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楽園夢想アデュラリア  作者: きちょう
第5章 魔王
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029:ターフェアイト

 サンは天空へと斬りかかった。ここ二人の戦いは邪魔の入らない一対一だ。勇者側も魔王側も、二人の戦いに巻き込まれないように散開する。

 ラリマールが弾丸のように飛び出して、魔王へ一撃入れようとする。

 応戦した魔王はいともたやすくその攻撃をいなし、反撃へと転じた。

 子どもと魔王の視線は一瞬だけ何か言いたげに交錯したが、お互いすぐに白熱する戦いへと集中していく。

 勇者側ユークとフェナカイト、魔王側スーとターフェは、自然とそれぞれの仲間の援護をするように動き始める。

「メルリナの動きに気をつけろ! 何をしてくるかわからないぞ!」

「了解!」

 神器の数は魔王側の方が多い。しかしその最後の一人は魔導士のメルリナで、これまでも直接的な戦闘にはほとんど参加しなかった。

 その代わりいつどこから仲間を援護してくるかわからないので、彼女を極力視界から外さないよう注意が必要だ。

「やはりお前はそう来たか! ラリマール!」

 長剣一振りのアンデシンに対し、ラリマールはサンと同じように神器を双剣に変えて斬りかかる。体格の違いによる膂力の差は歴然であるため、相手の攻撃は受け止めずに回避し、機動力と手数の多さで勝負するやり方だ。

 ラリマールが一旦魔王から距離をとると、すかさずスーが射撃で彼を狙う。しかしラリマールはあっさりとそれを躱し、スーにできた隙はユークが狙う。

 スーとユークが向かい合っている間、追撃を仕掛けようとした魔王の行動はフェナカイトが牽制した。こちらの射撃も躱されたが、元よりラリマールが体勢を立て直す時間を確保できればよかったのでこれでいい。

