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九年前の真相④


 親友を見送った日、シルフィラインは寝静まって夜が更ける。


「本当に帝国を裏切るおつもりですか?」


「連邦の高官にはもう伝えてある。二重の諜報員ではなくなるだけで……今さら引くにも引けない。これだけの情報だから、向こうでも無下に扱われないだろう。僕たちだけではなく、あの子の未来もかかっている。どうかわかって欲しい」


 マルクが経営する喫茶店の奥にある、家屋としての空間。蝋燭だけが焚かれたうす暗い居間の中に、オーレリィの念を押す小声が響いた。それを受け取ったマルクが、固い決意のもと返事をする。


 大きな革袋の中に貴重品を詰め込んでいく彼らの手は、せかせかと動いて休みない。


 マルクには三つの顔がある。


 一つは帝国の諜報員。一つは小さな喫茶店の店主。もう一つは連邦の諜報員。


 帝国の諜報員として暗躍する中で、連邦の高官を名乗る男と知り合い、密かに情報を売っていた。対価に連邦の情報をもらうことで、帝国の諜報員としての役割も一定以上に果たしていた。


 すべては、あの子が笑っていられる将来のために……。


 ただどの顔をしている時でも、その一つの想いが彼を動かしてきた。


「あなたが戦争の引き金になるかもしれない。それで多くの人々が命を落とすかもしれない。これでもしも、あなたが地獄に落ちてしまうなら、私もついていきますよ」


「……すまない。ありがとう」


 言葉に手を止めたマルクが、オーレリィを抱きしめて続ける。


「あの子を起こさないといけない。今夜の内に仕度を済ませて逃げよう」


 マルクとオーレリィが身体を離して、すぐのことだった。


 店の玄関から大きな物音が届いてきた。誰かが扉を蹴破ったらしいと連想させる激しい音だった。


 続けざまには重量感のある足音が一つ、ゆっくり近づいてきていた。それは二人にとって聞き慣れた歩調をしていた――果たして、予想通りの相手が現れた。


「ギルヴィム……なぜ君がここに?」


 考えればわかることを問いながら、マルクの瞳は親友の握った長剣を映す。


「お前が会おうとしている男は管理局の人間だ。……すべて手の平の上だ。この国の右頭は狡猾だ」


 苦悩に満ちた表情をして、ギルヴィムは真実を告げた。


「はっ、はははっ。……こんなことが、あるのか?」


 自分が掴まされていた情報が何だったのか、親友がここへ何をしに来たのか――理解したマルクが後退りをして、よろめくように壁にもたれかかる。自嘲するように引き攣った表情で笑う。


「何を盾にとられましたか?」


 マルクに寄り添ったオーレリィが確かめる。


「ほかの諜報員と親類縁者すべて、帝国の滅亡。そしてあの子だ」


 聞かされた二人の顔は、怯んだ様子で伏せられた。二人にとってほかの何にも代えがたいものが、そこに含まれていた。


 先に答えを選ぶ決心がついたのは、もとい諦めたのはオーレリィだった。まだ納得できないでいるマルクのそばを離れて、彼をかばうように立つ。


「そう。そうなのね……あなたってやっぱり優しい。どうして欲しいのか気づいてくれるもの」


 目を閉じて、開く頃には敵意に満ちた形相を浮かべている。


 オーレリィを敵として睨みつけたギルヴィムは、静かに長剣を引きつけて構えた。


「やめてくれ、オーレリィ……ギルヴィム、やめ――」


「あなた……愛しています」


 マルクに向き直って笑顔で告げたオーレリィの、その背中を長剣で貫く。


 すぐに長剣を引き抜かれた彼女の身体は、支えを失ったように崩れ落ちた。鮮血が溢れて止まないその身体は、触れて確かめるまでもない様子で事切れていた。


「ギル、ヴィム、何でなんだ? 何でなんだ、ギルヴィムゥッ!?」


 怒り任せに煌気をまとったマルクから、怒声をあげて掴みかかられる。その無念を圧倒する煌気を発動させたギルヴィムは、逆に相手を激しく弾き飛ばした。


 この拍子、近くに置かれていた燭台が倒れて、その火がカーテンに燃え移る。


「ギルヴィム、どうして……どうしてだ!?」


「お前たちは帝国を裏切った、もう俺の敵だ……違うと言うのなら言ってみろ!?」


 たちまち火の手が上がり、居間の中は灼熱に支配されていく。


 なおも構わず向かってくるマルクを、ギルヴィムは圧倒的な力でねじ伏せた。帝国において最高の騎士団長として君臨する能力者と、そうでない並の能力者とでは勝負にすらならなかった。


「君は……いつだって君は、僕にないものをもっているんだ」


「それは俺の台詞だ……」


 反抗できなくなったマルクの首を片手で掴み上げる。もう片手に握る長剣を引きつけて、切っ先を相手の胸に突きつける――親友を手にかけようとする直前、ギルヴィムは小さな声を拾った。


 騒がしさに目を覚まして、自分の部屋から駆けつけきたミュートの声だった。


「お母さん……お父さん……ギルヴィムおじちゃん?」


 この場の有り様を泣き出しそうな表情で眺めて、恐る恐る呼びかけていた。


 二人の視線は彼女に移って、ほどなくお互いの顔に戻る。


 決心が鈍りかけたギルヴィムは、それを察しただろうマルクに囁かれた。


「やってくれ……憎悪でもいい。どうかあの子に、生きる希望を与えてくれ」


 それが親友の最後の願いであるなら、そう思って無言で聞き入れる。


 ギルヴィムはミュートに言い放った。


「お前の父親は死なねばならない」


「どう、して?」


 理解しかねた様子で幼い声が返ってくる。


「お前の父親が、悪人だからだ」


「……うそ、うそ、うそだよ! お父さんは優しいもん! お父さんに酷いことをしないで!」


 これまで彼女と接してきた穏やかな表情を、ギルヴィムは心の奥深くにしまい込んだ。


 大人がもつ醜悪さのすべてをその身で体現する。自分に対する怒りと恨みを糧に、目の前で起こる絶望に堪えて強く生きてくれる、たった一つの願いを込めて、強く、強く、強く――。


「だから……今から、お前の父親を殺す」


 自分こそが悪なのだと、その幼い記憶に焼きつける。


2018年1月9日 全文修正。

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