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仮面の裏にある記憶④


 たった三か月、兄弟として共に生活をしただけだ。


 それでも関係を失うとなれば、これほど惜しく感じてしまうのはなぜか? 俺の感覚が狂っているのか、あるいは誰もがそうであるのか? 


 いずれにせよ心苦しく思ってしまうようになった自分を、俺はもう変えることはできないだろう。


 自分を客観的に見ることができると自負している。


 だから普段の自分らしくない考え方で、普段の自分らしくない行動を起こそうとしている。そんな自分にも気づいている。


 殿下が今の俺を見たなら、どうされるだろうか?


 きっと笑われてしまうに違いない。おそらく、それは嬉しそうにしていただけるだろう。


 ――自分の中の怒りに優しさで抗え。優しさで本能を律しろ。


 俺のその発言が、ホロロの未来を変える原因になったと仮定する。


 資格者の未来を大きく左右するような干渉によって、初めてその未来が見えるようになるのなら。もう一度、何かしら同程度の干渉をすれば未来を変えられるのが道理だ。


 もしも違っていればお手上げになるが、試してみるだけの価値は十分にある。


 優しさだけ培われて、能力者としての道から外れた仮定する。


 ホロロが怒りに飲まれて誰かを殺めることはなくなる。軍人になって友を失うことも、修羅に身をやつすこともなくなる。ホロロと周囲の誰もが苦しまない人生を歩める。


 かもしれない。あくまでも、かもしれない、だ。


 変えてしまった義弟の未来を、もう一度、俺は……。



 ×



 大熊を仕留めてから数日が経った。


 町が寝静まったとある深夜、ウツロは兄妹の部屋に忍び入ろうとして、


「……そこまでだ」


 その扉の取っ手に手をかける直前、隣の部屋から現れたホロメウに機械弓を突き付けられた。


 それ以上の行動をすれば、そこにつがえた矢は容赦なく発射されるだろう――伴う声を聞いて判断する。また逆を言えば、何もしなければ引き金は引かれないとも感じていた。


「……身内が監視だったのか。さすがに想像がつかなかった。経歴も偽装されているのか?」


「秘密局員ってだけ。ちなみに女房にも内緒な」


 互いに動かないまま、言葉だけを交わしていく。


「いつから気づいていた?」


「確かに若い頃はモテたが、こちとら新婚初夜と童貞卒業記念日が一緒なのさ。伊達に中折れなんぞかましてない。まぁ、まだ本国には報告もしていねぇから落ちつけよ」


 ホロメウが肩をすくめる。


「資格者とは?」


「さて、俺の方が知りたいね。あいつが特別って以外は知らされていねぇし、さっぱりわからん……というかお前ばっかり話すなよ。お前って何? 何をするつもりだった?」


「……俺はホロロの未来を見た。聞きますか父さん?」


 虹色の光を灯した右の瞳を向けると、ウツロは提案を口にした。





 居間に場所を移して、提案を飲んだホロメウに事情を伝える。兄妹の部屋の前からずっと機械弓を突き付けられたままだったが、ウツロは抵抗せずに受け入れていた。


「……へぇ。皇族直属の帝国隠密で、未来視のフォトンの持ち主ねぇ……お前さ、今すぐにでも俺を組み伏せて目的を果たせるんじゃねぇの? ぶっちゃけると俺は戦闘員じゃないぞ?」


「それでは意味がない。ホロロには家族が必要だ……もうこれしかない。夜の内に大樹林を越えて、連邦に亡命してもらいたい。そのための協力は惜しまないつもりだ」


 ウツロはすべてを明かした。これからホロロの未来を変えるつもりがあること、未来を変えられる保証がないこと、より悪い未来に変わるかもしれないこと、くどい言葉など使わずに正しく伝えた。


 その肉親に対しては、これが通すべき筋だと思ったのだ。


「なるほどね……おぅわかった。信じてやるよ」


 ホロメウが諦め気味に機械弓を下ろした。


「……きちんと考えたのか? 裏切るんだぞ?」


 あまりにも簡単に信用されて、ウツロは思わず眉間に皺が寄った。


「あいつな、お前に助けられたあとに言ったよ……騎士になりたいってさ。どういう心境の変化かは聞いちゃいないが、親父やっているから想像はつく。だからな、この先もあいつが騎士を目指すって言うなら大いに背中を押してやる。本当になろうものなら大いに喜んでやる」


