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仮面の裏にある記憶②

 

 アイゼオン共和国、東北地方・ハルゼリア州。


 連邦領土との境界線になるハルゼリア大樹林があることで知られる、国内最小の州だった。


 古くは国境を越える際に使われていた道であるから、シルフィラインにも劣らない賑わいや物流があった。


 しかし飛龍便という交通の大衆化によって、遠距離移動手段が空路を主流とする世の中に変わると、ハルゼリア州を訪れる人々の減少、ひいては人口減少も避けられずに衰退していった。


 いつしか州は成長を止めて、やがては時代に取り残された。


「ここか……噂通り、まるで廃村のような景観をしているな」


 南部地方にあるドラシエラから空路と陸路で四日間。


 ウツロはハルゼリア大樹林に沿って構えられた小さな町を訪れた。


 町の名前はノエースト。人口は二千人に満たず、大半の町民は自給自足の生活を送り、独身なら働かず生きていくことも難しくない――前もって現地の事情を調べていた彼は、現場の雰囲気から実感した。


 また正午を少し過ぎた頃の快晴のもとに眺める町からは、それでいて平穏無事であるという印象を受けていた。


「時代の止まった町とは、良く言ったものだ」


 到着した足のまま、ウツロはとある家まで向かう。


 道々には木造の基礎を練土で固めた家屋が立ち並んだ。


 見れば、ここでは貨幣がほとんど機能しておらず、町民は狩りや栽培で手入した肉や野菜の物々交換を基本にしていた。


 聞けば、月に数回ほど都市から商人、医者、薬師、教師などを招いて、現代品を買い揃えたり、怪我や病気の治療をしてもらったり、子供に勉学させたりしているとわかった。


「まだ町としては機能しているらしい。飛龍便が使えない事態になった場合を思えば、陸路は必要になってくる……衰退している、とはいえ町として残しておいた方が都合もいいのか」


 移動手段に生物を利用する以上は、不測の事態も起こりやすい。完全に依存をしてしまうことは、はばかられることだ。この町が残されているのは、そうした万が一を考慮されたがためである。


「ホロメウ氏の収入が少ない……一家は経済的な理由でここに移住してきたのか? いや、少ないと言っても、生きるには困らないようにも思えるが」


 ほどなく目的の家を前にして、事前に集めた情報を今一度整理する。


「何にせよ、会ってみないことには分らない。町のどこかに管理局の局員がいて、外部からの接触を監視しているとして……さて、どう取り入ったものか? やはりあれか?」


 出で立ちから立ち居振る舞いから普通の青年を装って、ウツロはその玄関の扉を叩いた。


 管理局の総本部施設に侵入して秘密裏に入手した情報にあった、いわく資格者という謎めいた存在らしいホロロ=フィオジアンテという少年の所在が、まさにこの家だった。


「はいはぁい。朝早くにどちらさんですかねぇ?」


 四十近いと思える髭面の男から、やや眠気が残った様子で出迎えられる。


 とっくに昼も過ぎているのに寝間着姿でいる彼が、家の主人で間違いないと判断する――愛想の良い表情を作ったウツロは、そう開口一番に告げた。


 躊躇いも容赦もせずに演技をしていた。


「初めまして、父さん……あなたに会いたかった」


「…………えっ?」


 顔をしかめて、頬には汗を滴らせて、男が絶句する。


「あなた、お客様は誰だったの? いやに静かだけれど……あら、ここでは見慣れない人ね?」


 男の妻と思しい女が、家の奥から玄関口まで様子を見にやって来る。硬直していた夫の肩越しに、不思議そうに顔を覗き込ませた彼女にも、ウツロは同じような演技をして告げた。


