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表裏一体

 

 アイリーズの人格が変わっている。いや、今はそれよりも……。


「作戦変更、攻勢に出ます! あと少し、あと少し時間を稼げればいい」


 状況を千里眼で見たロロピアラは、まもなく指示を出した。


 相手の攻撃に備えて後方に戻していた味方の五人を、一気に中央まで差し向ける。裏人格の強さを考慮すれば、ここは総当たりで彼女と挟撃を図るべきだと判断した。協力を得られるかどうかは定かでないにしろ、利用しない手はない。


『裏の奴と協力だと? 俺たちも巻き込まれそうで、気乗りしねぇなぁ』


『ぼやかない、ぼやかない。さっさと行くわよ』


『なぁ。実を言うと、ちょっと妙な気分になってんだ。こう、胸の奥が熱い、みたいな?』


『それ私も。言葉にしづらいけど。ねぇ、これって何て言うの?』


『自分のモンだ。人に聞くなよ……でもまあ、そういうことだろうよ?』


 遠ざかる五人の間で、そんな言葉が交わされる。


 祈るような面持ちで見送ったロロピアラは、いつになく彼らの気色が明るいように感じた。ふと、今になってその理由に思い当たる。とても喜べない状況に立ちながら、知らぬ間に自分も同じような顔をしていたから、そう察することができた。


 あぁ、そうだったのか。あたしたちは……。


 ならなおさら、負けられない。負けたくないな……。


 強く思った彼女は、千里眼を絶やさずに現実を直視する決意を固めた。



 ×



「あっははははっ! おままごとのお友達がたくさん! 私も混ぜてくださらない?」


 アイリーズがウェスタリア代表を蹂躙しにかかる。


 その両腕が広げられた途端に、相手の周囲の空間が揺らいだ。


 自分を中心に風の元素化で広範囲の空気を操ろうと、相手が空間に干渉したためだ。その非常に強力な干渉は、彼らを飲み込める勢いと太さとをかね備えた、竜巻をも発生させるほどだった。


 暴風にさらわれたブリジッカが激しく木に叩きつけられる。暴風で怯んだところに、ボージャンとキュノが相手から鋭い当て身をもらう。わずかな間で三人が戦闘不能になる。


「まずい……もう拠点に仕掛けなければ時間がない」


 計算の狂いに、ワトロッドが焦りをこぼす。


「さぁ、次は誰にしましょうかしらねぇ!」


 まるで目の敵にする調子、見せつけるような仕草――これが挑発と気づきながら、ホロロは次なる攻撃を阻止すべくして、繰り返し一目散に踏み出す。偶然でもここまで連れてきてしまった自分に、彼は少なからず責任を感じていたのだ。


「ごめん、先に行って!」


「……わかった、あとは任せる!」


 ワトロッドたちが、相手の拠点に向かう。


 この時すでに、アイリーズの興味はホロロだけになっていた。彼の意識が自分に向きさえすれば、彼が自分と戦う気になりさえすれば、ほかは相手にとって用済みとされた。


「ああ、そうです、それです。その強い気配をもっと私だけに!」


 アイリーズが紅潮して身悶える。


 ホロロは目を閉じた。自分の足音を音源に、反響定位を常に試みながら彼女に迫った。もう要領も掴めていた彼は、迷うことなく彼女の居場所を感知した。しかし繰り出した攻撃は不発に終わった。その状態で十二分に戦うには、完全感覚の練度が足りなかった。


「音で私を探しながら戦っている? 何とも敏感な子……しかしぎこちないですわ」


 目を閉じて戦うって、こんなにも難しいことだったんだ……。


 空を切る木刀に反して、当て身は骨肉を打ち砕いた。


 煌気が破られない限り、傷は負ったそばから癒えていく。


「これだけの力を持ちながら優しい騎士、人助け、表の子も惹かれてしまうわけね。ああ何てくだらない、そう、くだらないの……くだらない、くだらない、くだらない! はははっ、あなたが手にしているソレは何ですか!? 人を殺す得物を模したものでしょうに!」


 至近距離で応酬が続いた。


 アイリーズの間合いから、ホロロは一歩も引き下がらなかった。やけを起こしているのではない。彼女への敗北が自分の志の敗北のように思えて、それで意地になっている。だから、どれだけ攻撃をもらおうと、志をなじられようと、彼は耐え忍んだ。


「知っているでしょう? 武闘祭では真剣がもちいられる。本番は短刀で人を斬ってもいいの、人を殺す感触を何度だって味わっていいの、お腹からハラワタを引き摺り出してもいいの! だからね、このまま表の子には消えてもらいますわ。私がアイリーズなのだから……」


