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いつか罪を負う自覚と覚悟


 森林区画、東北側。


 木々が開けた場所で、ホロロはアイリーズから猛攻を受ける。


「あぁ、あなたの煌気は硬いわねぇ。なぶり殺しも良い気分ではないのに」


 隠密の基本装備である手足の防具が、籠気によって高い威力を秘めた得物と化す。


 彼女の当て身の練度と相乗して発揮される一撃一撃は、堅牢なホロロの煌気をもってしても防ぎ難かった。とはいえ煌気を破られず保てているのは、まだ彼の防護力が彼女の攻撃力に勝っているからだ。


 時間稼ぎじゃない? 何でこの人は僕の相手を止めないんだ……?


 途中から、彼はそう疑問に感じた。


 時間稼ぎを狙う奇襲と思い込んでいたが、違うのではと考えを改める。


「……君は、何で僕と?」


「言葉で聞かないと、確信がもてないかしら?」


 不規則に踏み込んでくるアイリーズを、黄龍の構えで迎える。


 ホロロは四神方位によって反撃を試みていたが、失敗を重ねていた。先月の末に、あの噴水公園で出会った時と同様に相手の気配を捉えきれないでいた。つまり技を発動させる要の完全感覚が、この相手には通用しないでいたのだ。


 やっぱり気配が掴めない。動きが読めない……。


 またも四神方位に失敗して殴打される。痛みで困惑が自然と顔に出てしまう。


「へぇ、やっぱりそう。アナタ、完全感覚を持っているでしょう?」


 図星を突かれて動きが鈍り、それさえも悟られた。


 苦し紛れに、ごまかすように、ホロロは自分から攻撃に転じる。視覚だけを頼りにして相手の存在を知覚する。空宙を移動していた相手が着地する瞬間を見計らい、距離を詰めて木刀を薙ぎつける。その切っ先が相手の胴を打つように狙いをつける。


 当たりはした。しかし手ごたえが感じられない。


 直撃の直前、相手の煌気の一部が動いていた。狙いをつけた胴の付近にあるそれが、局所的に光を屈折させるほどの高密度な空気に変質して、木刀を音もなく弾いたのだ。


 挫けず第二、第三と打ち込みを続けるが、どこを狙っても同様に阻まれる。


「ワタシは常に空気のドレスを着ている。音、匂い、フォトン、殺気……何もかも閉じ込めてねぇ。完全感覚は空気を伝って察知をする。慣れたアナタからすれば、そこにいながら、そこにいない……それがワタシ」


 腹部に拳打、側頭部にひじ打ち、顎に掌打。


 流れるような三種類の打撃から、胸倉と腕を掴んで投げられる。足つかずに、5メィダ先の木へとぶつけられて、ホロロはその激しい衝撃に怯んだ。しかし追撃を加えようと迫りくる相手の姿を目にすれば、そうしてもいられない。彼はギョッとしながら横に飛んだ。


 寸前でかわした相手の一撃、その助走の乗った膝蹴りが、背にしていた木幹を粉砕する。


 彼は直撃を想像して冷や汗を流した。


「それにしても完全感覚だなんてね。習得は自殺行為に等しかったでしょうに。ルチェンダートにもそのようなリスクを払う人間はいない。何せ千人が挑んで、一人も成功する保証などないのだから。アナタは勇敢なのねぇ?」


 あれ、ジョン教官? 僕はそんなの初耳ですよ……?


 そう聞かされると、ホロロはきょとんとしてしまった。


「あら? もしかして知らなかったの? ヒヒッ。前言撤回。アナタにそれを教えた誰かは、きっと頭がおかしい人間、いえ、もしかしたら人間ですらないわ。そして、そんなものを習得できてしまうアナタも、きっと何かがおかしい」


 アイリーズから攻撃に移る気配が失せる。


「ブスリ……ブスリ……ブスリ。にこにこ可愛らしく歩み寄って、袖に忍ばせた短刀で。気配もなく背後から迫って、護衛の人間ごと。個人の私怨も理由もなく一方的に」


 その代わりとばかりに、一段と彼女の口は回り始める。


「風の噂で優しい騎士という言葉を聞いたわ……ねぇ、どういうものか教えてもらえないかしら?」


 なぜ知っているのか……? 


