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仮面の裏にある記憶①

 

 ――六年前。当時から暗躍する際は隠密装束を着ていたが、まだ仮面はつけていなかった。


「ドラシエラの平和管理局総本部の調査、ですか?」


 帝国皇帝の弟であるカミュリオスに私室まで呼び出されて、その場で一命を言い渡される。片膝をつける仕草で主人を敬いつつ、ウツロは言葉を復唱した。


 皇位継承権の第二位の地位にはそぐわない庶民の服装を好む――変わり者の主人に隠密として仕えて十年が経っていた。


 この日も相変わらずの恰好で迎えられて、慣れていたことでもあったが、やはり気にならないわけではなかった。


 無意識にも表情に出してしまい、すると何か勘違いした主人には弾んだ声を向けられた。


「これか? 実は城下に忍んだ時に見つけた。着心地も良くて気に入っている」


 それは決して立派とは言えない、むしろ粗末とも感じられる一着だろうか。


 しかし万人が着られるように寸法されたその服は、個人の身体の線にあわせて採寸された服よりも着心地がゆったりとしていた。


 また生地には薄手の麻がもちいられていて、普段から皇族たちが身に着ける厚手の絹よりも吸収性や通気性に優れていた。


 見栄えでは劣っていても機能的には勝っている。


 物事の中身を大切にするカミュリオスにとって、その服がもつそんな一面はいたく気に入るところだったのだ。


「はい、それはようございました……あ、いいえ。そうではありません」


 そんな服の襟元をつまんで見せてくる主人に、ウツロは話を戻すように続けた。


「管理局総本部の調査とのことですが」


「兄上には伏せてある。期間は一年……やってくれるか?」


「殿下のご命令とあれば何なりと。何を探って参りましょうか?」


「管理局の狙いについて、まつわるものを重点的に頼む」


 尋ね返されたカミュリオスが、遠くを眺めやる目つきで詳細を語る。


「……近頃は兄上の動向が妙だ。お前の報告通りなら、兄上は三年前にギルヴィム騎士団長を使って何かを調べようとしたが、現地の諜報員の裏切りで失敗に終わった。それからだ。なぜか教育に力を注がれるようになった。それまでは教育に対して、まるで頓着していなかった」


 口元に手をやった彼が、頭の中で整理しながら続ける。


「兄上は失敗を嫌う。ギルヴィム団長に責任がない失敗とはいえ、これまでなら許さなかったはず。気まぐれではないなら、内々に調べたかったことが公に知られては困ることだった、そう考えるのが妥当か……それに私が思う管理局なら、諜報員粛清の一件について何も知らないはずがない。帝国に対して、未だに大人しくしていることが不気味に思える」


 カミュリオスが怪しんだのは、皇帝の行動や管理局の反応の不自然さだった。


 皇帝が何かを企んで、アイゼオン国に潜伏中だった諜報員にギルヴィムを接触させていた。途中で現地の諜報員が裏切って、その企みに関する諜報活動は失敗に終わったらしい。


 その際に、自国内で行われた粛清を、暗躍に長けた管理局が知らないはずはないだろうに、問い合わせなどは一切ない。


 そして皇帝の企みについても、まだ終止符が打たれた様子は見受けられないでいる。


「三年前の一件も、改めて調査いたします」


 カミュリオスの意向を汲むように応じて、ウツロは首を縦に振る。


「期待している」


「ですが殿下……一年というのは?」


「私が十歳でお前が十二歳で……主従の関係を結んだきり、これまで碌に自由を与えられなかった。あまり急いだ案件ではないが、深く調べてはおきたい。ようは少し羽を伸ばせと言っている。定期で暗号連絡を送ってくれれば、あとの時間の使い道は任せる」


