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左目に金色の瞳


 ロロピアラという少女は、生まれながらに左目の瞳が金色だった。


 ほかは両親の黒髪と黒い瞳が遺伝していた。黒色の服を着ればやたらと金色が映えて、映えすぎて悪目立ちすることもあったから、物心がついてからの彼女は、その金色を毛嫌いしていた。なぜ私の瞳は左右で違うのか、ずっと探してきた答えは、十五歳になる頃ようやくわかった。


 きっかけは、階段で足を踏み外して大怪我を負ったことだ。


 正しくは、それで搬送された先が軍病院だったことである。負傷者の少女はフォトンで自己治癒ができない一般である――として運び込まれたが、治療にあたった軍医に言わせれば、それは誤情報もいいところだった。


 彼女を一般人と呼ぶには、あまりにも潜在的フォトンの量が多すぎた。何よりも一緒に存在していた左目の金色が、その軍医にそれを確信させた。


「御息女のお身体には、特殊フォトンが宿っている可能性があります」


 十五年前に没した、虹彩異色の能力者。


 身体に特殊フォトンを宿していたそれも、生まれながらに左目の瞳が金色だった。


 特殊フォトンは、存在が確認されているもので五種ある。樹魂のフォトンのように能力そのものが意志を持ち、死者からまったく縁もない子供に移ったり、聖青フォトンのように、ふさわしい子孫に継承されたり、発現理由は一つ一つ異なっており、具体的には解明されていない。


 それでも能力者が死亡すれば必ず誰かに移ることだけは、歴とした事実である。


 その没年と生年、その能力者に現れる外見的特徴が一致しているから、辻褄は十分に合っている。果たして一ヶ月に及ぶ精密検査の末、ロロピアラの身体に特殊フォトンが発見された。


「どうか御息女を、我が帝国軍にいただきたい。将来をお約束しましょう。逸材なのですから」


 特殊フォトンは希少である。世間に発覚すれば、まずもってそうなる。


 ロロピアラの両親は帝国軍からの要請を頑なに拒んだ。しかし『保護的な意味合いも兼ねている』と説明を受けると、認めざるを得ない気持ちにさせられた。


 とある能力開発の研究者が、特殊フォトンを無自覚に持つ子供を発見して、行き過ぎた探究心から拉致、解剖、死亡させた。過去には実際にそういった事件もあったのだ。自分の身を護る意味でも、従軍して最低限の護身術を学んだ方がいい。


 説得の一環であろうとも、紛れもない事実である。


「ご安心を……最高の教育機関をご用意いたします」


 翌年の春。十六歳になったロロピアラは、ルチェンダート騎士養成学院に編入された。


 例によって最高の騎士教育が待っていた。ここには小等部、中等部、高等部とあり、彼女の編入は高等部だった。年に一度の、性別も年齢も関係ない平等な進級試験を合格した生徒たちが、おおむね飛び級で集まる――化け物だけが住まう世界だった。


 基本的に十七歳まで在学は確定しているから、いかに早く高等部の高度な教育を受けられるか、彼らが目指すものはそれだった。


 そこに、戦う術も知らずに、特別だから――。


『ちょっと生意気だよ! あたしらがどんな思いでここまで来たか……あんたには!?』


 気に食わない生徒が現れないはずもなくて、人気のない校舎裏で囲まれるのも早かった。


 曲がりなりにも名門の生徒だから、実力も相応にしてある。編入したてのロロピアラが対処できるものではない。この時ほど、彼女が自分の左目を呪ったことはなかった。そしてこの時ほど、自分の左目に感謝したことはなかった。


 突き飛ばされて、校舎裏の壁際に追い詰められた時だった。


「ヒヒッ。あらぁ? こんなところにぃ、おままごとをする子がいるわぁ」


 粘ついた声が聞こえたかと思いきや、瞬き一つする間に一人の女子生徒が現れる。かばうように、結わえた水色の長髪に春風をはらませて、目の前で背中を向けて立っている。自分を取り囲んでいた生徒たちが、たちまち怯んだように血相を変える。


 誰か助けに来てくれたと安堵するよりも、ロロピアラは五割増しに恐怖した。その女子生徒こそがこの場でもっとも危険な存在であると、彼女が浮かべたひどく邪悪そうな笑顔を見ると、素人目にもはっきりと理解ができた。


『あ、あんたは……あたしらとやり合う気かい?』


 囲いを作る生徒の一人が、怯えを隠すように敵意をむき出しにするが、


「今朝は髪が上手くまとまらなくて、ちょっと髪を結い直したい気分なの……ねぇ? 今からここで髪紐をほどいて、やってもいぃいぃ? 何だったら、手伝ってもらってもいぃいぃ?」


 ゆらゆらと不気味に身体を揺らす女子生徒に、そう問い返されると気が気でなくなる。仲間に声をかけて、その一人が足早に逃げ出していく。


「さぁて。ねぇ? アナタ」


「ひっ……お願いだから、痛くしないで」


 生徒たちを見送った女子生徒から、振り向きざまに視線をもらう。


 腰を抜かしたロロピアラは、固くまぶたを閉じて縮こまった。今まで見てきた誰よりも恐ろしく、禍々しい雰囲気に当てられていた。最悪の展開を想像して、泣きそうにもなっていた。


「ほら、こっちを見て、目を開けて?」


 少し冷やりとする手で優しく頬を挟まれる。顔の向きを変えさせられる。恐る恐る言葉に従うと、目と鼻の先には、ひどく不気味な恐ろしい笑顔が見えた。左目の一点に、注目されていた。


「あぁ、やっぱりそう。すごく綺麗な色をしている」


「……え?」


 声や見た目と反して、女子生徒の言動は終始優しかった。


「きっとアナタが可愛いから、あの子たちは嫉妬しちゃったのねぇ」


「あたしのこれを悪く言わないの?」


 褒められて、ロロピアラは困惑していた。


「どうして、悪く言うと思ったの?」


「どうしてって……場違いだからだ。本当は騎士になんかなりたくない。偉くだってなりたくない。なのに、あたしは本当にそうなりたい人の居場所を奪っているんだ。こんな左目、あたしは……」


「なら、何もせずに自分の左目に殺されちゃうの?」


 言われて、どきりと胸が鳴った気がした。言葉に迷っているうちに、聞かされた。


「奪ったと思うのなら、奪った分は生きるべき。報復も甘んじて受けるべき。でもそうやって何でも弱肉強食で片付けてしまう人間に限って、いざ奪われる時が怖いの。きっとアナタは、心のどこかで気づいているんだわ」


「何に、気づいているって言うのさ?」


「アナタ、本当は自分のその瞳が好きなのよ」


「……そんな、そんなことは」


「ワタシは好きよぉ? その瞳も、アナタみたいな子も」


 ふと優しげに見えた女子生徒の顔は、やはり恐ろしいものには変わりなかった。


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