「初めまして。俺は父さんの隠し子です」


「…………あなた。ちょっと」


 怒気をはらんだ声で呼びかけて、女が男の肩を掴んだ。


 めりめりと音がしていた。





 まだ時間はそう経っていない。


 フィオジアンテ家の妻であるサリアに強烈な鉄拳を見舞われて、夫であるホロメウが鼻血を流した――まずは何よりも事情を話すべきだとして、そのため場が設けられた。


 これを仕切る権利は自然と妻の手中におさめられていった。


 部屋が四つある程度の大きさをした一軒には、台所や行水部屋、便所や物置などがあり、いくつか調度品が雑多に置かれている。


 やや生活感に溢れ過ぎているように感じられるが、世間における一般家庭の暮らしぶりとしては、まったく平凡といって差し支えなかった。


 監視をつけられるほどの存在が暮らす場所ではあるが、特別変わった様子はない。


「ウェダルといいます」


 居間に通されて、小さな机を挟んでフィオジアンテ夫妻と向き合った。ウツロは最初に名乗った。返事はビクビクと震えるホロメウからではなく、目を血走らせて微笑むサリアからもらう。


 その声は女性のものとしては、ややドスが利き過ぎているように思えた。


「……ウェダル、さん? あなたのお母様は?」


「母さんは……幼い頃に事故で――生前に父さんのことを聞いていました。最近まで教会に保護してもらっていましたが、自立できる年齢にもなりましたから、父さんを探そうと思いました。それで、今日こうして、ようやく会えた……」


 大粒の涙を落とす迫真の演技をして、ウツロは語ってみせた。


「ち、ちなみに、君のお母さんの名前は?」


 恐る恐る、ホロメウに丁寧な口調で尋ねられる。


「ジェニファです。でも覚えていないだろうって、母さんからは聞いていました。何でも一夜限りのことで、その時の父さんはひどく酔っていたそうですから。母さんのほうは、父さんが珍しい名前をしているから、良く覚えていって……」


「ごめん、君は今いくつだって?」


「十八歳になりました」


 実年齢は二十二歳だったが、ウツロはそう答えた。


 もともとこの取り入り方は、ホロメウの女性遍歴の多さを拠りどころにしている。フィオジアンテ一家の経歴を調べれば、これは自然と明らかになったことだった。


 さる一部の噂では、一晩に女性の家を五件ハシゴして回ったという逸話? もあるらしいのだ。


 男の二十年ほど前が、ちょうどそんな風であったから――。


「まぁ、あなたが遊び回っていた時代にぴったりねぇ? 結婚した時と同じくらいねぇ?」


「…………えっ、うそだ、まじで? まったく覚えてねぇ」


 覚えていないも何も、真っ赤な嘘である。しかし完全に否定しきれない青春時代を送っていれば、もはやホロメウも挙動不審に陥らざるを得ない。妻から更なる制裁を受けるほかにない。


 少しだけ罪悪感があったものの、ウツロはにこやかに夫婦を見ていた。 


 ふと、そうした時だった。


『ちょっとフィオジアンテさん! いるんでしょう!?』


 家の扉を連続して叩く音が、棘のある声と一緒に聞こえてきた。


 そのけたたましい声に覚えのある夫婦が、もう要件な何かも察したような顔をして玄関に向かう。直前には「またやっちまったのか」という嘆息が、ホロメウの口から小さくこぼれていた。


 居間の出入口から顔を半分覗かせたウツロは、そこからでも見える玄関の様子を静観した。


「はいはい。今日は何ですかねぇ?」


 面倒臭げに玄関を開けて、ホロメウが来客を出迎える。


 扉の先には、着飾った出で立ちの女が憤慨した面持ちで立っていた。傍らには、女の息子と思しい少年が俯きがちに立っていた。


 その少年の身体は傷だらけで、顔に至っては片頬が一回り腫れていた――女が息子の手を引いて、夫婦に見せつけるように立たせる。


『いい加減にしなさいよ! ほらこの傷を見なさい、またおたくの子が暴力を振るった! 毎回毎回学校がある度にウチの息子ばかり……一体どういう教育をなさっているんですかねぇ!?』


