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楽園夢想アデュラリア  作者: きちょう
第5章 魔王
25/48

025:刻一刻

「畜生!」

 スーのいつもの八つ当たりに、周囲はもはや動揺もしない。

 魔王アンデシンを前に、東西南北を司る神器使いの四将軍が集まっている。

「へぇ、それで引き上げた訳か」

「いけませんか?」

 人と魔族、どちらかが滅びねば終わらない戦いを続けている最中とも思えぬほど、アンデシンとメルリナの表情は柔らかい。

 聖者ベニトアイトの勧誘に失敗したターフェとスー、そして鉢合わせた勇者との交戦のために天空の手をも借りたことを、四人は魔王に報告したところだった。

「聖者が手に入らなかったのは惜しいが、そういう事情ならば仕方ないな。こちらの被害を無闇に増やすわけにもいかない」

 ターフェとスーの二人に、アンデシンは労いの言葉をかける。

「ちっ。あいつらが邪魔さえしなければ、あの男を引っ張って来れたってのによ」

「いや、スー。勇者たちの乱入がなくとも、ベニトアイト殿は心を決めていた。どちらにしろ我々は彼をこちらの陣営に迎え入れることは不可能だっただろう」

 任務の失敗は勇者のせいだと憤るスーに比べ、ターフェはそれがなくても勧誘に成功しなかっただろうことを冷静に受け止めている。

 人にも魔族にも味方しない。争いを否定し、永劫に中立を保つ。それが聖者の答。

「相手は聖者だ。城に連れ帰ればそれだけで意味のある者ではない。聖者と呼ばれる存在が我ら魔王軍の正義を信じて与することに意義があったのであって、無理矢理引きずってきても意味はないよ」

「だからって、あの人間共をのさばらせてはおけねーだろ!」

 憎悪に凝り固まった青年は、もはや理屈も道理もどうでもいいとばかりに、全ての責任を人間たちに押し付ける。

 スーの中で人間は邪悪な存在であって、それ以外であってはならないのだ。

「まぁまぁ。お前たちは二人ともよくやってくれたさ。どちらにしろ聖者が人間に味方するようなことがないなら、目的はほぼ達成したようなものだ」

 自らが出した命令が完遂されずとも気にした素振りもなく、アンデシンはスーを宥める。

「これで魔族のハーフたちが人間共にすり寄ることはなくなった。向こうも聖者の勧誘に失敗したことには変わりない。聖者の価値観では我らだけでなく、人間にも正義はないと言うことだ。今はそれでいい」

