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鬼教官


 中立国――平和管理局の使者を介して、連邦の信頼ある騎士養成学校へ、開戦の危機の報が内々にもたらされる。


 各校の代表者は、連邦軍の上層部に派遣の要請をし、あるいは、個々の人脈を尽くして探した実力者を、教官として招いた。


 この時、連邦軍がむやみに動くことを危惧した彼らは、その報をふせたまま実行した。


 騎士養成学校の教官の人選は、基本的にその学校の理事長に一任されている。教育の軽んじられる傾向にあっては、黙認されていると別言することもできる。


 最終的に卒業生が騎士長として、相応のフォトン能力と実力を持ってさえいれば、教育課程は抹消的であるとされていたのだ。


 連邦主要国ウェスタリアを担当した使者の一人、ネネから報をもたらされたジルは、新教官として剣聖を提案した。これにはネネも半信半疑であったが、聞く話が事実であれば、この上ないとした。


 ともすれば存命だった場合に、年齢の問題が懸念される。解決策として国宝たる『神樹の雫』の使用を考えて、だめもとで本国に交渉したところ、なんと以外にも許可が下りてしまった。


 かくしてネネの半年に及ぶ剣聖の捜索活動は始まった。


 この間にも教育の強化を図ろうと、連邦軍に人材を要請し派遣されたのが、ジョンたちの前任教官だったビュフォウである。


 もとは連邦軍で第一種騎士長を務めていた壮年のいかつい大男で、四月頃――ホロロたちが二年生へ進級するのにあわせて着任していた。


 傲慢な性格で、傍若無人な振るまいをし、手荒な訓練を強いれば、当然のごとく反感を抱かれた。その度に『実演』と称する見せしめの試合を行い、生徒たちをいびり倒すことで支配していた。


 これに終止符が打たれたのは、見せしめの相手にミュートを選んだ時だった。


 速さをもって一方的に打ちのめすように、試合はミュートの圧勝で終わった。


 威厳を失った相手に生徒たちが従うはずもなく、ビュフォウが辞表を提出するかたちで一件落着。


 しかしこの時に生まれたしこりが、後に連邦軍に対するジルの完全な見限り、ジョンに対する生徒たちの悪態など、それらの根元をなすのである。


 事件は解決したようで、未だ何も解決していないのだ。





 七月二日。しばらく曇天や雨天が続く時期に入った日の朝。


 ジルから理事長室に呼び出されたジョンは、入室して早々に浮かない面持ちで告げられた。


「最近、一部の生徒たちの保護者から苦情の声があがっていてね、なんでも依怙贔屓があるとか?」


「ふむ、確かにそうかもしれんが、それは……」


 ジルがのろのろと窓際に歩み寄り、曇天にうす暗く陰った校舎や演習場を眺める。


 いつ雨が降っても不思議ではないような気配があった。


「わかっているわ。まったく……前任の教官の失敗にたたられたわね……それでなんだけど、保護者たちからの要望で、連邦軍からまた臨時教官を雇うことになったわ」


「受け入れたのですか……もしかして、その保護者たちというのは?」


 同室していたネネが憂わしげに尋ねた。


「えぇ、元上級騎士の面々よ。要望も無碍には扱えないし……二分化しているのは事実だし、あなたたちも選抜の子で手一杯でしょう?」


 聞いて納得せざるを得ないネネであるが、前任の教官の一件もあってか、何かしら嫌な予感がしてならなかった。


 とはいえ、ぼやいてよくなることでもないし、こうなる状況を作った責任の一端が、自分たちにもある手前、駄目でしょう、とは言えない。


 よもや二の舞という事態にだけはならないようにと、そう願うばかりである。


「……それで、いつからなのですか?」


「昨日話があって、今日からよ」


「今日からって、そんな急な話だったんですか!?」


「まぁ……まともなのが来るのを祈りましょう」


 ジルが最後に肩をすくめた。


 正午過ぎ。


 今朝の話どおり、連邦軍の推薦した臨時教官が訪れる。


 ジョン、ネネ、ジルが同室して、理事長室で紹介と打ちあわせの席が設けられることになった。


 金髪強面に割れた顎が特徴的な、壮年の大男。


 全身をおおう肥大した筋肉は、日々のきびしい鍛練の賜物か、見せかけとは思えない引き締まり方をしている。前任の教官を彷彿とさせる容姿なのは、血を分けた兄弟であるためだろう。


 このボッフォウという男が新教官に選ばれたのは、彼が率先して立候補をしたからだ。その理由は以前より弟の不祥事を、身内の恥として快く思わなかったため、つまりこれは、汚名返上に尽きる。


 ほかに立候補者もいなければ、即時決定となり、迅速な派遣と相なっていた。


「初めましてだ。連邦軍第七騎士団所属の上級騎士、ボッフォウだ。今日からここで教官を務めさせてもらう。国のため将来有望な生徒を育てに来た……のは方便で、愚弟の汚名をそそぎにきた」


「あぁ、そうですか……どうも、私はジョンです。隣の彼女は副教官のネネ殿です」


「ほう……お前が噂の依怙贔屓をしている教官か」


 顔を合わせて早々、やかましい声量で蔑みを口にしたボッフォウに「実際の事情も知らずに……」とネネは顔をしかめた。


 それでもジョンから「美人が台無しだ」と囁かれ、脇腹を小突かれもすれば「あひゃ!?」と、素っ頓狂な声をこぼして黙った。


 ネネ殿は、どうも感情が高ぶりやすい傾向にあるようだ……。


 しかし私を思ってのことなのだろう、嬉しいことだ……。


 誰かのため、私もそうありたいものだな……。


 ジョンはそう思い「いやはや……」と物腰を低く続けた。


「お恥ずかしい限りだ。若輩ゆえ自分に都合のよい生徒しか扱えないでいたのです。そこで提案なのですが……今私が見ている二人の生徒は、そのままということにしていただけませんかな?」


「……まぁいい。お前たちが見ているという生徒はくれてやる。だが、ほかの生徒は俺の好きにさせてもらうぞ。さぁ、演習場へ向かうとしよう」


 鼻を鳴らすボッフォウがこの場をあとにして、あっさりと打ち合わせは終わる。


 訓練の時間となった。


「俺はボッフォウだ。以前は、愚弟が醜態をさらしたそうだが、安心しろ。俺は連邦軍で上級騎士をしている。今日からお前たちには、その男の剣を教えてやるぞ」


 その日、ジョンは演習場に整列する生徒たちの様子が、普段と違って見えた。


 相反する感情が、入り交じったような面持ち。望んでも叶わない上級騎士の指導に対する期待か、前任のような指導が繰り返されるかもしれない不安か、定かではないが一様に穏やかではない。


 生徒たちが抱いていた期待は、ボッフォウを目の当たりにして消え失せた。


 しかし、ジョンの一件もあり、もう見かけや指導方針で成長の機会を棒に振りたくない、とも感じれば、悪態を吐くこともせず粛々としていた。


 ビュフォウがどんな男だったかは知らぬが、この様子を見ればなんとなく想像はできる……。


 果たして、その兄はどのような指導をするのか……。


 ジョンはボッフォウを横目に見て思う。


「ホロロ、ミュート。お主たちは、私とネネ殿が指導しよう。こちらに来なさい」


 打ちあわせどおり、ジョンはホロロとミュートの二人を連れて離れた。


 そうして、別々の指導者のもとで訓練は開始された。


2017/4/1 全文改稿。

2018年1月12日 1~40部まで改行修正。


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