 追って気になった点を尋ねると、穏やかな声でそう答えられる。


「それでは長期間、殿下の護衛を離れてしまいますが」


「お前でなければ護衛が務まらない私だぞ? 一度くらい自分に従って生きてみたらいい」


「……ご厚情に賜ります。殿下も、どうかご自愛ください」


 やや惜しげに言葉を残して、ウツロは私室をあとにした。





 アイゼオン共和国の首都であるドラシエラには、平和管理局の総本部がある。


 平和の名前を冠する大義名分を得る――その前身は、帝国と連邦からの不当な圧力に対抗し、国が戦時中立を貫徹するために立ち上げた武装組織だった。


 これは軍事を司る左頭ではなく、行政を司る右頭の管轄組織として扱われ、極端ではあるが私兵という見方も一部にはある。


 今では善良な組織として認知されているが、実態はそれだけとも限らない。


「さすがに平和を謳うだけはある。やや困難とは思えるが、ほとんどの情報が一般人でも収集できる程度に公開されているらしい……それでも、やはり表にできない何かがあるはずだ」


 カミュリオスに命じられてから、二週間が過ぎる。


 身分や素性を詐称したウツロは、旅行者に扮してドラシエラに入っていた。


 移動に一週間かけて、もう一週間を現地調査の時間にあてた。見当もつけず行動することを危険に思い、たっぷりと時間をかけて外側から調査を進めた。


 管理局の世間体や民衆の共通認識などを把握することで、まずは探るべきものを絞ろうと考えたのだ。


 管理局が二面性のある組織だと睨んでいれば、そう慎重にもならざるを得ない。


 その結果として、彼は次のような情報を手に入れた。



 管理局は国内の軍病院と連携して能力者となりえる人材を集めている。


 右頭は管理局の私室にしばしば客人を招き入れている。


 右頭は国宝である神樹の雫を秘密裏に所持している。


 管理局内には右頭と縁故のある新人がいる。


 

 これらの語末には『らしい』と必ずつけられる。


 ほかに右頭関係の情報をいくつか拾っても、どれも信憑性としては眉唾の域を抜けなかった。


 ただその一番目の情報だけは、仮説とするなら優秀だとも思えた。


「事実だったとして、人材を集める理由は何だ? 見たところでは管理局に人材不足の様子はない。中立軍の人材が不足していたとして、その斡旋をするためか? いや、軍事を司る左頭の主導で事を運んだ方が効率的か。どちらも人材を欲していたとするなら、この目立つ紛争もない時代に組織力を高めてどうする。高めた組織力をいつ使う……使わずに備える? 何に備える? ……たしか皇帝は教育に力を入れているが、これも見方を変えれば『備えて』いる。まさか――」


 入手した情報の背景について、あれこれと多方面から仮説として考える。


「三年前のシルフィラインの一件についても、当時の新聞の切り抜きを読むには、単なる火災事故で片付けられている。管理局はここで何かを隠した……ここまでだな。あとは直接調べるしかない」


 潜伏を始めて一ヶ月、ウツロは決行の決断をした。





 神樹周辺に広がる都市の中央に構えられた管理局の総本部施設。


 正面と裏に門を設ける塀が400メィダ四方の広大な敷地を囲っている。大樹を主柱に据えたり、くり抜いたりしたほかの建物と比べて、その組積造の施設の外観は現代的なものになる。


 実のところ現在の右頭の就任から、その主導のもとに大幅な改築がなされていた。


 フォトンストーンの最新技術により冶金された合金を基礎に、同様に生成された超高硬度の強化石を組み合わせることによって、これまでにない圧倒的な耐久性を実現した施設に変えられていたのだ。


 それでいて設計の工夫から、そこに近寄り難い雰囲気は感じられない。施設では生活に必要になる手続きが行われるため、出入りする民衆が委縮しないように気を回す必要があったのである。


 特注の隠密装束をまとい、ウツロは新月の夜闇に紛れた。


 老朽化を原因に改築したらしいが、中身はまるで要塞だ……。


 完全感覚と秀でた隠形の才能をもって厳重な警備をかわして、深夜の閉鎖された施設に侵入する。


 民衆が立ち入れない内部を調べるかたわら、彼はそんな施設の構造を観察して呆れていた。奥に深くまで踏み入るほど、物々しく厳重な内装に変わっていく様子を感じていたからにほかならない。


