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楽園夢想アデュラリア  作者: きちょう
第2章 望みの先
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010:東方将軍

 人気のない荒れ果てた道路を一台の車が走っている。乗っているのはグランナージュの勇者の四人だ。

 運転席に座るのは唯一の成人男性であるフェナカイト。助手席ではユークが小型の端末に入力された電子地図を広げている。

「この山の向こうです」

 人気の少ない郊外も魔族の襲撃とは無縁ではなかったらしく、道路のところどころが砕け散り剥げていた。

 軍の移動中でも狙われたのだろうか、道に残る襲撃の痕を避けながらフェナカイトは器用にハンドルを捌いている。

「私たちは、遺跡でフロー一行とやらと合流すればいいのだよな」

 ラリマールが窓から身を乗り出して外の景色を眺めながら、この後の予定を確かめた。

「ああ。遺跡周辺に先に魔王軍が到着していたらもっと作戦を立てる必要があるけどね」

「どいつが相手だろうと、蹴散らしてやればいいだけです」

 神器使いは身体能力が底上げされる。いざとなれば山の中を身一つで駆け上がることができるからと、サンたち四人が先行することとなったのだ。

 後からパイロープが軍を引き連れてやってくるとはいえ、もしもフローたちに何かあった場合はこの四人でまず対処しなければならない。

「そろそろ道も綺麗になってきたことだし、急ごうか」

「ああ――って、うわっ」

 フェナカイトがスピードを上げる。

 サンとユークは慌てて自らの体を支えるが、窓から身を乗り出していたラリマールは勢い余ってサンの方にまで転がってきた。

「何事もなければいいんだけどね……」

 フェナカイトは口の中で小さくそう呟くが、そういった嫌な予感ほど当たるものである。

 常緑の山々は、静かに彼らを待ち構えていた。


 ◆◆◆◆◆


 グランナージュ王国東部リーザ地区。

 人の立ち入らない山の中腹にその遺跡はあった。

 この時代のフローミア・フェーディアーダにおいて遺跡とは二つのものを意味する。

 一つは、古来より使われる遺跡そのもの。古い時代に先人が残した建築物や生活機構の痕跡。

 もう一つは、邪神と組み後にその邪神をも倒した創造の魔術師・辰砂が何らかの意図をもって作り上げた遺跡。

 後者の遺跡は作り手が作り手だけに、何かを隠すために建築されたと目されている。

 リーザ地区の建築物は前者とも後者ともつかず発掘が後回しにされていた。

 寂れた古代の神殿を普段訪れるのは羽を休める場所を探す鳥ぐらいのもの。何事もなければこのまま人々の記憶から忘れ去られ朽ちていくだけの場所。

 その遺跡に、今は不穏な争いの音が響く。

「そこのお兄さんはまだ殺しちゃ駄目だよ、全員死んだら、助けなんて来ないからね」

「わかってんだよ、うぜぇ! なんで俺がテメーの指図なんか受けなきゃいけねーんだ!」

「そりゃ今回魔王陛下直々に任命された作戦指揮官は私だからだな」

 緑髪の魔族スーは、天空に命令される苛立ちを、そのまま彼が足下に踏みにじっている青年へとぶつけた。

「う、ぐっ……」

 腹を蹴られた青年が僅かに血を吐きながら呻く。最初に折られた左腕が熱を持って酷く疼くが、もはや痛いなんて感覚は麻痺している。

「み、みんな……」

 周囲にも自分のように散々甚振られて倒れている人影が見える。彼らは無事なのか。せめて命があることを、命があるうちに王都からの救援が来ることを、フローは神に祈った。

「自分が死にそうだってのに、お仲間の心配かぁ?」

 スーは死に行く害虫を眺めるような冷ややかな眼差しでフローを見下ろした。

 冒険者フロー一行の制圧をスーに任せた天空は、遺跡の入り口に立つ彫像に腰かけて武器も出さずに高みの見物をしている。

「テメーらみたいな下衆にも、そんな感情があったとはな! ……もういい! 死んじまえ!!」