 ホロメウが思い返すように続ける。


「最近のお前ってば、いい顔して笑っていたじゃねぇか。最初みたいなうわべのじゃなくてさ。お前……あいつのこと大切に思ってくれているんだろう? それとも違うのか?」


「……いいや。違わない」


「だいたい俺にはお前を止める力もねぇし……最悪あいつが殺されるようなことには、どの道ならなそうだし。いざとなったら俺だけ死ねばウララとサリアも助かる。……信じていいんだよな?」


 真剣な顔をするホロメウから、すがるような調子で頭を下げられる。


 ウツロは確かな声で「あぁ」と返事をした。





 目的の部屋に入った時、兄妹は起きて部屋を出ようとしていた。


 居間から聞こえる物音に目を覚ましたらしかった。


「父さん、ウェダルさん、どうし……!?」


 ウツロは無言でホロロの腹に突きを打ち込んだ。それから悶絶して前のめりに倒れる小さな身体を受け止めると、そっと部屋の床に仰向けで横たわらせた。


 これから行うことのためには、その意識を絶っておく必要があったのだ。


「おにいちゃん!? な、なんで、ひどいことをするの!?」


 ただ事情も知らないウララが、そんな光景を見せられて穏やかでいられるはずもなかった。彼女の小さな身体はすかさずホロロの上におおい被さり、身を挺してかばうように動いていた。


「あなた、何の騒ぎなの!?」


 サリアがウララの悲鳴に似た声を聞きつけてくる――フィオジアンテ一家の全員が、兄妹の部屋に集まる運びとなった。そこにある雰囲気は、決して穏やかとは言えない緊張感に満ちていた。


「ホロロのためだ」


「わからない、わからないよ!」


 ホロロからウララを引きはがして、ウツロは子ども扱いせずに言い聞かせた。


「これからホロロの未来を変える。ホロロを護る。俺はもうお前たちと一緒にはいられない。だから俺がいなくなったらお前がホロロを護れ。強くなってお兄ちゃんを護るんだ」


「……おにいちゃんをまもる? わたしが?」


「そうだ。お前にもホロロに劣らない才能があるのだから」


 そうウララを説得して、ウツロは準備にかかった。


 部屋から出せるものはすべて廊下に運びだして、部屋の中に広い空間を作る。線を結べば五角形が描かれる配置で床に釘を打ち立てる。その中央にホロロを全裸で寝かせて準備は終わる。


 この場の様子を傍から見たなら、怪しげな儀式にも見えるだろう。


「どうするんだ?」


「俺の糸で、ホロロの才能を封じ込める。糸はいずれホロロのフォトンと完全に同化する」


 ホロメウが、サリアが、ウララが、固唾を飲んで見守っている。


 ウツロは両手十指から形状操作の糸を伸ばして、打ち立てた釘を縫うように走らせる。右手五本の糸でホロロの身体能力を見極めて、もう左手五本の糸で細工を施す。


 頭部から順に首、肩、胸、腰、足、つま先と細心の注意を払いながら、彼はその全身に秘術をかけ続ける。


 煌気の糸で相手を支配する術を応用した裏技だった。


 その糸は並外れた才能を宿す小さな身体の、その龍髄を、その運動神経を、その感覚神経を一般人以下の能力まで制限する。本人の意思を無視して、騎士としての必要な力を奪っていく。


「いつかお前がこれを知ったとして、俺は恨まれることになるのだろうか」


 すべてを終えるまでには、数時間を要した。





「糸が綻びて効力がなくなるまで、おそらく十年ほどかかる。何か外部から干渉でもない限り消えることはない。力を制限され続けたホロロは、その間に騎士になる機会を失うだろう」


「そうか。……悪いな。気分の悪いことさせちまって」


 まだ眠っているホロロをホロメウが担いで、兄の容体に気の沈んだウララの手をサリアが引いて、それぞれ空いた手に必要最小限の荷物を持って、連邦国境線に向かってハルゼリア大樹林の中をひた走っていく。


 どうにか夜明け前には行き着けそうな速さではある。


 秘術をかけ終えたウツロは、すぐにフィオジアンテ一家と町を出た。


 資格者であるホロロの悲惨な未来を変えるために、管理局の目が届かない場所まで逃れるために、古い越境手段である大樹林越えを試みていた。


 サリアやウララには十分な納得も得られないまま――唐突に陸路で連邦に亡命すると言うのだから仕方がないことだったが――いつになく真剣な様子のホロメウに押し切られると、最後は彼女たちも小言を吐きながらも従っていた。


