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墓前の復讐

 

 地下牢に響いたウツロの一言が、あまりにも魅力的に聞こえた。


 その意図も知ろうとはせずに、ミュートは誘惑されるまま地下牢を脱した。


 押収されていた長剣を彼に渡され、彼が用意していた馬車の荷台に乗せられる。屋根のない小さな枠内に座り込み、どこか首都の郊外に向かって運ばれる。その間は沈思黙考を繰り返していた。


「荷台の隅に皮袋があるだろう? 水と食料が入っている」


 日が傾き始めた曇天のもと、人気のない森の中を通って首都から遠ざかる。ここまでたどって来る前に追っ手を撒いて、今は馬車を御する手も落ち着いたウツロが言った。


「……必要ない」


 渇きや空腹を感じていなければ、ミュートは施しを冷たく拒んだ。


 ここにいたとしても、ウツロを信用していたわけではなかった。ただ自分ではどうしようもなく、最も強い欲求を満たすには、怪しい男の言葉にすがらなければならなかった。


 かといって、これから自分が何をしようとしているのか、自覚がないほど冷静さを欠いてはいなかった。


「勘違いするな。君は消耗している。万全で挑めと言っている」


「……お前は何だ?」


「君が仇討を遂げたのなら、すべて話してやる」


 ウツロの背中を横目に見つめて、ミュートはそっと皮袋に手を伸ばした。水とパンは予想の範疇にあって許したが、一緒に入っていた不気味な丸薬が気にかかった。


 やはり口にするのは止めようか、そう思っていれば見透かしたように声をかけられた。


「毒薬などではないし、君の精神を壊すものでもない。ただフォトンを補充するものだ。先に食事をしてから水で服用しておけ。不安なら口にするな……仇討をなせずに死にたければな」


 結局言われた手順を踏んで、ミュートは丸薬を水で流し込んだ――ほどなく疲労感がなくなって、身体がフォトンで満たされる感覚を覚えた。


 そうするとウツロが自分に手を貸している意味が余計にわからなくなる。しかしそれを考えるよりは、彼女は元のことを考えた。神樹の加護の効果範囲から抜けていくと、否応なくそうなっていた。





 半刻ほど経った頃、馬車がゆっくりと停車した。


「ついたぞ……降りろ。あの男が待っている」


 行き着いた場所は、ドラシエラ郊外の森を抜けた先にある墓地だった。


 森に囲まれた広い芝地には等間隔で墓石が並んでいる。


 その一つ一つは古めかしく、一部が欠けていたり、寄生木が張っていたりと風化が目立った。そこかしこに枯葉が溜まっていて、まるで人手が加えられた様子も見受けられない。


 ここで一人きり、ギルヴィムが一つの墓前にかがんで花をそえている。


「……ここへは、長らく足が遠のいていた。ひどい、ひどい有り様だな」


 荷台を降りたミュートは、一歩一歩と踏み締める足どりで近づいた。


 その墓石に刻まれた名前が、自分の両親のものであると知った。それを少し眺めた彼女は、静かに目を閉じて顔を伏した。墓地に吹いたそよ風の匂いを、どこか懐かしいものに感じていた。


「ここに……お父さんとお母さんは、いたのか?」


 じっと墓石を見詰めるギルヴィムが、そばに置いていた長剣を掴んで立ち上がる。


「お前が管理局に保護されてからだ。遺体を引き取って弔った」


「もう諦めていた。この時間はあり得ないと思っていた」


 小さく首を振ったミュートは、押し殺した声をこぼした。


「お前を苦しめた。……忘れてしまっていた。十日前に思い知らされた」


「私も一時期な、忘れようとしたことはあったんだ。このおぞましい感情から逃れたくて、何もかも忘れてしまいたかった。だがだめだった。お前に植え付けられた記憶は消えなかった」


「……すまない」


 ギルヴィムの声には、この上ない切実さがある。


「生徒に囲まれて笑っているお前を見て、気が狂ったんだ。抑えつけていた何もかもを抑えきれなくなった……お前は悪くない。何も悪くない。私にはもう謝るな」


 瞋恚の感情に身をゆだねて、眼光鋭く目を見開く。


 凄まじい怨念のこもった煌気を発動させたミュートは、長剣を抜きながら告げた。


「……だから私のせいでいい――お前はあの世へ逝け」


 向き直ったギルヴィムが、みなぎる煌気に身を包んだ。


 ためらいがあった彼の手も、また一抹の迷いを振り切るように長剣を抜いた。


「まだ死ぬわけにいかない。たとえ、さらなる業を背負うことになろうとも」


 ウツロに導かれた二人が剣を交える。


 やがて天気は崩れて、落雷をともなう雨が降り始めた。 



2018年1月6日 全文修正。

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