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楽園夢想アデュラリア  作者: きちょう
第3章 聖者の選択
18/48

018:選択

 ベニトの家を訪れたのは、フロー一行だった。

 彼らの背後には、不機嫌そうな顔つきの村人たちの姿も見える。

「あれ? 君たちも来ていたのか?」

「お前たちの説得が捗らないようだと聞いてな!」

「うっ……」

 ラリマールが無邪気に冒険者一行の胸に刃を刺す。

「っていうかお前ら説得失敗したんじゃないの? まだやる気か?」

「次は飛び蹴りが飛んでくるよ。気を付けてね~」

「……あなた方は一体何があったと言うんですか」

 フロー一行の方も、頑ななベニトに対し特に強く働きかけるでもない勇者一行に対し言いたいことは色々あるようだ。

 しかし今回村を訪れたのは、フロー一行だけではなかった。

 会わせたい人物がいるからと、聖者はわざわざ村の中央にまで呼び出されたのだ。畑に四方を囲まれた空地は、普段は子どもたちの遊び場になっている。

「サン、フェナカイト、ラリマール、クラスター将軍、御苦労だったな」

「パイロープ……!」

 集まった村人たちをかき分けて、フローの隣へ進み出てきた姿にサンたちはハッとする。

 女王の腹心、アルマンディンの異母妹である女将軍パイロープがここまで来たと言うことは、今引き連れている数人の兵士だけではなく近くに部隊が待機しているのだろう。

 パイロープを前にして静まり返るサンたちとは裏腹に、周囲は騒がしくなった。

「俺に用がある奴が来てるって……」

 村の住人たちは、パイロープのことがあって、ベニトの様子を気にしているらしい。どうせフローたちだけだろうと面倒そうな顔をしていたベニトは、一人だけ格好も風格も違う女将軍の姿を目に止めて語尾が弱くなる。

「この村の聖者、ベニトアイト殿とお見受けする。私はグランナージュ王国近衛将軍、パイロープ=セレスティアル」

「ああ、俺がベニトアイトだが……何の用だ」

「用件はすでにそこの冒険者一行、勇者一行が説明済だろう。我らが女王の命で、貴殿を王都にお迎えに上がった」

 パイロープも無理に事を進めるつもりはないのだろう。だが正規の軍人がやって来たということで、ベニトも村の住人達もいつになく威圧されている。

「断る」

 それでもやはりベニトは頷かない。ベニトの答に一部の者たちは安堵の息を吐き、一部の者たちは王国側がどう出るかと不安な顔をしている。

「あのさぁ、パイロープ」

 ここで遠慮なく口を挟めるのは自分ぐらいだろうと、サンは礼儀もへったくれも知るものかと将軍閣下に気安く声をかけた。周囲の驚きも余所に話し始める。

「ベニトは王都には行かないと思うぞ。この村を放って、わざわざ人間側につくことなんてしないだろ」

「サン」

 パイロープが困った顔で笑う。真剣な表情の彼女は近寄りがたい威圧を発するのだが、こういう表情をすると途端にその覇気が抜ける。

「見てわかるだろ? この村、魔族と人間のハーフの村なんだよ」

「そうだな。私たちの調査不足だ」

 この村の存在自体は知っていたが、ハーフの村であるという報告はされていなかったと言う。

 パイロープが引き連れてきた兵士たちも、大仰に態度に表すことこそないが驚いてはいるようだった。

 平時ならともかく現在は正確な情報が十分に伝わりにくい。この村はそれを逆手にとって、魔族より人間の領域寄りの土地で暮らしていた。

「アルマンディンはどこまで知ってる?」

「聖者の存在だけ。……と、言いたいが、あの方のことだから全て御存知かもしれない。承知でお前たちを派遣して、王都側も一枚岩でないことをあえて見せた可能性すらある」

 女王を呼び捨てにしたサンの存在に、周囲の奇異な視線が集まる。

 この村には英雄クオの息子、サンの存在を知る者はいないようだ。

 クオに親しんだ王都の十人ならともかく、映像でしか彼を知らない者はまだ少年であるサンと英雄クオが結びつかないのだろう。

「パイロープ閣下、無理強いは良くないと思うぞ」

「聖者と言っても魔族とのハーフである彼を大々的に迎え入れるのは、メリットよりもデメリットの方が大きいと俺たちは考えます」

 ラリマールとフェナカイトも、ベニトを無理矢理王都に連れて行くことには反対の姿勢を示している。

「だが」

 何か言いたげなフローに対し、ついにユークも口を開いた。

「女王陛下が聖者の名で人心を掴みたいと言うのはわかります。けれど相手が彼であれば、人々を心から納得させるのは難しいでしょう。表面だけを取り繕っても無駄です。フローさん、あなた方はどうなんですか?」

