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九年前の真相③


 遠く離れた親友のもとを訪れて、あっという間の一週間だった。


「……世話になったな」


 早朝には仕度を整えたギルヴィムは、喫茶店の玄関先でマルクたちとの最後の時間を過ごした。


 なるべく笑って別れたいと思うが、面持ちは自然と難しくなってしまい、どうしようもなかった。これまでのように、また来年に会う約束をしても果たされない。


 もしかすれば今生の別れになるかもしれない。何より、そうなるように通告したのは、ほかならない自分であるから――。


「ギルヴィム……君が気負うことはないさ。寂しがらないでくれよ。この子だって、そんな顔はしていないだろう? 大丈夫。うまくやってみせる。この子の未来のためにも必ず」


 ミュートの頭を撫でるマルクの顔は、穏やかなものである。


 それでも、いざ娘の背中を押して親友の前に立たせる仕草には、どこか惜しむ様子もうかがえた。何も知らないから、また来年会えると思い込んでいる姿が、彼も見ていて辛かったのだ。


「またね、ギルヴィムおじちゃん。来年はもっと遊びましょう?」


「あぁ。……もちろんだ。次に会った時はそうしよう」


 屈託のない笑顔を向けられて、ギルヴィムはできない約束をした。





 昼過ぎになって、ギルヴィムはシルフィライン国際空港に到着した。帝国行きの飛龍便に搭乗する手続きも予定通りに済ませて、早いうちから出発ロビーの座席に腰を落ち着けた。


 もしも俺が陛下の命に背いて、勅令を届けさえしなければ……。


 どこか遠くに逃げるよう説得して、自分を犠牲にできていたなら……。


 次の便を待っている間も、彼はそんな後悔の念が尽きないでいた。


『ギルヴィム=エデルタークだな? 管理局だ』


 ふと厳しい声をかけられて、ギルヴィムはようやく気がつく。


 白い管理局の制服に身を包んだ数人の男に囲まれていた。その中の一人が呈示した管理局員手帳が本物であることは、見てすぐに判断がついた。断じて、仲良く世間話をするつもりで名前を呼ばれていないとは、彼らが放っている気配から感じていた。


『別室まで同行してもらう。拒否権はない』


 続いた言葉にも、決めつけるような韻は踏まれていない。


「……いいだろう」


 完全に自分の素性を把握したものに聞こえて、ギルヴィムは安易な受け答えを避けた。また抵抗をしようとは考えなかった。


 帝国での自分の立場を思えば、帝国と中立国との間に軋轢が生じてしまう行為はなるべく避けるべきだと、そう心得ていた。


『よろしい。ではあちらに』


 物々しい得物を装備した局員に囲まれて、ゆっくりと歩かされる。


 向かった先は堅牢な造りをした取調室だった。天井に照明が一つ、中央に机を挟んで椅子が二脚、ほかに目立つものは何もない。出入口も一つのみで、脱走も極めて困難な印象がある。


 奥側の席に座ったギルヴィムは、視線だけで屋内を観察する。


 数分して、自分を取り調べる相手の入室を見た。それがあまりにも思いがけない人物だったため、彼は思わず眉間にしわが寄った。それ以上に内心では戸惑ってもいた。


 アイゼオン共和国の右頭の制服をまとう初老の男、ダグバルムが現れたのだ。


「お初にお目にかかる。急に拘束した無礼はお許しいただきたい」


「あなたは……事情をお聞きしても?」


 やや身構えたギルヴィムは、向かいの椅子に座った相手に尋ねる。


「まず……ギルヴィム殿には危害を加えないとお約束しましょう」


 落ち着いた声で言い放って、ダグバルムが続ける。


「口で伝えるには要領が悪くなる話ですから、これを読んでいただきたい」


 机上に伏せて差し出された書類に、ギルヴィムは無言で目を通した。


 そこに記されていた文章を半分ほど読んだ段階で、彼は空いた口が塞がらなくなった。信じがたい情報を理解していくほど身体に震えが起きた。読み終えると確かめずにはいられなくなっていた。


