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輝炎救世譚―ある異世界転移者の回想録―  作者: コウヤ
第2章 炎を纏う者
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① 新生活

 異世界イデアでの生活が始まっておよそ丸一月は、米の飯と味噌汁の味に恋い焦がれながらも平らかな時間を過ごすことが出来た。

 ここで改めて、俺の生活サイクルを少し紹介しておきたく思う。

 まず朝七時前に起床。

 バレッドが沸かした風呂で寝汗を流した後、朝食。

 初めの頃は俺の世話などしなくてもいいと彼女に言い聞かせていたのだが、結局聞き入れてもらえず、既に俺は言っても無駄だと諦めた。


 午前中はメイスによる講義。

 曰く、知識は時に剣にも勝る武器となるとのことで、歴史、地理、特に文字を重点的に教わった。

 俺は不思議なことに彼らの言葉は聞き取れたし、喋ることもできる。

 しかし文字だけは覚えなくては書くことはできなかった。

 いくら小難しい書が読めたところで、自分の名前すら書けぬようでは意味がない。

 俺はさながら形象けいしょう文字のような形容し難い紋様を一字ずつ何度も繰り返し書いて覚え、また文法やある程度の表現もメイスの懇切こんせつ丁寧な指導で徐々に習得していった。

 英語は苦手科目の一つだったが、この世界の言語の習得は思いの外容易で、日本語とは明らかにかけ離れているのに自然と頭に入ってきた。


 そのことをメイスに尋ねてみると、やはりというべきか、俺に宿った精霊のお陰ではないか、という憶測が返ってきた。

 本当に宿っているなら、少しくらい、俺にこの先のヒントを与えてくれてもいいものを、なんてことを時たま考えていた。

 女神ルミエルが生み出した地水火風の元素を司る精霊たち。

 俺に宿っている火の精霊とやらは、あの日見た悪夢に出てきた巨大な怪物なのだろうか。

 だとすると、とても人間の言葉が通用しそうな相手とも思えなかった。


 午前の授業を終えた後は、簡単な昼食で腹ごしらえをし、午後から裏門にてヴェルド将軍の鍛錬を受けた。

 どうも彼はメイスのように理屈や理論を述べるよりも、身体で慣れろ、技は盗め、という教育スタイルのようで、俺が腰のベルトに吊るした剣に手をかけた瞬間から鍛錬が開始された。

 ようやく西洋風の両刃剣にも馴染んではきたが、まだまだ防戦一方で、神速の剣技を操るヴェルドは俺にとって天にそびえる巨山のようだった。

 こんなに強いならいっそ彼に精霊が宿れば良かったのだ、とベッドの中で叫んだことさえある。

 それでも負けっぱなしの悔しさをバネに幾度も喰らいついていった甲斐あってか、なんとか刃を交えることは出来た。

 だが、まだそれだけ。

 文武ともに学ぶべきことは尽きない。


 午後の鍛錬が終われば、昼間のうちに完璧に清掃された部屋に戻って夕食を詰め込み、眠るまで短いながらも自由時間があった。

 とはいえ、スマホだとかPCだとか、そういう文明の利器や情報社会から完全に隔絶された世界にあって、娯楽といえばレトロなテーブルゲームだとか読書だとか、人によっては木を削って作品の一つでも拵えるのだろうが、生憎と俺に気の利いた趣味は無い。

 結果として学生根性全開に、その日習ったことを羊皮紙にインクを浸したペンで復習する始末だった。

 あるいは広い部屋の中央に立って木剣を握り、ヴェルドの動きを思い出し、自らの身体で再現しようと試みた。

 鍛錬後の剣の手入れも欠かさなかった。


 そんな俺を、就寝前のホットティーを持ってくるバレッドは驚きの目で見ていた。

 自分以上に勤勉な人間がいようとは、とでも言いたげな視線を受けた俺は彼女が差し出す温かい茶を飲むと途端に眠気が襲ってきてぐっすりと眠り、また朝を迎える。

 多少の違いはあれど、おおよそこれが俺の一日の流れだった。

 かといって休みが無いわけではない。

 いわゆる安息日という習慣はこの世界にもあり、その一日は講義も鍛錬も無く、起床から就寝まで自由に動くことが出来た。


 これはこの地を訪れて一月を経た、最初の安息日を迎えたときのことだ。

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