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指揮で勝る

 

 予定したとおり、アイリーズとホロロの戦闘が始まった。


 これを確認したロロピアラは、千里眼の焦点をほか九人の相手にあわせた。当初のそれとは真逆に進路を変えて、森林区画の西側の奥に移動していくことがわかった。


「中央よりに六人、西よりに三人……人を分けてくる?」


 ウェスタリア代表たちが人を分けた。西に寄ったまま、三人が先行してきている。ほかの六人が、真ん中に向かう動きをして、別動隊の三人よりも遅い足どりで向かってきている。 


 自分たちの位置がばれていると気づいていない……?


 いや。薄々は勘付いているけど、方法はわからないってとこかしら……?


 そう思ったロロピアラは、第二に相手の行動を考えた。


 おそらくは、中央に向かっている六人が陽動、密やかに先行している三人で本陣に強襲をかける。三名に遅れ気味でもその六人の動く方が先になる。もとい遅れ気味ではなく限界まで別動隊の三名を先行させるため、六人はわざと移動を遅らせている。


「攪乱のつもりなら、なおのこと自殺行為だ」


 アイリーズによる時間稼ぎもあって、布陣はすでに整っている。


 拠点の前に指揮者であるロロピアラを含めた三名。半ばを越えない位置で左右に三名ずつ。拠点の三人いる内の一人は隠密であり、それが指揮の伝達など担う。


 ルチェンダートの編成は隠密を三名、剣兵を四名、弓兵を三名。場所によっては動きが鈍る騎兵を省いた、遊撃に特化したものだ。例によって当校では元素化フォトンの使い手がいても、何ら珍しくもない――騎兵が省かれたのは、これも原因している。


 武闘祭でもちいられる戦馬が、元素化フォトンの攻撃に耐えられないのだ。


 能力者のフォトンによる戦馬の能力の底上げも、ある程度は可能である。しかし、元素化の威力に耐えられるだけの強化が可能な戦馬は少なく、財源の豊かなアイゼオンでも用意が難しい。ましてや用意したところで未熟な乗り手に名馬を潰されてはたまらない。


 ルチェンダートのためだけにそれが用意されるわけではない。


 ――ならばいっそと、ルチェンダートは騎兵を捨てた。


「伝令します」


 拠点から隠密を走らせて、ロロピアラは左右に布陣する味方に命じた。



 ・伝令を命じた隠密が右の三人から一人を連れる、ほか二人は中央寄りに後退させる。


 ・隠密とその一人は左の三人と合流させる、先行する相手方の三人を五人で秘密裏に叩く。


 ・陽動を目的に中央へ向かう相手の六人を誘い込み、先の五人はその背後に回り込む。


 ・あらかじめ後退させていた二名に加えて、拠点から一人を投入し、八名で挟撃する。



 ルチェンダート代表の一人一人の実力を思えば、彼女はこれで決着がつくと確信できた。


 この時、制限時間三十分の内の、十分が経過している。


「決まれば、全滅には十分もかからない」


 味方が命じたとおりに布陣を変える。


 五人が攻撃を仕掛ける、その様子を千里眼で見やってロロピアラは呟いた。


 この一手が成功した時点で、展開の予想は正しかったと証明される。相手の三人が倒れた時点で、相手の力量もわかる。すべて想定どおりに事が運ぶ。昨年の武闘祭では実際そうだった。最後まで、相手は何が起こっているか理解することなく、手の上で踊っていた。


 この一手で終わり……えっ?


