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対ルチェンダート戦 決着

 

 ウェスタリアの六人が、拠点を目指して走り始める。


 ルチェンダートの五人が、これを襲撃して行く手を阻んだ。裏人格のアイリーズとの挟撃こそ間に合わなかったが、奇襲という形で足を遅らせることには辛うじて成功していた。


『行かせねぇ、ここで時間切れにさせてやる!』


 たちまち乱戦になり、氷、岩、水などが飛び交った。


 ウェスタリア代表の勢いは完全に殺されてしまっていた。六対五と数では有利であるも、武闘祭の王者が慢心を捨てて徹する防御は、いやに堅く、突破するにも困難を極めた。


「慢心が消えたか、背など見せられたものではない……やはり何人か倒すほかないようだ!」


 状況と相手の様子を肌で感じて、ワトロッドは判断する。


 何も全員を倒す必要はない。一人二人倒して、誰か味方一人を敵の拠点に送り出せばいい。あとは結果を祈って相手の追撃を阻止すればいい。確実性を求めるなら、さらにもう一人ほど送り出したいところではあるが、時間がない以上、相応の実力がない以上、この条件で挑むほかにない。


 ――残り制限時間は、三分を切っている。


『俺たちはルチェンダートだ、負けるわけにはいかねぇんだよ!』


 土の元素化の使い手が攻防の隙を見計らい、気合をかけて大地を操る。


 フォトンの枯渇も考慮しない多量の煌気で干渉された大地は、成人よりも高く隆起した巨大な岩壁となって、ウェスタリアの六人に勢いよく迫った。それらを押し退けるような動きをしていた。


「まずい、飲み込まれるぞ!?」


 何人かは、これを避けられないと瞬時に悟る。


「ふんっ、ぬぅるぁあぁあぁっ! やらせないわぁあああっ!」


 ゴランドルが雄叫びを上げて飛び出した。


 煌気で強化した身体を、押し寄せる壁に押し当てて踏ん張る。基礎的なそれが強いために、煌気の練度に関わらず、彼の膂力は跳ね上がっている。時にはその技量の低さを帳消しにする――圧倒的な生身の力こそが彼の持ち味でもある。


 甲斐あって、岩壁が動きを止めた。


「今だ、突破する!」


 立て直す時間を得たワトロッドが、反撃の号令をかける。


 ゴランドルが持ちこたえている岩壁の陰から、一気にウェスタリアの五人は飛び出す。岩壁による攻撃が成功するつもりで、仕留め損ないを包囲しようと横に広がっていたルチェンダートの四人の、その中央の突破を狙う。


 健在に驚いて相手が動きを鈍らせた、その隙を彼らは見逃さない。


『この、させるか!』


「こちらの台詞です!」


 相手の四人が動く前には、ナコリンが氷の元素化を発動していた。


 体外の練気による煌気化で見えた新しい可能性。それは自分を起点としない、無関係な位置に発動させられることだ。この技術を習得した元素化の能力者に、中近距離の戦闘においての間合いというものは存在しないも同然である。


 手をかざしたり、地面に手をついたり、ちくいちする必要がない。


『どこから元素化を……っ!?』


 相手の足元に、巨大な氷の花が前触れもなく咲いた。


 足の自由を奪った四人のうち、ワトロッドが端の一人を射って眠らせた。ティハニアが逆端の一人を瞬爆練で怯ませた。残る相手の二人が、元素化フォトンの攻撃に切り替えて、それぞれ弾き出さんと手を突き出してくる――ジャンゴが先を越した。


「残り少ない煌気だ、全部もっていけよ!」


 放物線を描いた一躍から、相手のそばに激しく両手剣を突き立てる。


 ジャンゴの身体を包んでいた煌気が、両手剣を介して地中に流し込まれる。そして激しく爆ぜる。空気が入り過ぎた風船のごとく、彼を中心として、相手を巻き込んで、地面が内側から吹き飛んだ。


 すると、そこには一筋の道が開けた。


「ミュート君!」


 ワトロッドに名指された一人が、全速力で飛び出す。


 ウェスタリアがルチェンダートの防御を突破した瞬間だった。



 ×



「まさか……アイリーズが負けた?」


 千里眼で見えたその勝敗の結果に、驚愕したところだ。


 ウェスタリアの一人が、凄まじい速度で拠点まで迫っている。およそ距離にして400メィダを、制限時間が一分を切った今でさえ間に合いそうな勢いで駆けている。それは、これまで戦いぶりからしても、立ちはだかったところで止められない相手だろう。


 そう感じたロロピアラは、強く歯を噛みしめた。


 みんなは精一杯戦った。戦っていた……。


 あたしはどうだ? とっくに覚悟は決まっているだろう……?