「それは……」

 確かに女王の命で来たものの、フロー一行もサンたちも相手がハーフだとは知らなかったため混乱している。その衝撃は魔族嫌いのユークやフローの方が大きいだろう。

「閣下、もういいでしょう。これ以上ここにいるのは時間の無駄です」

 ユークの言い様にベニト始め村人たちが不機嫌になるのを、ラリマールやフェナカイトがまぁまぁと宥めている。

「……そうだな。この件は一度、女王陛下に委細を報告するべきだろう」

 ひとまず撤退の意思を示したパイロープの言葉に、周囲はほっとした様子になる。

 だが、話はそう簡単にまとまってはくれなかった。

「大変だ!」

 村の見張り台から伝令が走ってくる。

「魔王の軍隊が近づいてくるぞ!」

「何っ?!」


 ◆◆◆◆◆


 サンたちは建物の影に身を隠して、成り行きを見守っていた。

 村の住人たちはいざとなったらすぐに逃げられるよう、一応家の外に出ている。

「魔王の軍が何故……」

「恐らく、俺たちと同じ目的だろうね」

「あっちもベニトが目当てなのか」

「こちらよりきちんと調査していたんだろう。ハーフだという情報を掴んでいたんだ」

 兵士を周囲に侍らせて進み出たのは、サンたちがまだ会ったことのない男だった。

 姿はスーやメルリナと同じく人間に近いように見えるが、耳の先が少し人間にしては尖っているだろうか。

「……もしかして、あの男もハーフなのか?」

「なんですって?!」

 それならば納得が行くのだ。魔王軍がわざわざベニトを迎えに来た理由も。

「私はターフェアイト。卑しくも魔王軍においては、アンデシン陛下から西方将軍の位を頂いている。お気づきかもしれないが、私はあなた方と同じく、魔族と人間のハーフだ」

「……そのようだな」

 ベニトは複雑な顔をしている。周囲の村人たちも同様だ。

「なんか魔族の方が俺たちより紳士的な勧誘だな」

「だまらっしゃい」

「でも、兵士の姿をちらつかせている。あれは威圧なのではないか?」

 このまま穏やかな話し合いが続くかと思われた状況を一変させる、サンたちも知った声が響き渡った。

「のんびりとお話しなんかしてる場合じゃないだろ、ターフェ。とにかくそいつをさっさとアンデシンのところに連れて行けばいいだろ」

「まぁ待て、スー。こういうことは本人に心から納得してもらわねば意味がないものだろう」

「けどよー」

 前回遺跡の前で攻防を繰り広げたスーの姿を目にして、サンたちは嫌な顔になる。

「単刀直入に言おう。我々は聖者殿に、我ら魔王軍に与して頂きたいのだ。人間たちではなく」

「お前らの半分は魔族なんだろ。じゃあこっち側でいいじゃん。排他的な感情は俺たちより、あいつら人間共の方が強いぜ」

 確かにベニトがハーフであると知って諦めが濃厚になった人間側よりは、ハーフだからこそ迎えに来たという魔族側の方が寛容かも知れない。

「……」

「私を見ていただければお分かりだろうが、魔王陛下は魔族のために真摯に働く者はハーフであろうととりたててくださる。聖者殿だけではない、この村の者たちもだ。すぐさま兵になれとは言わない。どんな仕事でもいい。人間たちと戦う意志がある者は我々と一緒に来てくれ」

 村人たちはざわめきながら顔を見合わせる。

 一概にハーフと言っても、その心情まで完全な中立を貫くのはやはり難しいのだろう。人間寄りのハーフもいれば、魔族寄りのハーフも当然いる。

「今ならターフェの活躍もあって、魔族側はハーフへの感情も穏やかだ。だが、お前たちがこの話を断って人間につくようなら、魔族側もこれからのハーフの扱いを考えなきゃなんねーな」

 ターフェが穏やかに口説く一方、スーは脅しをかけるように言った。

 ベニトの答を人間側と魔族側、双方が手に汗を握りながら待つ。

「……すまないが」

 周囲の耳目を一身に集めながら、聖者ははっきりと宣言した。


「俺たち、この村の者たちはどちらにもつかない。あんたたちにも、人間たちにも」


「迫害を受けるのはもうたくさんだ。けれど、自分たちが蹂躙する側に回ろうとも思わない。俺たちはどんな種族とも争わずに静かに暮らしたいんだ」

 少しの動揺はあったもののベニトの言葉は村の総意であるようで、誰も口を挟まない。ただ祈るようにターフェとスーの顔を見ている。

「……そうか」

 ターフェは残念そうに瞳を閉じる。再び開かれた時に宿っていた感情は、何故か憐れみに似たものだった。

「あーあ、失敗したな。計画は第二段階へ移行だぜ」

 スーが殺気を放ち始め、村人たちの間に怯えが走る。

「戦いたくないだと? 今だって同胞が、魔族も魔族の血を引く者たちも人間共に脅かされているこの世界で」

「逃げろ!」

 ベニトが村の者たちに叫ぶ。大人が子どもの手を引き走り出すのと、魔族の兵士たちが飛びだすのは同時だったろう。

「俺たち魔族につかねぇなら、テメーらは人間共の手先として皆殺しだ!!」

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