「寄せ集めの勇者にしては、中々の連携だな」

「そちらこそ、個人能力の高さが自慢の魔族にしてはいい連携です」

 魔王の挑発に、フェナカイトはあえて乗って煽り返す。

「我々はお前たちと違って、信頼し合っているものでな」

「そうかな? お仲間の中には仁義もへったくれもない人間の暗殺者もいるようですけど?」

「ああ、だから彼女は個人行動だ。しかし確実な成果を出してくれることだろう。英雄クオとその息子は親子二代にわたって天空に殺されることになる」

 ラリマールがぴくりと眉を動かし、再びアンデシンに飛び掛かった。

「おや、今何か妙な反応見せたな」

 アンデシンはその様子を目に止め、ラリマールの双剣での攻撃を長剣で軽く受け流しながら面白そうに言った。

「そうか、お前の急所はあの小僧なのか。天空と因縁のある英雄の息子。お前が大事にしているのはあれか――メルリナ」

 魔王の呼び声に応え、今まで部屋の隅で様子を窺っていた魔導士が遂に動き出す。

 ハッとしたラリマールとフェナカイトがサンに呼びかける。

「サン!」

「サン君!」

 天空と斬り結ぶサンの背後に、メルリナが仲間たちを移動させるのに使う闇の顎が空いている。

 メルリナの手元から発された攻撃は闇の顎を通じて彼女の位置からは通常届かない角度にいるサンに直撃する――はずだった。

「邪魔をするな!」

 しかし英雄の息子、二代目の勇者にして当代勇者の名を冠する男は伊達ではない。

 あっさりとメルリナの攻撃を見切ったサンは、彼女の攻撃を躱すと逆に背後の虚空へ向けて双剣の片方を投擲した。

「ッ! ……くっ!」

 身体能力において戦士や剣士たちに一段劣るメルリナは、虚空の中にいてサンからの反撃を避けきれずに肩に剣を喰らう。

 白いローブが人間と変わらぬ紅い血に染まっていく。魔族であるメルリナだからこそその程度の負傷で済んだが、下手をすれば勝負が決まっていてもおかしくない一撃だ。

「やれやれ……魔王陛下、あの二人には下手な横槍を入れない方が良さそうです……」

 ぼたぼたと大理石の床に血の花を描きながらも、メルリナは平気な顔で肩口に刺さった剣を引きぬく。

 それでもダメージは大きいらしく、声は少し震えている。

「そのようだな」

 引き抜かれた双剣は神器の一部として、あっさりとサンの手に戻ってきて収まる。

 神器の性質を掴む訓練を行いながら、こんなことやあんなことができないかと、サンたちはこれまで色々試行錯誤してきたのだ。

 そのサンは再び天空と睨みあっている。

 天空の実力を知るサンは、彼女から意識を逸らしてはいない。それでも一瞬にも満たぬ僅かな手間でメルリナをあしらうことができるのだ。下手に突くのは分が悪い。

 アンデシンはこれを受けて、サンと天空の戦いにちょっかいを出すのはやめた。

 二代目勇者は天空と互角にやりあっているというだけでかなりの達人であることは承知したつもりだったが、彼の想定もまだまだ甘かったようだ。

「今のうちだよ!」

 フェナカイトがラリマールとユークに号令をかける。

 支援役のメルリナが負傷して、しばらくは後背を気にせずに済む。この絶好の機会に可能な限り他の神器使いの戦力を削りたい。

「「了解!」」

 二人の少年の声が重なった。


 ◆◆◆◆◆


「無粋なことをするもんだね、メルリナも」

「大した意味はない。俺の仲間が同じことをやったって、お前だって顔色一つ変えないだろ?」

「まぁ、そうだね」

 人間同士でありながら人と魔族それぞれの陣営に分かれて争い合う二人は、こんな時だけ息がぴたりと合っている。

「天空! お前は――」

 目まぐるしく刃を行き交わせた攻防の合間に、サンは天空に問いかける。

「――なんで、魔族側についてる?!」

「お前が気にするようなことか? それ」

 戦闘の方はともかく、こちらの質問に関しては天空はまったく気のない様子だ。

「てっきりまた『なんで父親を殺したのか』って聞かれるかと思ったぜ」

 サンも最初はそう聞くつもりだった。けれど。

「私は私のやりたいようにやってるだけさ。人類の味方として平和に貢献するなんて冗談じゃない」

「……人間に恨みでもあるのか?」

「いんや、別に」

「理由もなく、人類の敵に回ったっていうのか?!」

「強いて言うならそれが理由」

「何……っ?!」

 まるでそれが当然のことのように天空は語る。

「私は最初から“こう”だった。物語によくあるような、不幸な過去だの悲劇的な素性なんてものはない。最初からこういう人間なんだよ」

 世界を敵に回して刃を握り、血塗られた道を自らの意志で歩む。

「これが理由だけど、言っても大抵理解されることはないね。わかってもらおうとは思わない。――どうでもいいじゃないか、そんなもの」

 本当に酷くつまらなそうに、天空は言い放った。

 理由がないことが理由だと。

「私の役目はお前を殺すこと。お前の目的は私を殺すこと。それだけでいい。他に何か必要あんの?」

「……」

 ――サンはようやく理解する。

 この世にはわかりあえない人間もいるのだと。

「お前は前回ターフェとも何か言い合ったらしいね。私たちを説得でもする気か? やめろよそう言うの。鬱陶しいだけだから」

 そして天空はわかり合おうとする努力すら鼻で笑い、戦う以外の道はないと突きつける。

 サンだとて自分の言い分が青臭い綺麗事だと言われる覚悟くらいはしていた。けれど“これ”は違う。ターフェはまだしも、天空は戦う動機からしてサンには理解できない生き物なのだ。

「言いたいことは剣で語れ。それが勇者ってもんだろ? 魔王を倒せない勇者に価値はないよ」

「……わかった」

 何を言っても天空の意志や考えはきっと変わらない。

 では自分は彼女に変わって欲しいのか? 否、サン自身もそれを望んでいる訳でもない。

 ならば。

「俺は俺のため、俺の復讐、俺の望みのためにお前を殺す」

「――それでいい」

 今日初めて、彼女は穏やかな微笑みを見せた。

「私たちはわかりあう必要はない、永遠に」


 ◆◆◆◆◆


 三対三の戦いは続いていた。

 一瞬の気の緩みも見せられない駆け引き。勇者側は密かに連携の精度を上げ、一撃一撃の鋭さを上げて行った。

 元より身体能力の高い者たちはともかく、そうでない者は目まぐるしく変化する戦況について行けず、いずれは大きな隙を見せるはず。

 これは、サン以外の三人が連携して魔王側に綻びを作るために当初から決めていた作戦だった。

 誰が最初に脱落するかの予想は最初からついている。

 スー。四代将軍の一人で人間への憎悪は強いが、神器使いとしての実力は他の者たちに比べて一段劣る。

 それは魔族側の中だけという話ではなく、勇者たちも含めて彼らが知る全ての神器使いの中での話だ。

 目論見通りにスーにできた隙を、勇者たちは見逃さなかった。

 危機を察知したものの行動が一手遅れたスーに追撃をかけるために、三人は一斉に動いた。

「スー!」

 咄嗟のメルリナの叫びに応じ、魔族側も動き出す。

 ユークの攻撃をターフェが防ぎ、フェナカイトはそのターフェを狙って銃を撃つ。と、同時にラリマールの手を空けるために、アンデシンの方へ牽制射撃も忘れない。盾を持たぬ魔王に銃撃を防ぐ術はなく、避けるので精一杯だ。

 しかし、意外な伏兵が反応した。メルリナがフェナカイトの銃口の前に割って入り、黒い板を出現させる。

「鏡?!」

 いつもの闇の顎ではない。漆黒の板は闇で作られた鏡だ。

 その鏡は、神器が生み出す魔力の弾丸を反射する。先程サンに攻撃を返されたお返しとばかり、メルリナの鏡にフェナカイト自身の弾丸が跳ね返された。

 フェナカイトは咄嗟に躱そうとしたものの、やはりすべての攻撃は避けきれず弾丸を手足に受けて傷を負う。

 だが、残された手は勇者たちの方が多い。

 フェナカイトが魔王を牽制し、ユークがターフェを抑えこんでいる分、ラリマールは狙い違わずスーへと突っ込んでいく。

 スー程度の銃の腕では、サンや天空に劣らぬ高機動のラリマールに当てられる訳がない。

「畜生……!」

 迫りくる子どもは小さな死神そのものだった。どうあっても避けられないと思われたその時――。


『もしも彼に何かあったら、私は――』


「スー!」

「ターフェ!?」

 なりふり構わずにユークを振り切ってスーの前に飛び込んだターフェが、ラリマールの双剣を避けることもせずに、その胸で受けていた――。


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