 ところが、何かが違うらしかった。


「中央に向かっていた六人が転進する……西の三人と合流するのか? 気づかれた?」


 まさか相手にも千里眼が? いや、あり得ない……。


 どうやった? 伝令も使わずに、こんな都合のいい動きが……。


 状況を疑問視したロロピアラは、千里眼の焦点を西の一団に合わせた。先行している三人のうち、一人の剣兵が、信じがたいほど速さで味方と戦っている姿が見えた。



 ×



 森林区画、西側。


 先行するミュート、キュノ、ブリジッカの三人は、ルチェンダート代表の五人から攻撃を受ける。通過を待ち伏せる奇襲をされた。ただし三人は事態をすぐに飲み込んだ。


 ワトロッドから事前に説明を受けて、覚悟もできていたのだ。


「見事なものだな。言ったとおりになった」


「今日の眼鏡君ってば冴えてるぅ」


「……よし、行くぞ」


 味方二人と笑みを見せ合い、それを皮切りにミュートは動いた。手中に隠し持つ小さな結晶を軽く放り投げた。青白い、冷気も弱い、決して解けない、そんな氷の玉を木剣で打ち抜いた。


 ぱりんと耳触りのよい音がして、氷の玉が砕ける。


『ロロピアラが見たまま、三人みたいだな』


『一気に沈めるぞ、早い者勝ちだ!』


 したり顔を見せるルチェンダートの代表たちに、三人が怯まず立ち向かう。




 能力者の戦いは頭数や個人の技量差に左右されやすい、これは一人一人の実力が近しかった場合の話である。片や三人、一人は煌気化ができない。片や五人、全員が元素化の能力を持っている。この二組を照らし合わせれば、誰もが校舎に軍配が上がると予想するだろう。


 展望施設で試合を見ている連邦各国の代表、代表関係者たちはそうだだった。


 その大半はアイゼオンの使者から開戦の危機の報をもたらされて、騎士教育強化を秘密裏に行った良識ある教官で、重圧を背負いながらも尽力してきた代表たちにほかならない。だからこそ、帝国と連邦の圧倒的な人材差と実力差を前にして、彼らも自信喪失している。


 自分たちが、あのような怪物を相手に立ち回れるのか……。


 これまでの努力など、すべて無意味だったのではないか……。


 複雑な心境で、ウェスタリアに自分たちの姿を重ねていた。諦めがちだったとしても目は離さずにいたから、画面の中の出来事を見逃さなかった。


 誰もが目を見張り、そして誰もが自然と拳を握っていた。


 ウェスタリアの三人が、ルチェンダートの五人を圧倒している。




『くそったれ……何がどうなってやがる! 煌気化もせずに、こんな!?』


 水、土、雷の元素化フォトンで三方向から狙われる。練気によって身体能力を底上げ、一息に限界速度まで加速して、ミュートは対処に移る。


 こぶし大の水の玉をいくつも発射される。衝突した木や地面を抉るほどの威力を発揮しているが、どれも止まって見えれば掠りもせずに避けられた。


 イノシシほどのモグラが地中を走ってくるように、相手が手をついた足元から地面が突き上がって伸びてくる。直撃に巻き込まれたなら、練気の防御力では防げなさそうな勢いがある。


 発動の兆候を見ていた彼女は、その技が自分に達する前に立ち向かい、


「はぁっ!」


 と気合をかけて、突き上がりかけた地面を踏みつける。


『い、一体何が起こって……っ!?』


 術者であったルチェンダートの剣兵が、動揺をあらわにした。


 途端に技の制御は利かなくなる。さらに、今しがた走らせた力が逆流するように、同一の技がはね返ってくる。避けるでも防ぐでもない、想像を超えた反撃を受ける。


 果たして、その剣兵は自分自身の技に弾き飛ばされた。


『ルージィ!? よくもぉ!?』


 味方に危害を与えられて憤慨した隠密から、ミュートは間髪入れずに仕掛けられる。煌気を稲妻に変質させてまとう相手から、立ち止まったそばに飛び蹴りをもらう。空宙で身体を二回転半捻らせる遠心力が乗った一撃を、木剣の柄で辛うじて捌く。


