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楽園夢想アデュラリア  作者: きちょう
第4章 平和幻想
24/48

024:来る別れに

「なあ、アルマンディン。お前は本当は……自分自身が勇者になりたかったんじゃないか?」

「……そうだな」

 彼女は勇者を求めていた。クオではなく、物語の完璧な勇者になりたかった。

 勇者は魔王を倒して世界は平和になりました。めでたしめでたし。物語ならそう終わる。そう終わるべきなのだ。それでいいじゃないか。

 人は何故その後も争いを続けずには生きていけないのだろう。

「真の平和を取り戻す、真の勇者なんてどこにもいないのかもしれないな」

「真の勇者……」

 勇者と呼ばれるサンたちは、国王の前を辞す。


 ◆◆◆◆◆


 貴賓室へ戻る為にいつも通る柱廊、彼らは自然とまたこの場所で、話を始める。

 立ち並ぶ柱の向こうに見える中庭はすでに陽が落ち空を赤く赤く染め抜いている。更に頭上からは、今日を眠らせるための夜の帳が降りてきていた。

 昼と夜の間、古くは誰そ彼と呼ばれていた、すれ違う相手の顔もわからぬ逢魔が時だ。

 ラリマールがユークに話しかける。

「ユークはこのまま、永遠に女王に従い続けるつもりなのか?」

「当たり前だ。それが僕の存在意義。クラスター家に生まれて将軍にまでなった人間が、女王陛下への忠義を捨てると思うのか?」

「お前はそういう奴だよな」

 誰もが予想した通りの答を返すユークに、サンももはやお馴染みの感想を返す。そしてこの場で一番の年長者に同じ話題を振ってみた。

「フェナカイトは」

「あー、と……うーん……実は、あんまり考えてなかった」

 てへ、と珍しくを舌を出して、フェナカイトがどこか心ここにあらずな明るい笑みを浮かべる。

「そもそも仮にも魔王と対戦するのに、生きて帰れるとか思ってなくてさぁ」

「おい……それじゃあ、まるで死ぬために戦ってるみたいだぞ……」

 予想外と言えば予想外、将来への希望など何もないと言うかのようなフェナカイトの悲観的な言葉に、サンは頬を引きつらせた。

「いやぁ、さすがにそこまでは言わないけど」

「まぁ、確かに魔王を倒すのに完全に犠牲をなくすというのも難しいでしょうね。僕は陛下に命令された以上、どうあっても生きて帰りますけど」

「私もサンが生きて帰るなら生きて帰るぞ!」

「勝手に俺を死なせる前提で話を進めるな」

 誰が犠牲になどなってやるものか。

 どうやら四人の勇者たちは戦いを終えた後のことについて、考えている者と考えていない者の二通りに分けられるようだ。

「僕はずっとこうして生きていく。今更誰に言われようと生き方を変える気はない」

「私は、サンについて行くぞ。思考を放棄したわけではないが、私がサンに助けられたあの時から、サンの選ぶ道が最も良い道だと信じている」

「俺の選ぶ道って言ったって……」

 これもいつも通りと言えばいつも通りなのだが、ラリマールから過分ではないかと思う程の全幅の信頼を寄せられてしまったサンは歯切れ悪く言って頬をかく。

「正直俺は天空を倒して父さんの仇を討つことだけ考えてて、アルマンディンみたいに大陸の行く末とか、世界の未来なんて考えたこともなかった」

 頼りない本音を聞いてもまったくサンに幻滅することのないラリマールは、むしろそれが普通だとでも言うように頷いて見せる。

「サンにとっては、クオのことは一つのけじめなのだろう。天空が打倒すべき敵であることに変わりはないし、復讐を遂げた後にまた考えが浮かぶかもしれないぞ」

 そして最後に残ったフェナカイトに少年三人の視線が集中する。

 勇者の中で最年長、けれどフェナカイトは未来を決めてはいなかった。先程の答ではそもそも将来のことについて考える前に終わっていたという話だったが……。

 サンが天空への復讐、父の仇討ちを理由に挙げるように、フェナカイトも何かそう考える理由があるのではないか。

 無言の期待に押し負けたか、フェナカイトも今までよりは一歩踏み込んで本心を明かす。

「……詳しい説明は今は省略させてもらうけどさ、俺は一度、全てを失って女王陛下に拾われたわけ」

「そう言えば前にそんな話を聞きましたね」

 ユークが頷く。この四人は冒険者であるフロー一行のように、自分たちで気の合う仲間を見つけ、全員で望んで勇者になったとは間違っても言えない面子だ。

 言えないことも聞けないことも、知りたいことも知りたくないことも色々ある。これまでは知ろうとすらしなかったこともたくさん。

「その時から、正直道に悩んでいるんだよ。それでどこにも歩き出せない俺に、女王陛下が言ったんだ。“勇者にならないか? お前の命運を、魔王を倒せるかどうかに賭けてみるんだ。お前が今後どう生きるかは、魔王を倒せたその時に決めればいい”」

「……なんだそりゃ」

「前々から思っていたが、アルマンディン女王は面白いな!」

 フェナカイトと女王アルマンディンの絆……否、果たしてこれは絆と言っていいものだろうか。とにかく因縁だけは思ったより深く存在するらしい。

 アルマンディンはフェナカイトを単に勇者として見初めたのではなく、彼に一つの生き方として“勇者”の役割を与えたのか?

