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楽園夢想アデュラリア  作者: きちょう
第5章 魔王
30/48

030:決別

「ターフェ!」

「ターフェアイト!」

 血を流して倒れる体に魔族たちが叫ぶ。後から思い返せば一瞬のことだが、この時はまるで永遠のように長く感じられる時間だった。

 ラリマールの斬撃からスーを庇ったターフェ。彼は大理石の床に真っ赤な血溜まりを作り、微動だにしない。

 その、急速に色を失いながら震える唇以外は。

「陛下……」

 時間を凍らせるのも彼ならば、その時間を動かすのもまた彼だった。

「申し、訳な……お暇を……頂戴しま……」

「ターフェ!」

 サンと天空が、フェナカイトやユークたちが思わず手を止めてしまう中、アンデシンとスーがターフェに駆け寄る。

 血塗れた手を伸ばされた魔王は、その手を掴んで名を呼びかける。

 すでに瞳から光の消えつつあるターフェは、最期に微かに微笑んで主君に懇願した。

「どうか、我が、同胞に……恒久の……平和、を……」

 メルリナも魔導の術式をその手に用意するが、やがて諦めたように首を横に振って自らかき消した。

 それは、ターフェアイトの体から命が離れ、力を喪った手がアンデシンの手から滑り落ちるのと同時だった。

「ターフェ!」

 スーは涙を浮かべた目で必死に呼びかけるが、年上の同僚はもはや二度とその声に応えることはない。

「あーあ」

 天空が小さく呟く。

 しかし彼女は名目上仲間であるはずの魔王軍ではなく、何故か今までの対戦相手として傍にいたサンに意地悪気に笑いかけた。

「揉めるよ、お前たち」

「え?」

 意味を取り損ねたサンが咄嗟にその真意を聞き返すよりも、スーの怒鳴り声が耳に入り込む方が早かった。

「ラリマール! てめぇ! よくも!!」

 彼はターフェを殺した相手へと叫ぶ。

 その背後では魔王が永の眠りについた部下の両手をゆっくりと胸の上で組ませているところだった。

「スー、これは戦争だ」

「そんなこと言ってられっかよ! だってこいつは――」

 魔王とスー、ターフェはそれなりに付き合いのある間柄らしい。常日頃から口の悪いスーは魔王相手にも取り繕う様子はないが、今は普段以上に語調が荒かった。

 そして彼らと付き合いがあったのは、魔王たちだけではない。

「お前にとってもターフェは昔馴染みだったはずだろ!! それを……!」

 激情のままに叫ぶスーの言葉は、それ故に真実の響きを持っている。


「お前はアンデシンの弟なのに、どうして人間の味方なんかするんだ!?」


「――え?」

「は?」

「……!」

 サンは、ユークは、フェナカイトは、一瞬意味を理解できなかった。

 弟?

 誰が、誰の?