「あ、こら!」

 天空の制止も聞かず、スーは再びフローを魔族の脚力で蹴り上げた。

 ゴムまりのように軽く吹っ飛んだ青年の体が、凄まじい勢いで廃墟の壁に叩き付けられる――ことにはならなかった。

 ドサッ

 ガキンッ

「あーあ、だから言わんこっちゃない」

 何かが落ちるような音の後に、金属がぶつかる硬質な音が響いた。

 スーの前に天空が割り込んで、サンとラリマールの連撃を彼女の神器である大鎌で受け止めていたのだ。

 驚くスーを背後に庇い、天空は鎌の一振りでサンとラリマールをあしらう。

 とりあえず一瞬だけ隙を作れれば良かったサンとラリマールも、無理はせずに飛び退いて一度彼女から距離をとった。

 壁に叩き付けられるところだったフローを受け止めたユークは、折れた腕に気を使って彼を地面に横たえる。

 吐血しているのは、胃から出血しているということだろう。こちらも相当酷い怪我だ。

「フローさん! しっかりしてください! フローさん!! フェナカイトさん! 彼も重傷です!」

「すぐ行く! 今は死に向かってるこっちが先だ!」

 かつてない威勢で怒鳴り返したフェナカイトは、フローから離れた位置で倒れていた二人の手当てをしている。

「おや、治癒術を持っている奴がいたのか。これは面倒だな」

 治癒術とは文字通り怪我を癒す魔導の一種だが、今の時代は使える者が限られている。

 フェナカイトも特別魔導士としての修業を積んでいるわけではない。それでも彼が患部に手を当てるだけで、みるみる怪我が治っていく。

 フローの仲間二人を治し、フロー自身も治し、気を失って転がっていたもう一人も助け出した。

 感心する天空とは対照的に、スーは冷めた目で吐き捨てた。

「関係ねーよ。何度でも治して立ち上がってくればいい。俺たちは何度でも殺すだけだ」

「……」

 サンとラリマールは武器を構える。

 攻撃の速さと威力を併せ持つ天空は、ユークにとって分の悪い相手だ。そしてフェナカイトは治癒術を持つが故に、優先的に冒険者たちの救出に回される。

 何より、サンとラリマールの体格ではフローたち成人男性がほとんどの冒険者一行を抱え上げることができないのだ。彼らを安全な場所へ運びだし治療することは、フェナカイトとユークにしかできない。サンとユークは二歳しか変わらないが、この年頃でその差は大きかった。

「っていうか、なんでラリマールの野郎がいんだよ。お前はいつから勇者の仲間になったんだ?」

「先日からだな」

 天空やメルリナがそうであったように、スーもラリマールと面識があったらしい。

「まぁいい。誰が相手だろうと関係ない。俺は俺の敵を殺すだけだ」

 深く問い詰める様子を見せず、スーが神器を発動させる。

「サン、どちらの相手がいい」

「――天空だ。お前はあのスーとか言う男をやれるか?」

「ああ。そちらは任せたぞ」

 二対二、少しでも時間を稼げば冒険者たちの治療を終えたフェナカイトとユークが合流する。

 そう考えるサンの心理を見透かして、スーが指を鳴らした。

「二対二だと思ったか? 馬鹿が。神器使い相手に、数で劣った状態で仕掛けるもんかよ」

「!」

 山腹の遺跡の周囲のあちこちから、先日と同じく人狼が顔を出す。

「まずいな、どうするサン」

「どうするって……」

 こうなったらどちらかが天空とスーを抑えこんでいる隙に、どちらかが他の魔族の相手をするしかない。

「この前殺された奴らの仇だ。苦痛と恐怖をたっぷり味わって死ね!」

 スーの悪態が、開戦の合図と化した。


 ◆◆◆◆◆


 ラリマールが人狼たちを抑えに行き、サンはスーと天空の相手をするために残った。

「はん! テメー一人で俺たち二人を相手にする気かよ!」

 スーと天空の仲が悪そうなのは二人の会話の中で何となく察しているのだが、それでも連携は完璧だ。天空がスーのフォローをしているのか、あるいは彼を囮にしているのか。挙動の意図は怪しいが、実にうまく立ち回っている。