 近接戦では一日の長がある隠密に、そこから腕を掴まれた。真正面に着地した隠密の、そのニヤリとする顔が、立ちどころに怪訝そうな表情に変わる――この時、そんな相手の様子が見えていた。


「一瞬、冷やりとしたが……耐えられるらしい」


 直接的に感電させるという隠密の心算を、ミュートはくつがえしたのだ。


「存外、元素化もそう魅力的には思えないな」


 煌気化の訓練を諦めて、操気と練気を洗練させることに時間を費やした。その訓練の先に、彼女に見えてきたものがあった。それは煌気化のみならず、元素化フォトンをも打ち破る才能だった。


 その才能を「それだけなら、私を超えているかもしれない」とジョンは称した。


 元素化フォトンの戦い方は、大きく分けて二種類ある。


 煌気を変質させて元素化したものを操る。元素化と同じ性質を持つ何かに干渉して、それを操る。前者はヨルツェフのような、後者はナコリンやアイリーズのような戦い方になる。


 これらに対して、彼女がとった対処方法は次の二つ。


 後者の要領で操られる土の元素化フォトンに、自分のフォトンを瞬時に同化させる。操気を奪う。相手のフォトンを瞬時に感覚する能力、威力を損なわず干渉する操気の技量がなければ、このような対処は決してできない。


 もう一つ、前者の要領で放たれる雷の元素化フォトンに、瞬間的に高めた練気をぶつけ、干渉してその威力と効力を弱める。これは、どちらかといえば後者よりも対処しやすい。


 要するに、ミュートの対処は人間離れした芸当になる。


 これで、もしも相手のフォトンの波長まで感じられる完全感覚を持っていたなら、もはや彼女には元素化など微塵も通用しなかっただろう。しかし持っていないから、まだ発展途上である。


「……迂闊だ」


 飛び退いた隠密の間合いを一歩で侵して、ミュートは木剣の乱打を繰り出す。


 その一撃一撃は相手の煌気の防御をすり抜けて生身に届いた。元素化フォトンの対処に比べると、とるに足らない、ただ相手の煌気の流れに合わせただけのことだった。


「うひょお、やるもんだなぁ……ウチも負けていられないじゃん」


 派手に立ち回るミュートの20メィダ後方。


 木陰に身を潜めて、ブリジッカは機械弓を構える。ミュートの乱打で怯んだ隠密に狙いをつける。直線で射ると味方に当たるため、やや横に照準をずらす。矢に煌気をこめて引き金を引く。


 普通に考えれば、それでは的に当たるはずもないだろう。


 故意でそのように射るからには、当てる算段がある。


「ばっきゅん!」


 体外の練気による煌気化の応用で、ブリジッカは遠隔的な操気をして矢を曲げた。


 自分と矢筈を細い煌気の糸でつなぐ感覚を想像して、任意の方向に軌道を修正する。今の練度では精々20メィダほどの範囲内で一度だけ、そう大きくも変えられない。とはいえ、人間一人をかわすくらいは我が物にしている。


 ミュートの真横を越えて、矢は隠密に吸い込まれるように直撃した。


『うぐっ!? しまっ、た……』


 矢が隠密の煌気を突き破って、肉体に当たり四散する。ふいの強烈な睡魔に襲われたように隠密がぐったりと倒れた。今回の練習試合でもちいられる訓練用の矢に仕込まれた麻酔針が効いたのだ。


「うぇーい! どんなもんよ」


「……緊張感のない奴だ」


 ピースサインを顔の横に作るブリジッカに、ミュートも満更でない様子で親指を立てる。 


「待たせてすまない、援護する!」


 一人目を撃破して時間をおかず、ウェスタリア本隊の六人が合流する。


 別動隊の三人が、あるいは本隊の六人が攻撃を受けても、合流することは決められていた。ただ、どちらがどうちらに――は状況次第で変わるため、これには合図が設けられた。相手と遭遇した際にミュートが砕いた氷の玉がそれにあたる。


