪から柔らかな香りが漂い、それより更にふわりと淡い感触が、唇にほんの微かに触れて行った。

「なっ……!」

 驚いているサンに向けて天空はにっこりと極上の笑みを向けると、即座に今度こそ本気の攻撃に転じる。

 咄嗟に応戦したサンも、攻撃は最大の防御の言葉通り、かつてない至近距離にいた天空の急所を狙った。狙ってしまった。

 お互いに距離をとった先の地面に、ぼたりぼたりと赤い血の雫を落とす。

 天空の攻撃はサンの右腕を大きく斬りつけ、サンの攻撃は天空の脇腹――急所近くにしっかりと入った。急所そのものは外されたが、ダメージは大きいはずだ。

 そしてサンの右腕も、この戦いではもはや使いものにならないだろう。焼け付くような痛みに、剣を握ってさえいられない。

「結局これが私たちの距離って訳だ」

 懐に入ってきた相手は攻撃せずにいられない。

 戦いの中でしか生きられない暗殺者と、戦うことでしか父の名を継げない勇者の息子。

「今回はなかなかは面白かった。でもまぁ……そろそろ終わりにしようか」

「天空」

 負傷を知って闇の顎で駆け付けたメルリナが、撤退用の虚空を開く。その闇の淵に足を掛けて振り返りながら、天空は言った。

「次の戦いで、五年前の殺しの依頼主を教えてやるよ」

「!」

 サンが彼女と戦う理由は、父の敵討ちにその情報が必要だからだ。復讐を果たすためには、天空を倒してそれを聞き出さねばならない。

 逆に言えば、それさえ知ることができればサンはもう天空と顔を合わせる理由がない。

 彼女の口から五年前の真実が語られるとき、全ては終わる。――終えなければならないのだろう。

「次が最後の戦いだ。本当の決着をつけようぜ。勇者様」

 お互いの意地をかけて、どちらかが死ぬまで戦おう。殺し合おう、と――。


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