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輝炎救世譚―ある異世界転移者の回想録―  作者: コウヤ
第2章 炎を纏う者
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④ 母娘

 その後、俺はキヌアから女性を紹介された。

 彼女は【ミーテ】といって、キヌアの保護者にして唯一の家族である。


 二人に血縁関係はない。

 キヌアが言うには幼い頃の事情によってミーテの世話になっているとのことで、俺はその事情とやらを深く聞くことはしなかったが、旗から見ても二人は実の母娘おやこのようにしか見えなかった。

 実際、都でもミーテとキヌアといえば誰もが母娘と答えるほどに二人の仲は良い。


 さてこのミーテという女性はまったく大した人物で、女性に対して言っては悪いがその熊の如き巨躯きょくも然ることながら、たとえ天地がひっくり返ろうとも驚かない程の肝っ玉の持ち主だった。

 誰よりも笑い、誰よりも喜び、誰よりも悲しむことが出来る都の名人物に育てられたキヌアがそれに影響されるのは当然のことで、二人が畑に出るとどんなに辛い思いをする者もたちまち元気になるともっぱらの評判だった。

 俺が彼女たちから見て異世界からやってきた人間だと知っても、どこから来ようと人間は人間、だと驚きもせずに割り切ってしまうだけでも尊敬すべき慧眼けいがんを持ち合わせていた。


「さあて、今日はお祝いだねえ! なんとなんとキヌアちゃんが恋人を連れてくる日が来るとは思わなかったよぉ! 腕によりをかけてご馳走作らなくっちゃね!」


「もう、おばさんったらぁ! 恋人じゃないですよぉ。只のお友達です! ね、アキラさん?」


「え? ま、まあ、そうだね」


 二人して苦笑いする様をミーテは呵呵かかと大笑しながら昼食の支度に取り掛かった。

 ただご馳走になるだけでは心苦しいので俺も何か手伝えることはないかと聞くと、せっかくの男手なので裏庭でまきを割って欲しいと頼まれた。

 一旦外に出て裏手へ回ってみると、薪を割るための斧が切り株に突き立っており、その傍らに丸い薪が積み上げられていた。

 俺はその内の一つを取って切り株に立て、狙いを定めて斧を振り下ろす。


「チェストー!」


 掛け声と共に薪の中央目掛けて刃を振り下ろすも、初めのうちは中々狙ったところへ当てられなかったが、中々どうしてこれが面白く、何本も失敗する内に段々と上達していた。

 これは結構、剣の鍛錬に使えそうだ。

 と鼻を鳴らしながら割った薪を抱えて屋内に戻り、かまどにくべて火を起こす。

 火口となる枯れ草を薪と共に敷き、火打ち石で火花を散らして点火した。

 傍らではミーテが大きな包丁を易易と操って食材を豪快に切り、またテーブルではキヌアが大きなボウルで生地をねていた。

 俺が手伝ったのはここまでで、実際の料理は女性陣が独占し、大人しくテーブルに着いて待ちびるうちに出来上がった昼食が運ばれてきた。


「はい、お待ちどう! 我が家自慢の芋料理パタタだよ!」


 とろとろになるまで捏ねられた芋の生地をフライパンでこんがりと焼いたものが器に盛られると、その上から野菜や肉をたっぷり入れたスープがかけられていく。

 パタタはカルナイン王国に生を受けた者なら、誰しも一度は食べたことがある定番の家庭料理だった。

 他に、チーズやパンなどが添えられて、飲み物は野菜と果物を搾ったジュースが色目を良くしてくれた。

 城の食事と比べれば数段見劣りするが、それでも、目の前で手作りしてくれた温かな食事というのは何物にも代えがたいご馳走だ。


 全員が席についていざ食事、という前に、キヌアとミーテは両の手を絡ませて瞼を閉じ、女神ルミエルに対する感謝の想いを述べた。

 ルミエルがもたらす太陽の光の恩恵と、糧を与えられたことへの感謝、そして明日もまた今日と同じく糧を与えて下さるように彼女たちは祈った。

 俺は異国の風習を前に自然と自分も畏まってしまい、ならば自分もと、両手を合わせて食べ物に対して一礼した。

 程なくして祈りが終わった二人が顔を上げて、特にキヌアが不思議そうな目で、合掌がっしょうする俺に問いかけた。


「アキラさんの世界にも、神様に対するお祈りがあるんですね?」


「まあ、お祈りといえばそうなるのかな。こうして手を合わせて、一言、いただきますって言うだけ。神様というか、食べ物に対する感謝かな。命を頂きます、といった具合で」


「へえ、一言で済むなんて、簡単でいいねえ! うちも次からそうしようかね!」


「わたしはルミエル様一筋ですもーん」


 頬を膨らませるキヌアであったが、熱いパタタを一口食べると途端に頬が緩んだ。

 俺もミーテに勧められてパタタを口に運ぶと、香ばしく焼かれた芋はホクホクで、そこに具だくさんのスープが絡まってボリューム満点だった。

 重労働の農夫にはピッタリで、食べやすく腹持ちも良いので夕飯まで十分力を出せる上に、味も抜群となれば最高だ。

 無心で一皿平らげたタイミングを見計らってか、ミーテはさらに一枚焼いて持ってきた。


「おかわり食べるでしょ?」


「いやこれ以上は……」


 遠慮する俺の背をミーテの手がバシバシと叩き、問答無用と皿に二枚目が盛られた。


「男の子なんだからしっかり食べなきゃ駄目だよ!」


「あ、はい。すみません、いただきます……」


 記憶が正しければ結局三枚は強制的に食べさせられ、最後には意地になって腹に詰め込んだ。

 食事も佳境かきょうに入った頃、思い出したようにミーテがキヌアに顔を寄せた。


「ところでキヌアちゃん、今日も礼拝に行くのかい?」


「はい! ご飯を食べたら行くつもりでした。アキラさんも一緒にどうですか?」


「礼拝ってことは、つまり、大神殿に?」


 勿論、とばかりにキヌアは大きく頷いた。

 俺は参ったと髪をむしった。

 午前中に例の占い師から意味ありげなことを言われたばかりでまだ整理がついていない内に、大神殿でミオと会ったところでどうすればいいというのか。

 仮に会ったところで無視されるのが関の山としか考えられなかったが、かといって、それを理由にキヌアの誘いを断るのも気が引ける。

 嘘も方便と器用なことが出来れば以前も以後も生きやすかったのかもしれないが、結局俺は断る理由が見つからずに彼女の誘いに乗った。


 ただならぬ胸騒ぎを覚えながら……。


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