「だから俺は魔王を倒すまでは、未来を選ぶも何もない訳。倒せたらその時はその時。倒せなかったら……どうせ俺もこの世にはいないだろうしね」

「……」

 けれど、と言うべきか、だから、と言うべきか。その発言はやはりどこか彼が死にたがっているように――破滅したがっているように聞こえた。

「……嫌なこと言うなよな。俺は、全員生きて帰るつもり満々だぞ」

 サンは正直な感想を口にする。いくら気の合わない相手がいるとは言っても、フローたちのように仲間を喪うなんてことは御免だ。

 そして自分自身も死ぬ気はない。復讐は望むが、命と引き換えに仇討ちをする気はさらさらなかった。

 勝つ。相討ちではない。完全に天空に勝たねばならない。

「死は……取り返しがつかないんだ。決して取り戻せない」

 必ず生きて帰る。

 それが勇者として、魔獣の王を倒すだけ倒して自らが取り戻した平和を謳歌することのできなかった父に対する、たった一つの餞だ。

 今のサンはそう思う。

「そうだな。私たちまで死んだら、勇者は魔王を倒して死ぬのが伝統になってしまう。争いが永遠に終わらなくなってしまう」

「そんな世界はごめんです」

 勇者は常に命懸けで魔王を倒さねばならないなんて、そんな伝統を作る気は毛頭ない。

「生きて帰るぞ、フェナカイト」

「ああ。……そうだね。昔は迷ってたけど、今は君たちを見てると自然とそう思えるようになったよ」

 そして話が一段落すると、フェナカイトはまた聖堂に用があるとかで去り、ラリマールも一足早く部屋に戻った。

「……」

「……」

 サンは何故か一番気の合わないユークと二人で残された。

 とっとと部屋に戻りたいところだが、隣に立つ気配を考えるとそうもいかない。

 彼はこちらに何か用があるようだ。

「なんだよ」

「この先のことについて、僕は一つだけわかっているんです」

 先程の話を引きずっているのか、あえて蒸し返すのか。ユークが口を開く。


「この戦いが終わったら、僕たちはきっとばらばらになる。物語のような、強い絆で永遠に結ばれた勇者一行にはならないでしょう」


 それは薄々サンも――いや、四人の勇者全員が感じ取っていることだった。

「……必要か? それ」

 サンは心中で頷きながら、言葉では一つの疑問を呈した。

 勇者たちは全て幸せな物語のように、強い絆で結ばれた完全に仲の良い集団でなければいけないのかと。

「いいえ。どうせ僕は四人の中では少数派ですよ」

「少数派ってか、孤軍奮闘ってか」

 総ての人の感情を理解することはできない。

 この世の全ての人とわかりあうことはできない。

 けれど。

「なぁ、ユーク。俺はお前とは壊滅的に気が合わないけど」

「ふん」

「それでも、もしも王宮で女王の暗殺騒ぎがあったとしたら、お前だけはそんなことしないだろうからアルマンディンの傍に行って護衛しろって言うと思う」

「物騒な例え過ぎます」

 サンはユークのことを良く思ってはいないが、その分彼が女王に深く忠誠を捧げていることもよく知っている。

「僕だって……例えばお前が魔族を虐殺したなんて噂が立ったら、それは別人だと訂正して回るくらいはしてやりますよ。フェナカイトさんや、ラリマールだってね」

「物騒な例え過ぎるだろ」

 人のことは言えないサンは笑い飛ばす。

 目の前の相手に共感する気も同調する気もない。

 けれど、相手がどんな人間で、どんな信念を抱いているのか。そのくらいはもうわかっているのだ。

 だからそれを信じる。

 例え、この先どれ程道を違えたとしても。

「それに、女王陛下の命令に忠実で有能な兵士が欲しいだけでしたら、デザイナーベビーでもクローンでもアンドロイドでもなんでも作ればいいだけですしね」

「そりゃまたぶっ飛んだ思考だな……」

 魔族に人間の生活に関わる主要な施設を壊される前、人類の科学技術は自由に生命を造り出すまで進んでいた。

 デザイナーベビーやクローンは優秀な兵士を作るのには向いているかもしれないが、倫理的な問題が大きい。

 アンドロイドを製造し戦わせることができれば人間が直接戦闘に赴かなくても済むだろうが、機械は時に生きた人間より制御が効かない。維持やメンテナンスの費用も莫大だ。

 技術がどれ程進歩しようと、結局人は何千年も変わらぬ泥臭い戦争をやめることはできないだろう。

 それに。

「俺たちはみんな、違うから協力し合えるんだ。誰かと同じ人間を増やすだけなんて、辛いと思うぞ」

「……そうですね。神器の使い手だって勇者が全員僕やお前と同じタイプでは適合が限られるでしょうし」

 真面目に見せかけて実は適当な話をユークとしながら、サンはかつての父の言葉を再び思い出していた。

 ――サン、どうかお前は、決して俺と同じものにはならないでくれ。

 自分は、父クオとは同じ人間にはならない。

 彼になれないだけではなく、自分の意志で彼と同じ道を辿らないと決めたのだ。

 ――お前はどうか、クオ様を超えてくれ。

 これまでサンに対し父であるクオと同じ英雄になることを求める者は多かった。

 だからこそ、ベニトの言葉は胸に響いた。

 英雄である父を超えろ。

 それは途方もない目標だ。けれど誰かの複製品になるのではなく、自分自身になる。そのためにサンは戦う。

 ――で、どうするんだ? 魔王を倒した後は? 

 まだ自分の未来はわからないけれど、朧気ながらも望みが少しずつサンの中に生まれ始めている。

「まずは俺たちの手で、必ず魔王を倒す」

 それは終わりではなく、始まりなのだ。

 クオはそこで終わった。けれどサンたちは恐らく、そこから始める。

 アルマンディンが勇者を選んだのは、そのためだと思うから。


 人は必ず死ぬけれど、死を目的として生きているわけではない。

 例え実現しない幻想かもしれなくとも、平和を求め続ける。

 殺害と排斥によって血塗られた道を作り上げるだけの勇者ではなく。

 ――自分自身に、なるのだ。


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