 ラリマールが……――。

「やはり言っていなかったのですね」

 メルリナが淡々と口にする。

「その子は魔王陛下の実の弟、れっきとした純魔族ですよ」

「ラリマールが……?!」

 サンたちはぎょっとしてラリマールの方を見る。スーやアンデシンはあえて手出しをしなかった。

 ラリマールは淡い空色の髪と瞳。一方アンデシンは、赤い髪に瞳。その色彩の違いもあって、ぱっと見は似ていない。

 けれど、そう言われてみればどこかに面影があるような気がするくらいには、兄弟と言われて通じる部分もあった。

 まだ戸惑いを消すことのできないサンは問いかける。

 真実は明らかにせねばならない。

 真実故に、それが時に自分たちを追い詰めることになっても。

「……本当なのか? ラリマール」

「……本当だ。私は魔王アンデシンの弟。だが――サン!!」

 咄嗟の呼びかけにサンが反射的に防御態勢をとったところで、重い一撃がやってきた。

「天空!」

 ユークとフェナカイトも再び戦闘態勢の緊張を取り戻す。

 相手の隙を見逃すことのない暗殺者は、硬直を打ち破って再び戦いを呼び覚ます。

「で、どうすんの? 殺すんだろ? こいつら」

「天空」

「それとも魔王が城から逃げる訳? ターフェも殺られたことだし、それも選択としてはありだと思うけど?」

 魔王側はターフェが死亡、メルリナが負傷。無傷なのは天空と魔王アンデシン、そしてスーだけ。

「退くかい? 魔王様」

「……いいや」

 アンデシンは紅い瞳に強い決意を湛えて宣言する。

「このまま戦い続けよう」

 魔王は戦闘の継続を選んだ。

 サンは思わず剣を構える手に力を込める。

 けれど勇者側は、次の瞬間フェナカイトが口にした言葉で動くことになる。

「撤退だ、サン、ユーク」

「フェナカイトさん、でも!」

 神器使いの数で見ればこちらが上回っている。しかし。

「戦えるかい? この状況で冷静に。ラリマール、君もだ!」

 ラリマールがアンデシンの弟だと判明したことで、勇者側はターフェを失った魔王側以上に動揺が激しい。

 特にラリマール本人と、魔族に対し嫌悪感を抱いているユークの精神に激震が走っている。

 ユークは女王の命を想えばここで退くわけには行かないと考えているのだろうが、いくら神器使いの数が同数で質で勝ろうと、各人の動揺が激しくまともに連携もできないようなこの有様で魔王の相手をするのは危険だ。

「フェナカイトの言うとおりだ。退こう、ユーク、ラリマール」

 信用のできない味方程怖いものはない。今日この日まで魔王側がラリマールの背景に触れなかったのだって、要するにそういうことなのだ。

「向こうの戦力は削れた。神器使いの代わりはそうそう見つからない。ここで無茶をする必要はない」

 フェナカイトは年下の少年たちを諭した。

「――行こう」

 ユークが懐から取り出した撹乱用の煙幕弾を投げつける。

 そして、勇者たちは魔王の前から逃げ出した。


 ◆◆◆◆◆


「陛下、ターフェはいかがなさいましょう」

 静かに彼の横で祈りを捧げ終えたメルリナが問う。

 スーは泣いていた。先程アンデシンは戦闘を継続すると言ったが、実際は勇者側の撤退は彼らにとっても好都合だった。アンデシンの言葉はむしろ、それを見越したはったりだ。

 ターフェを慕っていたスーの動揺は激しい。あのままでも怒りのまま戦闘は行えただろうが、隙も大きく危険なことも間違いなかっただろう。

「……ターフェの部下たちに連絡を入れろ。ハーフの同胞たちにも。そして数日後には魔族全体に、この偉大な将軍の殉職を知らせよう」

「……御意」

 アンデシンは静かに息を吐く。

 結局、勇者と魔王の戦いはターフェの危惧した通りの結末になってしまった。

「いや、我々はまだ負けていない」

 生前の彼の頼みを思い返しながら、アンデシンは喪失の疲労がのしかかる心を必死で奮い立たせる。

「スー、メルリナ、天空」

 そして、残った部下に魔王は語りかけた。

「戦うぞ。我らが民に、真の平和を取り戻す日まで」


 ◆◆◆◆◆


 魔王の城から無事に離れ、サンたちは森の中にいた。座れそうな切株や大岩のある空間で一息をついたところで、ようやく落ち着いて話をする。

 ここに来るまで、四人は必要最低限の会話しかしなかった。

「ラリマール」

 魔族嫌いのユークが、魔族であると明かされたばかりのラリマールの正面に立つ。

「本当にお前は魔族なのか? 魔王の弟なのか?」

「そうだ」

 最初から己の素性を話したがらなかったラリマール。

 信じたくない気持ちと、ようやく腑に落ちた感覚が入り混じって困惑と重なる。

「僕たちを裏切っていたのか?」

「違う!」

 ユークの虚ろな問いかけに、ラリマールはそこだけははっきりと否定を返した。

「私は自分の素性も過去も話さなかった。沈黙していた。隠していた。……だけど、お前たちに嘘を吐いたことはない! 魔王を……兄であるアンデシンを倒したいのは本当だ」

「そうだな。誰も『お前は魔族か?』なんて聞かなかった。僕たちが勝手に、魔王の敵なんだから人間なんだと誤解しただけだ」

「……」

 ラリマールもそう仕向けた自覚はあるのだろう。彼は積極的に周囲を騙しにかかったわけではない。けれど、彼らが間違った答を導き出すよう、沈黙と言う名の嘘をついて、欺き続けていたのだ。

「……ごめんなさい」

 それは何に対する謝罪だったのか。素性を偽って仲間に入り込んだことか?

「……ラリマール!」

 ばさりと鳥の羽音のような音がして、次の瞬間にはその姿が消えている。

「今何が起きた?!」

 訳がわからぬまま周囲を見渡したサンたちは、ついにラリマールを見つけることはできなかった。

 彼は消えてしまった。

 ラリマールのいた場所に、彼が手にしていた神器だけを置き去りに。


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