仕組まれた未来へ
ウェスタリア代表の試合中に、その知らせは舞い込んだ。
「ジョン教官! ジョン教官はどこね!?」
観戦中だったジョンは、切羽詰まった様子のピコニスにそれを伝えられる。
一緒にいたイクサにあとを任せて、彼女に案内されながら医務室まで走った。
ソルクィンの龍髄を開いて回復させる一件を聞いていた彼女から、外傷もなく意識不明になっている――これの対処にも心当たりがあるのではと、話をもちかけられていたのだ。
果たして、それは彼女の予想どおりだった。
「……なんと見事な手並みだろうか」
「どうね!? ネネは助かるとね!? えぇ!?」
管理局の詰所内にある医務室で、寝台に横たわるネネの容体を調べる。ジョンは彼女を昏睡させた技の痕跡を確かめながら、思わず感心してしまっていた。
それでピコニスの顰蹙を買い、急かされ、責められることにもなるが、それでも見れば見るほどそうさせられた。
「大丈夫だ。……結論から言えば、ネネ殿は何をせずとも助かる」
聞くと喜色を浮かべたピコニスが、安心したように息を吐く。
「……でも、何があったとやろうか?」
眠っているネネに視線を落として、ジョンは感心した理由と一緒に答えた。
「相手は隠密だ。それも大戦を生き延びられるほどの力を持った。手口はソルクィンの時と同じく、相手の龍髄を塞いで自由を奪うというもの。だが……これは塞ぐというよりも『紐で締めた』という言い方が近いだろう。並大抵の操気では、この芸当は不可能だ」
あごに手をやったジョンは、完全感覚の意識を高めて観察を続けた。
「背骨――龍髄の深い位置に、術者のフォトンが糸状になって巻き付いている。無理に開くことも、干渉して破壊することも難しい。下手を打てば、ネネ殿は能力を失うかもしれん……そして驚くべきことは、この術に時限を設けていることだ」
「時限? いつになるね?」
まだ不安が抜けきらないでいるピコニスに、ジョンは正しく伝えた。
「この調子であれば明日には意識が戻る」
「地下牢にはミュートがおらんやった。ネネば倒して連れ去った奴のおる」
「……これ程の相手だ。素性が定かではないなら、迂闊に動くのも得策ではない。子供たちの周囲に警戒して、今はネネ殿が起きるまで待とう」
✕
ざあざあと降りしきる雷雨を仰いで、ミュートは佇んでいた。
もしかすると、私は泣いているのだろうか……?
頬を伝った雨水に一瞬そう思わされるが、そんな可愛げは自分に残っていないと知っていた。ただ未練がましく、どうだろうかと、試しに思うだけ思ってみたのだ。
ふと思い出したように見下ろせば、血まみれのギルヴィムが横たわっている。
彼女はその大きな身体を切り刻んだ。力を、技を、速さを、自分のすべてをもって、念願であった復讐を遂げた――遂げて手に入れたものは喪失感ばかりで、一向に喜びを感じられない。
十秒先、五秒先、一秒先、何をすれば良いのかわからない。
だから――。
「君との約束を果たす。俺の目的を教えてやる……一緒に来い」
結末を見届けたウツロが、そう言って馬車の方に歩き出す。
長剣を鞘に納めたミュートは、ふらふらと流されるように彼の背中を追った。
2018年1月6日 全文修正。