 一時には金庫の中にいるような圧迫感さえ覚えていた。


『夜勤なんて、ついてないなぁ……』


『ぼやくなって。ここで侵入者が来ねぇか、じっと見張るだけの楽な仕事だろう?』


 警備の数が減っていく感覚を怪しみながら、入り組んだ通路を進んでいく。


 とある通路の曲がり角に差し掛かり、ちょうど警備の局員のものと思しい二人組の会話を拾った。反射的に物陰に身をひそめて気配をごまかすと、ウツロはそのまま聞き耳を立てた。


『これって意味ありますか? 過去三十年さかのぼっても侵入者なんていないらしいし』


『世の中は何があるかわからねぇぞ? てめぇが記録になるかもしれねぇ』


『大体この扉の奥には何があるんですか? 自分が何を守っているのかも教えられないで警備しろ、って言うのは無理があると思いませんか先輩?』


『まあ一つ忠告だが、間違っても開けようなんて思うなよ? ……俺に手を汚させてくれるな』


『ええ? どういう意味ですか?』


 曲がり角の先には細い通路があって、突き当りには厳重に施錠された扉が一つあって、その前には二人の局員による警備がある。


 途中に分かれ道や障害物が設けられていない通路の様子は、見るに、その扉の先に向かう道としての役割しかもっていなかった。


 罠の可能性はある。いや、あの先がもっとも怪しいか……。


 ここを調べると決めて、ウツロは行動を再開する。


 人差し指の先に極最小の煌気を発動した続けざま、彼はその微かな青白い光を糸状に変化させた。


 時に煌気とは能力者の操気の練度しだいで鋭利な刃にもなれば、そのような糸状にもなる。これは完全感覚の持ち主が得意とする、煌気の形状を変化させる――『形状操作』という技だ。


 その選んだ形状によって性質を捻じ曲げる技で、炎を形づくれば火の粉が飛び、粉状にすれば風に漂い、固形にすれば重みをもつ、極端に例えればそういった効果を発揮する。


 ただし現代において、そこまで扱える能力者はほとんど存在しない。


 侵入された、と気づかれるわけにはいかない……。


 床と壁の隅を這わせて二本の糸を伸ばす――局員たちを背後から狙った。


 その足元から音もなく背中を一突きして、二人の龍髄に絶妙な力加減で巻きつける。これによって相手の意識を一時的に希薄にして、ただ立ち尽くすばかりの状態に変える。


 正面から堂々と近づき、片方の懐から鍵束を盗み、そして扉の施錠を解いて正しく開ける。


 これで効果は十五分程度。巡回警備もあり得る。それなりに急いだ方が良いか……。


 警備の局員たちの状態を確認して、静かに扉の奥へと進む。すぐそこにあった地下まで続く階段を下りていく。完全感覚で人の気配がないことがわかっていたなら、行動も迷いがなく速やかだった。


 果たして予想していた通り、彼は小さな資料保管庫に行き着いた。


「上にあった資料保管庫とは……どうやら違うらしいな」


 ここに来るまでにも資料保管庫は見つけていたが、似て非なる雰囲気が漂っている。


 紙の資料が山積みになった保管庫内を物色して、ウツロは手当たりしだい情報を頭に叩き込んだ。十、二十、三十と資料に目を通した分だけ、管理局の実態が浮き彫りになる感触を覚えた。


 とりわけ一つの報告書らしき資料が――思わず音読してしまうほど気に留まっていた。


 それが自分に無関係とは断言できない内容だったからだ。


「新世界移民計画――感情の大フォトンを宿した六人、特殊フォトンを宿した六人、上記の十二人の資格者によって鍵となる王を選定し、北の極地までの道を開く――選定者集結にアルカディア統一は必要不可欠である――アイゼオンを中枢としたアルカディア国際連合政府の樹立が――帝国と連邦の和平は近く、計画は最終段階に――戦力増強に並行して、国内の資格者と思しき人材確保には各州の医療機関の協力を仰ぎ――現在一名が、監視対象となっている」


 その名前を記憶に刻むように、ウツロはゆっくりと読み上げた。


「対象の名前は……ホロロ=フィオジアンテ」


2018年1月15日 全文修正。

2018年1月21日 誤字修正。

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