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⑦ 野宿

 日が空にある内はひたすら歩いた。

 ナイトは頭上に輝く太陽の位置や、時折水晶玉を覗き込んで方角を確かめながら俺たちの前を歩いていた。

 天文学ならばまだ分かるが、水晶玉で本当に正確な方位が分かるのか、俺には疑問だった。

 キヌアも同じ意見だったようで、俺達は互いに顔を見合わせては首を傾げた。

 しかしながら地図に示された地形等に照らし合わせてみると、これが驚くべきことにピタリと当てはまっていたのである。

 占いとはそれほど万能なものなのか。

 俺がナイトに尋ねると、彼は苦笑して答えた。


「勿論、万能なわけはないさ。少し先の未来を覗くことは出来ても、過去を変えることは出来ない。この世の真理を垣間見たとしても、それらを全て理解することも出来ない。僕が出来ることは、この水晶玉を通して、世界に存在する者たちの言葉や見たものを代弁することだけ」


「信じられないな」


「はは、火の代弁者には言われたくないな」


 痛いところを突かれて俺は押し黙った。

 別に、俺自身、自分がこの世界の火そのものであるなんて自覚はなかった。

 俺は俺だ。

 たまたまこの世界の火を司る者が、どういうわけか俺を選んでしまっただけのこと。


 とは思ってみたものの、それで反論する気にもなれなかった。

 なぜならこの先、この火の力を大小なりとも使うことは間違いないと確信していたからだ。

 その段になって、いや自分はこの力を望んではいなかったんだ、なんて言うのも格好がつかない。自分でも場面によっては中々便利な力だと思う時もあったのだから。


 実際、その時はすぐにやってきた。


 日が傾いて夜の陰が地上を覆う頃になると、俺達は林の近くで歩みを止めて夜営の準備に取り掛かった。

 火を起こすのは当然、俺である。

 林の中から乾いた枝を拾い集め、石を積み上げて簡素なかまどを作った。

 そして枯れ草を火口として俺の左手から火を灯し、彼らの伝承で言うところの、冥王の影たる夜のとばりから身を守るのである。

 燃え盛る炎の中で枝が弾ける音が小気味よく、一日中歩きっぱなしだったので、いい加減足が重たくなっていた。


 涼しい夜風が吹く中、キヌアが夕食の支度を進めてくれた。

 鍋に必要分の水を注ぎ、そこに干し肉や乾燥させた豆、香草等を加えて煮込む。

 いたく簡素な料理ではあったが、温かい食べ物は心を落ち着かせるご馳走だ。

 俺達は寝袋を座布団のように敷いて座り、スープを味わった。

 すると、食事の手を止め、眩い炎を見つめるナイトが呟いた。


「誰かと一緒に食事をするって、良いものだね……」


 彼の言葉は今まで彼が一人で旅を続けてきたことを俺たちに悟らせるに十分だった。


「ナイトさんは、どうして旅をしているんですか?」


 いたたまれなくなったのか、キヌアが彼に問いかけると、ナイトはフッと自嘲した。


「さあ、何故だったかな。もう目的なんて、忘れてしまったのかもしれない。僕には占いの才能があった。だから多くの人々の未来を覗くうちに、自分のことをあまり考えなくなったのかもしれないね。気がつけば国から国へ、街から街へ、気の赴くままに彷徨う放浪の身さ」


「ずっと一人だったのか? 家族は?」


「妹が一人いたよ。けれど彼女は頑固でね。僕の言うことなんて一つも聞き入れてくれなかった。おかげで大きな騒動が起きてしまって、今では離れ離れ。それからはずぅっと一人」


「寂しくは無いんですか?」


「寂しく無い、といったら嘘になるね。けれど訪れる街の片隅で小さな机を挟み、困った人たちと言葉を交わすのは、割りと寂しくは無いかな。それに今は、友人たちと旅をして食事をしているんだから」


 ナイトは心底から思いを吐露するように語った。

 不思議なことに、彼の一言一句には人に耳を傾けさせる妙な魅力があった。

 ある意味で人と喋ることが仕事の占い師独特の能力スキルなのかもしれないが、彼の場合、なぜだか口から紡がれる話しを途中で遮りたく無いと思わせる何かがあった。

 話術が達者になると、かくも聞き入ってしまうものなのかと、俺は舌を巻いた。

 食事を終えて片付けを済ませた後は、余計なことはせずに只眠ることだけに集中すればよい。


 とはいえ、真夜中に獲物を求めて徘徊する獣もいるので、交代で火の番をしたほうが良いのではないかと俺が提案すると、真っ先にナイトが手を挙げた。

 曰く、先程水晶玉を通して周囲を探ったところ、獣の気配は無いので安心して眠っても大丈夫とのことだった。

 半信半疑になる俺たちに、ナイトは、心配なら自分が見張っているのでゆっくりとお休み、とまで言ってのけた。


 正直に言えば、俺はその時点で彼をまだ信用していなかった。

 まさかとは思うが、俺達が眠っている間に悪さをするのではないか、とさえ勘ぐってしまった。

 朝起きて、あるはずの荷物が一切合切消えて無くなっていました、なんてのはシャレにならない。

 ナイトは俺の考えを察してか、苦笑いを浮かべていた。


 一方で、キヌアはといえば基本的に人の言うことを疑わない性分なので、ナイトの言をすっかり信じて寝袋に身体を包んでいた。

 一日中歩いていた疲れが出たのか、既に目の焦点が合っておらず、すぐさま深い眠りに落ちていきそうなほどに微睡んでいた。

 そんな彼女の姿を見ていると、次第に、彼に疑惑の念を抱いていた自分が酷く小さな人間に思えてしまい、結局、三人一緒に並んで眠ることになった。


 寝袋を持参した俺やキヌアと違い、ナイトは普段から身にまとうマントを被って寝ていたようだ。

 道理で端々が擦り切れていたと納得はしたが、彼は瞼を閉じると、驚くほど早く寝息を立て始めたのである。

 試しに寝顔の前で手を振ってみたり、指を鳴らしてみたりしたが、ナイトは微動だにせぬまま深い眠りを貪っていた。

 キヌアも既に夢の中。

 俺は何だか置いてけぼりを食らったような妙な気分になってしまい、夜の静けさの中に火の中で弾ける薪の音を聞きながら、この先何度も経験する野宿の夜を明かした。



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