「ふん」

 勧誘が失敗したところで犠牲が飛躍的に増えるようなことはなく、今のところやはり人間と魔族の勢力は拮抗している。

 魔王にとって聖者の勧誘は、あくまでも保険のようなものだった。

「人間たちもそれはわかっているでしょう。お互いの手の内――神器の数について、向こうもほぼ確信を抱いたはず」

「人間側の神器は四つか。俺たちは五つ」

「けれど、このぐらいの違いならば作戦でひっくり返されそうですね」

 神器使いとしては補佐役で火力が足りないと言われるメルリナが冷静に不利を口にする。

「近日中に奴らの方から仕掛けて来るだろうね。それとも私たちから攻め込むかい? 魔王様」

 天空が舌舐めずりでもしそうな顔で笑う。

「奴らを待つ。魔王は勇者を待ち受けるものだ」

「そこまでお伽噺になぞらえてやるのかい?」

「魔族たちの心証の問題だ。最後の戦いは向こうから攻め込んできて、我々はそれを迎え撃っただけという形にした方がいい」

「最初の戦いがそうであったように?」

「そうだ」

 魔族は人間を滅ぼすことが悲願だが、それには邪魔な勇者を全員始末してからじっくりとりかかればいい。

 魔族側から人間の都に攻め込めば、結局魔族の方から平和を壊して戦いを仕掛けたような構図が完成してしまい、後の支配に関わるというのがアンデシンの意見だった。

 魔族にももちろん争いを嫌う者はいる。そう言った者たちへの求心力を失ってはならない。

 魔族にとって、魔王はあらゆる意味で正義でなければならないのだ。

「今日の会議はこれまでにしておこう。皆、御苦労だった。来るべき決戦に備えて、しばらく体を休めてくれ」


 ◆◆◆◆◆


 サンとユークが同時に攻撃を仕掛け、ラリマールはそれを捌ききれずにくるりと宙を舞った。

「やれやれ。負けた負けた。もうサンとユークの連携もぴったりだな!」

 ラリマールより一足先に戦闘不能判定されたフェナカイトが、飲み物を用意して三人の下へやってくる。

「お疲れー。どうしようか? 今日はこの辺にしとく?」

「そうだな」

 王城の訓練室を一室借り切って、四人は神器の訓練に励んでいた。

 聖者の勧誘は両陣営共に失敗。神器の数も大体推測がつき、魔王以外の手の内は割れている。

 あとはこちらから、魔王を倒すために乗り込むだけだ。

 サンたち人間の勇者側は神器の数で負けている。その分、臨機応変な対応ができるように、連携の精度を上げることに注力していた。

「こいつと息を合わせるなんて非常に不本意ですが、今の攻撃はまぁまぁでしたね」

「俺の方こそ不本意だっての」

「はははは。お前たちも相変わらずだな」

「戦闘時以外でもっと仲良くする気ないの?」

 元々神器を扱う前から四人共がそれなりの実力者。武器の習熟度を上げれば、魔王の配下相手でも十分以上に対抗できるだけの戦士になる。

「しかし、こういうのはなんだけど魔王の実力がわからないことには懸念は消えないね」

「ですが、配下の将軍たちはともかく魔王が直々に戦場で戦う機会など余程のことでなければありませんよ」

 人間側は神器の数で負けている上に、魔王の実力がわからないのが問題だった。

「魔王は魔族と人間の戦いが始まった頃にちょっと戦っただけだからね」

 パイロープの協力の下これまでのデータを漁ってみたものの、魔王の戦闘記録は驚くほど少なかった。

「……」

「とはいえ、向こうの神器使いの一人は魔導士のメルリナだろう。これまでもほとんど戦闘に関わってこなかったし、明らかに補佐役だ」

「実質、四対四ですね」

「もしメルリナが戦士としての実力を隠していたら?」

「……その時はその時で、対抗するしかないだろう。どっちにしろグランナージュ側は神器をこれ以上増やせないんだ」

「普通の魔導士の手を借りるって手も」

「いや、危険だろう。……魔族の襲撃で科学技術が後退したと共に、人間の魔導技術も後退した」

 肉体に魔力と呼ばれる力を多く持って生まれてくる魔族と違い、人間は改めて学ばなければ魔導を使うことはできない。

 生半な実力の人間の魔導士では、きちんと学んだ魔族の魔導士には勝てない。

「まぁ、そう言った最悪の場合には、相手の殲滅を考えるよりも戦力を削る方向に移行しましょう」

「四人がかりでも二人を倒せれば、残った三人を別の機会に改めて潰せる」

「神器の適合者探しには向こうもそれなりの時間がかかるだろうからな」

 そうして魔王との戦いの計画を詰めていく。

「――とりあえず今の時点ではこんなところだな」

「次があるのかどうかは、まだわかりませんけどね」

 勝てるかもしれない。負けるかもしれない。

 負けても撤退して仕切り直せるかもしれない。

 勝っても……ここにいる者全員は残らないかもしれない。

 魔王を倒せれば勇者の勝ち。けれどその後の世界に自分はいないかもしれないのだ。

 嫌な可能性は考え出せばキリがない。

 けれど、諦めるわけには行かない。

「勝つんだ。俺たちが」

 魔王に勝ちさえすれば、とにかく戦いは終わるのだ。

 この頃はまだ、サンはそう信じていた。


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