 聞く理由はなんだろうか……? 


 何の関係があるのだろうか……?


 ためらったが、ホロロは答えることを選んだ。


「相手を殺さない、自分も死なない、仲間を殺させないだよ」


 尋ねた相手の歪んだ笑みが、なぜかそれまでと違って見えた。いかにも悪人の形相をしているが、今この時だけは、それだけでもないように感じられていた。


「そう。そうなの。やっぱり、そんな風なのね……なんて美しい理想なのかしら」


 何かを堪えるように、アイリーズが身悶える。


「笑われるのは、もう慣れているよ」


「えぇ? 笑ったりしないわ……だた、とっても虫酸が走るの」


 もっとひどい……。


 思わぬ辛辣な言葉に、ホロロはたじろいだ。


「ねぇ……もしもそれが叶わなかったら、どうなるの?」


「……えっ?」


「相手を殺してしまった。自分も死んでしまった。仲間を死なせてしまった……いずれか、その時が来た時に、アナタの言う優しい騎士はどうなるのかしら?」


 急な疑問だったから、ではなかった。


 ホロロは答えられなかった。言葉にする度に、考える度に、想う度に、自分の志と向き合う度に、そう否応なく突きつけられておきながら、ずっと見えないふりをしてきた。


 だから、ただ単に答えられなかった。


「答えはないのねぇ……ヒヒッ。なら偏見で、ワタシが答えを教えてあげる」


 ふたたび攻撃に出る兆候とあわせて、アイリーズが続けて言い切る。


「そんな理想は、最初から捨てておしまいなさい」


 錯視効果のある体捌き、空中を踏み締める能力、剛と柔をかねた体術。


 持ちうる力をすべて組み合わせる、これまでを圧倒する勢いで、アイリーズが襲いかかってくる。なおも回り続ける相手の口から、ホロロは応酬の最中にも否応なく聞かされる。そのどれもこれもが当てはまって、やはり返す言葉が見つからなかった。


「ヒヒッ……ねぇ、ねぇ、ねぇ!? それを甘い口調で誰かに言って聞かせたことは、そんな理想を一方的に誰かに押し付けたことは、自分の無力感に苛まれたことは!?」


 息もつかせぬ当て身の連打が、ホロロの身体に打ち込まれる。


 煌気の上からでも、その衝撃はしっかりと彼の骨肉に到達している。


「一方的に守られていた誰かは、いつかその時になって期待をする、アナタに救いを求める、そして結局、アナタに守られないと悟った時にねぇ、とてつもない絶望をするのよ!」


 アイリーズの脳裏に、自分が手にかけた相手の顔が次々と一閃する。


 暗殺の対象に近づく。自分が暗殺者であることに気がつくと、対象の護衛が立ちはだかる。救いを求める護衛があっさりと息絶える。護られていた対象は決まって同じ表情をする。それを見ながら、自分はまた刃を突き立てる……。


「きっと、誰かはもうアナタに期待している、誰かはもうアナタに救いを求めている!」


 気が高ぶった彼女の息は、ひどく荒れていた。


「でも! アナタには自覚もない! 覚悟さえもない! ああ、なんて罪な子!」


 宙を蹴り進むアイリーズに、ホロロは背後をとられる。


 軸足の膝裏を蹴られて姿勢を崩す。背中に強烈な膝蹴りを見舞われる。肺から空気が吐き出ると、途端に息苦しくなる。首に片腕を回されて、遠心力たっぷりに地面に投げ落とされる。


 無理やり仰向けにさせられた続けざま、両腕を踏みつけてまたがられる。


「否定するのなら、ワタシくらい倒して御覧なさい!」

 

 硬く握った拳を、言葉と一緒に振り下ろされた。


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