「もう……あたしがやるしかない」


 千里眼でミュートの位置を確かめる。


 進路上に、それがとおる拠点近くの木陰に身をひそめる。自分にろくな戦闘能力がないからには、身体を張って止めるほかにはない。ロロピアラはそう自覚していた。これが、もっとも可能性の高い方法だとも確信していた。


 ずっと見ていた。ずっと、あなただけ煌気化していなかった……。


 それは隠しているとかじゃなくて、あなたはきっと……!


「煌気化が、できない!」


「なっ!?」


 ミュートの通過にあわせて、ロロピアラは木の陰から飛び出した。


 煌気をまとった身体で飛びかかり、相手の胴体に体当たりする。進路上の木々にぶつかる。地面で身体を擦る、激しく打ち付ける――相手と身体がもつれたまま転倒していく。集中力の低下で煌気が解けて、途中から激しい衝撃を生身に受ける。


 しかし骨を折ろうと、頬の肉が削れようと、彼女は決して放さなかった。


 拠点の砦を目前に、どうにか足止めを成功させる。


「いか……せるか」


「……っ、放せ!」


 しがみつくロロピアラは、ミュートから頬に裏拳を打ち込まれる。腕を解いてしまうが、すかさず相手が踏み出そうとした足を掴む。顔面を蹴られようと、引き摺られようと食い下がる。


 煌気化する余裕もなく、重傷を癒すこともできない。


 簡単な防御すらできない。


 それでもなお、彼女は諦めなかった。


「いかせる、ものかっ」


「この……っ!?」


 あたしだって、みんなみたいにできる……。


 そうありたいとロロピアラは強く願った。



 そして、砦から一発の花火が打ち上げられた。

 赤い色をした火花は、ルチェンダート代表の勝利を告げていた。



 ×



 身体を揺すられて、ロロピアラは目を覚ました。


『おい、しっかりしろ!』


「あれ? あたし……そうか。気を失っちゃったんだ」


 拠点のそばにいる、そう自分の居場所を認識できるほど意識もはっきりして、まわりに目を配る。


 身を案じる仲間の一人は、身体に傷こそないが泥だらけだった。その肩越しには、矢の麻酔が効いて眠った仲間を抱える三人がいて、わきには表情に疲労の気配をもつ二人がいて、彼らの制服は一様に破れかぶれで――ひどい有り様だった。


 満足な自己治癒もできないらしい一人が、足を引き摺って現れる。


「ロロピアラちゃぁん、だいぶ無理したみたいね?」


「アイリーズ……そんなになったあなた、初めて見た」


 誰もが同じことを思っていたのか、彼女に視線が集まる。


『何ていうか……まじかよ?』


『信じられない。アイリーズがそんな風になるなんて』


『しかも裏の方が出たのだろう? あれと一対一で、ってのは、なぁ……』


 気を遣って誰もが明言を避けるも、本人はあっけらかんとしていた。


「いいのよ、ワタシは負けたの。あの子はとても強かったわ」


 ふと、ロロピアラは自然と口が動いた。


「……ごめん」


『何を謝ることがある?』


 励ます調子で一人が返した。


「あたしの指揮がもっと上手ければ、こうはならなかった」


『それを言うなら、私たちこそ……指揮は正しかった。現場で役割をこなしきれなかった私たちにも責任はある。全部が全部、悪いわけじゃないよ』


「でも、今日は相手の動きが読めなかった」


 きりがないと思ったアイリーズが、手を打ちながら口を挟む。


「はぃはぃ……もうわかりきったことを、はぐらかすのは止めましょう」


 話をまとめるように言葉が続いた。


「試合には勝った。でも内容では完敗した。そうよねぇ?」


 誰もが言葉どおりに感じていたから、否定はない。


『あのさ、何つーか俺……今日さ、初めて戦ってんなって気がしたよ。たぶん楽しんでた』


 少しの沈黙のあと、一人が申し訳なさげに告白する。


 そして、また誰もが言葉どおりに感じていたから、否定はなかった。


 ルチェンダート代表は、いつもと違う勝利の味を噛みしめていた。


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