 人格が変わってから、アイリーズの情緒は不安定なままである。


 彼女に勝つ必要はない。みんなを信じて時間まで食い止めればいい……。


 でも、この人には勝ちたいって気持ちが消えない。僕ってばいつも土壇場だ……。


 相手の異常性が自分の志の対極にあるものと感じて、ホロロは自然と意識してしまう。未だ試した覚えがない、相手を倒せるかもしれない――イチかバチかの反撃を閃いてしまう。もうこれしかないという気になってしまう。


「そうかもしれないね……でも僕は。これを誰かを守るために使いたい」


 嵐のように当て身を浴びせられる。ホロロは避けようとしない。手にしていた木刀を放り捨てて、アイリーズの身体にしがみつくことだけを考えた。肉を切らせて骨を断つように、不意をつき相手の腰に腕を回して、ぴったりと身体を押し当てる。


 反発的ではなくとも煌気と煌気の接触で、密着部からは干渉余波がほとばしる。


「あら、大胆ですわね? それで、どうしようというのです?」


 やや困惑した声色で、アイリーズから問われる。


「相手の煌気に干渉して散らす」


 煌気を練気に変えて、混ぜるように送り込む。


 ホロロは相手の煌気を四散させた。


「私の煌気を……っ、お放しなさい!」


 拳で側頭部を、肘鉄で背中を、膝蹴りで脇腹を打たれるが放さない。


 きっと、離れていたら当たらない。でも、これなら確実に……。


「この距離なら、このやり方なら」


 その閃きは、自分の身体を媒介に月影を発動させることだ。体内の煌気、体外の煌気、この二つで同時に全身を包み込む。技が不完全だとしても、その干渉余波の衝撃なり何なりで、相手を戦闘不能にできればいいという考えだった。


「お放し……ぐっ!?」


 発動から、二種類の煌気が一閃して四散した。


 生じた衝撃で締めていた腕が解ける。アイリーズの身体が弾かれると共に、ホロロの身体も逆側に弾かれる。背後にあった木に衝突して止まる。受けた傷の深さも、また同じほどである。


 実際に発揮された威力は、予想外と言わざるを得ない。


 こんなに威力が出るなんて。発動しただけで身体にもかなり負担が……。


 喀血をともなう全身の痛みに、彼は思わずうずくまる。


「ふふ、ははははっ。な、何を考えていますの? 頭がおかしいのではなくて?」


 二発目の月影を受けて、アイリーズも同様に苦しみを味わっていた。


「君が言うんだ?」


「いいですわ、こんなことは初めてでしてよ。ゾクゾクしますわね」


 煌気で身体を治癒したホロロは、倒れたままのアイリーズを見据えて立ち上がる。


 もう体力も限界に近かった。視界はかすみ、背筋は伸びきらず、足も震えが止まらなかった。立つことがやっとの状態だった。苦しさを紛らわそうと無理に笑みを浮かべるが、身体は正直で、長くは保っていられなかった。


 しかし先に音を上げたのは、相手の方だった。


「うっ……こんな時に、またあなたは私の邪魔を!?」


 自分の胸倉を握ってのた打ち回る。アイリーズに発作が起きたのだ。


「ま、また?」


 相手が豹変する前と似た光景に、ホロロは警戒した。


 絶叫ののち沈黙したアイリーズが、三度失敗しながら立ち上がる。関節があらぬ方へ曲がった腕、出血が止まらない各部の裂傷――見るだけでも痛々しい身体を、弱々しい煌気でどうにか治癒する。ポケットから髪紐を取り出して、手早く適当に髪を結い上げる。


 そして、ようやく相手は落ち着いたらしかった。


「……ちょっと見苦しい姿を、晒しちゃったわね」


 狂気を思わせる形相、粘ついた声。


 前の状態に戻ったと、ホロロは半信半疑ながらも感じた。


「君はどっちが、本当の君なの?」


 落していた木刀を拾い身構えて、恐る恐る尋ねた。


 戦う気も失せた様子で相手が答える。ふと空を仰ぎ見るその彼女の顔は、相変わらずの不気味さに満ちていたが、ほんの少しだけ柔らかさも含んでいるように見えた。


 ホロロは木刀を下げて、今は耳だけを傾けた。


「どちらもワタシよ。もう切り離して考えることはできない。ワタシの弱さが彼女の糧。彼女の業はワタシの業。どれだけ否定したくても、結局はワタシなのよ……ねぇ?」


「……うん?」


「アナタの志、やっぱり素敵ね?」


「えっ? さっきまであんなに……」


 散々それを詰っていた相手からの思わぬ言葉に、ホロロは困惑する。


 真意を確かめる前に、先にアイリーズが意識を失った。うしろ向きにふらりと、背にしていた木にもたれかかり、やがて力なく座り込む。


「ヒヒッ。……今夜、会いに行くわ」


 間際には小さく呟かれていた。

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