「……あぁ、そうでしたか。せがれが迷惑をかけたようで本当に申し訳ない。いや、何もなければ、暴力なんて振るわないはずの子だと思っていますが……」


 息巻く女に、夫婦が平謝りする。


『だいたい子供一人まともに育てられないなら、さっさとどこかに行きなさいよ! 安心してウチの子を学校にやれないじゃないの! 分かっているの!? えぇ!?』


 言い放たれた一瞬、黙って頭を下げていたサリアが、殺気めいた気迫をもって拳を握った。ただ、その鉄拳が突き出されることはなかった。女の死角でホロメウの手に包まれて静まっていた。


「気を付けさせますから、どうかお許しくださいませんか? 町長夫人」


『まったく腹立たしい……これだから都会の出は――』


 女が息子の手を引いて踵を返した。その背中が見えなくなるまで夫婦が頭を下げたまま見送った。あとに残った二人の表情は疲労感に満ちていた。


 こともなげに笑顔が浮かべられても、沈んだ空気がしばらくは抜けていきそうにない。そんな雰囲気があった。


「先程の方はどなたか、お聞きしても?」


 客間に帰ってきた夫婦に、ウツロは変わらない態度で尋ねた。


「つまらねぇものを見せちまったな。あれは町長の奥さんで、要するにこの町でかなり偉い人だよ。どういうわけかその息子は、俺の息子のことが嫌いらしい。今回で懲りて欲しいがね……」


 答えたホロメウが、そこから話を戻すように続ける。


「それで、あぁ、ウェダル君だっけ? わかった。俺がまいた種だし、一緒に暮らすか?」


「……よろしいのですか、本当に?」


 あまりにもあっさりとした言い草に感じた。


 自分で偽っておきながら、不覚にも怯んでしまった――そんな様子を誤解したサリアから、親身になるような言葉まで掛けられると、ウツロはその真意を確かめる気もなくなっていた。


「いいのよ。うちの長男になりなさい。長い間この馬鹿のせいで辛かったわね……うぅ」


 涙ぐむサリアの右手は、何か別の意思に動かされたがごとく、何度も夫を殴りつけていた。


「……ありがとうございます」





 新しい家族が増えた――まだそれを知らない兄妹が帰ってきた。


 物悲しい顔つきでいる藍色の髪をした少年と、泣き止まない紺色の髪をした少女。


 二人の身体には目立つ傷こそないが、その服は土を被ったように汚れている。玄関に立っている兄の小さな身体は、両親から妹をかばうような立ち位置にあった。


 兄妹がそうなって帰ってくるのは察しがついていて、夫婦も驚かない。


「ホロロ。ウララ。おかえりなさい」


「……また、やっちまったか?」


 柔らかい挨拶には返事がなく、その話すべき事情が先になった。


「ウララが物を取られていたから……そこまでしか覚えてない」


「そっかぁ。今回もやっちまったかぁ。まぁいいや……ともかく風呂に入ってこい」


 がっくりと肩を落としたホロメウが、顔を背ける兄妹のそばにしゃがみ込む。


「おにいちゃんは、わるく、ないもん! わるくないもん!」


「はいはい。よしよし。ちゃんと分かっているからねぇ」


 ウララが滑舌も曖昧に喚き散らして、サリアがそれをあやす。


 この時、ウツロは密かに戦慄を覚えていた。一家の輪の中にいる普通の少年――管理局が監視までつけるホロロ=フィオジアンテの気配に完全感覚で触れて確信した。もとい、せざるを得なかった。


 その小さな身体の奥に、かつて感じたことのない膨大な気配を感じたのだ。


 俺の倍、いや三倍はある。これだけのフォトンを宿した人間。これが……?


 地下の資料保管庫で知り得た『資格者』という単語が脳裏に浮かぶ。またそれと同様の存在がもう五人もいると考えたなら、管理局の狙いを把握できていないことが、何やら寒心に堪えなかった。


 来て正解だった。ホロロ=フィオジアンテ、君は何者だ……?


2018年1月16日 全文改稿。

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