 ラリマールと二人がかりだった最初の一撃。天空がスーを庇ったことで、スーは天空程飛び抜けた身体能力を持っている訳ではないことは把握できた。

 しかし、そもそも彼の得物はフェナカイトと同じく神器の銃だった。弾丸の装填に手間のかからない魔法の拳銃。

 実際の拳銃と違い持ち運びが簡単で連射もしやすい。対物での威力は絶大だが、神器の武器を貫通するほどではないと言う。

 スーは天空とサンの斬り合いの合間に、サンの注意が天空に集中して逸れたところを狙って来る。

「っ!」

「これも当たんねーのかよ。なんだこのガキ。猿みてえに弾丸全部躱しやがる」

「誰が猿だ誰が!」

 スーはひたすら口が悪く、人間を侮蔑している。

「知らないのかい? あのクオの息子だよ。五年前に魔獣王を倒した」

「クオ? ああ、そう言えば確か、人間共はそんな名の英雄を崇めているんだっけか? でもそいつ、お前に殺されたんじゃなかったか?」

「そうだ」

 天空がクオを暗殺したことは、魔族の間では周知の事実らしい。

「へっ、くだらねぇな。何が英雄だ。魔族と人間が争い合う世界の火種を作るだけ作って、自分はとっとと天空に殺されたくせに」

「……ッ!」

 サンの血が沸騰する。

 彼がどれだけ人間を見下そうがサンの知ったことではない。けれど、父親のことになると話は別だ。

「あーあ、逆鱗に触れちまったぞ」

 天空が呆れて肩をすくめた。

「てめえ……!!」

 サンは標的を天空からスーに切り替えた。彼女に斬撃を繰り出すと見せかけて、直前で建物の壁を蹴り反転する。

 突っ込んでくるサンを見て、スーは慌ててそれまでいた場所を飛び退いた。

 サンの双剣が遺跡前に並べられた柱を真っ二つにする。倒壊する柱の瓦礫が降る土煙の中で、サンは低く呟いた。

「ぶっ潰す……!」

「何怒ってんだよ、虫けらが。自分たちは魔族を一方的に迫害しておいて、今更被害者面か?」

 スーも本気になってきた。目の色が変わり、斬り合う天空の援護に務めていたのを、自分がメインの攻勢へと切り替える。

「そんなに父親が好きなら、テメーも親父と同じところへ逝け!!」

 間断ないスーの銃撃を、サンは神器が底上げした身体能力で全て躱した。

「なっ……!」

 どれ程銃の扱いが上手くとも、基本的な身体能力はスーよりもサンの方が上だ。真っ向勝負に持ち込んだ時点で、スーに勝ち目はない。

 ――だが、敵はスーだけではなかった。

「甘いよ、坊や」

 天空が横槍を入れてくる。咄嗟にサンは双剣を交差させて天空の大鎌の一撃を防いだ。

 直撃は防いでも衝撃までは緩和されない。神器のおかげで身体能力が上がっているとはいえ、遺跡の壁に思い切り叩き付けられる。

「死ね!」

 そこを狙ってスーが再び銃を構えた。だがこれもまた別の神器使いに妨害される。

「させない!」

「でぇッ?!」

 ラリマールの放った鞭が、銃を握るスーの腕を絡め取り、そのまま勢い任せに放り投げたのだ。

「フェナカイト!」

 スーが吹っ飛んだ先ではフェナカイトが待ち構えていた。そのままスーとフェナカイトの戦闘になる。

「これで終わりにしましょう」

 天空の追撃を抑えこんだユークが言った。

 冒険者の救助や人狼の討伐を終えて、彼らもようやく参戦だ。

「そうだな」

 だが不穏な予感は晴れない。

 どうして彼らはわざわざ冒険者を殺さずに甚振るなどということをしていたのか。どうしてそれらを助ける人間側の援軍を想定していたのに、神器使いが天空とスーの二人しかいなかったのか。

「これで終わりだ」

 簡単なことだ。

 天空と言う名の暗殺者が、それだけ強いからだ。

「ユーク……!」

 壁に叩き付けられた衝撃でまだ掠れ声のサンが警告の声を上げる。

 天空の纏う空気が変わった。魔王の配下だとふざけて笑う姿から、あの夜の酷薄な暗殺者の様相にと。

 それまでは手を抜いていたのかと、まだ回復しきっていないサンは驚き目を瞠ることしかできない。

 神器の鎌がその大振りの得物としては想像もつかないような軌跡を描き、ユークの鎧を貫いて胸に突き刺さる。

「がはッ……!!」

「ユーク!!」

 勇者たちは叫んだ。

 

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