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脱獄


 十二月二十日。武闘祭の開始から十日。


 トーナメント方式で行われる大会は、二百の騎士養成学校のうち百の学校が一回戦を勝ち上がり、五十の学校が二回戦を勝ち上がり、この日から三回戦が行われる。


 学校の数が絞られていくにつれて代表選手たちの実力水準も徐々に高まって、また観客たちの声も著しく熱気を帯びていく。


『ギルヴィム教官、三回戦です三回戦! これに勝てば上位二十五校入りです!』


『教官のおかげです。私ここまで来られるなんて思っていなかった』


『本当に、本当にありがとうございます!』


 午後に三回戦を控えた生徒たちに囲まれて、矢継ぎ早に喜びの声を耳にする。


「おいおい、これからだぞ……頑張れ。応援しているからな」


 一つ一つ答える暇もないことに、ギルヴィムは苦笑いを浮かべた。まわりは喧しいほど賑やかで、それでも鬱陶しくは感じていなかった。それよりは彼らの笑顔が愛らしく思えて仕方がなかった。


『うげぇ、ウェスタリアも勝ち上がっているし……むかつくなぁ』


『いきなり教官を刺したところでしょう? 国ごと出場停止になれば良かったのにさ……教官も何で許しちゃったんですか? あんな風にまでされて』


 公開されている組み合わせ表を見て、生徒たちが呪いの言葉を吐きかける。


「まあまあ……俺のことよりも試合の心配だけをしろ。もうすぐ試合だ。さぁ行って来い」


 はぐらかすような笑顔を作って、生徒たちを明るく送り出す。


 そうした表情の裏側で、ギルヴィムは悲痛な感情に満たされていた。


 脳裏には数年前の出来事と、十日前に自分を刺した少女の姿が想起していた。いつまでも忘れまいと思っていたことを忘れていた自分に、言葉にならない憤りを覚えてもいた。


 それも今日までだ。俺はあの子と向き合わねばならない……。


 やがて自分の生徒たちの試合が始まる。その様子を大型映像版で見届けた彼は、それから最後まで試合の観戦を続けることはなかった。


 向かうべき場所に向かっていく。会うべき少女と会うために――。



 ×



 地下牢に机と椅子を持ち込んだネネは、一日の大半を檻の前で過ごすようになっていた。


 食事はもちろんのこと、武闘祭の結果が掲載された新聞を音読したり、他愛ない世間話をしたり、化粧を直したり、排泄に気を回して席を立つ以外は、極力ミュートと同じ時間を過ごした。


 そろそろ寝袋などの外泊用品を用意して、ここで寝泊まりをする考えもあった。


「あ、ウェスタリアは順調に勝ち上がっているようですねぇ」


 未だに口を利かない、碌に食事もしない抜け殻を相手にして心が痛んだ。


 事情も把握せずに感情的になってしまったことを気にしていた。


 それが原因で黙り込んだのなら、いくらでも謝罪をするつもりがあったが、それだけには感じられないから余計に苦しかった。


 原因は何であるのか、動機は何であるのか、知ろうとしてこなかった時間が歯痒かった。


「……ギルヴィム=エデルターク」


 ふと試しに言った名前が、わずかにもミュートの反応を誘った。


 武闘祭に参加する際に、代表の指導者たちが大会運営に提出する参加名簿表――局員の知り合いに届けさせた資料の中からその名前の欄を探して、ネネは聞かせるように読み上げた。


「帝国フォウデンライム領・モルガリン騎士養成学院教官、元帝国軍人。白聖・第一騎士団所属で、階級は騎士団長。五年前に教官として就任以来、多くの優秀な代表生徒を輩出……」