「ギルヴィム殿には、と……おっしゃったか?」


「あなたには無事に帝国へお引き取りいただきます。あなたが持ち込んだ『よからぬ企ての情報』を胸にしまい込んで。それから、ここで聞き得た情報は秘匿していただきます。さもなければ……」


 聞かされた言葉にどきりとして、ギルヴィムは冷や汗をかいた。


 いつどこで、知られてしまったのか見当がつけられない。


 盗み聞きに注意を払っていた覚えはある――そのほかに漏洩してしまう可能性があったとすれば一つしか考えられない。


 渡された書類には、それを証明するかのような文章が記されている。


「こ、こんなことが……何かの、何かの間違いでは?」


「あなた方は、いえ帝国も連邦も、何か勘違いをされている」


 重々しい雰囲気をかもしだすダグバルムから、ギルヴィムは追い打ちをかけられる。


「管理局は単なる慈善団体ではない。百九十年前の開戦当初から、帝国と連邦の無益な戦争に中立であるために、ありとあらゆる手段をもちいて暗躍してきた武装組織だ。今でこそ世間からは好印象を持たれているが、だからと生易しく思わないでいただきたい」


 言葉は鋭い眼光をともなって続いた。


「うまく諜報員を潜り込ませたなどとは、よもや考えていませんでしょうな? もしも私どもがその気になりさえすれば、アイゼオン国内にいる諜報員217名、その親類縁者164名は一掃できる。……これには三日とかからないでしょう」


 具体的に述べられた数字は、知る限り正しい情報と一致している。


 それが虚言ではないと、ギルヴィムは理解しなければならなかった。目の前に座っている男が途端に恐ろしくなる。もはや駆け引きどころではなく、彼は口走るように願っていた。


「彼らを撤収させる。もう貴国での諜報行為はしない。だから待って欲しい……」


「誓う? 白聖・第一騎士団長とはいえ、あなたにそのような権限はないはずですが? それに何を待てとおっしゃる? その覚悟もなしに我が国で諜報行為を繰り返していたとでも?」


「ではなぜここに俺を拘束している!? 俺に何をさせたい!?」


 ギルヴィムは耐えかねて声を荒らげた。


「……話を戻しますが、帝国や連邦のそれはともかく、アイゼオン国内の管理局に対するイメージは保たねばならない。万が一にも『管理局が罪もない一般人を手にかけた』などと広まっては困る」


「まさか……俺にやれと言うのか?」


 その絶望が声にこもる


「自国の尻拭いを自国の人間が率先して果たす。それだけの話でしょう」


 ダグバルムがこともなげに続ける。


「別段、お断りいただいても構わない。あなたにお引き取りいただいたのちに、先にあげた諜報員と親類縁者を検挙、中立軍を使い大々的に処刑にして、我が国の帝国に対する印象を徹底的に貶める。連邦と協定を結んで帝国を征服します。それに足る大義名分がある」


「気は確かなのか? アイゼオンは中立ではないのか!?」


「開戦の企てに加担する、あなたがおっしゃいますか。もちろんアイゼオンは中立だ。ですが中立であるのは我が国のためであって、それは帝国のためでも連邦のためでもない。それを忘れて、勝手に味方であると高を括らないでいただきたい」


「俺は、加担など……」


「加担でなければ、何だったと言うのかね?」


 ギルヴィムは答えられなかった。ダグバルムの言葉を待つばかりだった。


「ここであなたに求める要求は先の二つにあわせて三つ。よからぬ企てを他言せずに持ち帰ること。今後ここで聞き得た情報を秘匿していただくこと。そして速やかに情報源を絶つこと……そうすればほかの諜報員と親類縁者に加えて、まぁ、子供だけは大目に見ましょうか」


2018年1月9日 全文修正。

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