 この合宿中にナコリンが習得して作れるようになったものだ。砕ければ、どこでのことなのかが、すぐに本人まで伝わる。また離れていても、消すだけならば任意にできた。


 六人が攻撃を受けたなら先に玉が消えた。三人が攻撃を受けたなら先に玉が砕けた。ブリジッカも持たされており、同時に攻撃を受けた場合は彼女の玉も消滅した。彼らの連絡手段にはこの仕組みが利用されていたのだ。


「よし……一旦、後退しよう」


 九対四と逆転して頭数で勝る。一見して有利なこの状況で、二人目のルチェンダート代表の撃破に成功したウェスタリア代表は、ワトロッドの指示で惜しげもなく後退した。



 ×



 森林区画、南西。


「なっ……ここで後退?」


 まさか臆した? いや違う。また読まれたって言うの……?。


 後退させていた二名と合流したロロピアラは、ウェスタリア代表たちがそのまま攻めてきた場合を想定して、自分を含めた伏兵を配していた。もし西から先行してきた三人に圧倒されるようならば、じわじわと南に誘い込むようにもあらかじめ指示していた。


 しかしあの状況で、頭数で有利なあの条件で、相手方は攻めてこなかった。


 千里眼で確認する限りでは、後退して立て直しを図るようにも見えた。もし攻め込んできたなら、配した伏兵には一撃必殺の弓兵も二人いたため、一気に崩せたかもしれなかった。


「二人やられて頭数で負ける。でも、戦いぶりから見て、個人の実力差ならまだ私たちに分がある。問題は集団で立ち回りだ……どうして私の指揮は読まれている?」


 それから二度、似たような攻防が繰り返された。


「――相手の居場所が見えているのは、おそらく一人。指揮をとっている誰かだ」


 ワトロッドの指揮によって、戦況がまたも一転する。


「この動き方は……まずい、前衛が誘い込まれる!? すぐに伝令と援護を!」


 後手を脱せないロロピアラは、しだいに焦りを隠せなくなる。


「おもな指揮は、後方から隠密を使った伝令。なら最初の指示を予想して崩せばいい」


「間に合え……大丈夫、まだ大丈夫なはずよね? だってルチェンダート代表は……」


「全員が元素化フォトンを持った能力者、それゆえに個人の力に頼りすぎる傾向がある。これまでは通用していたのだろう。確かに、一人一人の実力は僕たちよりも優れている」


「連携だって、みんなできて……っ」


「見え過ぎるから、相手の隠している三手四手先の思惑が見えてこない。予定調和が崩れた途端に、君たちは個々が秀でた集まりでしかなくなる。きっと、それはもう指揮とも連携とも呼べない」


「こんな未来予知みたいな芸当が……あたしは一体何と戦っているんだ? お前は何者だ」


「もしも君たちに慢心もなく、君が現場で指揮をしていたなら、僕は負けていたかもしれないね」


 攻防が終わる頃、制限時間が残り十分を切った。


 ルチェンダート代表は四人目を失っていた。対して、ウェスタリア代表に脱落者はいない。前者はこれまで十分が経過する間に劣勢におちいり、戦力をそがれて――これから満を持した後者の総攻撃を受けることになる。


「一手、二手が遅れるどころじゃない……あたしが、弱いからなのか?」


 ロロピアラが前線に近づけなかったのは、その戦闘能力の低さにある。


 昨年の武闘祭はそれでもこと足りた。千里眼のフォトンという能力と、ルチェンダート代表たちの力量と合わされば、すべて思いどおりに戦況を動かせていた。


 どうすれば状況をくつがえせる……?


 初めてのつまずきに、彼女の動揺は深まり、千里を見通す金色の瞳は自然とそれを探した。


「……アイリーズ」


 すがるように、信頼のおける友人の名前を呟いて。


 そして、見えたものの思いがけなさに、ロロピアラは愕然とした。


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