 ひとしきり経歴を読み上げて、ネネはため息まじりに続けた。


「わかりません……白聖・第一騎士団長といえば上から数えた方が早い階級です。こんな方と、なぜあなたが知り合いなのかが、この資料からはまったく見えてこない」


 聞いて少しの間を挟んで、ようやくミュートが沈黙を破った。


 その浮かべられた微笑とこぼされた声には、まるで感情がこもっていない空虚感があった。


「…………知り合い? そう、私はあの男をよく知っている」


 応答があったことを嬉しく思いながら、ネネは答えの意味合いを考えた。


 よく知っている? それほど帝国の人間と接触する機会があった……。


 もしもミュートさんが中立国で暮らしていた時なら、管理局に記録が残っているかも……。


「あなたは中立国に暮らしていたと言っていましたが……」


 手がかりに繋がる質問をしかけた、ちょうどその時だった。


 ネネは得体の知れない殺気に肌を刺激された。


 反射的に顔を振り向けて、そこにいるだろう誰かに焦点をあわせる。地下牢にある階段の上り口に立つ、不気味な仮面をつけた隠密が視界におさまった。


 頭の中にある情報と照らし合わせた彼女は、それが先日の高官襲撃の首謀者ではないだろうかと訝しんだ。


「情報では首謀者は逃亡中。賊の仲間の供述によれば、その通称はウツロ……」


「……管理局、右頭直轄特殊諜報工作員ネネ=ベルベッタ」


 忍ばせていた短刀を手品のごとく取り出して、ウツロが仮面の裏側で呟いた。


 私の素性を知っている。外の警備は倒されたとして、狙いは私か、あるいは……? 


 この状況でも無関心なミュートを一瞥して、考えるが情報不足でまとまらない。どの道通る道だと机や椅子を隅に蹴り飛ばし、ネネは用心から携帯していた長剣を抜いて臨戦態勢をとる。


「あなたは……いや、目的は?」


「知る必要はない」


 確実な相手の拘束を試みて、ネネは神速回路を発動させた。


 もとい手だれの護衛がいる中で虐殺を成功させて逃げおおせる、その実力を警戒していた。全力で当たらなければ返り討ちにあっても不思議ではない、そんな強い予感があったのだ。


「なら……管理局権限において、あなたを拘束します!」


 淡くゆらめく煌気をまとったウツロが、疾風のごとく通路を抜けて袋小路に飛び込んでくる。


 向かって正面から繰り出された刺突攻撃に対して、ネネは寸前で身体をひねって避けると同時に、神速回路によって加速する。


 横合いの壁、相手の真上の天井と蹴り進み、まだ突きにかかった姿勢のままでいる相手の側面に着地して浅く斬り込んだ。


 遅れて一瞬、相手が短刀で合わせようと身体の向きを変える。


 このまま長剣を振り抜くように見せかけて、彼女は途中で長剣を止めて振り抜かなかった。相手の側面に着地した段階で、この一撃が防がれる兆候を感じていたからにほかならない。


 確実に、ここで仕留めてみせる……!


 さらに加速した彼女は、先ほどと同じ要領ながら数倍はある速さで、また逆の側面に回り込んだ。そして今度こそ、その速さ相応の鋭さで長剣を振り抜いた。


 管理局最高の神速を前に、相手の動きは時間に縫い留められている。


 一連の反撃は瞬きをする間に繰り出された。そこには、熟練の騎士にすらも視認を許さないほどの速さが発揮されていた――しかしその一撃は空を斬り裂いた。


「なるほど、噂に違わぬ神速だ」


「……え?」


 長剣がウツロの身体をすり抜ける。正面にあるはずの姿はいつの間にか背後にある。


 まるで相手は初めからそこにいたと思わざるを得ない一瞬の出来事に、ネネは身体を強張らせる。ふたたび神速に達して、相手から逃れようと足に力をこめるが間に合わない。


 油断も慢心もなかった。全力をもってしても通用しなかった。


「だが相手が悪かった」


 ウツロから背中に手を押し当てられた途端に、ネネは身体に力が入らなくなった。


 直立困難な倦怠感に襲われて、膝から順に崩れ落ちる。声も出せなければ指一本動かせなくなる。急に重くなり始めたまぶたを思えば、意識が続くのも時間の問題らしいと察しがついた。


 何で、身体が動かない。どうなって……?


「一時的なものだ。死にはしない」


 短刀をしまい込んだウツロが、ミュートがいる檻のそばに立って続ける。


「ミュート=シュハルヴだな? 俺と一緒に来い。親の仇に会わせてやる」


 親の仇……?


 まさかあなたは――だめ、行かないで……!?


 俯いていた顔を上げて、陰らせていた瞳をぎらつかせる。


 まぶたが落ちきる間際に見えたミュートの様子に、ネネは深く絶望していた。



2018年1月6日 全文修正。

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