 樹林の中は視界が悪く、また夜行性動物が活発になって危険な状態になっている。


 本来、樹林越えは日中に行われてきた。それは樹林に生息するハルゼリアウルフと呼ばれる獰猛な夜行性の大狼と遭遇する確率を下げるためだった。


 しかしそれでも彼らはこの時間帯を選ばなければならなかった。それというのも、夜間の方が亡命に成功する確率が高いのだ。


「ウェダル。国境の警備はどうするつもりだ?」


「俺が派手に暴れて国境警備を引きつける。囮になる。その間に越えてくれ」


 廃れた経路とはいえども、国境警備は厳重であることが予想された。これはあくまでも中立国側の話であって、連邦側のそれも同程度に行われている可能性は低い。


 管理局施設に侵入した際、同時に拾っていた連邦腐敗の情報から導き出された推測である。


 つまり国境線さえ越えてしまえば――十分に勝算はあった。


「お前は大丈夫なのか?」


「分たちの心配をした方がいい。大樹林を抜ければ平地だ。そこから300メィダも走れば連邦領に入るだろう。向こうの街に着いたら、なるべく早く移民手続きを済ませて身を隠せ」


「……今の内に言っとくぜ」


 ホロメウが少し言葉を選ぶように、溜めて続ける。


「仮初でもお前はもう俺の息子だ。いつか生きて会おうぜ」


「はい。……父さん」


 言葉を交わして、ほどなく大樹林の終わりが見えてくる。


 ちょうどホロロが目を覚ました。まだ意識がはっきりとしていない様子だった。


「ウェダルさん? ……ここはどこ?」


「ホロロ。ありがとう。そしてすまない」


「え? なに? なんだか……」


 子供ながら別れの雰囲気を感じとったのか、返る声には憂いを含んで聞こえた。


「本当はお前の兄じゃない。帝国の血が流れる人間だ。それでも、お前を弟だと思っている」


「突然そんなこと……もう会えないの?」


「俺の言葉を忘れなければ、いつかまた会える」


「もっと教えてほしいことが、たくさんあるのに……」


「……またな」


 ウツロは言い残して、フィオジアンテ一家よりも一足先に大樹林から飛び出した。


 国境線・中立国側に建てられた管理局検問施設を襲撃する。のちに一家に私怨を持つ者が現れないように、警備の局員たちを殺めることはせずに騒ぎだけ起こした。


 施設内に火を放ち、その燃え盛る炎を不審な灯りとして、周辺を巡回していた局員たちもおびき寄せた。 


 すべては自分一人に注意を引きつけるためだった。


 果たして、囮としての役割を十二分にまっとうした彼は、その目論みを叶えた。


 取り押さえるため躍起になってかかってくる局員たちを相手にしながら、人知れず国境を通過していくフィオジアンテ一家の存在を、糸を応用した完全感覚の能力で感じとる。


 ただ一つの願いを胸に、まだしばらく囮を継続していて――異変が、先日と同様のことが、右目の強制的な未来視が発動した。そこには変えるべくして変えた、ホロロの未来の光景が映り込んだ。


 これで未来はどう変わる……?


 ふたたびホロロの未来が、断片的に頭の中へ流れ込んでくる。


 ――連邦の片田舎で穏やかに生活する姿がある。優しい心を培ったことで、怒りに飲まれる様子もなくなっている。また知らぬ間に施された秘術によって、人並み以下の体力になっている。それでも騎士を志すことは諦めていないらしい。


 ――騎士養成学校に鳴り物入りで入学する姿がある。しかし、それは身体に宿したフォトンの量が評価された結果でしかなかった。のちの一年を才能のない落ちこぼれとして扱われて、騎士としての将来をまったく期待されない生活を送っていく。


 ――類い稀なる実力を持つ師に出会い、秘術が解ける。本来の才能が開花し、そして……。


 そこにあった未来を見て、ウツロは思わず身体が止まった。


 局員の一人が放った矢に肩を射抜かれて、その勢いに従うまま転倒する。十数人にのしかかられるようにして取り押さえられる。


 そんな最中にあっても、彼は自分の右目だけを意識していた――今はそれ以外のことは、何も考えられなかった。


「ふざけるな……こんな、こんな未来があってなるものか!?」


2018年1月19日 全文改稿。

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